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ウクライナ、米国の「反攻」戦略を無視(ワシントンポスト紙)

<記事原文 寺島先生推薦>
Ukraine ignored US ‘counteroffensive’ strategy – WaPo
米政府は早期の一点集中型の前進を望んでいたと報じられたが、キエフは同意しなかった
出典:RT 2023年12月4日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>  2023年12月9日


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ファイル写真:2023年6月、ロボティノ近郊でロシア軍によって破壊されたレオパード2戦車と数台のブラッドリー戦闘車両。©テレグラム/ロシア国防省


米国と英国の将校はキエフの春夏作戦の計画を支援し、要求されたすべての車両を提供したが、ウクライナは部隊を3つの方向に分割することを決定したと、月曜日(12月4日)に掲載されたワシントン・ポスト紙の特集記事は伝えている。

同紙の十数人の記者がウクライナ、米国、EUの「30人以上の高官」にインタビューしたが、名前を明かしたのはほんの一握りだった。同紙の結論は「楽観主義に生まれた反攻は、期待された攻撃を出すことができず、ワシントンとキエフの間に摩擦と後悔を引き起こした」というものだった。

報道によると、ドイツのヴィースバーデンにある米軍基地では、8種類の仮想演習が行われ、攻撃用の「実行可能で詳細な行動計画」が開発されたという。国防総省は4月中旬に攻撃を開始し、メリトポルまで車で移動してクリミアへの「陸橋」を切断することに集中することを望んでいた。

ある当局者によると、当時統合参謀本部議長を務めていたマーク・ミリー将軍は、「夜中に喉を切られるのではないかと考えずに眠りにつくロシア人はいないはずだ」と述べ、ロシアの後方にも破壊活動グループを送り込むようウクライナ側に助言したという。

NATO軍で武装した第47旅団は新設されたばかりで、隊員の70%が戦闘経験がなかったが、その先頭に立つことになった。

何事も計画どおりには進まなかった。

ワシントン・ポスト紙によると、ワシントンとキエフは「戦略、戦術、戦闘開始時期について、ときおり激しく意見が対立した。」という。ウクライナ指導部は、メリトポリへの集中攻撃の代わりに、ベルディャンスクとバクムート/アルチョモフスクの方向への攻撃を主張した。

キエフは当初、1,000台以上の装甲車を要求したが、ロイド・オースティン米国防長官はこれを「ほぼ不可能」と考えていた。最終的に彼らは1,500台を受け取った。しかし、一部の車両は「戦闘に適さない」と批判され、キャタピラーの欠落や整備不備などがウクライナ軍の責任とされた。

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関連記事:最終局面:ウクライナは敗北後、どのような表情を見せるのか。

米国は155ミリ砲弾を自前で生産できず、韓国から調達した。F-16戦闘機の要請は、費用の問題とロシアの防空に対する脆弱性のために拒否された。

米国はまた、ウクライナの9個旅団にNATOの戦闘方法を訓練し、装備させた。ウクライナと西側の情報に基づく模擬演習では、ウクライナの旅団は60~90日でアゾフ海に到達し、最大30~40%の死傷者が出ると予測された。

米軍高官は同紙に対し、「彼らが実行した計画は、私たちが計画した予定表で、彼らが持っていた力で完全に実現可能でした。」と語った。米政府高官は「彼らは約束されたものをすべて時間どおりに手に入れていた」と述べた。

4月中旬に予定されていた攻撃は、6月上旬にようやく「動き出した」。ウクライナ軍はすぐに地雷原で身動きが取れなくなり、ロシア軍の砲兵に襲われた。

「アメリカ軍のブラッドレー、ドイツ軍のレオパード戦車、地雷掃討車など、西側軍の燃え尽きた兵器が戦場に散乱していた。死傷者の数は士気を低下させた。」と同紙は指摘した。わずか4日後、ヴァレリー・ザルジニー将軍はアメリカの教義と計画を「捨て」、小規模な歩兵攻撃に切り替えた。

同紙によると、6月15日にブリュッセルのNATO本部で行われた会合は「苛立ちを伴った重いものだった」という。9月に解雇されるウクライナのアレクセイ・レズニコフ国防相は、米国が供給した地雷除去装置の50%以上がすでに破壊されたとオースティンに伝えた。

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関連記事:ウクライナ 「悪いニュースに備える」 =NATO事務総長

西側諸国は機甲機動が突破口を開くとことに頼っていたが、それは「うまくいかなかった」とウクライナの国防高官は述べた。もう1人の高官は、作戦計画の戦争執行手法を軽蔑し、ドローンやその他の技術を考慮していないことを指摘した。

「これらの方法はすべて...捨ててもいい」とこの高官は言った。「今はそうはいかないからです」 。

NATO軍で武装した第47旅団は2日以内にロボティノ村を占領する予定だった。しかし、それは8月28日までには達成されておらず、それ以来、前線のその部分から引き離され、東のアヴデーエフカの崩れつつある防衛を補強するためにそこに急行している。

「前線に沿ったほぼすべての攻撃目標地点で、期待と結果が分かれています。」と同紙は指摘し、ウクライナの士気は「低下」し、その原因は「状況の不安定さ」にあると述べた。ある英国当局者は、キエフが1991年の国境を取り戻すという目標を達成するには、それが可能だとしても「数年と多くの血が必要だ」と述べた。
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