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帝国の征服への道: 和平と軍縮協定


By Prof. James Petras

グローバル・リサーチ 2018年5月1日


はじめに

近年、アメリカ帝国戦略は独立国家を打倒し、政権転覆する経費削減をはかっている。

その手段と方法は、かなり単刀直入だ。
   1)敵対国を悪者として描く世界的プロパガンダ・キャンペーン。
   2)ヨーロッパと地域の同盟諸国(イギリス、フランス、サウジアラビア
      とイスラエル)の支援・協力を得る。
   3)“反政府派”、やら‘民主派’と呼ばれる現地人と外国人傭兵の
     徴募、雇用契約、訓練と武器供与。
   4)国内の社会的緊張や政権の政治的不安定を引き起こすための
     経済制裁。
   5)和解交渉の提案。
   6)経済制裁を止める約束、外交的承認や平和的共存と引き替え
     の戦略的兵器の変更を含む非互恵的譲歩を要求する交渉。
   
戦略的目標は、
   ・打倒し、占領し、政権転覆を実現する。
   ・更にその後の軍事的、政治的介入を容易にするめの武装解除だ。
   ・そして経済資源の略奪と、軍事基地の確保、
   ・アメリカ帝国との国際的提携や、
   ・更に近隣諸国や自立した敵対国家征服のため、
    その軍事的踏み台となる‘従属政権’の押しつけだ。

このモデルを、近年と現在、アメリカが様々な地域において戦術的・戦略的に帝国を構築している例に当てはめてみたい。特に、北アフリカ (リビア)、中東 (イラク、パレスチナ、シリアとイラン)、アジア(北朝鮮)と中南米(コロンビアのFARC)に焦点を当ててみる。

ケース 1: リビア

アメリカは、地方部族や君主主義武装テロリストを使ったり、国際的経済制裁によって、人気のあるムアンマル・カダフィのリビア政府を打倒しようと数十年試みてきたが、その取り組みに失敗した後、交渉と和解の政策を提案した。
      
(リビア反政府派とヒラリー・クリントン)

アメリカは経済制裁を終わらせる交渉を始め、カダフィが軍を解体し、長距離弾道ミサイルや他の効果的な抑止力を含めリビアの戦略的兵器を放棄するのと引き換えに、外交的承認や‘国際社会’への受け入れを申し出た。アメリカは、トリポリを狙って常時準備が出来ている軍事基地を縮小しなかった。

2003年、カダフィはジョージ・W・ブッシュ政権との協定に調印した。大型のアメリカ・リビア石油協定や、外交的合意が調印された。アメリカの安全保障顧問コンドリーザ・ライスが、平和と友好のシンボルとして、カダフィを訪問した。それもアメリカ軍の支援が、武装したアメリカの子分連中に注ぎこまれるときにである。

2011年2月、オバマ大統領とヒラリー・クリントン国務長官が率いるアメリカが、EU同盟諸国(フランス、イギリス . . .)と共に、リビアのインフラ 、港湾、交通のセンター、石油施設、病院や学校を爆撃した。そしてアメリカとEUが支援するテロリスト連中が主要都市の支配権を掌握し、カダフィ大佐を捕らえ、拷問し、殺害した。200万人以上の移民労働者がヨーロッパや中東へ逃亡したり、中央アフリカへの帰還を強いられた。

ケース 2: イラク

サダム・フセイン統治下のイラクは、イランを攻撃し、侵略するためにワシントンから武器援助を受けた(1980~88)。この事実上の合意によって、民族主義イラクと帝国主義ワシントンとの協力が、両者共通の政策的狙いを反映するものだとイラク指導者が思い込むようになった。続いて起こるクウェートとの領土紛争でバグダッドは、、自分たちがアメリカによる暗黙の支持を得ていると信じた。しかしサダムがクウェートに侵略した際、アメリカはイラクを爆撃し、荒廃させ、侵略し、占領し、分割した(1990~91)。

アメリカは、クルド人によるイラク北部の領土占領を支援し、飛行禁止空域を課した。後に、ウィリアム・クリントン大統領は、何度か爆撃攻撃を行ったが、サダム・フセインを排除することはできなかった。

G. W. ブッシュ大統領の下で、アメリカは、全面戦争をしかけ、侵略し、占領し、数十万人のイラク人を殺害し、イラク丸ごと疎外した。アメリカは、現代的非宗教国家やその重要な機関を組織的に解体し、シーア派とスンナ派イラク人の間の最も残虐な宗教的、民族的戦争を誘発した。

1980年代、イラクは民族主義の隣国イランに対して、ワシントンに協力しようとしたが、イラクは侵略され、国が破壊されることになった。サダム・フセインを含む何千人もの非宗教的指導者や、非宗教的、科学関係の知識人が殺害され、イラクは帝国の無力な属国へと変身させられることとなった。

ケース 3: シリア

シリアのバッシャール・アサド大統領は、カダフィやフセインとは違い、アメリカのレバノン侵攻や、少数派キリスト教徒と親欧米反政府派への支援に妥協しながらも、ワシントンの申し入れから一定程度の独立を維持した。

2017年8月9日、北シリア、シリア民主軍卒業式の女性訓練生。(出典:Sgt. Mitchell Ryan for US Army)

2011年、アメリカは暗黙の合意を破り、手先である地方のイスラム主義者が蜂起するのに兵器提供と財政支援を行った。そして連中は地方の大部分と、ダマスカスの半分を含め主要都市の支配権を掌握した。幸いにも、アサドは、ロシア、イラン、レバノンのヒズボラ戦士の支援を得ることができた。その後の7年間、テロリストはアメリカ、EU、イスラエル、サウジアラビア、トルコからの膨大な軍事・財政・兵站支援にもかかわらず、打ち破られ、退却を強いられた。

(さらに読む)James Petras「和平合意か政治的降伏か。ラテンアメリカ、中東、ウクライナ」
https://www.globalresearch.ca/peace-accords-or-political-surrender-latin-america-the-middle-east-ukraine/5581993?utm_campaign=magnet&utm_source=article_page&utm_medium=related_articles

シリアは生き延び、国の大半を奪還した。リビアとイラクは失敗したが、シリアは戦略的同盟国との軍事同盟を形成することができ、国内武装反抗勢力を無力化することに成功した。

ケース 4: FARC (コロンビア革命軍)

FARCは、1960年代初期に主として農民軍として編成され、主として地方で、200人から約30,000人の戦士へと成長し、何百万人もの支持者を得るまでになった。主要都市の外部では、事実上、二重権力体制であった。

FARCは、コロンビアの少数独裁政権との和平合意交渉を何度か試みた。1970年代末の暫定合意で、FARCの一部が武器を放棄し、愛国同盟という政党を形成して、選挙に参加した。選挙で多少議席を得た後、少数独裁者は突然合意を破り、テロ作戦を開始し、5,000人の党活動家と、数人の大統領・議員候補者や議員を暗殺した。そしてFARCは武装闘争に戻った。

それに続く1980年~81年の交渉中、寡頭独裁政権は交渉を絶ち、FARC代表者達の暗殺を狙って会談場所を急襲したが、代表者達は無事逮捕を免れた。再三の交渉失敗にもかかわらず、2016年FARCは、元国防相フアン・マヌエル・サントス大統領のコロンビア政権と‘和平交渉’に入ることに合意した。しかしサントス大統領は2001年~2010年、地方や都市スラムでの殲滅作戦で軍隊を率いていた過去がある。FARC内部で大きな政治的変化が起きていたのだ。それまでの十年間で、FARCの歴史的指導者たちが殺害されたり、死亡したりして新世代に置き換えられていた。新世代は、突発事件に備えて兵器を維持しながら、公正な‘和平合意’を確保するという経験にも熱意にも欠けていた。信用できない寡頭独裁政権は再三交渉を妨害し、いわゆる‘和平合意’を取り消してきたからだ。

やみくもに平和を追求する余り、FARCは革命軍を解体し、武装解除することに同意した。FARCは、土地改革を含む社会-経済改革に対する支配力を確保し損ねた。FARCは、治安維持を、地主や7つのアメリカ軍事基地や麻薬暗殺部隊とつながる政権の軍隊に任せてしまった。

‘和平合意’はFARCを破壊した。武装解除するやいなや、政権は合意を取り消した。何十人ものFARC戦闘員が暗殺されたり、逃亡を強いられたりした。少数独裁者が、追い立てられた農民の土地や天然資源や公的資金の完全支配を維持し、エリート層が選挙を支配した。FARC指導部や活動家は投獄され、死の恫喝を受け、公営、民営の敵対的マスコミ宣伝による絶え間ない集中攻撃にさらされた。

FARCの悲惨な和平合意は、内部分裂、離反、孤立化を招いた。2017年末、FARCは崩壊した。各派は我が道を行った。一部は縮小したゲリラ集団に再度加わった。闘争を放棄し、仕事を求めた人々もいた。政権に協力したり、コカ栽培者になったりする人々もいた。

少数独裁者とアメリカは、40年の軍事戦争で成し遂げれなかったFARCの降伏と打倒を、交渉によって実現したのだ。

ケース 5: イラン: 核合意

2016年、イランは、七つの調印国(アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、中国、ロシア、欧州連合)との和平合意に署名した。合意は、イランが、民生用と軍用のどちらも使用可能な濃縮ウラン製造能力を制限し、 国外搬出するよう規定していた。イランは欧米による核施設査察を認め、テヘランが完全に遵守していることが認められた。

それと引き替えに、アメリカと協力諸国が経済制裁とイラン資産凍結を停止し、貿易・金融・投資への制限を停止することに同意した。

イランは完全に遵守した。ウラン濃縮施設は製造を停止し、残っていた在庫は国外に搬出された。査察では、イラン施設への完全なアクセスが認められた。

対照的に、オバマ政権は完全に遵守したわけではない。一部の経済制裁は解除されたが、他の制裁は強化され、イランの金融市場へのアクセスは巧妙に制限された。これは明らかな合意違反だ。それでもイランは、自分たちの合意内容を守りつづけた。

ドナルド・トランプの当選でアメリカは、「それは、これまでで最悪の合意だ」と言って、合意を否定した。そしてイスラエルのB・ ネタニヤフ首相の軍事的狙いに従って、完全な経済制裁復活とイランの国防全般の解体と、イランが中東においてアメリカ・イスラエル・サウジアラビアの命令に服従することを要求した。

言い換えれば、トランプ大統領は、ヨーロッパとアジアの全ての主要諸国の反対を押しのけて、イスラエルの要求に沿って、イランを孤立化させ、武装解除し、攻撃し、テヘランに傀儡政権を押しつけるために、合意を放棄したのだ。

フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、イランの新たな軍事的譲歩を確保するため、トランプの要求の一部を盛り込むよう合意を‘修正’(原文通り)しようとしていた。つまりイランが(1)地域の同盟者(シリア、イラク、イエメン、パレスチナ、レバノンのヒズボラ、イスラム教大衆運動)との同盟を放棄すること、(2) 大陸間弾道ミサイル防衛システムの解体、廃止すること、(3) アメリカ(イスラエル)による、全ての軍事基地と科学施設の監視と査察の受け入れである。

マクロン大統領の姿勢は、‘合意’の形式だけ‘維持’して、中身を破壊するというものだった。彼はトランプと目標を共有していたが、既存合意の‘修正’に基づく段階的な手法を狙ったのだ。一方トランプはイスラエル方式を選んで、もしイランが譲歩を拒否し、ワシントンの要求を拒んだら、軍事攻撃をするというあからさまな威嚇であり、真っ向からの合意全体の拒絶だ。

ケース 6: パレスチナ

アメリカは、イスラエルとパレスチナ間の和平合意を仲介するふりをした。その和平合意は、1967年以前の領土的、歴史的権利に基づく双方が合意した二国解決に則っとって、イスラエルがパレスチナを認め、入植を止めるというものだった。しかし和平調停を狙うクリントン大統領下のアメリカは、入植に喝采し、更にイスラエルの現在と将来のありとあらゆる違反を支持するに至っている。600,000人以上のイスラエル人入植者が土地を占領し、何万人ものパレスチナ人を追放した。イスラエルは年中ヨルダン川西岸を侵略し 何万人ものパレスチナ人を暗殺し、投獄してきた。イスラエルはエルサレムを完全支配している。イスラエルによる段階的民族浄化とパレスチナのユダヤ化を、アメリカは是認し、武器を供与し、財政支援してきた。

ケース 7: 北朝鮮

アメリカは最近、北朝鮮の金正恩が提唱した交渉による合意を支持すると述べている。平壌は、恒久的平和条約交渉のために核計画と実験を停止すると申し出ている。その中には半島の非核化と、韓国内のアメリカ軍部隊維持も含まれている。

(THAADに反対する韓国の人々)

トランプ大統領は、交渉を‘支持する’戦略を推進している。しかし一方では、経済制裁を強化し、韓国内での継続中の軍事演習を行いながら、交渉の準備段階でアメリカは何ら互恵的譲歩をしていない。そしてトランプは、もし北朝鮮が、武装解除し、軍事行動を停止するというワシントンの主張に従わなければ、交渉は止めると公然と威嚇している。

言い換えれば、トランプ大統領は、イラク・リビア・FARCへの侵略と軍事征服と破壊をもたらしたアメリカの政策に、北朝鮮を従わせたいのだ。

ワシントンの朝鮮平和協定交渉は、最近、破棄されたテヘランとの‘核合意’と同じ道をたどるだろう。テヘランの片務的武装解除と、それに続く合意破棄だ。

この全てのケース・スタディーが実証している通り、アメリカのような帝国建設者にとって交渉というのは、独立国家を弱体化させ、攻撃するために、武装解除させる戦術的陽動作戦なのだ。

結論

我々の研究で、ワシントンが帝国構築を強化するために‘交渉’と‘和平プロセス’を戦術的兵器として、どのように利用しているのかを明らかにした。敵対国の武装解除と軍事行動停止によって、政権転覆のような戦略目標を容易にするのだ。

帝国建設者が不誠実な敵だと分かっていても、和平プロセスや交渉を拒否すべきだということではない。そうすれば、ワシントンにプロパガンダ兵器を与えてしまうからである。そうではなく、帝国に敵対する国は下記指針に従うのが良い。

交渉は、一方的、特に非互恵的な兵器計画の縮小ではなく、相互の譲歩によるものにするべきだ。

交渉は、決して武装解除と軍事行動停止であってはならない。それは脆弱性を増し、突然の攻撃を可能にしてしまう。交渉では、帝国の違反や、特に軍事的・経済的同意の突然の破棄に対して、高い代償を課すことができる自国の能力を維持すべきなのだ。帝国の違反者は、人的・国家的代償が高くつき、政治的に不人気な場合に侵略をためらうのだ。

帝国に対峙する諸国は、孤立したままであってはならない。軍事的同盟国を確保すべきだ。シリアの場合が明らかだ。アサドは、ロシア、イラン、ヒズボラとの連合を構築し、それがアメリカ、EU、イスラエル、トルコ、サウジアラビアが支援するテロリスト‘反政府派’に効果的に反撃した。

イランは、核能力を廃棄することには合意したが、イスラエルやアメリカによる奇襲攻撃に報復できるICBM計画は維持している。イスラエルは、自分たちのためにアメリカが中東戦争のコスト負担を求めるのはほぼ確実だ。

北朝鮮はアメリカに対して、既に一方的な非互恵的譲歩をし、韓国に対してより小規模に譲歩をしている。もし北朝鮮が同盟国(中国とロシアのような )を確保することができずに、核抑止力を止めてしまえば、更なる譲歩への圧力を招いてしまう。

経済制裁解除に返礼するのは良いが、戦略的軍事防衛を危うくすることであってはならない。

基本原則は、互恵主義と戦略的防衛と戦術的経済的柔軟性だ。指針となる考え方は、永久の同盟は存在せず、あるのは永久の権益だけだということだ。欧米帝国主義の高尚な‘価値観’への見当違いな信頼や、帝国権益に関する現実的でない認識は、自立した指導者たちにとって致命的であり、国民にとっては破滅的なものになりかねない。それはイラク、リビア、パレスチナの場合で明らかであり、またシリアでは致命的に近かったようにだ。最新の例はイランの場合だ。アメリカは、2016年に和平合意に署名し、2017年に破棄した。

北朝鮮はイランの経験から学ぶべきなのだ。

協定を破棄する帝国の時間軸は色々だ。リビアは、アメリカとの武装解除協定に、2003年に署名し、ワシントンは、2011年にリビアを爆撃した。

どの場合も、原則は同じだ。紙片の契約に従って帝国権力が権益を放棄した歴史的な例は存在しない。帝国は、他に選択肢が無い場合にのみ協定を守るのだ。

記事原文のurl:https://www.globalresearch.ca/imperial-road-to-conquest-peace-and-disarmament-agreements/5638573

(翻訳:新見 明)
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<ジェームズ・ペトラス>
ニューヨーク・ビンガムトン大学社会学名誉教授。多くの専門誌だけでなく、ニューヨーク・タイムズ、ガーディアン、ネーション、ニュー・レフト・レヴュー、ル・モンド・ディプロマティクといった非専門誌にも精力的に執筆し、その鋭い米国社会批判で知られる。インターネット上でも広く紹介され、自身の公式ウェブサイトも持つ。アメリカ社会学会功労賞、2002年度ロバート・ケニー最優秀書籍賞受賞
『「帝国アメリカ」の真の支配者は誰か 金融支配階級が進める民営化・搾取・格差・貧困』よりhttp://www.hmv.co.jp/artist_%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%9A%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%B9_200000000095264/

James Petras教授は、グローバルリサーチ・センターの研究員でもある。

<新見コメント>ーーーーーーーーーーーーーーーー

この翻訳は「マスコミに載らない海外記事」にすでに掲載されていたものですが、今の北朝鮮情勢を考える上で貴重な記事なので、翻訳し直してブログに載せました。
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2018/05/post-d851.html

つまり和平交渉が非互恵的なものであれば、武装解除されたリビアのように、合意のあと政権転覆され、国家そのものが破壊されてしまう。そのような和平合意を政権転覆の手段とするアメリカの戦略を具体的に説いています。リビア、イラク、シリア、FARC(コロンビア革命軍)、イランの核合意、パレスチナ、北朝鮮を例にそれぞれ解説しています。

だから北朝鮮の和平合意も互恵的な譲歩によるものであるべきであり、リビア方式のように核を全面放棄してから、制裁解除するのでは、アメリカの意に従わない国家の体制転覆計画にはまってしまい、東アジアの平和はやってこないことになります。

また北朝鮮が中国との連携を強化していることは、シリアで体制転覆を免れた大きな理由がロシア、イラン、ヒズボラなどの同盟があったように、体制転覆を防ぐ大きな力となるということです。

一方、失敗した例としてリビアとともにFARC(コロンビア革命軍)などがあげられていますが、和平合意を結び、武装解除した後、国や組織を解体された例として記憶にとどめておく必要があります。

現在の6月の米朝会談をめぐって錯綜していますが、これもリビア方式をとるかとらないかを巡っての米政権内の対立と考えるべきでしょう。北朝鮮情勢を正確に理解するためにも、この記事で書かれた歴史的経過を踏まえておくことが必要です。
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