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私はイスラエル・ガザ間の戦争を2度体験したが、今回の戦争は最悪だ

<記事原文 寺島先生推薦>
“I Lived Through Two Israel-Gaza Wars. This One is the Worst.”
筆者:エバ・バートレット(Eva Bartlett)
出典:INTERNATIONALIST 360°   2023年12月2日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>  2023年12月10日




 
 イスラエルによるガザ全域への執拗な空爆が7週間続いた結果、11月23日時点(人道的停戦が発効する直前)の国連の控えめな推計によれば、ガザの飛び地で1万4800人以上が死亡し、その中には約6000人の子どもと4000人の女性が含まれていた、といいます。

 今回のイスラエルによるガザ攻撃は、イスラエルが2カ月足らずの間に4万トンもの爆薬を投下したという報告もあり、これまでで断トツにひどいものですが、イスラエルが過去15年にわたって、ガザのパレスチナ人に対して繰り返し攻撃を加えてきたことを今一度思い起こすことには価値があると言えます。

 2008年末から2013年3月までの数年間、ガザに住んでいた私は、イスラエルによる2度の大規模な攻撃(そして数年にわたる無数の小規模な攻撃)を目撃してきました。この記事において、私が目にし、記録したことを紹介し、ガザで起きているイスラエルによる恐ろしい戦争犯罪は、今に始まったことではないことを示したいと思います。

 2008年12月27日、イスラエルは「キャスト・リード」作戦の最初の数分間で、ガザに100発の爆弾を投下しました。シファ病院(ガザの中核病院)は、死者と負傷者を止むことなく受け入れていました。集中治療室の病床は埋め尽くされ、医師たちは、一人の患者が死ぬとすぐに、次の患者が空いた病床に入るという状況が続いている、と私に話してくれました。

 私は、ガザにいた国際的に活動する何人かの人々とともに、パレスチナの衛生兵と一緒に救急車に乗り、負傷者を探して病院に運ぶ活動への参加を決めました。私たちはそうしました。イスラエルがガザへのジャーナリストの立ち入りを禁止していることをよく知っていましたし、過去には、衛生兵や救急車がイスラエル軍の標的になったこともわかっていました。

 そのような光景は乗車直後に現れました。私が乗っていた救急車がイスラエル軍の狙撃兵に狙われ、少なくとも14発の銃弾のうちの1発が車の後部に命中して、1人の衛生兵が脚を負傷しました。



 この事件が起こったのは、2009年1月7日の「人道的停戦」の時間帯のことでした。ジュネーブ条約には、「負傷者を捜索、収容、搬送、治療する医療関係者は、いかなる状況においても保護され、尊重されるべきである」と明記されています。

 その数日前、イスラエル軍の砲撃で、私の知り合いで同行していた衛生兵のアラファ・アブド・アルダイムが亡くなりました。アラファは負傷したパレスチナ人を救助中で、救急車の後部に立っていましたが、フレシェット弾を含んだ砲弾を受けたのです。フレシェット弾は、何千もの小さな金属矢を広い弧を描くように噴射するように設計されており、負傷したり死亡したりする可能性が高くなる武器です。金属矢の鋭利な頭部は離脱するように設計されており、その矢を受けた人の体の内部の損傷が大きくなります。ボランティアの21歳の衛生兵も負傷し、足を裂傷しました。

 アラファが殺害された翌日、イスラエル軍は、家族や近隣住民が弔問に集まっていたこの地域に、2分以内に3回の砲撃をおこないました。この砲撃はまたもやフレシェット弾によるもので、妊娠中の若い母親を含むさらに6人の市民が死亡し、25人が負傷しました。

 イスラエル軍の地上侵攻が始まった1月3日の夜、当時私が拠点としていたジャバリヤの東にある赤新月社の派遣所に、砲弾が危険なほど近くまで飛んできました。そのとき私はその派遣所にいました。救急車の中ではありませんでした。翌朝まで危険すぎて立ち寄れなかったのですが、攻撃が終わる前に、戻って確認すると、救急車は機関銃の弾痕だらけで、砲撃で吹き飛ばされていました。

 救急車とその医療機器は、私が見た中でも最も貧弱なもので、供給されるものもイスラエルによる長期のガザ包囲と封鎖によって枯渇していました。衛生兵たちは、でこぼこ道を素早く走り、困っている人たちのところへ行き、ほとんど時間をかけずに人々を車に乗せ、イスラエル軍の標的にされるのを避けるために、逃げるように病院に向かいました。

 イスラエル軍はガザ侵攻第3週目にテル・アル・ハワ地区に侵攻した後、クッズ病院を繰り返し爆撃し、イスラエル軍の狙撃兵らは住宅地から逃げ惑うパレスチナ人を狙いました。私は、病院から市民を避難させ、シファ病院(空きはなかったのですが)に運ぶ救急車に同乗し、パレスチナ市民を救うために何度も行き来し、そのたびにイスラエル兵らに撃たれる危険にさらされました。

 2009年の戦争が終わるまでに、イスラエル軍は23人の衛生兵を殺害し、57人を負傷させ、少なくとも9台の救急車を破壊し、16台を損壊させました。私が知っているジャーナリストや衛生兵は、私を含めて誰も防護服を持っていませんでした。でも、イスラエルが私たちに投下していた大量の爆弾を考えれば、防護服があってもなくてもほとんど違いはなかったでしょう。

 ある晩、それまで目にしてきたことについてRTのインタビューに答えた直後のことでした。そのとき私はガザ北部の非常に危険な地域を走る救急車に乗っていました。救急車を降りて、ある建物に入った時、イスラエルが少なくとも7回、その建物を砲撃しました。私たちは、10段の階段を駆け降りて、ありがたいことに無傷ですみました。ちなみに、2021年には、イスラエルの空爆によって、同じ建物と別の建物が破壊されたのですが、その時は合わせて20の報道機関がその建物に入っていました。

 2008年から2009年にかけての戦争中、そして戦後、私は、自分の子どもたちがイスラエル兵に故意に殺されたというパレスチナ人の親たちの証言を数え切れないほど集めました。至近距離から撃たれた子どもたち、停戦期間中なのにドローンによる爆撃を受けた子どもたち、狙撃兵に撃たれた子どもたち。また、シファ病院では、切断された生存者の方々に会いましたが、この人たちは、自宅が白リン弾の砲撃を受け、家族6人が殺され、その中には生きたまま焼かれた乳児もいたそうです。私はその後も、この方々の話を追いかけ、さらに冷酷な詳細を知り、爆撃で破壊されたこの方々の家もこの目で見ました。イスラエル兵が壁に残したと思われる落書きには、憎悪あふれることばや、「次はもっと痛めつけるぞ」といった脅迫のことばも書かれていました。(その閲覧注意の画像はこちら

 この2ヶ月間、イスラエルは、安全な避難場所を求める避難民パレスチナ人を収容する国連が運営する学校を含む複数の学校を繰り返し空爆してきました。イスラエルは2009年1月にも同じことを繰り返しており、今回の戦争でも被害を受けたファフーラ学校を含む多くの国連が運営する学校を空爆しました。

 この3週間のイスラエル軍の空爆、そして2012年11月のイスラエル軍の作戦(私はガザ中心部のデイル・アル・バラの病院を拠点にしていた)で私が見聞きしたことについては、残念ながら何ページでも書き足すことができますが、少しでも簡潔にするためにここで止めますが、止まらなかったのは、2009年も2012年も、停戦直後のイスラエルによる爆撃と銃撃でした。

 しかし、イスラエルによる空爆作戦と同じくらい残酷なのが、16年以上にわたるガザ包囲網です。このことについてはこれまで長年、書いてきましたが、要約すると、貧困、食糧難、栄養失調、貧血、発育不良、糖尿病、治療可能な病気が治療されないまま放置され、95%が飲めない水(すでに2014年当時からそうでした)といった問題が生じてきました。

 今年11月24日、4日間の停戦が実施されました。この停戦は、イスラエルに収監されているパレスチナ人とハマスの人質との交換を可能にするためであり、また、ガザの人口240万人が数週間にわたって奪われていた食糧、水、燃料、医療援助の配送が切実に必要とされていたためです。しかし、当然のことですが、停戦が破られ、狙撃手らがパレスチナ市民に発砲したとの報告もありました。

 ガザ保健省によれば、停戦終了後の最初の1日で、100人以上のパレスチナ人が死亡したそうです。イスラエルが、約束どおりの「最強の一撃」を加え始めたからです。そして表向きは、その対象はハマスの民兵隊だとされていました。

 この2週間でガザに加えられた恐怖の全てのことの概要をここで全て述べることは不可能ですし、その必要もないでしょう。というのも、ソーシャルメディアやテレグラム・チャンネルには、そんなおぞましい光景で埋め尽くされているのですから。避難民が暮らす学校が再び爆撃を受け、難民キャンプの全区画が爆撃を受け、何万人もの避難民が暮らす病院や教会が爆撃を受け、住宅密集地に再び白リン弾が降り注がれている様子など、枚挙にきりがありません。

 私が強調したいのは、イスラエルがガザで戦争犯罪を犯していることは、私の心の中にも、また現地の状況を直接見てきた他の多くの国際的な記者やオブザーバーたちの心の中にも間違いないひとつの答えしかない、ということです。それはイスラエルがガザで戦争犯罪をおかしているということ、そしてその意図は、現実にはそうなっていないにせよ、大虐殺を起こすことにある、ということです。

 イスラエルがジェノサイドの定義を犯すのを、私たちは世界中で見守ってきました。「国家、民族、人種、宗教などの集団の全部または一部を破壊する意図がある」。大虐殺の専門家であるラズ・シーガルさんは、イスラエルの砲撃が始まってからわずか1週間後にこう書きました。イスラエルは無数の凶行を犯してきたのですから、そう取られても当然です。

 10月下旬、国連ニューヨーク事務所の国際連合人権高等弁務官事務所(OHCHR)のクレイグ・モヒバー前事務局長が辞任したのは、抗議と嫌悪の意をあらわすためでした。モヒバーさんはこう語りました。「再びこのような虐殺行為が私たちの目の前で展開されることになるとは。そしてそのような行為を私たちが勤めている組織は止める力を持っていないようなのです。1980年代からパレスチナの人権を調査し、1990年代には国連人権助言者としてガザに滞在し、それ以前にもそれ以降にもガザへの人権改善を目指して活動してきたのですから、私個人にとってこの問題は、とても深い問題なのです。」

 モヒバーさんは、イスラエルによる「パレスチナ人民の大規模な虐殺......イスラエル政府および軍の指導者たちによる明確な意思表明と相まって、今回の件はまさに大虐殺の事例であることに疑いの余地はありません」と明言しました。
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