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なぜロシアは西側を発狂させるのか?ーヨーロッパのロシアから、ユーラシアのロシアへ

<記事原文 寺島先生推薦>

Why Russia Is Driving the West Crazy

ペペ・エスコバー(Pepe Escobar)
グローバル・リサーチ
2021年2月11日

<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2021年3月10日


 この記事の元記事は、アジア・タイムズで掲載されたものだ。

 後の歴史家はこの日を、普段は冷静沈着なロシアのセルゲイ・ラブロフ外相が、ついに堪忍袋の緒を切らした日だと記述するかもしれない。

 「ロシアは欧州連合が一方的で不当な制裁を課そうとするすることに慣れきってしまっているが、ここまで来たら、ロシアとしては、欧州連合は信頼のできるパートナーではない、と言わざるをえなくなっています」

 ジョセップ・ボレル
欧州連合外務・安全保障政策上級代表は、モスクワを公式訪問中に、ラブロフ外相からきつい一撃をお見舞された。

 普段は完全な紳士であるラブロフ外相は、さらにこう付け加えた。「間もなく開催される欧州連合(EU)の戦略会議の議題の中心が、欧州連合にとっての利益とは何なのかについてとなり、この会談がロシアと欧州連合の結び付きをより建設的なものに変える内容になることを私は願っています」

 ラブロフ外相が言及していたのは、来月開催される欧州理事会における各国元首の話し合いのことだった。その場で、元首たちはロシアについて話し合うことになるだろう。ラブロフ外相は「信頼できないパートナーたち」が責任ある大人の振る舞いを見せるなどという幻想は夢にも抱いていないだろう。


 ラブロフ外相がボレル代表との面会の冒頭で語った内容には、さらに深く興味を引かれる内容があったのだ。「私たちが直面している主要な問題は、ロシアと欧州連合の間は正常さを逸している、ということです。私たちロシアと欧州連合はユーラシアにおける二大勢力です。この二つの勢力の関係が良くない関係にあることは、誰の得にもならないのです」

 ユーラシアにおける二大勢力。(斜字体は筆者による)。このことばは今は、置いておこう。後でまた触れる。

 現状では、EUは「良くない関係」をさらに悪化させざるをえなくなっているようである。ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は、EUのワクチン・確保ゲームで記録的な大失態を犯してしまった。同委員長がボレル代表をモスクワに派遣した一番の理由は、欧州の複数の企業にスプートニクⅤワクチンを生産する権利を授与してくれるようロシア政府に依頼するためだった。スプートニクⅤの生産は間もなくEUによって承認されることになるだろう。

 それでもまだ、EUの役人たちはヒステリーに取り憑かれるほうを好むようで、NATOのスパイであり、有罪判決を受けているアレクセイ・ナワリヌイ(ロシアのグアイドと呼んでいい人物だ)の奇妙な行動を擁護している。

 さて、大西洋の向こう側では、「戦略的防衛」という名目で、米国戦略軍提督チャールズ・リチャード司令官は、うっかり口を滑らした。「我々とロシアや中国との間に地域紛争が起これば、即刻、核兵器が使われる戦争になってしまうことは十分ありえることだ。なぜなら中露が核兵器を使わなければ敗北し、政権や国家の運営が危機的状況になるからだ。」

 つまり、来たるべき、そして最終戦争の原因は、ロシアや中国の「破壊的な」行いのせいにされることにあらかじめ設定されている、ということだ。さらに中露がともに「敗れる」ことも前提になっている。それで、両国がカッとなって核戦争にうってでる、というシナリオだ。 そうなると、米国防総省はただの被害者だということか。結局、ミスター・米国戦略軍氏が言いたかったのは、我々は「冷戦からまだ抜け出せていないんだ」ということなのだろう。

 アメリカ戦略軍(STRATCOM)の政策立案者が、超一流の軍事分析家アンドレ・マルチアノフの書いた記事を読むことはまずないだろう。マルチアノフは長年、(核兵器ではなく)超音速機開発の最前線で何が起こっているのか、そしてその超音速機が戦争の形を変えてきたことについて詳しく取材してきた人物だ。

 技術的な分析を詳細に述べたあと、マルチアノフが明らかにしたのは以下のことだ。

 米国は現時点でよい選択肢は持てない。全く、だ。少しマシな選択肢は、ロシアと話し合いを持つことだ。
 しかしその際、地政学的な野望など持ってはいけないし、ロシアに中国との同盟関係を「破棄させる」ことができるという甘い夢を持ってもいけない。ロシアにそんなことを申し出ることができるような条件は、米国には何もないのだ。
 そうではなく、ロシアと米国は、最終的に、お互いの地政学的「覇権」について平和的に折り合いをつけ、もうひとつの椅子を中国に差し出し、中露米という三大国で覇権を分かち合い、今後の世界支配しようとの方法を話し合う、という方法ならとれるかもしれない。このやり方しか、米国が新しい世界秩序の中で影響力を持ち続けられる方法はない。

キプチャックハン国(金帳汗国 Golden Horde)の爪痕


 EUがロシアとの「良くない関係」を見直すチャンスを逃しているのと同じく、米国のディープ・ステート(裏国家、闇の政府)も、マルチアノフの話に耳を貸そうとするようすは全く見えない

 これから先も以下のような状況は避けられないだろう。ロシアに対する制裁は永遠に続く。NATO軍のロシア国境付近への拡張も永遠に続く。ロシアの周りの国々をロシアの敵国に変換することも。米国政府が、ロシアの内政問題に関与してくることも永遠に続く。そのため、ロシア国内に第5列の勢力(内部の撹乱者)を配置する。完全な規模での情報戦争も永遠に続く。

 ラブロフ外相がますますハッキリさせているのは、ロシア政府はそれ以上のことは何も期待していないことだ。しかし、その証拠は日に日に積み重ねられていくだろう。

 ノルドストリーム2は完成するだろう。制裁を受けようが、受けまいが。そしてドイツとEUには、必要以上の天然ガスが供給されるだろう。有罪判決を受けた詐欺師ナワリヌイ(彼に対するロシア国内の「人気度」はたった1%だ)は、牢獄につながれたままだろう。EU中の市民たちはスプートニクⅤのワクチンを接種するだろう。中露の戦略的同盟関係は、これから先も強化され続けるだろう。

        「ノルドストリーム2」:バルト海底を経由してロシア・ドイツ間をつなぐ天然ガスのパイプライン)

 なぜ私たちがロシア嫌いという醜い境地に追いやられてしまったかの理由を理解させてくれる指南書がある。その著書のタイトルは『ロシアの保守性』だ。これはノルウェー南東大学の客員教授であり、ロシア国立研究大学経済高等学院の教員でもあるグレン・ディーセンが、新しい政治的哲学に基づいて書いた非常に面白い本である。ディーセンは、私にとって他ならぬ、モスクワ在住の相談相手の1人でもある。

 ディーセンは大事なことを焦点化して書き始めている。それは、地理と地形と歴史だ。ロシアには広大な大地があるが、その割には海運に乏しい。ディーセンによると、ロシアでは地理的に、以下の三点が育まれてきた、とのことだ。それは、①専制政治を特徴とする保守的な政体。②野望的であるが複雑でもある国粋主義。③ギリシャ正教による支配の受容の三点だ。これらは一言でいえば、「徹底した政教分離」に対してはある種の抵抗感を保持していた、ということを示唆しているのかもしれない。

 常に念頭に置いておくべきことは、ロシアには国境を隔てる自然物が存在しないということだ。であるので、ロシアは、スウェーデンや、ポーランドや、リトアニアや、モンゴル帝国のキプチャック汗国や、クリミアのタタール人や、ナポレオンから侵略され、占領された過去を持つのだ。そして言うまでもなくナチスによる激しい侵攻も体験している。

READ MORE: Back in the (Great) Game: The Revenge of Eurasian Land Powers

 このような状況を表す言葉はあるだろうか?全てを表す言葉がロシア語にはある。それが、「безопасность(ベズ・オパースノスチ=ベゾパースノチ、[国家の]保安」だ。この言葉の意味は偶然にも否定を表す言葉だ。безは「~がない」という意味であり、опасностьは「危険」という意味だ。

 ロシアが、複雑で独特な形で形成されたという歴史は、深刻な問題を生み出してきた。ロシアはビザンツ帝国と親密な関係にあった。しかし、ロシアが、「自分たちは、コンスタンチノープルから帝国の権利を授かったのだ」と主張すれば、ロシアはビザンツ帝国を征服しなければならないことになってしまう。また、自分たちは、キプチャック汗国の後継者であり、キプチャック汗国の役割や遺産を引き継いでいると主張すれば、ロシアはアジアにおける勢力しか維持できない事になってしまう。

 ロシアが近代化するにあたり問題になったことは、モンゴル人による侵略は、地理的な分裂を引き起こしただけではなく、政体においても、モンゴルの影響が残ってしまっていたことだった。「モンゴルの遺産を引き継ぐことで、ロシア帝国は、専制政治を行うことが必要条件になり、さらに領土は広いが、地域の結び付きが乏しいという課題を抱えたユーラシアの帝国になったのだ」

        「キプチャック汗国」:モンゴル帝国の四ハン国の一。「欽察汗国」「金帳汗国」とも書く。1243年、チンギス=ハンの孫バトゥ(抜都)がキルギス草原にロシアのキプチャク草原を加えて建国。都はボルガ河畔のサライ。14世紀前半に最も繁栄したが、のちチムール帝国の創始者チムール(帖木児)に圧迫されて衰退し、1502年に滅んだ。)

「東と西の巨大なせめぎあい」


 ロシアというのは、ユーラシアの東側的要素と西側的要素とのせめぎあいが全ての国だといえる。ディーセンは、ニコライ・べルジャーエフのことを思い起こさせてくれている。ベルジャーエフは、二十世紀の代表的な保守派のひとりであり、すでに1947年の時点で、こんなことばを残している。
 「ロシア人の精神の不安定さや複雑さは、ロシアには世界史におけるふたつの潮流、西側的要素と東側的要素があるからかもしれない。このふたつの要素がせめぎあい影響しあって、ロシアは世界の中で独特な社会を形成しているのだ。そう、西側的要素と東側的要素がせめぎあう国なのだ」

 シベリア鉄道が建設されたのは、ロシア帝国内の内部の結び付きを強化し、帝国がアジア地域にも勢力を伸ばすための大変革だった。「ロシアの農地開拓が東に拡張されることにより、ロシアは、それまでユーラシアを支配し結び付けていた古い道をどんどん取りかえていったのだ」

 感嘆を覚えるのは、ロシア経済の発展が、マッキンダーのハートランド理論に落とし込まれるさまを見ることだ。ハートランド理論とは、世界支配のためには、巨大なユーラシア大陸を支配下に置く必要があるという理論だ。マッキンダーが恐れていたのは、ロシアの鉄道網が、海運国家である英国の権力構造全体の弊害になることであった。

 ディーセンがさらに明らかにしたのは、1917年のロシア革命後に亡命した人々の間で1920年代に起こったユーラシアニズムという潮流が、実はロシア保守主義の進化したものである、という事実だ。

 ユーラシアニズムは、いくつかの理由のせいで、政治的な潮流としてひとつにまとまったことは一度もなかった。ユーラシアニズムの核は、ロシアは単なる東欧国家のひとつではないと捉えることだ。13世紀のモンゴルによる侵略と、16世紀のタタール王国による侵略を経て、ロシアの歴史と地理をヨーロッパのものとしてだけでとらえることはできなくなった。これから先の時代は、よりバランスの取れた見方が必要となるだろう。そう、ロシアのアジア的要素も加味すべきなのだ。

 ドストエフスキーは賢明にも、誰よりも先んじそれを行っている。1881年のことだ。

 「ロシア人はヨーロッパ人であると同時にアジア人である。ここ二世紀、我々が政策上おかしてきた誤りは、ヨーロッパの人々に、我々こそ真のヨーロッパ人であると考えさせようとしてきたことだ。我々はヨーロッパ人たちにへつらいすぎてきた。ヨーロッパ内部の問題に口を挟みすぎてきた。我々はヨーロッパ人の前ではまるで奴隷のように振舞ってきた。そしてその結果得られたものは、ヨーロッパ人からの憎しみと蔑みだけだった。さあ、そんな礼儀知らずのヨーロッパから顔を背けよう。我々の未来はアジアにある」

 賛否両論はあるが、レフ・グミリョフ(ソ連の歴史家、民俗学者、人類学者)はユーラシアニズム論者の若い世代の中のスーパースターだ。
      ユーラシアニズム:ロシア新ナショナリズム、地政学的観点からヨーロッパ人でもアジア人でもないロシア人に思い描かせる強いロシア「ユーラシア連合」構想。

 グミリョフの主張によれば、ロシアは、スラブ民族、モンゴル民族、トルコ民族という三つの民族が自然に衝突する中でつくりだされた、とのことだ。
 1989年に出版された『古代ルーシとユーラシア・ステップ』で、グミリョフはソ連崩壊後のロシアに計り知れないインパクトを与えた。
 実は私自身もソ連崩壊直後のロシアを直接知っている。1992年の冬、シベリア鉄道に乗ってモスクワに行ったのだ。そこで、出迎えてくれたロシアの友人たちから話を聞いたことがある。

 ディーセンがそう捉えているのだが、グミリョフが提供してくれているのは第三の方法だった。それはヨーロッパ主義でもなく、ユートピア的国際人道主義でもない。レフ・グミリョフという名を冠した大学が、カザフスタンに建設されている。プーチンはグミリョフを評してこう言っている。「現代の偉大なユーラシア人だ」と。

 ディーセンはジョージ・ケナンのことさえも想起させてくれている。ケナンは1994年にロシアの保守派の結末をこう捉えていた。「この国は、悲劇的な傷を負い、精神的にも打ちのめされた」と。2005年に、プーチンはもっと厳しい評価をしている。

 「ソ連崩壊は二十世紀最大の地政学的な惨事だった。ロシアの人々にとっては本当に悲劇だった。昔からの理想が破壊されてしまった。多くの組織が解体され、ただ急いで再建された。節度のない情報が垂れ流され、オリガルヒ(新興財閥)集団が自社の利益だけのために動いていた。大衆の貧困は当たり前のことと受け止められるようになり始めた。これら全てのことが、最も厳しい経済不況や、不安定な金融や、社会の進歩の麻痺につながっていた」


「権威的民主主義」の導入

 さて、ここからは、1990年代以降の非常に重要なヨーロッパ問題について語ろう。

 1990年代には、大西洋主義者たちの先導により、ロシアの外交政策は「拡大されたヨーロッパ」という概念に基づいて行われるようになった。その考えは、ゴルバチョフの「欧州共通の家構想」がもとになっている。
      「大西洋主義または汎大西洋主義」: 西欧と北米各国の政治・経済・軍事における協調政策。その目的は、参加国の安全保障および共通の価値観を守ること
        「欧州共通の家構想」: 軍事同盟・経済同盟によって対立が続いていた東西ヨーロッパの分断状況を克服し、ヨーロッパに統一された一つの共同体をつくるべきであるとしたもの


 そして、冷戦後のヨーロッパでは、NATOが終わることのない拡張を始め、EUが生まれ、そして拡大していった。リベラル派が見せたこのような曲芸は欧州全てを巻き込んでいたが、ロシアは締め出されていた。

 ディーセンはこの全過程を上手に一文で要約してくれている。
 「新しいリベラルなヨーロッパは、海運国家である英米による支配の代表者である。マッキンダーの目的は、独露関係を全く成り立たせないことであり、この二国が共通の利益のもとで繋がることを阻止することだった」

 だからこそ、その後プーチンが「灰色の枢機卿(政権を裏で動かす人)」や「新ヒトラー」と揶揄されるようになったのは何の不思議もないことなのだ。プーチンはロシアが単なるヨーロッパの見習い学生になることをキッパリ拒絶したのだ。そしてもちろんヨーロッパの(新)自由主義による覇権に対しても、だ。

 それでもプーチンは依然として善良な振る舞いを保ってきた。2005年に、プーチンはこう強調している。「何よりも、ロシアが、過去もそうだったし、今もそうだし、これからもそうなのだが、ヨーロッパの大国のひとつであることは当然のことだ」と。プーチンの望みは、権力政治とリベラル的な考え方を切り離すことだった。リベラル派による覇権という基盤を拒絶することによって。

 プーチンが言っていたのは、民主主義にはひとつしか型がないわけではない、ということだった。後に概念化されたのだが、これが「権威的民主主義」だ。民主主義は権威なしには成り立たないという概念だ。この考えに立てば、ヨーロッパ諸国の「監視」の元で民主主義を普及させる必要はなくなるのだ。

 ディーセンの厳しい見立てによれば、ソ連が「真の意味で、左派としてのユーラシアニズムを大事にする国であったとすれば、その遺産は今の保守的ユーラシアニズムに移行できたかもしれない」とのことだ。ディーセンは、時に「ロシアのキッシンジャー」とも評されるセルゲイ・カラガノフの見解を記述している。
 カラガノフによれば、「ソ連は脱植民地主義の中心であり、西側から、軍事力を使っても世界を意のままに動かす力を奪うことにより、アジアの国々の発展に手を貸してきたのだ。そしてそのような軍事力を背景とした世界支配を、西側は16世紀から1940年代まで続けていたのだ」

 このことは、グローバル・サウスの国々(ラテンアメリカ、アフリカ、東南アジアの国々)に広く知れ渡っている。


ヨーロッパは、ユーラシアのただの西の外れになる

 さて、冷戦が終わり、「拡大されたヨーロッパ」構想もうまくいかなかったため、「拡大されたユーラシア」を打ち立てるためにロシア政府がアジア基軸戦略に移行するという流れは、歴史上避けられない潮流だったといえる。

 この論法に非の打ちどころはない。 ユーラシアの二大経済の中心地と言えば、ヨーロッパと東アジアだ。ロシア政府はこの二地域を経済的に結びつけ、超大陸経済網を実現しようと望んでいる。この構想が、拡大されたユーラシアという概念で中国の一帯一路構想と繋がる。しかしロシアにとっては、別の次元でもうひとつの利点が得られる。ディーセンはそのことをこう記述している。「従来の権力の中枢から離れて、地域作りという新しい中心課題が生まれるのだ」と。

 ディーセンが強調しているのは、保守的な観点からすれば、「拡大されたユーラシアの政治的な経済があれば、ロシアはこれまでの西側に対する執着心から解き放たれ、ロシアの近代化への道は、ロシアそのものから樹立できることになる」ということだ。

 そうなれば、次のような発展に繋がる。①戦略産業②幹線の接続③金融商品④ロシアのヨーロッパ側とシベリアや太平洋側を結び付けるインフラ整備計画だ。これらは全て産業化された保守的な政治経済という新しい概念の元に進められることになる。

 中露の戦略的協調関係はまた期せずして上記の地政学的分野のうちの3点①戦略産業・基盤技術②幹線の接続③金融商品で活性化されよう。

 このような状況は再びある議論を呼び起こすことになる。至高の定言命法の問題だ。すなわち、ハートランド理論と海運立国理論、どちらをとるかという議論だ。

        「定言命法」:カント倫理学における根本的な原理であり、無条件に「~せよ」と命じる絶対的命法である。定言的命令とも言う。
      「ハートランド理論」:ユーラシア大陸の心臓部を支配する国が世界を制覇できる、というマッキンダーが唱えた理論。ユーラシア大陸の心臓部を支配する国は、そこがいかなる海軍の攻撃も受け得ない「聖域」なので、そこを押さえることができれば世界を制することができる、というもの。以下の地図を参照。
        「海運立国理論」:アルフレッド・マハンの海上権力理論。軍事活動の分野だけでなく、平和時の通商・海運活動をも含めた広義のシーパワー理論。




 過去のユーラシアの三大勢力といえば、スキタイ族と、フン族と、モンゴル民族だ。これらの勢力が脆く長続きしなかったのは、勢力範囲が、ユーラシアの海回りの国境まで届かず、海回りを支配下におさめることが出来なかったからだ。

        「スキタイ族」は、イラン系遊牧騎馬民族および遊牧国家。ユーラシアでは紀元前9世紀~紀元後4世紀、中央アジアのソグディアナでは紀元後12世紀まで活動していた。
        「フン族」は、4世紀から6世紀にかけて中央アジア、コーカサス、東ヨーロッパに住んでいた遊牧民。
      「モンゴル民族」は、7世紀から歴史上に登場し、13-14世紀にモンゴル帝国を築いた民族。現在はモンゴル国と中華人民共和国の内モンゴル自治区、ロシア連邦構成国のブリヤート、カルムイクなどにその多くが住んでいる。


 そして、ユーラシアにおける四番目の巨大勢力が帝政ロシアであり、その後継者のソビエト連邦だった。ソ連崩壊の重要な要因は、繰り返しになるが、ユーラシアの海回りの国境まで勢力が届かず、海回りを支配下におさめることが出来なかったからだ。

 米国はそれを阻止するため、マッキンダー(ハートランド理論)やマハン(海運立国理論)やスパイクマン(地理の知識が最重要)の主張を組みあわせた戦略を採用したのだ。米国のこの戦略は、スパイクマン・ケナンの封じ込め作戦という名でさえ知られるようになった。これらの作戦は、ユーラシア大陸、つまり、西欧、東欧、東アジア、中東の全ての海周りにおける「前方展開」作戦である。

        「ニコラス・スパイクマン」:弟子にはまず第一に地理の知識を叩き込ませたという。地理の知識なしに地政学を理解するのは不可能だからである。
        「ジョージ・ケナン」:アメリカの外交官、政治学者、歴史家。1940年代から1950年代末にかけての外交政策立案者で、ソ連封じ込めを柱とするアメリカの冷戦政策を計画したことで知られる。
        「前方展開」:第二次大戦後の冷戦期に米国が採用した軍事戦略。欧州や東アジア・太平洋地域の友好国に駐留軍を配置し、敵対関係にあった旧ソ連による侵攻や威圧を抑止するというもの。


 今となっては、周知の事実だが、米国の海外戦略(それが、米国が第一次世界大戦と第二次世界大戦、両方にに参戦した理由だったのだが)は、ユーラシア大陸を席巻する覇権の誕生を阻止することだったのだ。そうだ、どんな手段を使っても、ということだ。

 覇者としての米国については、「偉大なるチェス盤」という威名をもつズビグネフ・フレジンスキー博士が、1997年に、欠くべからざる帝国的傲慢さをもって、大雑把に次のように概念化した。「隷属者同士の癒着を防いで安全保障上の依存関係を維持してやり、属国を手なずけ保護してやり、野蛮人が集まらないようにすることだ」。古き良き「分断して統治せよ」作戦を、「システムの優越性」を介して適用したものだ。

 しかし、このシステムこそが、いま崩壊しようとしているのだ。世界覇権を目指すお馴染みの連中にとっては大きな絶望を呼ぶことになった。ディーセンによれば、「過去においては、ロシアがアジア重視のスタンスをとることは、ロシア経済に弊害を生むことになり、ヨーロッパの大国としてのロシアの地位を消してしまうと考えられていた」とのことだ。しかし「地政学的な経済の中心地が東アジアや中国に移行している現状では、全く新しいゲームが始まろうとしている」と。

 四六時中、米国は中露を悪魔化し、米国の手下であるEU各国が、ロシアとの関係を「良くない関係」にすればするほど、ロシアはますます中国との連携を強めることにしかならない。そうなると、たった二世紀しか世界覇権を手にしていない西側は重大な岐路に立たされ、その覇権は、アンドレ・グンダー・フランクが結論づけていたとおり、終末を迎えることになるだろう。
      アンドレ・グンダー・フランクは、ドイツ生まれの経済歴史家、社会学者であり、1960年代に提唱された従属理論の生みの親の一人と認識されている。
        従属理論は、低開発国が貧困から抜け出せないのは、先進国に従属しているからであり、後進国が貧困から抜け出すには、先進国(中枢国)との関係を断ち切って保護貿易をおこなうしかないとしたもの。その例が、日本の江戸・明治時代だという。これがフランクの考え。

 ディーセンは、あまりに楽観的すぎる見方かもしれなが、こんなことを期待している。「ユーラシアの台頭という潮流の中で、ロシアと西側との関係も完全に変化するだろう。西側がロシアと敵対しようとするのは、ロシアには他に行くところがないから我々西側が差し出す「協調」を必ず受け入れる、という考えからくるものだ。しかし東方の台頭は、ロシアの協調関係を結ぶ選択肢を多様なものにし、ロシア政府と西側の関係を根本的に変えることになるだろう」と。

 少し気の早い話になるかもしれないが、独露関係について一言述べておこう。ロシアが、拡大されたユーラシア政策をとれば、ロシアはドイツに対して「ロシアと組んでハートランドを形成する」か、「ロシアの提携先を中国に任せてしまう」かの二者択一を提示できることになる。もしドイツが後者を選べば、歴史においては世界の脇役的役割しか果たせなくなるだろうが。もちろん、可能性としては針の穴を通すような確率しかないが、ドイツ-ロシア-中国が三国同盟を結ぶという方法もある。いつの時代もハッと驚かさせるようなことは起こってきたのだから、その可能性もゼロではないだろう。

 現時点で、ディーセンはこう確信している。「ユーラシアの陸の力(地上兵力)が、最終的にはヨーロッパとユーラシア内部の他の国々を組み込むことになる。政治的な忠誠心も、経済利益が東方に移動するにつれ徐々に変わっていくだろう。そうなれば、拡大されたユーラシア的観点から見れば、ヨーロッパは次第に、ただの西の外れにしかならなくなっていく」と。

 ロシアと「良くない関係」にある、西の外れの行商人たちにとっては、実に考えさせられる話ではないか。

 <訳注> 翻訳にあたっては次の論考も参考になりました。

* タタールのくびき
https://www.y-history.net/appendix/wh0602-056.html

  Pepe Escobar, born in Brazil, is a correspondent and editor-at-large at Asia Times and columnist for Consortium News and Strategic Culture in Moscow.
  Since the mid-1980s he’s lived and worked as a foreign correspondent in London, Paris, Milan, Los Angeles, Singapore, Bangkok. He has extensively covered Pakistan, Afghanistan and Central Asia to China, Iran, Iraq and the wider Middle East.
  Pepe is the author of Globalistan – How the Globalized World is Dissolving into Liquid War; Red Zone Blues: A Snapshot of Baghdad during the Surge. He was contributing editor to The Empire and The Crescent and Tutto in Vendita in Italy. His last two books are Empire of Chaos and 2030.
  Pepe is also associated with the Paris-based European Academy of Geopolitics. When not on the road he lives between Paris and Bangkok.
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