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戦勝記念日!ロシア人は2600万人戦死の記憶はあるが、米国資本主義がナチスドイツの戦争を金銭面で支えていた事実は知らない。

<記事原文 寺島先生推薦>

Victory Day! Russians Remembered Their 26 Million Dead, Unaware of Contribution of US Capitalism to Nazi Germany’s War Economy

グローバル・リサーチ

2018年5月15日

ジェイ・ジャンソン著

<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>2021年2月25日



 先週末、ロシアの人々は、大きな犠牲を払って勝ち取ったナチス・ドイツに対する勝利の記念日を祝うパレードを行った。何百万もの人々が、ロシア各地で行進に加わった。参加者の手には、亡くなった家族の写真があった。戦争のほろ苦い思い出として。我々は、古い資料をたどって、人々が歴史についてどのような知識を持っているかの研究を行っている。その際、公的機関が触れない或る事実がある。それはヒトラーの軍は西側により作られたものであったという事実だ。この行為は第1次大戦後のベルサイユ条約に完全に違反しており、西側勢力は、ソ連に侵攻したいというヒトラーの野望に望みをかけていたということだ。

 貧しかったナチス・ドイツが、自力で軍隊を作り上げ、その軍隊を世界一のものにすることは不可能だった。ヒトラーは支配権を掌握してからたった7年でそれをやってのけたのだ。巨額で徹底的な投資がなければできなかったろう。さらには、ジリ貧のナチス・ドイツに米国トップ企業が共同出資をしていたのだ。このような行為は、ドイツの再軍備を禁じたベルサイユ条約に違反するものだった。ヒトラーには世界大戦を始めることなどできなかったろうし、複数の国々においてホロコーストを行うこともできなかったはずだ。米国から巨額の資金援助を受けていなければ、ヒトラーにはそんなことはできなかった。

 当時、世界は世界大恐慌の大混乱のさなかにあった。その大恐慌というのは、植民地をもとにした資本主義の元での銀行による支配のみじめな結末であったといえる。そんな中で、ナチス・ドイツは、銃に弾を込め、銃撃の構えをとっていた。そして実際に発砲することになった。そしてその矛先は、西側にとって耐えられないくらい成功を収めていた社会主義のソビエト連邦に向けられた。覚えておくにこしたことはない事実だが、このような投資や共同出資が行われたのは、ヒトラーがあからさまに共産主義者や社会主義者、ユダヤ人たちに対する意図を公言していた時期と重なる。ヒトラーは、はっきりとユダヤ人に対する嫌悪感や、社会主義や共産主義に対する反感、ソ連の計画に対する反感を口にしており、ドイツがLebensraum(領土)を広げる必要性を訴え、ドイツが19世紀に目標としていた‘Drang Nach Osten’(東方への衝動)ということばを、ドイツがスラブ地域へ侵攻を進めるかけ声にし、その実現を目指していたのだ。

 以下は、英国系米国人のアンソニー・B.サットン著「ウオール街とヒトラーの台頭」という本からの抜粋である。その第1章は「ウオール街がヒトラー台頭の道を築いた」という題名だ。(アンソニー・サットンは1968年から1973年までスタンフォード大学フーバー研究所の博士研究員だった)

 「米国資本主義が1940年以前、ドイツの戦争準備に貢献していたという事実には驚かざるをえない。米国資本主義による貢献がドイツ軍の能力向上にとって本当に重要な要素だった。例えば、1934年時点で、ドイツ本国ではたった30万トンの石油製品しかなかったし、合成燃料は80万トン以下しかなかった。それなのに、10年後の第2次世界大戦においては、ニュージャージー州のスタンダード・オイル社から譲渡された水素化の特許と、I.G.ファーベン社の技術により、ドイツの石油生産量は約650万トンになった。そのうち85%は合成燃料であり、その製造にはスタンダード・オイル社の製造過程が採用されていた。 

 ドイツ人たちはデトロイトに派遣され、部品を生産する専門的な技術や流れ作業での組み立て技術を習得した。デトロイトで習得された技術は結果的に急降下爆撃機を作ることに使われた。後に、米国在住のIG・ファルベン社の代表者たちは、ドイツ人技術者を米国に派遣する流れを可能にした。このような技術者たちは、飛行機工場だけではなく、軍に関する重要な工場にも派遣された。現在の米国のビジネス誌は、当時のビジネス誌や新聞が完全にナチスの怖さや本質を見抜いていたことを裏付ける報道をしている。

 示されている事実から分かることは、米国ビジネス界の中枢がナチズムの本質を理解していただけではなく、米国ビジネス界自身の利益のために、可能なときは常に(そして自らのもうけになるときは常に)ナチズムを金銭的に支援していたということだ。そして、米国ビジネス界がしっかりと理解していたのは、その支援が最終的にはヨーロッパや米国を巻き込む戦争につながる可能性があるということだ。

 合成燃料と爆発物という二つが近代戦争の基盤であり、第二次世界大戦におけるドイツの侵攻の鍵となるものだった。そしてこの二つはドイツの2社の合弁会社の手の中にあった。そしてその二社はドーズ・プラン(訳注:ベルサイユ条約により不利な状況に置かれたドイツを救済するために立てられた計画)に基づき、ウォール街が提供した融資によって創設されたものだ。

 ヒトラー支配下のドイツにおける二大戦車製造業者は、ゼネラル・モーターズ社の完全な子会社であったオペル社(そしてゼネラル・モーター社はJ.P.モルガンの支配下にあった)と、デトロイトに本社があるフォード社の子会社フォードA.G社だった。ナチスは1936年にオペル社に免税措置を付与し、ゼネラル・モーターズ社が生産施設を増やすことを可能にした。 さらに米国のアロカ社やダウ・ケミカル社もナチスの産業界と密接な関係にあった。

 ゼネラル・モーターズ社はドイツのジーメンス・ウント・ハルスケ社に自動操縦や航空計器のデータを送っていた。そして1940年になっても米国のベンディックス・アビエーション社は、航空機やディーゼルエンジンについての完全な技術データをドイツのロバート・ボッシュ社に提供しており、 見返りに特許料を受け取っていた。

 概して言えば、モルガン・ロックフェラー財団の国際投資銀行と関連のある米国の企業は、ナチス・ドイツの産業発展と密接につながっていた、ということだ。記憶しておくべきことは以下のような事実だ。「ゼネラル・モーターズ社や、フォード社や、ゼネラル・エレクトリック社や、デュポン社といった米国のひと握りの企業が、ナチス・ドイツの発展と密接に関わっていたということだ。(ただしフォード・モーター社は違うが)。そしてこれらの企業を支配下に置いていたのは、ウォール街の大資産家たちだ。すなわち、J.P.モルガン社であり、ロックフェラー・チェース銀行である。それと規模は小さいが、ウォーバーグ・マンハッタン銀行も、だ」
(引用終わり)

 アンソニー・サットン著『ウォール街とヒトラーの台頭』(1976)を読んで時間を潰してしまったと後悔する人はいないだろう。こちらで読めます。

 サットンはカリフォルニア州立大学およびロサンゼルス州立大学の経済学の教授であり、1968年から1973年までスタンフォード大学フーバー研究所の博士研究員だった。

 第二次世界大戦に関してウォール街に責任があるという事実は一般的には無視されている中で、以下に挙げるサットンの著者の見出しを見たものは、空いた口が塞がらないくらいの衝撃を受けるだろう。

(以下はサットンの著書の見出しからの引用)

 I.G. ファーベン社帝国。I.G. ファーベン社の経済力。米国が作ったI.G. ファーベン社

 ゼネラル・エレクトリック社はヒトラーに資金提供。ドイツ、ワイマール市におけるゼネラル・エレクトリック社。 ゼネラル・エレクトリック社とヒトラーへの投資。クラップ社との技術提携。ドイツの 航空会社A.E.G社は第二次世界大戦において空襲を受けなかった。

 スタンダード・オイル社は第二次世界大戦を戦った。エチル社がドイツ国防軍を導いた。スタンダード・オイル社とゴム。独米石油合弁会社。

 ITT社は戦争の両側のために画策していた。クルト・フォン・シュレーダーとITT社。ウエストリック社とテキサコ社とITT社。戦時ドイツにおけるITT社

 ヘンリー・フォードとナチス。ヘンリー・フォード。ヒトラーが最初に関係をもった外国の銀行家。ヘンリー・フォードはナチスから勲章を授かっている。フォード社がドイツの戦争を支援。

 アドルフ・ヒトラーに資金を与えたのは誰だ?ヒトラーが初期に関係を持っていた銀行家たち。フリッツ・ティッセンとW.A.ハリーマン会社。1933年3月のヒトラーの選挙に資金援助。1933年の政界に対する貢献。

 プッチ、ヒトラーとルーズベルトの友人。ドイツ国会議事堂放火事件におけるプッチの役割。ルーズベルトのニュー・ディール政策とヒトラーの新秩序政策。

 ウォール街とナチスの内部関係。ステンレス鋼連合の友人連合。I.G.ファーベン社とケプラー社のつながり。ウォール街とステンレス鋼連合との関係。

 「シドニー・ウォーバーグ」の神話。「シドニー・ウォーバーグとは誰か?」、抑圧されたウォーバーグの著書のあらすじ。銀行家ジェームズ・ウォーバーグの宣誓陳述書。「 ウォーバーグ」の話からのいくつかの結論

 第2次世界大戦におけるウォール街とナチスの協力関係。第2次世界大戦におけるアメリカンI.G.社。アメリカ産業や金融界は戦争において罪を問われたか?

結論: 国際的な銀行家たちの影響力の増大。合衆国は独裁主義者の特権階級により支配されているのか? 破壊者としてのニュー・ヨークの特権階級。歴史修正主義者たちからの真実暴露がゆっくりと進行中である。

(引用終わり)

 「第二次世界大戦は「正しい戦争」で、一人の狂人が起こした戦争に対する正義の戦いだった」という偽りの定説が行き渡ることが可能になったのは、ウォール街子飼いのメディアや映画がその定説を固定化することに手を貸したからだ。ウォール街にとっては、第二次世界大戦ほどおいしい投資は、歴史上なかったのだ。

 第二次世界大戦か終結した時、唯一無事だった主要工業は、ウォール街が所有しているものだった。ウォール街と、ウォール街が支配下に置いていた米国政府が、世界で力を握るただ一つの権力者となった。こんなことは、歴史上初めてのことだった。ウォール街を大喜びさせたもうひとつの事象は、ウォール街が大敵と見なしていた国、社会主義国家のモデルであったソビエト社会主義共和国連邦の多くの都市が半壊滅状態におかれたことだった。ソ連では、2600万人の市民が亡くなった。この死者数は、第二次世界大戦での、ヨーロッパ、アフリカ、アジアにおける死者数のほぼ半数に上る。第二次世界大戦が起こる七年前、それはナチス・ドイツの再軍備が行われていた時期だったのだが、 ウォール街の特権階級の内部の声を知らせてくれた最後の大統領であるフランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領が、彼の腹心のコロネル・ハウスに書いた手紙には、こうある。「私も貴殿も理解していることだが、米国政府を所有しているのは、権力の中心にいる金融業界だ。それは、アンドリュー・ジャクソン(ルーズベルトの100年以上前の米国大統領)の時から始まっていた」

(ここから引用)

 戦争マシーンのナチスに資金援助していた西側陣営が標的にしていたのは、ソ連への攻撃だった。彼らはソ連の崩壊を目論んでいたのだ。というのは、彼らの目からは、ソ連は世界で巻き起こっている社会主義の嵐の源であると見えていたからだ。1930年代の世界大恐慌の最中、資本主義の存在自体が存亡の危機にあった。米国や英国などの西側諸国では、大規模な貧困が蔓延し、市民の不満が渦巻いていた。西側資本主義の秩序は、足元の民衆からの警告により、風前の灯であった。

 このような状況が、西側陣営が支援するヨーロッパにおけるファシズムの台頭という歴史を産んだといえる。第二次世界大戦に関して、誰もが認める以下の数字を見て欲しい。ナチス・ドイツ撃退のために、約1400万人の赤軍兵士が生命を奪われた。 一方、米国兵士や英国兵士の犠牲者は、それぞれ40万人以下だった。つまり、これら西側陣営の犠牲者は、赤軍の犠牲者の4%以下だったということだ。

 これらの数字が我々に教えてくれるのは、ナチス・ドイツの戦争行為の目標が当初どこに置かれていたか、ということだ。 そう、それはソ連だった。そして、西側帝国主義の支配者たちが、1930年代に、そこに望みをかけて、ナチスやヨーロッパの他のファシスト政権に資金投入していたのだ。 [引用元は、フィニアン・カニンガムの記事「第二次世界大戦は継続中だ。その相手はロシア」。プレスTV(イランの国営放送)、2014年、10月5日、下線は筆者)]

 なぜ、ソ連の指導者や記者たちは、冷戦期間中の反ソ連プロパガンダによる大量の嘘がばらまかれている時代にも、第二次世界大戦に向けてドイツを再軍備させた責任を西側陣営に問わなかったのだろう? そしてその意図は(ヒトラーが脅していた通り)ソビエト社会主義共和国連邦を崩壊させることだった、というのに。 古い資料をたどってこの歴史を研究している我々にとって、この件は本当に謎だ。米国(そしてヨーロッパ諸国)の企業による投資や共同出資が、ヒトラーの国防軍をたった6年で世界一の戦力を持つ軍に押し上げた歴史的事実については、企業側の記録にも残っているし、米国やドイツなどの国々の税金の使用法の記録にも残っていることだ。そして今ならインターネット上でその大部分は広範囲な統計として見ることもできる。

 

2018年ロシア戦勝記念日のパレード


 調査を行っている我々にとって唯一説得力のある答は、ナチス・ドイツとソ連の間で締結された独ソ不可侵条約を恥じてのことだ、ということだ。しかし、植民地主義諸国はナチス・ドイツの再軍備、しかも重厚な再軍備に明らかに加担していたのだし、しかもその理由が、ナチス・ドイツを「社会主義国家ソビエト連邦に対する防弾のため」というお慰みにもならない理由であったのだから。その後、西側陣営はソ連からの「かつてない好戦的な態度を見せてきたヒトラーに対する防護のための同盟をすべきだ」という提案に何一つ同意しなかった。だからこそ、スターリンがドイツと結んだ驚くべき不可侵条約は、ロシア防衛にとって最後の望みの綱だった。

 ソ連はヒトラーの攻撃に備えるためにその条約を結んだのかもしれない。その攻撃は、米国や英国やフランスがドイツの再軍備に手を貸し、準備をしてきたことだった。そのような行為はベルサイユ条約に違反するものだったし、西側陣営はヒトラーに対抗するためにソ連と連合を組むことは拒んでいた。

 2009年に、当時ロシアの首相だったウラジーミル・プーチンは独ソ不可侵条約を「不誠実であった」と非難したが、こうも語っている。すなわち、フランスや英国がミュンヘン会談(訳注:1938年のドイツのチェコスロバキア・スデーデン地方併合問題について、英独仏伊が行った会談)において反ファシスト運動を起こす絶好の機会を反古にしてしまった、と。2014年11月6日、英国のディリー・テレグラフ紙は以下の様な見出しを出した。「ウラジーミル・プーチンは、“アドルフ・ヒトラーのナチス・ドイツとソ連の不可侵条約には何の問題もなかった”と発言した」。以下はモスクワ在住トム・パーティフ記者による記述だ。

 「モスクワでの若い歴史家たちとの会談において、プーチンは彼らに第2次世界大戦のきっかけについて研究するよう促した。プーチン氏によれば、今日の西側の歴史家たちは1938年のミュンヘン会談のことには「口をつぐもう」としている、とのことだ。さらにプーチンは、その会談においては、英仏(当時の英国はネヴィル・チェンバレンが首相として君臨していた)がアドルフ・ヒトラーを懐柔し、ヒトラーがチェコスロバキアのスデーデン地方を占領することを認めた、と発言している。さらに“ヒトラーの独裁によるドイツが形成されようとしている中で、ヒトラーという侵略者と妥協したことは、あきらかに将来における大規模な軍事衝突を引き起こす原因になった。西側には、そのことを理解している人もいた“と発言していた」

 1936年から1938年まで米国ロシア大使をつとめたジョセフ・ディヴィスは、『モスクワへの密使』という著書(のちに映画にもなったが)において、1937年にロシア人たちが自暴自棄になっていた様子を記述している。当時のロシアは、英仏から防衛のための同盟を結ぶこともできず、ドイツの再軍備が行われていることもはっきりと理解しており、ドイツが狙っているのはソ連であり、ドイツの再軍備の意図は単なる「防塁」のためではないことに、はっきり気づいていた。ナチス・ドイツと驚くべき不可侵条約を結ぶことによって、スターリンは、ヒトラーにソビエト社会主義共和国連邦を攻撃させようという西側の計画をしばしそらそうとしたのだ。このおかげで、ソ連には東方に戦車を配置する時間的余裕ができ、それが後にナチスの侵攻を退けることを可能にしたのだ。ヒトラーが「殲滅戦」と呼んだ西ポーランドの戦いは、独ソ不可侵条約締結後たったの1週間後に始まった。その後、ヒトラーは再び「殲滅戦」と名付けた、ソビエト社会主義共和国連邦に対するドイツ軍の侵攻を、1941年6月22日に開始した。そして、同時にユダヤ人の根絶も進めた。

 世界大戦中に、ドイツもスターリンも英米も、町全体を焼き尽くすという罪を犯した。そのような犯罪行為が可能となったのは、ドイツを再軍備させようという熱意がもたらしたのだ。そしてその熱意の目的はたったひとつだった。映画や写真などで、戦闘機だらけの空や、戦艦だらけの海や、何千もの戦車による死闘が行われた陸の風景を思い起こすときに、同時に思い出してほしいことがある。それは、ビジネス・スーツをまとった多数の上流階級の人間たちが、嬉々として自分たちが得る利益を数えている姿だ。彼らが投資していたのは、武器工場であり、兵服であり、軍需品であり、そして棺であった。ウォール街のせいで引き起こされた第2次世界大戦が終わったとき、唯一生き残った巨大富裕権力は、ウォール街が所有している米国だけだった。いっぽう、ウォール街の大敵であった社会主義国家ソ連は、半ば壊滅状態におかれ、ソ連の主要都市は半ば崩壊状態で、2600万人の市民が亡くなっていた。

 これまでの歴史はどう変わっていただろうか?米国の巨大企業が投資や共同出資を行ったために、第二次世界大戦が起こり、ホロコーストが可能になったという事実を世界中の人々が知っていたとしたら。米国が何十もの国々に侵攻し、何百万もの男性や女性や子供たちを反共産主義の名のもとに殺したことに対して、世界中の人々の反応は違うものになっていただろうか? ウォール街子飼いのメディアがあんなにもいとも簡単に、ロシアに対する戦争を煽り、米軍が複数の国々に行った、国をまるまる破壊し、市民を殺し尽くした犯罪を見えなくさせることができただろうか。その犯罪には、米国が資金提供したテロリストや、自由の戦士とタグ付けされた戦士たちも関わっていた。

 ナチス・ドイツは去ったが、アメリカ合衆国は健在だ。そして彼の国はロシアに対する敵対心を隠そうともしていない。この事実を知ったならば、先週愛する故人たちの写真を手に行進していた何百万ものロシアの人々の感じ方は大きく変わるだろう。米露関係の歴史を振り返れば以下のことが思い起こされるだろう。赤軍を恐れた米国は、ソ連を敵国であると宣告し、ドイツに対ソ戦争の準備をさせ、ドイツが米国に宣戦布告した後は、都合よくソ連と同盟を結び、戦争が終われば、またもや共産主義ロシアを赤狩りの対象として敵国扱い。そして今、米国は再度ロシアを敵国と考え、制裁を加えている。

 今日の世界はどうなっていただろうか?もし、この真実が世界中の人々の心の中に存在していたとしたなら。特に人類の大多数を占める第三世界と呼ばれる地域の人々が、この事実を分かっていたとしたら。これらの地域の人々は未だに、ドイツを再軍備させた第一世界の権力により植民地化され、搾取されているのだから。

 

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