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ヨーロッパはアフリカの遺産を盗んだ。道理は通るのか?

<記事原文 寺島先生推薦>
Europe has stolen Africa’s heritage. Will justice prevail?
世界で最も有名な美術館収集物の大部分は、植民地時代に略奪されたアフリカの工芸品で構成されている。そして、現時点でアフリカに返還されたのは1パーセント未満。
筆者:ダリア・スホバ(Daria Sukhova)
出典:RT 2024年4月4日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ> 2024年4月16日


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© RT/ RT


戦争とアフリカの植民地化の過程で、西側諸国は何十万ものアフリカ美術品の略奪に関与した。博物館は植民地主義の確立に貢献し、征服を正当化するために政府によって利用された。

2018年にフランス政府の委託を受けた、フランスの美術史家ベネディクト・サヴォイ氏とセネガルの経済学者フェルワイン・サール氏が作成した報告書で は、アフリカの物質的な文化遺産の90%から95%がアフリカ大陸の外に保管されている、とされている。いっぽう、アフリカの国立博物館に所蔵される文化財は、かろうじて3000点を超えるにすぎない。

ほとんどすべてのアフリカ諸国は、ヨーロッパによる探検とその後の植民地化の時代に、最も重要な文化的工芸品を失った。アフリカに残された遺産物は、ヨーロッパの博物館に持ち込まれたものほど歴史的および文化的価値がなかった。過去数十年にわたり、西側諸国はアフリカ諸国から繰り返し賠償請求を受けてきた。

アジェンダ2063―2015年にアフリカ連合によって採択されたアフリカの長期開発計画―では、文化遺産の保護がアフリカ大陸の主要な優先事項のひとつとされている。この枠組み文書によれば、アフリカのすべての文化財は2025年までに大陸に返還されるべきである、とされている。しかし、この野心的な計画は実現するのだろうか?

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関連記事:British generosity: The UK is loaning back African gold it stole. Is it the best it can do?

英国の懲罰遠征と英国美術収集物におけるその重要性

美術史家らは、2020年の時点で約7万点のアフリカの工芸品が大英博物館に収蔵されている、と推定している。しかし、展示の説明には、それらが英国に来た経緯についてはあまり触れられていない。

遺物の多くは、19世紀末の1897年のベニン懲罰遠征中にアフリカから押収されたものだ。ベニン王国 (西アフリカで古代から存続していた国) は、現在のナイジェリアの領土に位置していた。この懲罰遠征は、領土の支配を確立するために派遣された250人のイギリス軍部隊を地元住民が攻撃したことを受けて、「懲罰」として組織された。

懲罰分遣隊は最初の部隊をはるかに上回り、1500人の武装兵で構成されていた。英国軍はベニンの首都を襲撃し、王国を破壊し、支配者を捕らえた。この作戦の結果、2500から4000 個のベ二ンの青銅工芸品 (いわゆる「ベニンの青銅」) がアフリカから持ち去られた。ナイジェリアは英国に対し物品の返還を要求している。この事件はアフリカ美術史上最大の略奪事件の一つとみなされている。

遠征の費用を補うために、入手した遺物の一部がオークションに出品された。このようにして、ベ二ン・ブロンズはヨーロッパのさまざまな国に渡り、そこでアフリカ美術収集の人気が高まった。

世紀末の時代、ヨーロッパはアフリカ美術に大きな関心を示した。しかしそれでもヨーロッパ人がアフリカ美術を「原始的」芸術と呼ばなくはならなかった。今日に至るまで「原始主義」という用語はアフリカの芸術を説明するときによく使われている。実際、他地域の文化に対するヨーロッパ人の固定観念は、その特定の文化を説明するためにどんな言葉が選ばれているかで、よくわかる。

英国はまた、オークションでは売らなかった盗まれた工芸品の用途を発見したが、その多くはベ二ン民族の精神性を反映するものだった。工芸品の一部は遠征の軍事的成功に対する報酬として軍関係者に与えられた(経済的観点から見て価値がないとされるものだったからだ)が、他の品物は最終的に大英博物館に収蔵された。

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ナイジェリア生まれの芸術家ソカリ・ダグラス・キャンプによる「アフリカとアメリカに支えられたヨーロッパ」と題された作品を鑑賞する英国国王チャールズ3世(左)。 ©イザベル・インファンテス/AFP

ドイツも後塵を拝していたわけでは全くなかった

ドイツ帝国もアフリカの文化遺産の略奪に関与していた。英国やフランスとは対照的に、ドイツの植民地時代は短期間だった。しかし、ドイツは近隣諸国に遅れを取らず、自分たちの収集のための物品を手に入れようとした。

ドイツの遠征の過程で、研究者や博物館、または個人収集家(植民地当局者など)の興味を引く多くの工芸品や芸術品、地元の動植物の標本がアフリカから持ち出された。

ドイツはオークションで購入したベ二ンの青銅器とは別に、カメルーン民族とナミビア民族の芸術品も入手した。アフリカ民族にとって文化的、宗教的に重要な小像や宝飾品、作業道具などは、ベルリン民族学博物館に保管されていた。

ドイツ兵士は戦争犯罪の結果、多くの物品を入手した。シュトゥットガルト博物館には 2019 年まで、ナミビアの国民的英雄、ヘンドリック・ヴィットボーイの鞭が収蔵されていた。ドイツは、1904 年から 1908 年のヘレロ族とナマ族の虐殺中にそれを入手した。ヴィットボーイは、入植者と戦い、蜂起を指導した功績により、死後、ナミビア英雄の称号を授与された。

カメルーンから持ち込まれ、2022年までベルリン民族学博物館に保管されていた女神ンゴンソの彫刻に関しては、その彫刻が属していたンソ族によってドイツに売却も寄贈もされたものではなかった。1903年、ドイツの将校がこの彫刻を強制的に押収し、個人的な贈り物として博物館職員に贈呈した。ドイツの美術館職員らが行なった「不在アトラス」という調査によると、カメルーンから持ち出された4万点以上の美術品がドイツに保管されていたことが分かった。

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ベルリンの「新しいベルリン宮殿フンボルト・フォーラムの民族学博物館」での取材旅行中に撮影された、アフリカのバムム族(19世紀)の王の座席であるカメルーンの足置き付きマンドゥ・イェヌの玉座© JENS Schlueter / AFP

盗まれたひらめきの源

植民地時代の全盛期に、フランスは9万点以上のアフリカ美術を取得した。この収集物の大部分は、パリのケ ブランリー美術館をはじめ、他の州立美術館や個人ギャラリーに保管されている。

展示品の説明によると、アフリカの彫刻と仮面は、主に創造的な危機を経験したフランスの芸術家にひらめきを与えたという理由で貴重であることがわかる。しかしこれらの作品を創り出したアフリカの巨匠たちの創造的天才にはほとんど注意が払われていない。

当初、略奪された美術品はヨーロッパの民族学博物館に展示され、主に科学研究を目的とした「奇妙なもの」とみなされていた。アフリカの芸術家の才能を評価できたのは一部の個人収集家だけだった。

植民地時代が終わった後も、フランスはアフリカから貴重な工芸品を持ち出し続けた。たとえば、2005 年と 2007 年には、マリの文化遺産1万点以上がパリの空港で押収された。これらには、ブレスレットや斧、指輪が含まれていました。遺物のほとんどは 8000年前に遡るものだ。

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展覧会「二つの国のファラオ」の一部として展示されている芸術作品。パリのルーブル美術館内の「ナパタ王」というアフリカの物語、という展示区域。 ©ステファン・ド・サクティン/AFP

1パーセント未満

2017年にブルキナファソのワガドゥグーで講演したフランスのエマニュエル・マクロン大統領は、アフリカの文化遺産がフランスの博物館に残ることは容認できないと述べた。彼は5年以内に文化遺産を返還するためにあらゆる適切な措置を講じる、と約束した。

この声明が多くの注目を集めたのは、欧州の法律は国家遺産(西側諸国ではアフリカ美術は「国家遺産」とみなされている)の譲渡を認めておらず収集物が国家の所有する博物館から永久に移動されることがない可能性があるからだ。

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関連記事:Africa’s secret weapon: Extracting this resource will help present the continent’s true potential to the world

マクロン大統領の演説から6年後、フランス政府はついに賠償政策の実施に向けた対策の策定に着手した。 2023年4月、ルーヴル美術館のジャンリュック・マルティネス元館長は、一連の賠償要件を含む政府への勧告を含む報告書を発表した。フランスは美術品が違法かつ不当に取得されたものであることを確認する必要があり、アフリカ諸国からの賠変換請求は特別委員会によって調査される必要があり、金銭的補償の要求は考慮されないことになっている。

現時点でフランスはベ二ンに26点、セネガルに1点の遺物を返還している。これは、美術館に所蔵されているアフリカ美術品の総数の 1 パーセント未満に相当する。

フランス議会は2023年12月に新たな賠償要件を盛り込んだ法律を採択する予定だったが、この文書は野党によって阻止された。すべての勧告とその実際の実施を考慮した法律の制定には長い時間がかかる可能性があり、その結果、返還に至る過程が何年も遅れる可能性がある。

英国の博物館、略奪を懸念

世界第2位の植民地帝国である英国は、返還に関してははるかに保守的な考えを持っている。この国の国立博物館や美術館は、返還を認める法律の対象にはならない。英国は今後も、国家の収集物から美術品を引き離すことを認めない現行法を順守していく構えだ。

今年1月、大英博物館とヴィクトリア・アンド・アルバート博物館はついに、盗まれたアサンテ族の美術品をガーナに「返す」ことに合意した。しかし、その「返還」は最長6年の「長期賃貸借」に過ぎなかった。

英国の住民は、賠償により英国の博物館の収集物が空になるのではないかと懸念している。テレグラフ紙は、アフリカへの文化遺産返還要求により英国の博物館が「略奪される危険にさらされている」とさえ書いた。

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2021年10月27日、今月後半に西アフリカの国に輸送される前にケ・ブランリ美術館に展示されたベニンのゲゾ王を表す19世紀の王室の半人半鳥の彫像を鑑賞中のフランスのエマニュエル・マクロン大統領(左)。 © ミシェル・オイラー / BELGA / AFP

返還の先頭に立つ?

ドイツはフランスと並行して返還政策を実施している。両国は共同基金を設立し、その資金は現在博物館に保管されているアフリカの工芸品の起源に関する追加の研究を行うために使用される予定だ。返還に向けた準備作業は3年以内に実施される。

ドイツはすでに21個のベニンブロンズをナイジェリアに返還した。2022年に両国間で締結された協定によると、ドイツの博物館は1130点の返還を約束した。

ドイツはヨーロッパで「賠償の先頭に立っている」と言われている。しかし、アフリカ諸国はこれに同意していない。例えば、西アフリカの新聞モダン・ガーナ紙は、ドイツが「反返還運動」の先導者である、と反論している。ジャーナリストらは、美術品の返還を求めるアフリカの人々の要求は、他のヨーロッパ諸国と同様に、「常にドイツによって抵抗され」ており、ドイツ政府が一部の美術品を返還したのはつい最近になってやっとのことであった、と指摘している。

アフリカの人々は、ドイツが例えば英国よりも略奪品の返還に多くの努力を払ってきたことを認めているが、ドイツが何百年も保管してきた遺物のごく一部を返還したことを称賛されるべきであるという点には依然として同意できていない。また、ドイツはアフリカ大陸への影響力拡大に努めており、文化的取り組みはイメージ向上の手段に過ぎない可能性もある。

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ベルギーのテルビュレンにあるアフリカ博物館/中央アフリカ王立博物館、民族学および自然史博物館にあるアフリカの木製小像。 © Arterra / Universal Images Group(ゲッティイメージズ経由)

返還情報を監視しているのは誰か?

過去10年にわたり、アフリカの文化遺産の返還を公に訴える公的機関や個人活動家が増えている。

これらの取り組みの中で最大のもののひとつは、文化遺産の運命を憂慮するアフリカの人々によって設立された「オープン・リスティテューション(返還)・アフリカ」計画だ。この計画の主催者は、アフリカに対する文化遺産の返却の現状に関する情報への開かれた情報を提供するよう努めている。この計画のデータベースには、アフリカ大陸外に保管されている100万点を超えるアフリカ美術に関する情報が含まれている。現時点で返された文化遺産は1000点未満だ。

2022年、同組織は「返還物の回収」と題した世界中の活動家の活動に関する報告書を発表した。2016 年以来、アフリカ美術の返還に特化した科学出版物の数は 300%増加し、ニュースやソーシャル・メディアでのこの話題に関する議論の数は600%増加した。

しかし、返還に関するインタビューのほとんどはアフリカの人々によるものではないと、オープン・リスティテューション・アフリカの研究者らは指摘している。返還問題を専門的に研究しているアフリカの専門家は、通常、引用される著者一覧の最後に記されている。

ナイロビに拠点を置く非営利団体アフリカン・デジタル ・ヘリテージも、返還に関する新しい基礎情報の探索に取り組んでいる。ケニアの専門家は、デジタル技術を使用してアフリカの文化遺産と保存記録データを研究している。この専門家団は、現在の返還過程に関する関連情報をデータベースに定期的に更新するよう努めている。

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ライプツィヒのグラッシ博物館フォルケルクンデでベナンのブロンズ像の傍らに立つ訪問者。 © Jan Woitas / ゲッティイメージズ経由の写真アライアンス

アフリカ美術を取り戻すことの重要性

ヨーロッパの拡大期に略奪されたアフリカ美術は、美的価値を持っているだけではない。これらの美術品は文化的な観点から非常に重要だ。

彫刻やマスク、宝石は、アフリカの2000 以上の民族の精神性を反映している。各民族集団とその世界観は独自であるため、地元住民の同意なしに工芸品をアフリカから持ち出すことは、単なる芸術品の不法入手の問題ではない。実際のところ、これは外国の文化遺産の不法輸出にあたる。

ロシア外務省傘下のMGIMO(モスクワ国際関係大学)アフリカ研究センターの次席研究員マヤ・ニコルスカヤ氏がRTに語ったところによると、アフリカの文化遺産の返還は民族の自己証明の構築に大きな役割を果たしている、という。

「文化は人間生活における必須項目のひとつです。さまざまな工芸品や宗教的品物を含むアフリカの文化遺産の返還は、失われた自己証明の回復を示しています。しかし、現代のアフリカはこれらの貴重品が盗まれた頃のアフリカとは大きく異なります。こんにち、多くのアフリカ諸国は国家建設の過程にあり、民族の非政治化はこの過程における重要な要素となっています。文化は社会のさまざまな部分を結び付けることができる『細胞間空間』なのですから」とニコルスカヤ氏は述べた。

アフリカの若者の多くは、自分たちの民族に属する物質文化の対象物を一度も見たことがない。アフリカの数千年の歴史を示す文化財が大陸の外に保管されているということは、アフリカの人々は自国の文化に触れる機会が奪われている、ということになる。

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関連記事:‘A violation of human rights’: Will the UK government get away with deporting asylum seekers to Africa?

ニコルスカヤ女史は、現代アフリカ文化とその特有の自己証明の関連性についても強調している。「伝統的な芸術の分野や形態の新しい解釈は現在、映画や音楽、文学、写真、デジタルアートを含む芸術において発展しています。アフリカの現代美術がネット上で著作権侵害の犠牲になったり、個人収集物として公の場から消えたり、作者が分からない扱いになったりしないことが重要です」と同氏は述べた。

RUDN(パトリス・ルムンバ・ロシア人民友好大学)国際関係論理論史学科の博士課程学生ブライアン・ムガビ氏も、文化的回復の重要性についてRTに意見を寄せた。

「美術品を元の所有者に返還することは、植民地解放に向けた重要な一歩となるでしょう。これらの芸術作品は植民地時代に入手されたもので、歴史の暗い章を痛烈に思い出させるものとなっているからです 」と彼は語った。

「これらの文化遺産の入手については、多くの場合、疑わしい手段によって取得されました。その手段とは、植民地支配中に取られた搾取的で、しばしば原始的な方法を反映したものでした。」

したがって、「完全な返還を主張することは、歴史的不正義を正す手段になります」とブライアン氏は考えている。

「さらに、アフリカの文化遺産が不均衡に分布しており、推定90%から95%がアフリカ大陸の外に位置している現状は、公平な文化保護の必要性を浮き彫りにするものです。このような不均衡な状況は、アフリカ内の博物館が自らの遺産を紹介できる力を妨げるだけでなく、経済格差を永続させることにもなります。それは、最も重要な展示会がアフリカ国外で開催されているからです。」

「したがって、盗まれた美術品を返還することは道徳的義務として機能するだけでなく、文化の公平性と文化の保存を促進することにもなるでしょう」とブライアン氏は主張した。

アフリカ芸術の運命を決定するのはヨーロッパではなく、アフリカ自身であることは明らかだ。それは、現代芸術においても、古代芸術においても当てはまる。その事実を尊重することは、明らかに歴史的義務だ。
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