MLK暗殺裁判判決についてキング家の記者会見(書き起こし) (1999年12月9日) ジョージア州アトランタ市
The Transcription of the King Family Press Conference on the MLK Assassination Trial Verdict December 9, 1999 Atlanta, GA
(翻訳:寺島メソッド翻訳グループ 2019年1月8日)
<記事原文>(寺島先生推薦)
https://ratical.org/ratville/JFK/MLKACT/PressConference.html
コレッタ・スコット・キング: 私の夫マルチン・ルター・キング・Jrが暗殺されたことについて、かなり高度な陰謀によるものである証拠はたくさんあります。そして今回の民事訴訟における陪審員の一致した判決は、その考えが間違っていないことを裏付けてくれました。この判決に心から拍手をお送りします。そして正義の判決が陪審団の熟議によって出されたと感じております。
今回の判決は、私の家族にとって大きな勝利であっただけではなく、アメリカにとっても大きな勝利です。そして真理そのものにとっても大きな勝利です。今回の評決がすばらしく迅速であったことも重要です。陪審員団が約1時間の熟議をした後、評決は下されました。陪審員団が、裁判の過程で提出された広範囲に亘る証拠に確信を持っていたことは明らかです。その証拠とは、ジョワーズ氏ばかりでなく、マフィア、市、州、そして連邦政府機関も、夫の暗殺に深い関わりを持っていたということです。
また陪審員団は、狙撃者はジェームズ・アール・レイの他にいて、レイはその罪をなすりつけられたのだという、抗えない証拠を認めました。私の家族は報復することに何の関心も持っていません。唯一の関心は、夫暗殺の全貌が明らかにされ、それが法廷で裁定されることでした。この裁判を進めるにあたって、なぜ時間と労力を使って辛い過去のことをほじくり返すのだ、という声がありました。それに対しては、私達の家族も国民も簡単に答えられます。国のシステムが機能していないが故に、我々も国民も今回のことに関わりを持たざるを得なかったということです。
夫の暗殺に責任がある人たちは、その関与について責任を問われることはありませんでした。だからこそ、今回の判決は正義と真実にとって大きな勝利なのです。夫の被った悲劇に再び目を向けることは、生半可な苦痛ではありませんでした。でも私たちが感じたのは、真理を追求するために全力を傾けることは、私たちの義務だということです。私達の家族の心の平安のためだけではありません。私たちの国アメリカにも、事の終結と癒やしをもたらすためであります。私たちは真実を明らかにするために、できる限りのことをしました。そしてここにおいでのメディア関係の皆さまに強く申し上げたい。今回の裁判で明らかになったことを、極力多くの方々に伝える努力をしてください。同時にそれは、議員の方々や影響力のある方々に呼びかけることにもなります。
今回の裁判は、関係者にとって決して容易なものではありませんでした。陪審員団とスウィーリントン裁判長にも感謝申し上げます。公正な判決に向けてひたすら献身していただきました。弁護団の皆さまにもお礼を申し上げたいと思います。ウィリアム・ペッパー博士他弁護団の皆さまには、この裁判に正義をもたらすため、身を粉にしてご尽力いただきました。ペッパー博士は多くの年月と私財をこの裁判に投入してくださいました。博士は個人的にも貴重な犠牲を払われ、夫の暗殺についての真実を追求されました。
息子のデクスターにも感謝したいと思います。彼は大きな勇気と忍耐強さを見せてくれ、不当な個人攻撃を少なからず彼が受け止めてくれたので、私たちは暗殺の真相に辿り着くことができました。他3人の子どもたち、ヨランダ、マーチン、バーニーにも感謝したいと思います。彼らは信念を曲げず、辛い思いに屈せず、揺るがない努力を積み重ね、父親暗殺の真実に迫りました。「モラルの領域の弧は長いが、それは正義の方に曲がる」とは夫の言葉です。私の夫であり、子どもたちにとっては父親であるマーチンが暗殺されてからおよそ32年。私は今日しみじみ思うのですが、今回の陪審員団の評決は、この原則をはっきり支持して下さっています。この信念があれば、私たちは21世紀と次のミレニアム(千年紀)を希望と癒やしに満ちた新しい精神で始めることができます。
デクスター・キング: まず申し上げたいのは、ここでこんな風に話をするのはとてもつらいことなのです。しかし、重い心を引きずりながらも、ここにいることで、私は苦みと喜びを同時に感じます。辛いというのは悲劇、それもおよそ32年前に起こった悲劇に取り組み、今日になってもまだそれに取り組んでいるからです。喜びを感じるのは事の真相がついにわかったからです。喜びを感じるのはこの家族の正当性が証明されたからです。喜びを感じるのは、私たちはやっと本当に自由になったと申し上げられるからです。
やっと私達は自分たちの人生を歩んでゆけます。母には本当に感謝しています。母は率先してたゆみない努力を傾け、この間ずっとこの重荷を背負い続けました。私たちは当時子どもでした。何が起こっているのか本当のところ分かっていませんでした。妹と弟へ、3人は揺るぎない態度でこの場にいてくれます。伯母へ、私たちは一つの家族として団結し努力してきました。私たちはついに求めてきたものを手にしました。つまり、きっと真実をたらしてくれる証拠を法廷に提出できる機会がやってきたからです。
私たちは、私たちがずっと言い続けてきたことを支持してくださる12名の陪審員の方々を持つことができました。もしアメリカ国民が実際に傍聴することを許されるのなら、12名の陪審員と同じ結論を下すことでしょう。とくにお礼を申し上げたいのはウィリアム・ペッパー博士です。博士のご奮闘がなければ、真相を知ることはなかったでしょう。本当の意味で裁判に関わることもなかったでしょう。メンフィスで得られた証拠と情報があるからこそ、今回の裁判は勝利したと心から思えるのです。
私たちはいろいろな報告に耳を傾けるわけですが、そうすると悩んでしまいます。判決が出たことで答えを上まわる数の疑問が生み出されてしまうのからです。それは完全な誤りです。ほぼ4週間に及ぶ証言の席に連なった人は誰でも、70名を越える証人、それも信頼できる証人や、数名の裁判官、他の非常に信頼できる証人に至るまで、真理はここにあることを知るでしょう。現在の問題は「それで、これからどうするのか?」です。私達は家族としてその役割を果たしました。この真実を覆うものをできる限り取り除きました。事の真相はわかりました。それは公的に記録されました。閲覧可能となるでしょう。やがてネットでも閲覧できるようにします。少しでも真相を知ろうとする気持ちがあれば見つけることができます。
そして次のことはきちんと申し述べ、記録に残しておきたいと思います。何気なく不正確な報道をされているのかもしれないメディアのみなさま、いいですか、みなさまがいろいろな事実を知らずにいるかもしれないので、はっきりさせたいと思います。メディアの情報操作に加担されているかもしれない方々も、耳を傾けていただきたい。ジェームズ・アール・レイが自白したという、いつも真っ先に出てくる言葉は正しくありません。彼は自白など一切していません。彼は司法取引をしたのです。この法的プロセスをご存じであればすぐわかることですが、司法取引と自白は別物です。なぜ? 司法取引は、本質的に、刑を軽減してもらうことを目的に持ち出されます。同時にそれは犯罪を犯したことを認めることにもなります。
二つ目です。今回の評決は、報道されている通り、ジェームズ・アール・レイ以外の人物が関わりを持っているという陰謀説を採りませんでした。陪審員団の評決は陰謀説に加担するものではありませんでした。このことは明確にしておきたいと思います。陪審団が評決した証拠は次の三点に他なりません。
1.ジェームズ・アール・レイは狙撃者ではない
2.彼は犯人に祭り上げられた
3.彼は騙されたことがわかっていない
ロイド・ジョワーズは、彼と共謀した人物も含め、州、市、連邦政府当局と関わりがある、ということも陪審員団の結論でした。そのこともはっきりさせておきたいと思います。みなさまの情報源は怪しげなものばかりです。
また、父暗殺のことで発言する資格があるのは、1)現場にいた人、2)陪審員、3)家族、そしてもちろん4)弁護団だということをはっきりさせたいと思います。あの人はキング牧師と一緒に行進したと誰かが言っているからというだけで、この件に関する信頼できる証人とはなりません。政治的なパイプがあるからとか、同じ嘘を繰り返すことでキング家の信用を相変わらず失墜させている政府広報担当者であろうが、関係ありません。今回のことは父に降りかかったことです。国の安全に関わる問題がある時に使われる、きわめてはっきりとした計画と手順が存在します。まず、その人の信用を失墜させようとする動きです。
二番目に嫌がらせがあります。そして、嫌がらせもうまくゆかなければ、最後は殺害か排除です。それが愛する父に起こったことでした。父は体制に挑戦したのです。 父はベトナム戦争反対を明言しました。父は貧困への対処を語り、貧しい人たちをワシントンに連れて行きました。同時に政治的なプロセスにも関心がありました。父の力は強大になりすぎました。母も言ったことですが、次のことは忘れないでおきましょう。国というシステムが機能しなくなったので、市民が当然のことを実践するのです。その機能不全が、何よりもまずマルチン・ルサー・キングJr.や他の人物たちを生み出し、彼らを街頭で最前線に立たせました。彼らは、殴打され、残虐な扱いを受け、殺されることすらありました。
さて、国が正しいことをしなければならないのに、機能不全があります。するべきことは、それは今だれがこの人を殺したか探し出すことです。そうすると国は血まみれた手を自ら差し出さなければならなくなるでしょう。だからその捜査は、個別の市民の努力にゆだねられているわけです。父も一人の市民として、個人のレベルにまで後退して他の手段を模索しなければならなかったのです。民主主義を与えてくれたことを神に感謝します。欠点だらけですが、アメリカにはまだ(民主主義という)一つのシステムが残っていて、正義が達成されることもあるのです。だから今回の評決は、この民主主義の最後の砦に向かって声を上げたのだと、心から思います。この裁判において12名の自立した陪審員は何らかの真実を聞くことができました。そしてここにいらっしゃるメディアのみなさまばかりでなく私もそれを耳にし、知る機会を与えられました。ですから、その点で喜ばしいことなのです。
最後に、32年経って真相が明らかになったので、私たちはやっと自分たちの人生を歩み続けることができます。司法省の動きはどうでもいいです。司法省は正義(Justice)を体現していません。私たちが今回のことについて司法省の手を煩わせることはしませんでした。彼らが自らを訴追することなど考えにくいことです。誰が警察に対して警察力を行使するというのですか?それはアメリカ国民にかかっています。私たちキング家はやれることをやりました。次はあなたがた、メディアの皆さまです。皆さまが心の中の「あるべき力」を自分のものと感じ取り、12名の陪審員の方々がされた今回の仕事を公表すること、それこそ皆さまのお仕事です。事の真相は分かっています。それで完了です。どうぞ、今日からはこんな質問はやめてください:「ジェームズ・アール・レイが、お父さんを殺したのだと思いますか?」 そんな質問をずっと聞き続けてきました。こう答えるのも最後です。「信じていません」と。ご清聴ありがとうございました。
マーチン・ルーサー・キング三世: 今の兄さんの話、話し方も内容もすごくよかったと思います。まずそれを言っておきます。父と一緒に仕事をしたすべての人を代表して、そして父が共同設立したSCLC(南部キリスト教指導者会議)のスポークス・パーソンとして、私は兄のデクスターや母が言ったこと以上に言えることはあまりありません。確かに、ここに至るには長い、長い時間がかかっています。大事なことは、真実はいつか明らかになるということです。大事なことは、前進を続けるなら、いつか、それも黄昏時になっても、ある日真実という結論に到達できるということです。このようなことは多くの人たちのお力添えがなかったらできませんでした。私からもペッパー博士と彼のチームに感謝いたします。今回の裁判に、ほぼ20年あまりに亘って取り組んでいただきました。兄にも感謝しなければなりません。兄はキング家のみんなを落ち着かせ、家族のみんなに怯まず問題に取り組もうと激励する役割を演じてくれました。今回の問題が、たぶん、キング家の信用失墜を図る流れになることをみんな分かっていたので、励ましてくれたのです。
私達は狂っていると口にする人がいました。私達の狙いは他にあるとはっきり言う人もいました。私たちがやろうとしたことは、真理を追い求めることだけでした。ですから、ある意味で今回は一つの終結であり、私たちにとって一つの章の終わりかもしれませんが、兄も母も言いましたように、別の人たちにとっては単なる始まりにすぎないかもしれないのです。私たちは今日喜びでいっぱいです。願わくはみなさまも、今回のことを契機に真実追求の姿勢を崩されませんように。ご清聴ありがとうございました。
バーニス・キング: ちゃんと話せるか不安です。父が暗殺されたことについて今まで一度も発言したことがないからです。私はたった3歳でした。 覚えていらっしゃるかもしれませんが、父の葬儀のとき私は母の膝の上でした。だから申し上げることはあまりないのです。本当の意味で私が思い出す言葉は最高裁が下した判決で語られた言葉です。アラバマ州モントゴメリー市で起こったバスボイコット事件の裁判です。最高裁を通じて「神が語られた」というのがその言葉です。神は今回12人の自立した陪審員を通じて、テネシー州メンフィス市で父の暗殺に関して言葉を語られたと思うのです。口幅ったい言い方になりますが、牧師を務めている関係上、キング家の魂の導き手として、今回のことに対し神への真の賛辞を捧げなければなりません。神が嘘つきではないかどうかは、私たちの理解の及ばないことです。神の言葉はこうでした:「汝らから離れたり、汝らを見捨てることは絶対ない、地球最後の日まで汝らと共にいる」。ですから、私はこれからのことについても神を賞賛します。私の家族へのご慈愛を感謝します。
私の家族は、ウィリアム・ペッパー弁護士のことで、神を賞賛します。ペッパー弁護士には疲れを知らない勤勉さでご奮闘いただきました。聖書の言葉です:「今の仕事に倦むことなかれ。飽きずに励んでいれば、時期がきて実を刈り取るだろう」。今日私たちは収穫を得ました。私たちだけではありません。この国アメリカもそうです。そして私は信じているのですが、神はマーチン・ルーサー・キングJr.の暗殺に関して更なる真の言葉をついには語ってくださるでしょう。というのも、私たちが最初から申し上げていることですが、事件の記録を歪みのないものにするために、心の平安と満足感が必要なのだとしても、私たちが取り組むべき現実は。誰がマルチン・ルター・キングJrを殺したか、ではありません。アメリカという私たちの国が次のミレニアム(千年紀)に進んで行くにあたって、何がマーチン・ルーサー・キングJr.を殺したか、なのです。つまり、何がマーチン・ルーサー・キングJr.を殺したのか、という問を立てれば、私たちはアメリカ国民として、目を背けるわけにはゆかない不正義の数々に取り組むことになるでしょう。アメリカは、結局は、この世界をリードする国なのです。ですから、これまでの流れに対して神に感謝いたします。アメリカ国民が今回の真相究明に多彩な方法で絶え間なく声を上げてくださったことに感謝します。この時点でまだ声を上げられていない方々にも感謝します。祈ることによって支援していただきました。
ウィリアム・ペッパー: 一言述べさせていただきます。アメリカという偉大な共和国は、その歴史を通し、マーチン・ルーサー・キングが人生の最後に対決しようとした課題を正面から見据えることを恐れてきました。デクスター・キングがかなり率直に言っていました。マ-チン・ルーサーはベトナム戦争に反対しました。貧しい人たちをワシントンに導き、議会議事堂で貧困層の大義を訴える集会を持とうとしました。人々はワシントン記念塔の陰にテントを張り、この国土に様々な権力が厳として存在していて、自分たちにはいろいろな権利があっても、それが拒絶されてきたことを、政治家たちに想起させようとしました。
キング牧師はこの国の政治を支配する勢力、つまり強力な経済的勢力に挑んだが故に殺されたのです。彼が殺されたのは、彼の動きを止められなかったからです。彼が殺されたのは、50万の人々がこの国の議会議事堂で革命に立ち上がり、ジェファーソン氏がこの国を20年ごとに浄化する必要があると語ったことをするのではないか、と恐れたからです。 この国はまだ浄化されていません。この国は、マーチン・ルーサー・キングJr.が息絶えるまで、真正面から対決しようとした諸問題にきちんと立ち向かったことがありません。例の集団は今日でも存在しています。悪の勢力のことです。この国の政治を支配し、戦争で金を儲け、貧しい人々の権利、つまり生まれながらに持っている権利を剥奪しようとする強力な経済的勢力のことです。彼らは今でも圧倒的に支配者の立場にあります。
陪審員団は、キング牧師が根っからの市民活動家と見られるようになった背景を聞きました。陪審員団は、キング牧師がそういう色づけをされる理由を最後には理解しました。彼は根っからの公民権活動のリーダーではありませんでした。彼は世界的に大変な名声のある人物だったのです。彼は道徳理念の旗振り役で、アメリカ中で見聞きされました。アメリカでも、ヨーロッパでも、東南アジアでもそうでした。彼にはそういった圧倒的な存在感がありました。彼は体制にとって危険人物であり、脅威でした。だから彼は抹殺されたのです。
陪審員団が耳にしたことがもうひとつあります。ほぼ4週間にわたってすべての証人が証言したのですが、 彼が暗殺されたのは、メンフィス滞在中、警察警護がすべて解除されていたことが理由です。ブラック・ファイアマン(黒人消防士?)すら取り払われていました。彼のボディガードはお役御免でした。攻撃部隊は戻されました。手順は着々整いました。それからジョワーズとマフィアとの関わりが、暗殺計画と背後関係について調査するなかで前面に出てきました。
ジェームズ・アール・レイを操った男は、提示された一連の写真を見て偏らない複数の証人によって特定されました。あるイギリス人ジャーナリストの話に似ています。彼はこの男の写真を自分の娘に見せました。そして「パパが真っ先にこの男を特定している写真なんか誰でも手に入るわよ」と彼女は言いました。あるポルトガル人ジャーナリストがこの父娘に会い、アメリカ政府がこの男をどんな風に守っているかを聞かされました。現在彼らの家の電話は保護装置がついています。この人間は誰ですか?アメリカ政府が保護し続けるこの人間は誰ですか?どんな襲撃からこの人間を守っているのですか?そして証拠はさらに広範囲な陰謀を裏付けていきます。
実際、消防署の屋上にカメラマンがいたことを知っていましたか?人の軍属カメラマンが消防署の屋上ですべてをカメラに収めていたことをみなさんは知っていましたか? カメラは2台です。1台はバルコニー、もう1台は車道から藪で覆われた場所です。撮影位置を頻繁に変えています。写真が国防総省の記録保存室に埋まっていたのですが、当然みなさんは知りませんでしたよね。どうして知らなかったかおわかりですか?この事件には警察捜査が全く入っていなかったからです。一軒ごとの聞き込みもありませんでした。2週間も経ってから、近所に住む人が言いました。「警察は一度も私の家のドアをノックしていません。じゃ、私が見たことをお話ししましょう」。 そして彼女は証言台に立ち、見たことを話しています。彼女は、「一人の消防士が警察に『写真はその藪に覆われた場所からだった』と話しているのを目撃した」と証言しています。しかし警察はそれを無視したそうです。
一人の男が小道から走り出し、車に乗り込むのを目撃されています。そして彼はまさに警察署の正面から追い立てられるように走り去っています。それでいて、警察は彼を全く止めようともしませんでした。そうなのです、みなさんは知りませんでしたよね、こんなことがあったことを。知っていましたか?警察は消防署を管轄する消防隊長に話をしませんでした。30年間だれ一人この消防隊長に話をしませんでした。彼が複数のカメラマンを消防署の屋上に配置したのです。彼は証言台に立ち、「ええ、私がカメラマンをそこに配置しました。警察は資格証明書を見せて、写真を撮りたいのだ、と言いました」と明言しています。その写真はどこにあるのですか?その証拠はこの間ずっと存在していました。国防総省の記録保存室にずっと埋まっています。
マーチン・ルーサー・キングJr.の死の悲劇は、ここにいらっしゃるキング家の悲劇です。キング家は、私の見るところ、何世代にも亘り、第一次世界大戦にまで遡って軍の諜報部の監視下に置かれていたアメリカで最初の家族です。 それもキング家の闘いと彼らが何を目指して闘ってきたか、が原因です。今日までキング家は恐れられてきました。ですから、それがこの家族の悲劇なのです。この国にとっての悲劇です。そして、それはこの男を失った世界にとっても悲劇です。
第三の悲劇は、今回のことについて政治的問題として対処すべき議会制民主主義が機能しなかったことです。この種の行動は隠蔽されました。どうやって隠蔽されたのか?ええ、陪審員団の皆さまは、31年に亘るその隠蔽方法についての証拠を法廷で耳にされました。 そしてここが大事なところです、みなさん! その証拠は殺人にまで話が広がります。 お気の毒なことに何の罪もないタクシー運転手が殺されたのです。 彼はロレイン・モーテルのドライブウェイで荷物をタクシーに載せていました。そして狙撃者が壁を乗り越え、マルベリー通りへ走り去り、すぐにでも発車できるように待っていたメンフィス警察の交通車両に乗り込むところを目撃しました。 彼はタクシー配送担当に話しました、「ああ、警察が殺人者と一緒だ。 そいつはメンフィス警察の交通車両に乗せられていった」と。この気の毒なタクシー運転手に何が起こったか?彼はその夜、警察の聴取を受け、翌朝死体が発見されました。彼の死についての記録は皆無です。記録は全くありません。もしこのタクシー運転手の話を聞いていた複数の人が、その人たちはまさにその夜、彼の話を聞いたのです。彼らを見つけていなかったら、私たちはこのことについて何も知ることはなかったでしょう。
それで、私たちは電話帳から彼の妻と彼のことを探らなければなりません。1966年版、1967年版に目を通し、1968年版に未亡人「ベティ」の名前がありました。彼は死んで、この世の人ではなくなっていました。そして話は殺人から収賄へと進んでゆきます。ジェームズ・アール・レイは2つの場合を想定して多額の金銭を提示されていました。刑務所に入り、有罪を認めれば恩赦があるということです。彼は有罪を認めませんでした。
ジェームズが入獄中に、彼の暗殺未遂があった証拠がありました。当局がどのようにして入獄中のジェームスを排除し抹殺しようとしたのか。その証拠が提示されました。私たちはその証拠すべてに目を通しました。皆さん、そしてマスコミ関係者の方々!こんなことはみなさんの、メディアのみなさんの力を借りなければ隠蔽することは到底できません。何もジャーナリストのみなさんのすぐれたお仕事ぶりを非難しているわけではありません。 みなさんはここにきて記事を書き、それを編集者に回して、紙面になるのを見るわけです。テレビカメラマンのみなさんもすべき仕事をしていらっしゃいます。最後に、何が放送され、何を紙面にするか、何が観点なのかを決定する勢力にそれは関係することです。そこで私たちはメディア界を主導する専門家の一人であるビル・シャットに、政府が使ったこの情報と宣伝工作について、証言台に立って証言してもらいました。彼は代々の政府がこの種のことをどう行ってきたか、現在に至るまでの手法を詳細に説明してくれました。彼は、キング家がジェームズ・アール・レイ裁判支持を表明した時、当局者の動きがどうであったか、説明してくれました。マーチン・キングがベトナム戦争反対を表明した時の当局の動きについても説明がありました。
そして、いいですか、キング牧師がベトナム戦争反対を表明した時、誰も彼もが彼に反対したのです。メディアは、彼を明日はもうないかのように攻撃しました。全く同じように、メディアは、明日がないかのように、彼の家族を攻撃しました。キング家の人たちが正しいことをしていた時にです。メディアの仕事は事実を明らかにすることであって、隠蔽することではありません。この事実は隠蔽されてきました。この32年間隠されてきたのです。今回の陪審団が声を上げてくれました。そして評決文には何が書かれていましたか?いずれ出てくるでしょう。そして偏見が顔を出します。「ああ、裁判長は裁判中眠っている時間が多かったし、証拠に耳を傾けることはほとんどなかった。ああ、伝聞証拠はどっさりあったな」。言うまでもなく、もし伝聞証拠があるとしても、都合の悪い自白は除外されています。
こういったことはキング牧師の姿を一度も見たこともない人たちから次々と出てきます。彼らはキング牧師の話を一度も聞いていませんし、彼がやろうとしたことに関心がありません。暗殺は単独犯だ、という説をひたすら聞かされる場に彼らは身を置いています。事態はいつもそんな風に進行します。さて、そろそろ力を合わせてこんな馬鹿げたことに終止符を打つ手段を何とか講じられるのではないでしょうか。こんな馬鹿げたことはお仕舞いにできます。こんな隠蔽を止めさせることができます。陪審員が声を上げてくれた、と私たちは声を大にして言うことができます。陪審団はすべてを聞いています。もしわが国の裁判制度に少しでも良識が残っているとすれば、それは12人から成る陪審員団がいるという事実で、彼らは他の人たちの言い分に耳を傾けることができますし、資料を見直すことができます。50件あまりの証拠物件があり、それらを見直し、自分たち自身の判断をすることができます。
被告側は何度も裁判を棄却させようとしました。 裁判長は拒絶しました。そういった流れで陪審員団の出番となり、陪審団は声を上げました。これこそが法廷であり、癒やしにつながると期待してもいいのではないでしょうか。私たちは真理に到達しました。政府がすることに、そして政府ができることに、家族は満足しています。政府はたぶん過去に例がないようなことをしているのかもしれません。政府がそうしたいというのであれば、やらせればいいのです。現実に進行中のほとんど犯罪的な訴訟の特徴が今もあります。それは政府がこれまで手をつけず、これからもやろうとしないことをこの家族が私的なレベルでしなければならなかった、という事実です。間違いなく、 法廷でこの30日の流れの中で述べられた証拠はすべて32年間入手できるものだったのです。その証拠は人々の目の前に置かれていました。ただ、それに目を向け、質問をし、喜んで話をしてくれる信頼できる人の話を信じるだけでよかったのです。それ以上のことは必要ありませんでした。というのは黒人の商店主たちがいて、殺されたタクシー運転手が彼らに話した「バルコニーにあいつが出てきたら、あのクソ野郎を撃て!」という言葉の意味がわからなかったのです。タクシー運転手がわかっていないことをその男は知りませんでした。その男とはサマービルから来たビジネスマンでした。
国の伝統的な歴史の中で、たった1年間、彼の人生の最後の1年間で、犠牲者の友人であり同僚だった人物が、20年後にその犠牲者の有罪判決を受けた殺人犯の決着をつけました。そして、正義の最後の探求において、私はついにキング家を代表することとなりました。それが私がたどった過程です。今回のことがその結果です。私たちはついに正義を手にしました。マーチン・キングの裁判に当たって好んで口にしたのがこの言葉です。「真理はどんなにひどく踏み潰されても、いつも再び首をもたげるものです」。みなさん、 昨日テネシー州メンフィス市のあの法廷において、ついに例の踏み潰されていた真理がその首を再びもたげました。本日私たちはその真理を確認しています。
デクスター・キング: 最後までご清聴いただいたことと、取材に来ていただいたことに感謝申し上げます。これでこちらからの正式な発表を終わりにして、あとはご質問の時間にしたいと思います。
デクスター・キングの答え: この次どうなるかは、お聞きになった通り、本当に私たちの手に負えないものです。軽率で無神経な言い方と思われるかもしれませんが、私たちは今の時点でそれを意に介していません。父の口癖だった健全な利己主義で、この家族は今、浄化され、癒やされ、前に進むことを望んでいます。これで幕です。私たちにとってはそうです。私たちはここから前に進めるとの感触を持っていることを申し上げるためにここに来ました。
デクスター・キングの答え: いや、いや、ジョワーズ氏は共犯者の名をきちんと挙げています。それも名前の誤表記です。どうしてそんなに誤情報が多いのでしょう。唯一言えることは、もしちゃんと時間を取りたいのなら、これらの記録を読むべきです。皮肉なことに、ここに来る時、たまたまジョワーズ氏から私の携帯に電話がありました。話の内容の骨子はこんな風でした。キング家に知ってもらいたし、母に直接言いたいと言っているのは、キング家に危害を加える気持ちはなかったし、今回のことで胸のつかえがとれたことを喜んでいる、ということです。ジョワーズ氏は陪審員団の今回の評決を喜んでいます。そのことは彼の弁護士にも言っていないそうです。どうでもいいことですが。私にはあまり時間がありませんし、私にこれから何が起こるのかは気にしていません。ジョワーズ氏は訴追されることをとても心配しています。それが理由でなかなか前面に出てくれようとはしませんでした。 ペッパー博士は彼に心配はいらないと言い続けました。当局者は真理を望んでいないからです。だから訴追されることはありません。もし訴追されれば、それすべての「公式的な」話は水泡に帰してしまうからです、と。今ではその「公式的な」話が、真実でないことが分かっています。
質問: 法廷外のたくさんの人たち気持ちには、これらの共謀者の名前も顔も分からなければ、本当の終結も正義もないのでは、との思いがあります。
デクスター・キング: いや、彼は狙撃者の名前を挙げました。彼が殺人犯と名指しした狙撃者は、メンフィス警察の警部補アール・クラークです。再度申し上げます。信頼できる証人が特殊部隊のメンバーの名前を挙げたのですが、彼らは任務を遂行する必要がありませんでした。何故なら殺し屋、あるマフィアの殺し屋が暗殺したからです。そのことはもっともらしく否定するでしょうが。
質問: キング家のお気持ちについて質問させてください。この大きな陰謀グループの顔も名前も分からないかぎり、そしてその陰謀に加わった人物たちの顔と名前がはっきりしないかぎり、裁判が役に立ったことにならない、と感じている人たちがいます。ご家族は、この見方に同意されますか?
デクスター・キング: 同意しません。私たちには分かっているからです。言い方が漠然としているかもしれません。こういったことが起こるには制度的な枠組みがあります。 ですから、遡って誰が命令を下したのか知りたい人のために調査したい、ということであれば、その制度的な枠組みを活用できます。私自身軍隊についてある程度の知識はあります。部隊が国内問題に関わり合いを持つ時、軍司令官はある誓約をすることになっています。 この場合、部隊、つまり特殊部隊はそこにいない、と表明することでした。しかし、実際はペッパー弁護士が証言台に立たせた消防署の隊長は陸軍特殊部隊のカメラマンを屋上に配置したと語りました。もう一人目撃者がいました。メンフィス警察の警視正で、複数の陸軍将校がその場にいたと話しています。そんなに多数の陸軍高級将校がメンフィス警察に姿を見せることは今までに一度もなかった、とのことです。そういうわけですべて情報は出揃っています。ただ、誰一人それにほんとうに目を向けることはなかっただけです。 こんな信じがたい隠蔽は前代未聞です。 とても信じられません。唖然とします。ですが、再度申し上げます。その調査に手をつけたいと思うなら、 このマイクロ波の社会にあって、そういった情報を素早く手にしたいと全員が思うなら、誰でも、私たちや12人の陪審員と同じ結論を見つけ出すことになるでしょう。真剣に腰を落ち着けて、その情報を検討すれば、の話ですが。
質問: すると、キング家はそういう人たちが投獄されることを必ずしも望んではいない、ということですか?
デクスター・キング: ええ、望んでいません。私たちは今回の問題について、報復的な正義を求めたことは一度もありません。私たちは愛する父の精神に従っています。父はある女性を赦したことがあります。そうです、その女性に刺され、危うく命を落としそうになりました。身近なところでは、祖父が祖母を殺した人間を赦したところを私は目撃しています。私が13歳の時でした。私を含めこの家族が話題にしてきたのは「赦し」のことだけです。 私たちは愛の家族です。私たちは常に口先だけでなく、有言実行しようとします。人々を入獄させることに私たちは何の関心も持っていません。私たちが目指すのは社会の浄化です。なぜなら、これらの社会の病根はまだ消えていないからです。妹がとても上手に言ってくれました。問題は誰がマーチン・ルーサー・キングJr.を殺したか、ではありません。何が彼を殺したのか、どうして彼は殺されたのかが問題です。父が殺されたのは、今日まだ手つかずにある諸々の不正義を父が何とかしようとしていたからです。
デクスター・キング: 再度、この場にいらっしゃる皆さまお一人お一人に感謝いたします。どんな力であれ、それが物事を裁定し、裁定するのはあるべき正しい力にかかっていることに私たちは希望を持っています。しかし、ご注意ください。キング家が金銭のために今回の訴訟を起こした、という攻撃的言辞を耳にされるでしょう。私は言うことができます。領収書はしっかりお見せできます。たくさんのお金を使いました。そして今回の裁判でたくさんのお金を失いました。儲けはゼロです。ご存じのように、裁判で宣告されたのは雀の涙ほどの金額です。私たちの請求額は100ドルでした。なにがしかの費用は不可避でしたし、間違った死亡訴訟だったからです。 100ドル請求したのは、私たちの訴訟は金銭が目的ではないからです。 私たちはお金を使いました。70人あまりの目撃者に出廷していただいた諸費用をお払いしなければなりませんでした。
しかし、自由に値段はつけられません。 そして、もちろん、死に値段はつけられません。ですから、私たちが期待するのは、新しいミレニアムに向かって前進できることだということです。そろそろクリスマスです。
質問: 今朝、ジョワーズ氏と何を話されましたか?
デクスター・キング: 彼が言ったのは、今回のことで申し訳なく思っていることを、私に知ってもらいたい、ということだけです。キング家にも、そして母にも。(彼は母の様子を聞いてくれました)。今回の結果については喜んでいる、とも言ってくれました。起こるべくして起こった、というのが彼の言葉です。この年になって自分に何が起こるのかわからない、ということも言っていました。この後、刑務所送りになることを彼はまだ恐れています。彼に最初会った時、彼がまず気にしていたのはそれでした。「刑務所には行きたくない。私は老人だし、とても怖い」と言っていました。司法省が彼に連邦刑事免責を与えても、テネシー州の刑事免責がどうなるのか心配なのです。 もし州刑事免責が与えられないことになっても、私たちは絶対免責が出されるように動くから心配しなくてもいい、と言ってやりました。そんなふうに後押しするつもりです。
質問: その会話で彼が暗殺に関わったかどうか、何か言いましたか?
デクスター・キング: この時は話していませんが、別の機会に話したことはあります。少なくとも2回は直接会って話しました。彼は悪態をつくようなことが実際1回ありました。何か告白でもしようとしたのでしょうか。彼は夜遅く、雑談するために私に電話してきたことが何回かあります。気持ちを整理したかったのでしょう。ある意味で、つまり、もう死ぬことがほぼわかっているような人間は、自分がやったと言ったでしょう。まさにジェームス・アール・レイがそうですが、彼は肝臓移植を提案されていましたから、どうしてそんなものを墓場まで持ち込むでしょう。特に余命がまだある場合は、です。
質問: ペッパーさんへの質問です。裁判で新事実はありましたか?
ウィリアム・ペッパー: リディア・ケイトンが裁判が始まろうとする時に前に進み出ました。 彼女はロレイン・モーテルの通りを少し南に下ったところに住んでいました。狙撃のあった午後、狙撃音を耳にした彼女は二人の子どもの腕を引っ張り、曲がり角に向かって南方向に走りました。狙撃から約8分でその曲がり角に到着しました。隣人の一人が彼女と立っていました。 その人が一人の男を見ています。その男はワンルームのアパートにつながる路地から走り出し、シボレー・コルベアに乗り込み、その車で曲がり角を曲がって行きました。警察はそのマルベリーの曲がり角に立っていました。また彼女が見たのは、一人の消防士が警察に「銃は藪に覆われた場所から発射された」と大声で叫んでいるところです。ケイトンさんの示した証拠と勇気はとても重要です。消防署の隊長が屋上にカメラマンを配置したことを証言した勇気も重要です。この二人は不安と恐怖心を持っていました。それは重要なことだったと思います。
これは、殺されたタクシー運転手ルイス・ウォードに話しかけた重要な目撃者の証言です。このタクシー運転手はネットワークTVチームについて話をしていましたし、彼らがジョワーズ氏を嘘発見器にかけた後、彼らを乗せて空港まで車を走らせました。このことはきわめて重要でした。ジョワーズ氏はある時点で嘘発見器にかけられ、その検査に引っかかりました。いずれ公表されます。ジョワーズ氏は検査に引っかかったと告げられました。テレビチームは空港までの車の中でジョワーズ氏について話をしていました。運転手はジョワーズ氏を知っていたので、思わず耳を聳てました。前の席に座っていた嘘発見器の検査者が、「彼を動揺させる手立ては何もないよ」と言っているのを耳にしました。それから後部座席に座った男たちが尋ねました。「じゃ、どうして一人の人間が、あんなにたくさんの細かいことを記憶しているのだ?どうやったら、そんな正確な記憶の再現ができるのだ?」 前の座席の検査者の返事は「わからないが、彼に嘘をつかせることはどうやってもできないだろうね」でした。
それから番組が放送された時、ジョワーズは嘘発見器に引っかかった人間としてまだ扱われていました。そのタクシー運転手が出てきました。それから、別のタクシー運転手兼警備員、ジェームス・マクグローと呼ばれる男が出てきて、懸命に証言を避けようとしましたが、結局は証言することになりました。この男は15年後に亡くなっています。マクグローとジョワーズさんは一緒に暮らしていました。マクグローが言ったことはこうです。 ジョワーズ氏の親友であるマクグローは、15年間酒を飲むといつも酩酊して、自分がやったひとつのことに戻るのが常だったそうです。マクグローは暗殺事件のあとジョワーズから例のライフルを始末するように言われていました。彼はメンフィス・アーカンサス橋からミシシッピ川に投げ捨てました。そこに暗殺で使った武器が32年間眠っています。
マクグローの言によれば、素面(しらふ)の時そのことを話すことは絶対にありません。酒を飲むと口にし、詳細はいつも変わりません。内容はいつも同じだそうです。マクグローはジョワーズを信頼し、二人は親密な関係になりました。裁判の流れの中で証拠として出てきたことです。陪審員団はそれらをすべて説得力のある証拠と判断しました。合衆国諜報部のトップにいる人物は、諜報部に訓練された職員など一人もいないと言っています。 彼らは時と場合によっては足を引っ張る存在になることもあるからです。キング牧師警護部隊を率いていた人間は、キング牧師がホテルに最後に入った後のことは全く知らされていませんでした。彼が明言しているのは、受けている指示はキング牧師がホテルに入館する時の警護で、その後の警護は指示されていないとのことです。当初予定されていた中庭つきの部屋201号室が変更になっていることをこの男は知りました。部屋は206号室に変更されたのです。そこは外部から丸見えのバルコニーのある部屋でした。
そして、すべては藪に覆われた場所にあることになります。例の「藪に覆われた場所」です。非常に多くの目撃者が藪の中に人影があり、そこを乗り越えて、走り去るのを見ています。ご存じのように翌朝7時、メンフィス警察署のサム・エバンズ警視正が公共事業署の管理官であるメイナード・スタイルズを連れて来ました。そしてスタイルズ氏にチームを編成してその藪の伐採を指示したのです。4月5日午前7時、藪の伐採のためにチームが送られました。さてそれを警察用語で言い換えるとどうなるでしょう?こうなります。犯罪現場をめちゃくちゃにし、現状をまったく別物に変えてしまったということです。決して同じ状態にもどらないようにしたということです。藪に覆われた場所がなければ、狙撃者が存在することは不可能です。つまり、警察がやったことはこういうことなのです。 これですべて明らかになりました。
最も感動的な証言は前政府諜報員だった人のものだと思います。国家安全保障会議(NSC)のとても信頼できる人物で、現在末期の肝臓癌です。彼の親友が第20特殊部隊の狙撃者として現場にいました。証言の内容は①その特殊部隊のことを知った経緯、②部隊の指示系統、③部隊の作戦内容をその親友から70年代に遡って話を聞いたというものです。彼の証言は、スクリーンに映し出されたものでしたが、釘付けになりました。彼は肝臓癌の末期で出廷することはできなかったのです。法廷で明らかにされた暗殺にまつわる動き全体の証拠は、一つや二つではなく、それを取り纏めようとすれば取り残しが出てしまうでしょう。関心をお持ちの方はぜひその記録をご覧になったらいいと思います。記録内容をかみ砕き、見られる展示物には目を通してみてください。その中にはある種の軍事資料や人物の名前も出てきます。私の調査結果報告書の一部もご覧になれます。
私にメールを送りたい方はwpinclawus@aol.com.へお願いします。質問や情報の提供はいつでも歓迎です。そろそろこの長丁場の記者会見も終わりに近づきました。これはと思う政府関係者には、直接出向いて質問をぶつけてみてください。というのは、現在政府はやりたいことは何でもやれる権限を持っているのです。隠蔽工作はこれ以上続けられないと思います。しかし、他の点について今後どうなるかについては懐疑的です。ご清聴ありがとうございました。
[訳注] この記事と関連して、MLKとJ・F・ケネディ、ロバート・ケネディの暗殺を総合的にを扱った記事をこのサイトにも載せてあります。下記のURLで参考にしてください。
「公権力によるキング暗殺50周年」Paul Craig Roberts、January 19, 2016
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-40.html
(翻訳:寺島メソッド翻訳グループ 2019年1月8日)
<記事原文>(寺島先生推薦)
https://ratical.org/ratville/JFK/MLKACT/PressConference.html

今回の判決は、私の家族にとって大きな勝利であっただけではなく、アメリカにとっても大きな勝利です。そして真理そのものにとっても大きな勝利です。今回の評決がすばらしく迅速であったことも重要です。陪審員団が約1時間の熟議をした後、評決は下されました。陪審員団が、裁判の過程で提出された広範囲に亘る証拠に確信を持っていたことは明らかです。その証拠とは、ジョワーズ氏ばかりでなく、マフィア、市、州、そして連邦政府機関も、夫の暗殺に深い関わりを持っていたということです。
また陪審員団は、狙撃者はジェームズ・アール・レイの他にいて、レイはその罪をなすりつけられたのだという、抗えない証拠を認めました。私の家族は報復することに何の関心も持っていません。唯一の関心は、夫暗殺の全貌が明らかにされ、それが法廷で裁定されることでした。この裁判を進めるにあたって、なぜ時間と労力を使って辛い過去のことをほじくり返すのだ、という声がありました。それに対しては、私達の家族も国民も簡単に答えられます。国のシステムが機能していないが故に、我々も国民も今回のことに関わりを持たざるを得なかったということです。
夫の暗殺に責任がある人たちは、その関与について責任を問われることはありませんでした。だからこそ、今回の判決は正義と真実にとって大きな勝利なのです。夫の被った悲劇に再び目を向けることは、生半可な苦痛ではありませんでした。でも私たちが感じたのは、真理を追求するために全力を傾けることは、私たちの義務だということです。私達の家族の心の平安のためだけではありません。私たちの国アメリカにも、事の終結と癒やしをもたらすためであります。私たちは真実を明らかにするために、できる限りのことをしました。そしてここにおいでのメディア関係の皆さまに強く申し上げたい。今回の裁判で明らかになったことを、極力多くの方々に伝える努力をしてください。同時にそれは、議員の方々や影響力のある方々に呼びかけることにもなります。
今回の裁判は、関係者にとって決して容易なものではありませんでした。陪審員団とスウィーリントン裁判長にも感謝申し上げます。公正な判決に向けてひたすら献身していただきました。弁護団の皆さまにもお礼を申し上げたいと思います。ウィリアム・ペッパー博士他弁護団の皆さまには、この裁判に正義をもたらすため、身を粉にしてご尽力いただきました。ペッパー博士は多くの年月と私財をこの裁判に投入してくださいました。博士は個人的にも貴重な犠牲を払われ、夫の暗殺についての真実を追求されました。
息子のデクスターにも感謝したいと思います。彼は大きな勇気と忍耐強さを見せてくれ、不当な個人攻撃を少なからず彼が受け止めてくれたので、私たちは暗殺の真相に辿り着くことができました。他3人の子どもたち、ヨランダ、マーチン、バーニーにも感謝したいと思います。彼らは信念を曲げず、辛い思いに屈せず、揺るがない努力を積み重ね、父親暗殺の真実に迫りました。「モラルの領域の弧は長いが、それは正義の方に曲がる」とは夫の言葉です。私の夫であり、子どもたちにとっては父親であるマーチンが暗殺されてからおよそ32年。私は今日しみじみ思うのですが、今回の陪審員団の評決は、この原則をはっきり支持して下さっています。この信念があれば、私たちは21世紀と次のミレニアム(千年紀)を希望と癒やしに満ちた新しい精神で始めることができます。

やっと私達は自分たちの人生を歩んでゆけます。母には本当に感謝しています。母は率先してたゆみない努力を傾け、この間ずっとこの重荷を背負い続けました。私たちは当時子どもでした。何が起こっているのか本当のところ分かっていませんでした。妹と弟へ、3人は揺るぎない態度でこの場にいてくれます。伯母へ、私たちは一つの家族として団結し努力してきました。私たちはついに求めてきたものを手にしました。つまり、きっと真実をたらしてくれる証拠を法廷に提出できる機会がやってきたからです。
私たちは、私たちがずっと言い続けてきたことを支持してくださる12名の陪審員の方々を持つことができました。もしアメリカ国民が実際に傍聴することを許されるのなら、12名の陪審員と同じ結論を下すことでしょう。とくにお礼を申し上げたいのはウィリアム・ペッパー博士です。博士のご奮闘がなければ、真相を知ることはなかったでしょう。本当の意味で裁判に関わることもなかったでしょう。メンフィスで得られた証拠と情報があるからこそ、今回の裁判は勝利したと心から思えるのです。
私たちはいろいろな報告に耳を傾けるわけですが、そうすると悩んでしまいます。判決が出たことで答えを上まわる数の疑問が生み出されてしまうのからです。それは完全な誤りです。ほぼ4週間に及ぶ証言の席に連なった人は誰でも、70名を越える証人、それも信頼できる証人や、数名の裁判官、他の非常に信頼できる証人に至るまで、真理はここにあることを知るでしょう。現在の問題は「それで、これからどうするのか?」です。私達は家族としてその役割を果たしました。この真実を覆うものをできる限り取り除きました。事の真相はわかりました。それは公的に記録されました。閲覧可能となるでしょう。やがてネットでも閲覧できるようにします。少しでも真相を知ろうとする気持ちがあれば見つけることができます。
そして次のことはきちんと申し述べ、記録に残しておきたいと思います。何気なく不正確な報道をされているのかもしれないメディアのみなさま、いいですか、みなさまがいろいろな事実を知らずにいるかもしれないので、はっきりさせたいと思います。メディアの情報操作に加担されているかもしれない方々も、耳を傾けていただきたい。ジェームズ・アール・レイが自白したという、いつも真っ先に出てくる言葉は正しくありません。彼は自白など一切していません。彼は司法取引をしたのです。この法的プロセスをご存じであればすぐわかることですが、司法取引と自白は別物です。なぜ? 司法取引は、本質的に、刑を軽減してもらうことを目的に持ち出されます。同時にそれは犯罪を犯したことを認めることにもなります。
二つ目です。今回の評決は、報道されている通り、ジェームズ・アール・レイ以外の人物が関わりを持っているという陰謀説を採りませんでした。陪審員団の評決は陰謀説に加担するものではありませんでした。このことは明確にしておきたいと思います。陪審団が評決した証拠は次の三点に他なりません。
1.ジェームズ・アール・レイは狙撃者ではない
2.彼は犯人に祭り上げられた
3.彼は騙されたことがわかっていない
ロイド・ジョワーズは、彼と共謀した人物も含め、州、市、連邦政府当局と関わりがある、ということも陪審員団の結論でした。そのこともはっきりさせておきたいと思います。みなさまの情報源は怪しげなものばかりです。
また、父暗殺のことで発言する資格があるのは、1)現場にいた人、2)陪審員、3)家族、そしてもちろん4)弁護団だということをはっきりさせたいと思います。あの人はキング牧師と一緒に行進したと誰かが言っているからというだけで、この件に関する信頼できる証人とはなりません。政治的なパイプがあるからとか、同じ嘘を繰り返すことでキング家の信用を相変わらず失墜させている政府広報担当者であろうが、関係ありません。今回のことは父に降りかかったことです。国の安全に関わる問題がある時に使われる、きわめてはっきりとした計画と手順が存在します。まず、その人の信用を失墜させようとする動きです。
二番目に嫌がらせがあります。そして、嫌がらせもうまくゆかなければ、最後は殺害か排除です。それが愛する父に起こったことでした。父は体制に挑戦したのです。 父はベトナム戦争反対を明言しました。父は貧困への対処を語り、貧しい人たちをワシントンに連れて行きました。同時に政治的なプロセスにも関心がありました。父の力は強大になりすぎました。母も言ったことですが、次のことは忘れないでおきましょう。国というシステムが機能しなくなったので、市民が当然のことを実践するのです。その機能不全が、何よりもまずマルチン・ルサー・キングJr.や他の人物たちを生み出し、彼らを街頭で最前線に立たせました。彼らは、殴打され、残虐な扱いを受け、殺されることすらありました。
さて、国が正しいことをしなければならないのに、機能不全があります。するべきことは、それは今だれがこの人を殺したか探し出すことです。そうすると国は血まみれた手を自ら差し出さなければならなくなるでしょう。だからその捜査は、個別の市民の努力にゆだねられているわけです。父も一人の市民として、個人のレベルにまで後退して他の手段を模索しなければならなかったのです。民主主義を与えてくれたことを神に感謝します。欠点だらけですが、アメリカにはまだ(民主主義という)一つのシステムが残っていて、正義が達成されることもあるのです。だから今回の評決は、この民主主義の最後の砦に向かって声を上げたのだと、心から思います。この裁判において12名の自立した陪審員は何らかの真実を聞くことができました。そしてここにいらっしゃるメディアのみなさまばかりでなく私もそれを耳にし、知る機会を与えられました。ですから、その点で喜ばしいことなのです。
最後に、32年経って真相が明らかになったので、私たちはやっと自分たちの人生を歩み続けることができます。司法省の動きはどうでもいいです。司法省は正義(Justice)を体現していません。私たちが今回のことについて司法省の手を煩わせることはしませんでした。彼らが自らを訴追することなど考えにくいことです。誰が警察に対して警察力を行使するというのですか?それはアメリカ国民にかかっています。私たちキング家はやれることをやりました。次はあなたがた、メディアの皆さまです。皆さまが心の中の「あるべき力」を自分のものと感じ取り、12名の陪審員の方々がされた今回の仕事を公表すること、それこそ皆さまのお仕事です。事の真相は分かっています。それで完了です。どうぞ、今日からはこんな質問はやめてください:「ジェームズ・アール・レイが、お父さんを殺したのだと思いますか?」 そんな質問をずっと聞き続けてきました。こう答えるのも最後です。「信じていません」と。ご清聴ありがとうございました。

私達は狂っていると口にする人がいました。私達の狙いは他にあるとはっきり言う人もいました。私たちがやろうとしたことは、真理を追い求めることだけでした。ですから、ある意味で今回は一つの終結であり、私たちにとって一つの章の終わりかもしれませんが、兄も母も言いましたように、別の人たちにとっては単なる始まりにすぎないかもしれないのです。私たちは今日喜びでいっぱいです。願わくはみなさまも、今回のことを契機に真実追求の姿勢を崩されませんように。ご清聴ありがとうございました。

私の家族は、ウィリアム・ペッパー弁護士のことで、神を賞賛します。ペッパー弁護士には疲れを知らない勤勉さでご奮闘いただきました。聖書の言葉です:「今の仕事に倦むことなかれ。飽きずに励んでいれば、時期がきて実を刈り取るだろう」。今日私たちは収穫を得ました。私たちだけではありません。この国アメリカもそうです。そして私は信じているのですが、神はマーチン・ルーサー・キングJr.の暗殺に関して更なる真の言葉をついには語ってくださるでしょう。というのも、私たちが最初から申し上げていることですが、事件の記録を歪みのないものにするために、心の平安と満足感が必要なのだとしても、私たちが取り組むべき現実は。誰がマルチン・ルター・キングJrを殺したか、ではありません。アメリカという私たちの国が次のミレニアム(千年紀)に進んで行くにあたって、何がマーチン・ルーサー・キングJr.を殺したか、なのです。つまり、何がマーチン・ルーサー・キングJr.を殺したのか、という問を立てれば、私たちはアメリカ国民として、目を背けるわけにはゆかない不正義の数々に取り組むことになるでしょう。アメリカは、結局は、この世界をリードする国なのです。ですから、これまでの流れに対して神に感謝いたします。アメリカ国民が今回の真相究明に多彩な方法で絶え間なく声を上げてくださったことに感謝します。この時点でまだ声を上げられていない方々にも感謝します。祈ることによって支援していただきました。
ウィリアム・ペッパー: 一言述べさせていただきます。アメリカという偉大な共和国は、その歴史を通し、マーチン・ルーサー・キングが人生の最後に対決しようとした課題を正面から見据えることを恐れてきました。デクスター・キングがかなり率直に言っていました。マ-チン・ルーサーはベトナム戦争に反対しました。貧しい人たちをワシントンに導き、議会議事堂で貧困層の大義を訴える集会を持とうとしました。人々はワシントン記念塔の陰にテントを張り、この国土に様々な権力が厳として存在していて、自分たちにはいろいろな権利があっても、それが拒絶されてきたことを、政治家たちに想起させようとしました。
キング牧師はこの国の政治を支配する勢力、つまり強力な経済的勢力に挑んだが故に殺されたのです。彼が殺されたのは、彼の動きを止められなかったからです。彼が殺されたのは、50万の人々がこの国の議会議事堂で革命に立ち上がり、ジェファーソン氏がこの国を20年ごとに浄化する必要があると語ったことをするのではないか、と恐れたからです。 この国はまだ浄化されていません。この国は、マーチン・ルーサー・キングJr.が息絶えるまで、真正面から対決しようとした諸問題にきちんと立ち向かったことがありません。例の集団は今日でも存在しています。悪の勢力のことです。この国の政治を支配し、戦争で金を儲け、貧しい人々の権利、つまり生まれながらに持っている権利を剥奪しようとする強力な経済的勢力のことです。彼らは今でも圧倒的に支配者の立場にあります。
陪審員団は、キング牧師が根っからの市民活動家と見られるようになった背景を聞きました。陪審員団は、キング牧師がそういう色づけをされる理由を最後には理解しました。彼は根っからの公民権活動のリーダーではありませんでした。彼は世界的に大変な名声のある人物だったのです。彼は道徳理念の旗振り役で、アメリカ中で見聞きされました。アメリカでも、ヨーロッパでも、東南アジアでもそうでした。彼にはそういった圧倒的な存在感がありました。彼は体制にとって危険人物であり、脅威でした。だから彼は抹殺されたのです。
陪審員団が耳にしたことがもうひとつあります。ほぼ4週間にわたってすべての証人が証言したのですが、 彼が暗殺されたのは、メンフィス滞在中、警察警護がすべて解除されていたことが理由です。ブラック・ファイアマン(黒人消防士?)すら取り払われていました。彼のボディガードはお役御免でした。攻撃部隊は戻されました。手順は着々整いました。それからジョワーズとマフィアとの関わりが、暗殺計画と背後関係について調査するなかで前面に出てきました。
ジェームズ・アール・レイを操った男は、提示された一連の写真を見て偏らない複数の証人によって特定されました。あるイギリス人ジャーナリストの話に似ています。彼はこの男の写真を自分の娘に見せました。そして「パパが真っ先にこの男を特定している写真なんか誰でも手に入るわよ」と彼女は言いました。あるポルトガル人ジャーナリストがこの父娘に会い、アメリカ政府がこの男をどんな風に守っているかを聞かされました。現在彼らの家の電話は保護装置がついています。この人間は誰ですか?アメリカ政府が保護し続けるこの人間は誰ですか?どんな襲撃からこの人間を守っているのですか?そして証拠はさらに広範囲な陰謀を裏付けていきます。
実際、消防署の屋上にカメラマンがいたことを知っていましたか?人の軍属カメラマンが消防署の屋上ですべてをカメラに収めていたことをみなさんは知っていましたか? カメラは2台です。1台はバルコニー、もう1台は車道から藪で覆われた場所です。撮影位置を頻繁に変えています。写真が国防総省の記録保存室に埋まっていたのですが、当然みなさんは知りませんでしたよね。どうして知らなかったかおわかりですか?この事件には警察捜査が全く入っていなかったからです。一軒ごとの聞き込みもありませんでした。2週間も経ってから、近所に住む人が言いました。「警察は一度も私の家のドアをノックしていません。じゃ、私が見たことをお話ししましょう」。 そして彼女は証言台に立ち、見たことを話しています。彼女は、「一人の消防士が警察に『写真はその藪に覆われた場所からだった』と話しているのを目撃した」と証言しています。しかし警察はそれを無視したそうです。
一人の男が小道から走り出し、車に乗り込むのを目撃されています。そして彼はまさに警察署の正面から追い立てられるように走り去っています。それでいて、警察は彼を全く止めようともしませんでした。そうなのです、みなさんは知りませんでしたよね、こんなことがあったことを。知っていましたか?警察は消防署を管轄する消防隊長に話をしませんでした。30年間だれ一人この消防隊長に話をしませんでした。彼が複数のカメラマンを消防署の屋上に配置したのです。彼は証言台に立ち、「ええ、私がカメラマンをそこに配置しました。警察は資格証明書を見せて、写真を撮りたいのだ、と言いました」と明言しています。その写真はどこにあるのですか?その証拠はこの間ずっと存在していました。国防総省の記録保存室にずっと埋まっています。
マーチン・ルーサー・キングJr.の死の悲劇は、ここにいらっしゃるキング家の悲劇です。キング家は、私の見るところ、何世代にも亘り、第一次世界大戦にまで遡って軍の諜報部の監視下に置かれていたアメリカで最初の家族です。 それもキング家の闘いと彼らが何を目指して闘ってきたか、が原因です。今日までキング家は恐れられてきました。ですから、それがこの家族の悲劇なのです。この国にとっての悲劇です。そして、それはこの男を失った世界にとっても悲劇です。
第三の悲劇は、今回のことについて政治的問題として対処すべき議会制民主主義が機能しなかったことです。この種の行動は隠蔽されました。どうやって隠蔽されたのか?ええ、陪審員団の皆さまは、31年に亘るその隠蔽方法についての証拠を法廷で耳にされました。 そしてここが大事なところです、みなさん! その証拠は殺人にまで話が広がります。 お気の毒なことに何の罪もないタクシー運転手が殺されたのです。 彼はロレイン・モーテルのドライブウェイで荷物をタクシーに載せていました。そして狙撃者が壁を乗り越え、マルベリー通りへ走り去り、すぐにでも発車できるように待っていたメンフィス警察の交通車両に乗り込むところを目撃しました。 彼はタクシー配送担当に話しました、「ああ、警察が殺人者と一緒だ。 そいつはメンフィス警察の交通車両に乗せられていった」と。この気の毒なタクシー運転手に何が起こったか?彼はその夜、警察の聴取を受け、翌朝死体が発見されました。彼の死についての記録は皆無です。記録は全くありません。もしこのタクシー運転手の話を聞いていた複数の人が、その人たちはまさにその夜、彼の話を聞いたのです。彼らを見つけていなかったら、私たちはこのことについて何も知ることはなかったでしょう。
それで、私たちは電話帳から彼の妻と彼のことを探らなければなりません。1966年版、1967年版に目を通し、1968年版に未亡人「ベティ」の名前がありました。彼は死んで、この世の人ではなくなっていました。そして話は殺人から収賄へと進んでゆきます。ジェームズ・アール・レイは2つの場合を想定して多額の金銭を提示されていました。刑務所に入り、有罪を認めれば恩赦があるということです。彼は有罪を認めませんでした。
ジェームズが入獄中に、彼の暗殺未遂があった証拠がありました。当局がどのようにして入獄中のジェームスを排除し抹殺しようとしたのか。その証拠が提示されました。私たちはその証拠すべてに目を通しました。皆さん、そしてマスコミ関係者の方々!こんなことはみなさんの、メディアのみなさんの力を借りなければ隠蔽することは到底できません。何もジャーナリストのみなさんのすぐれたお仕事ぶりを非難しているわけではありません。 みなさんはここにきて記事を書き、それを編集者に回して、紙面になるのを見るわけです。テレビカメラマンのみなさんもすべき仕事をしていらっしゃいます。最後に、何が放送され、何を紙面にするか、何が観点なのかを決定する勢力にそれは関係することです。そこで私たちはメディア界を主導する専門家の一人であるビル・シャットに、政府が使ったこの情報と宣伝工作について、証言台に立って証言してもらいました。彼は代々の政府がこの種のことをどう行ってきたか、現在に至るまでの手法を詳細に説明してくれました。彼は、キング家がジェームズ・アール・レイ裁判支持を表明した時、当局者の動きがどうであったか、説明してくれました。マーチン・キングがベトナム戦争反対を表明した時の当局の動きについても説明がありました。
そして、いいですか、キング牧師がベトナム戦争反対を表明した時、誰も彼もが彼に反対したのです。メディアは、彼を明日はもうないかのように攻撃しました。全く同じように、メディアは、明日がないかのように、彼の家族を攻撃しました。キング家の人たちが正しいことをしていた時にです。メディアの仕事は事実を明らかにすることであって、隠蔽することではありません。この事実は隠蔽されてきました。この32年間隠されてきたのです。今回の陪審団が声を上げてくれました。そして評決文には何が書かれていましたか?いずれ出てくるでしょう。そして偏見が顔を出します。「ああ、裁判長は裁判中眠っている時間が多かったし、証拠に耳を傾けることはほとんどなかった。ああ、伝聞証拠はどっさりあったな」。言うまでもなく、もし伝聞証拠があるとしても、都合の悪い自白は除外されています。
こういったことはキング牧師の姿を一度も見たこともない人たちから次々と出てきます。彼らはキング牧師の話を一度も聞いていませんし、彼がやろうとしたことに関心がありません。暗殺は単独犯だ、という説をひたすら聞かされる場に彼らは身を置いています。事態はいつもそんな風に進行します。さて、そろそろ力を合わせてこんな馬鹿げたことに終止符を打つ手段を何とか講じられるのではないでしょうか。こんな馬鹿げたことはお仕舞いにできます。こんな隠蔽を止めさせることができます。陪審員が声を上げてくれた、と私たちは声を大にして言うことができます。陪審団はすべてを聞いています。もしわが国の裁判制度に少しでも良識が残っているとすれば、それは12人から成る陪審員団がいるという事実で、彼らは他の人たちの言い分に耳を傾けることができますし、資料を見直すことができます。50件あまりの証拠物件があり、それらを見直し、自分たち自身の判断をすることができます。
被告側は何度も裁判を棄却させようとしました。 裁判長は拒絶しました。そういった流れで陪審員団の出番となり、陪審団は声を上げました。これこそが法廷であり、癒やしにつながると期待してもいいのではないでしょうか。私たちは真理に到達しました。政府がすることに、そして政府ができることに、家族は満足しています。政府はたぶん過去に例がないようなことをしているのかもしれません。政府がそうしたいというのであれば、やらせればいいのです。現実に進行中のほとんど犯罪的な訴訟の特徴が今もあります。それは政府がこれまで手をつけず、これからもやろうとしないことをこの家族が私的なレベルでしなければならなかった、という事実です。間違いなく、 法廷でこの30日の流れの中で述べられた証拠はすべて32年間入手できるものだったのです。その証拠は人々の目の前に置かれていました。ただ、それに目を向け、質問をし、喜んで話をしてくれる信頼できる人の話を信じるだけでよかったのです。それ以上のことは必要ありませんでした。というのは黒人の商店主たちがいて、殺されたタクシー運転手が彼らに話した「バルコニーにあいつが出てきたら、あのクソ野郎を撃て!」という言葉の意味がわからなかったのです。タクシー運転手がわかっていないことをその男は知りませんでした。その男とはサマービルから来たビジネスマンでした。
国の伝統的な歴史の中で、たった1年間、彼の人生の最後の1年間で、犠牲者の友人であり同僚だった人物が、20年後にその犠牲者の有罪判決を受けた殺人犯の決着をつけました。そして、正義の最後の探求において、私はついにキング家を代表することとなりました。それが私がたどった過程です。今回のことがその結果です。私たちはついに正義を手にしました。マーチン・キングの裁判に当たって好んで口にしたのがこの言葉です。「真理はどんなにひどく踏み潰されても、いつも再び首をもたげるものです」。みなさん、 昨日テネシー州メンフィス市のあの法廷において、ついに例の踏み潰されていた真理がその首を再びもたげました。本日私たちはその真理を確認しています。
デクスター・キング: 最後までご清聴いただいたことと、取材に来ていただいたことに感謝申し上げます。これでこちらからの正式な発表を終わりにして、あとはご質問の時間にしたいと思います。
デクスター・キングの答え: この次どうなるかは、お聞きになった通り、本当に私たちの手に負えないものです。軽率で無神経な言い方と思われるかもしれませんが、私たちは今の時点でそれを意に介していません。父の口癖だった健全な利己主義で、この家族は今、浄化され、癒やされ、前に進むことを望んでいます。これで幕です。私たちにとってはそうです。私たちはここから前に進めるとの感触を持っていることを申し上げるためにここに来ました。
デクスター・キングの答え: いや、いや、ジョワーズ氏は共犯者の名をきちんと挙げています。それも名前の誤表記です。どうしてそんなに誤情報が多いのでしょう。唯一言えることは、もしちゃんと時間を取りたいのなら、これらの記録を読むべきです。皮肉なことに、ここに来る時、たまたまジョワーズ氏から私の携帯に電話がありました。話の内容の骨子はこんな風でした。キング家に知ってもらいたし、母に直接言いたいと言っているのは、キング家に危害を加える気持ちはなかったし、今回のことで胸のつかえがとれたことを喜んでいる、ということです。ジョワーズ氏は陪審員団の今回の評決を喜んでいます。そのことは彼の弁護士にも言っていないそうです。どうでもいいことですが。私にはあまり時間がありませんし、私にこれから何が起こるのかは気にしていません。ジョワーズ氏は訴追されることをとても心配しています。それが理由でなかなか前面に出てくれようとはしませんでした。 ペッパー博士は彼に心配はいらないと言い続けました。当局者は真理を望んでいないからです。だから訴追されることはありません。もし訴追されれば、それすべての「公式的な」話は水泡に帰してしまうからです、と。今ではその「公式的な」話が、真実でないことが分かっています。
質問: 法廷外のたくさんの人たち気持ちには、これらの共謀者の名前も顔も分からなければ、本当の終結も正義もないのでは、との思いがあります。
デクスター・キング: いや、彼は狙撃者の名前を挙げました。彼が殺人犯と名指しした狙撃者は、メンフィス警察の警部補アール・クラークです。再度申し上げます。信頼できる証人が特殊部隊のメンバーの名前を挙げたのですが、彼らは任務を遂行する必要がありませんでした。何故なら殺し屋、あるマフィアの殺し屋が暗殺したからです。そのことはもっともらしく否定するでしょうが。
質問: キング家のお気持ちについて質問させてください。この大きな陰謀グループの顔も名前も分からないかぎり、そしてその陰謀に加わった人物たちの顔と名前がはっきりしないかぎり、裁判が役に立ったことにならない、と感じている人たちがいます。ご家族は、この見方に同意されますか?
デクスター・キング: 同意しません。私たちには分かっているからです。言い方が漠然としているかもしれません。こういったことが起こるには制度的な枠組みがあります。 ですから、遡って誰が命令を下したのか知りたい人のために調査したい、ということであれば、その制度的な枠組みを活用できます。私自身軍隊についてある程度の知識はあります。部隊が国内問題に関わり合いを持つ時、軍司令官はある誓約をすることになっています。 この場合、部隊、つまり特殊部隊はそこにいない、と表明することでした。しかし、実際はペッパー弁護士が証言台に立たせた消防署の隊長は陸軍特殊部隊のカメラマンを屋上に配置したと語りました。もう一人目撃者がいました。メンフィス警察の警視正で、複数の陸軍将校がその場にいたと話しています。そんなに多数の陸軍高級将校がメンフィス警察に姿を見せることは今までに一度もなかった、とのことです。そういうわけですべて情報は出揃っています。ただ、誰一人それにほんとうに目を向けることはなかっただけです。 こんな信じがたい隠蔽は前代未聞です。 とても信じられません。唖然とします。ですが、再度申し上げます。その調査に手をつけたいと思うなら、 このマイクロ波の社会にあって、そういった情報を素早く手にしたいと全員が思うなら、誰でも、私たちや12人の陪審員と同じ結論を見つけ出すことになるでしょう。真剣に腰を落ち着けて、その情報を検討すれば、の話ですが。
質問: すると、キング家はそういう人たちが投獄されることを必ずしも望んではいない、ということですか?
デクスター・キング: ええ、望んでいません。私たちは今回の問題について、報復的な正義を求めたことは一度もありません。私たちは愛する父の精神に従っています。父はある女性を赦したことがあります。そうです、その女性に刺され、危うく命を落としそうになりました。身近なところでは、祖父が祖母を殺した人間を赦したところを私は目撃しています。私が13歳の時でした。私を含めこの家族が話題にしてきたのは「赦し」のことだけです。 私たちは愛の家族です。私たちは常に口先だけでなく、有言実行しようとします。人々を入獄させることに私たちは何の関心も持っていません。私たちが目指すのは社会の浄化です。なぜなら、これらの社会の病根はまだ消えていないからです。妹がとても上手に言ってくれました。問題は誰がマーチン・ルーサー・キングJr.を殺したか、ではありません。何が彼を殺したのか、どうして彼は殺されたのかが問題です。父が殺されたのは、今日まだ手つかずにある諸々の不正義を父が何とかしようとしていたからです。
デクスター・キング: 再度、この場にいらっしゃる皆さまお一人お一人に感謝いたします。どんな力であれ、それが物事を裁定し、裁定するのはあるべき正しい力にかかっていることに私たちは希望を持っています。しかし、ご注意ください。キング家が金銭のために今回の訴訟を起こした、という攻撃的言辞を耳にされるでしょう。私は言うことができます。領収書はしっかりお見せできます。たくさんのお金を使いました。そして今回の裁判でたくさんのお金を失いました。儲けはゼロです。ご存じのように、裁判で宣告されたのは雀の涙ほどの金額です。私たちの請求額は100ドルでした。なにがしかの費用は不可避でしたし、間違った死亡訴訟だったからです。 100ドル請求したのは、私たちの訴訟は金銭が目的ではないからです。 私たちはお金を使いました。70人あまりの目撃者に出廷していただいた諸費用をお払いしなければなりませんでした。
しかし、自由に値段はつけられません。 そして、もちろん、死に値段はつけられません。ですから、私たちが期待するのは、新しいミレニアムに向かって前進できることだということです。そろそろクリスマスです。
質問: 今朝、ジョワーズ氏と何を話されましたか?
デクスター・キング: 彼が言ったのは、今回のことで申し訳なく思っていることを、私に知ってもらいたい、ということだけです。キング家にも、そして母にも。(彼は母の様子を聞いてくれました)。今回の結果については喜んでいる、とも言ってくれました。起こるべくして起こった、というのが彼の言葉です。この年になって自分に何が起こるのかわからない、ということも言っていました。この後、刑務所送りになることを彼はまだ恐れています。彼に最初会った時、彼がまず気にしていたのはそれでした。「刑務所には行きたくない。私は老人だし、とても怖い」と言っていました。司法省が彼に連邦刑事免責を与えても、テネシー州の刑事免責がどうなるのか心配なのです。 もし州刑事免責が与えられないことになっても、私たちは絶対免責が出されるように動くから心配しなくてもいい、と言ってやりました。そんなふうに後押しするつもりです。
質問: その会話で彼が暗殺に関わったかどうか、何か言いましたか?
デクスター・キング: この時は話していませんが、別の機会に話したことはあります。少なくとも2回は直接会って話しました。彼は悪態をつくようなことが実際1回ありました。何か告白でもしようとしたのでしょうか。彼は夜遅く、雑談するために私に電話してきたことが何回かあります。気持ちを整理したかったのでしょう。ある意味で、つまり、もう死ぬことがほぼわかっているような人間は、自分がやったと言ったでしょう。まさにジェームス・アール・レイがそうですが、彼は肝臓移植を提案されていましたから、どうしてそんなものを墓場まで持ち込むでしょう。特に余命がまだある場合は、です。
質問: ペッパーさんへの質問です。裁判で新事実はありましたか?
ウィリアム・ペッパー: リディア・ケイトンが裁判が始まろうとする時に前に進み出ました。 彼女はロレイン・モーテルの通りを少し南に下ったところに住んでいました。狙撃のあった午後、狙撃音を耳にした彼女は二人の子どもの腕を引っ張り、曲がり角に向かって南方向に走りました。狙撃から約8分でその曲がり角に到着しました。隣人の一人が彼女と立っていました。 その人が一人の男を見ています。その男はワンルームのアパートにつながる路地から走り出し、シボレー・コルベアに乗り込み、その車で曲がり角を曲がって行きました。警察はそのマルベリーの曲がり角に立っていました。また彼女が見たのは、一人の消防士が警察に「銃は藪に覆われた場所から発射された」と大声で叫んでいるところです。ケイトンさんの示した証拠と勇気はとても重要です。消防署の隊長が屋上にカメラマンを配置したことを証言した勇気も重要です。この二人は不安と恐怖心を持っていました。それは重要なことだったと思います。
これは、殺されたタクシー運転手ルイス・ウォードに話しかけた重要な目撃者の証言です。このタクシー運転手はネットワークTVチームについて話をしていましたし、彼らがジョワーズ氏を嘘発見器にかけた後、彼らを乗せて空港まで車を走らせました。このことはきわめて重要でした。ジョワーズ氏はある時点で嘘発見器にかけられ、その検査に引っかかりました。いずれ公表されます。ジョワーズ氏は検査に引っかかったと告げられました。テレビチームは空港までの車の中でジョワーズ氏について話をしていました。運転手はジョワーズ氏を知っていたので、思わず耳を聳てました。前の席に座っていた嘘発見器の検査者が、「彼を動揺させる手立ては何もないよ」と言っているのを耳にしました。それから後部座席に座った男たちが尋ねました。「じゃ、どうして一人の人間が、あんなにたくさんの細かいことを記憶しているのだ?どうやったら、そんな正確な記憶の再現ができるのだ?」 前の座席の検査者の返事は「わからないが、彼に嘘をつかせることはどうやってもできないだろうね」でした。
それから番組が放送された時、ジョワーズは嘘発見器に引っかかった人間としてまだ扱われていました。そのタクシー運転手が出てきました。それから、別のタクシー運転手兼警備員、ジェームス・マクグローと呼ばれる男が出てきて、懸命に証言を避けようとしましたが、結局は証言することになりました。この男は15年後に亡くなっています。マクグローとジョワーズさんは一緒に暮らしていました。マクグローが言ったことはこうです。 ジョワーズ氏の親友であるマクグローは、15年間酒を飲むといつも酩酊して、自分がやったひとつのことに戻るのが常だったそうです。マクグローは暗殺事件のあとジョワーズから例のライフルを始末するように言われていました。彼はメンフィス・アーカンサス橋からミシシッピ川に投げ捨てました。そこに暗殺で使った武器が32年間眠っています。

そして、すべては藪に覆われた場所にあることになります。例の「藪に覆われた場所」です。非常に多くの目撃者が藪の中に人影があり、そこを乗り越えて、走り去るのを見ています。ご存じのように翌朝7時、メンフィス警察署のサム・エバンズ警視正が公共事業署の管理官であるメイナード・スタイルズを連れて来ました。そしてスタイルズ氏にチームを編成してその藪の伐採を指示したのです。4月5日午前7時、藪の伐採のためにチームが送られました。さてそれを警察用語で言い換えるとどうなるでしょう?こうなります。犯罪現場をめちゃくちゃにし、現状をまったく別物に変えてしまったということです。決して同じ状態にもどらないようにしたということです。藪に覆われた場所がなければ、狙撃者が存在することは不可能です。つまり、警察がやったことはこういうことなのです。 これですべて明らかになりました。
最も感動的な証言は前政府諜報員だった人のものだと思います。国家安全保障会議(NSC)のとても信頼できる人物で、現在末期の肝臓癌です。彼の親友が第20特殊部隊の狙撃者として現場にいました。証言の内容は①その特殊部隊のことを知った経緯、②部隊の指示系統、③部隊の作戦内容をその親友から70年代に遡って話を聞いたというものです。彼の証言は、スクリーンに映し出されたものでしたが、釘付けになりました。彼は肝臓癌の末期で出廷することはできなかったのです。法廷で明らかにされた暗殺にまつわる動き全体の証拠は、一つや二つではなく、それを取り纏めようとすれば取り残しが出てしまうでしょう。関心をお持ちの方はぜひその記録をご覧になったらいいと思います。記録内容をかみ砕き、見られる展示物には目を通してみてください。その中にはある種の軍事資料や人物の名前も出てきます。私の調査結果報告書の一部もご覧になれます。
私にメールを送りたい方はwpinclawus@aol.com.へお願いします。質問や情報の提供はいつでも歓迎です。そろそろこの長丁場の記者会見も終わりに近づきました。これはと思う政府関係者には、直接出向いて質問をぶつけてみてください。というのは、現在政府はやりたいことは何でもやれる権限を持っているのです。隠蔽工作はこれ以上続けられないと思います。しかし、他の点について今後どうなるかについては懐疑的です。ご清聴ありがとうございました。
[訳注] この記事と関連して、MLKとJ・F・ケネディ、ロバート・ケネディの暗殺を総合的にを扱った記事をこのサイトにも載せてあります。下記のURLで参考にしてください。
「公権力によるキング暗殺50周年」Paul Craig Roberts、January 19, 2016
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-40.html
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