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ウクライナ軍とロシア軍の戦力は? 秋の戦いが近づく

<記事原文 寺島先生推薦>
Assessment of the Ukraine and Russian Armies as Fall Battles Approach
筆者:ヴラディスラヴ・ウゴルニイ (Vladislav Ugolny)
出典:INTERNATIONALIST 360°  2023年9月1日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>  2023年9月11日


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 過去3ヶ月にわたり、世界中のメディアは、鳴り物入りのウクライナ反転攻勢を注視してきた。しかし、特筆すべき出来事は何も起こらなかった。キエフの武装部隊は、ロシアの防衛線に到達すると、甚大な死傷者と西側から供与された装備を破壊されることを代償に、戦略的にまったく価値のないいくつかの村を占拠できた。ロシアと言えば、この期間、防御戦術を優先した。しかし、ある方面では積極的攻撃もおこなっていた。

 この夏、前線で何が起こったのか、そしてどちらの側も大きな成功を収めることができなかったのはなぜか? また、秋の作戦が近づくにつれ、両軍はどのような状況にあるのか?

反転攻勢戦術の方向転換

 ウクライナのザポロージャ州とドネツク人民共和国(DPR)での反転攻勢は、現在2か月半以上続いている。この期間に、キエフの軍隊は、現在の戦闘が焦点としているラボティーノ村の東側にある狭い地域で、ロシアの3つの防衛線の最初の防衛線に到達することができた。ウクライナはこの前進を達成するためにほぼすべての作戦的および戦略的な予備力動員を余儀なくされた。

 6月に数々の損失を被った後、ウクライナ指導部は大規模な機械化部隊を前進させる戦術を放棄することを決定した。代わりに、歩兵の突撃作戦を展開し、装甲車両と砲兵がそれを支援した。これはアルテモフスク(バフムート)でロシア軍が使った戦略に似ている。

 このウクライナの決定は、反撃のペースを大幅に遅らせ、アゾフ海に到達するという戦略的目標を葬り去ることになった。しかし、この戦略により、徐々に南方および南東方向に前進し続けることが可能になった。

 その結果、8月中旬までに、ウクライナ軍はラボティ―ノに進入(市街戦となった)し、ヴレメフスキ台地にある2つの村、スタロマイオルスコエとウロジャイノエを占拠した。ラボティーノの東においても、ウクライナ軍はロシアの最初の防衛線に到達することができた。

専門家の議論

 この進攻の遅さに西側とウクライナの専門家たちは失望した。そして勝利で終わるはずだった反転攻勢の失敗の責任を追及し始めた。支配的な意見は、ロシア軍が昨秋の逆境から回復し、地雷原や、頑強な歩兵、砲兵、航空、ヘリコプターなどを備えた効果的な防衛線を構築しており、それが過小評価されていたというものだ。
しかし、ウクライナの失敗に関しては、箸にも棒にも掛からないような理由もいくつか取り沙汰された。たとえば、イギリスの情報機関は、ウクライナ軍の不運を低木と雑草のせいにしたり、ウクライナの国防次官アンナ・マリャールは、82旅団の損失について書いたジャーナリストたちを攻撃したりした。

 さらに、双方の非難合戦もあった。西側の専門家たちは、ウクライナ軍の部隊の効果的な運用統制ができていないと非難した。ウクライナ側は、提供された支援が不十分で遅すぎると指摘した。あるとき、軍の最高司令官であるヴァレリー・ザルージニーは、アメリカ人は①現在の戦争の本質を理解していない、②自分たちの経験を現在の戦争にあてはめようとしている、ということすら口にした。ザルージニー自身は、今回の作戦は1943年のクルスク戦の方が似ていると主張した

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ロボティーノを目指す戦い

 時間の経過とともに、ウクライナ陸軍はラボティーノでの戦闘にますます多くの新部隊をつぎ込んでいった。最初は46空挺旅団と47機械化旅団が反撃を行なっていたが、最終的にウクライナは116、117、118機械化旅団、国家警備隊の部隊、71イエーガー旅団、1戦車旅団を動員し、マリン特殊作戦センターの特殊部隊を含む多くの分遣隊も投入せざるを得なくなった。最後に、8月中旬にウクライナは、切り札として、アメリカ製のストライカー装甲戦闘車、ドイツ製のマルダー歩兵戦闘車、イギリス製のチャレンジャー戦車を装備した82空挺旅団を導入した。

 当初、ウクライナがロシアの第一防衛線を突破した後、さらなる成果を挙げるために82空挺旅団が戦闘に参加する予定だった。しかし、キエフの失敗により、この旅団は当初の計画より早く投入され、最初の損失を被ることになった。それにもかかわらず、ウクライナ陸軍はラボティーノに到達し、ロシア軍を村の南の郊外に押しやり、またラボティーノの南東に進攻し、ロシアの側面に脅威をもたらした。

 ウクライナの独立記念日である8月24日までに、ウクライナのジャーナリストや軍事ブロガーは、その村がウクライナ陸軍の完全な支配下にあると宣言したが、公式の発表はない。2023年8月26日現在、戦闘は継続しており、両側が損失を被り、追加の部隊を動員している。

ヴァシレフカ戦線

 6月に、ウクライナ軍はロシアが支配するヴァシレフカ方向に進軍しようとした。ヴァシレフカは、カホフカ貯水池近くに位置している。ウクライナ軍は第128山岳突撃旅団と第65機械化旅団を動員し、ロシア軍をロブコヴォエとピャーチカトキという村から追い出した。しかし、相当な損失を被った後、ウクライナは積極的な突撃作戦を行なわず、示威的攻撃にとどまった。

 この(ウクライナ側の)成功があったのでかえって、ロシア軍はこの方向に配置されている一部の部隊を動員して、ラボティーノ地域の防衛を強化することができた。

ヴレメフスキ台地

 ウクライナ軍は、その海兵隊を完全にこの方向に集中させた。砲兵を強化した4つの旅団が含まれており、その中には第23および第31機械化旅団、第1および第4戦車旅団の部隊、そして地域防衛部隊と航空部隊も含まれている。


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ロシア軍によって破壊されたウクライナのレオパルド2戦車とブラッドレー戦闘車両© Telegram / ロシア国防省

 レヴァドノエ-ラヴノポル-マカロフカをつなぐ線を占拠した後、ウクライナ軍は1か月半にわたり、スタロマヨルスキーとウロジャイノエの側面に沿って野原を前進した。最終的に、この前進によりキエフはロシア軍をその地域から撃退し、スタロムリノフカに脅威をもたらした。

 ウクライナのメディアは、この村の戦略的重要性を誇張し、それをこの地域におけるロシアの防衛の主要拠点と呼んでいる。しかし、ロシア軍の第一防衛線がスタロムリノフカのかなり南にある「運用深度」に位置しているという事実を無視している。この村は確かにいくつかの重要な通路の交差点に位置しているが、ロシア軍はこの地域にいくつかの補給路を持っている。

ウクライナ反転攻勢の結果

 OSINT*のLostarmourによれば、ウクライナ軍は夏の反転攻勢の過程で、約46両のマクスプロ装甲戦闘車両や37両のブラドレー戦車、8両のレオパルド戦車、および3両のストライカー工兵型装甲車などを失なったとされている。これらは西側の装甲車両の視覚的に確認されたものだけに過ぎない。ラボティーノ地区にはいくつかの戦車の墓地があり、その数は増え続けている。スタロマヨルスキーでは、31両のウクライナの装甲車両が燃え上がり破壊されたと報告されている。これには近隣の戦闘の過程での損失には含まれていない。
*Open Source Intelligence。合法的に入手できる資料を調べて突き合わせる手法である。オープン・ソース・インベスティゲーションと呼ばれる事もある。 1980年代から諜報・諜報活動で用いられるようになってきた。 (ウィキペディア)

 ウクライナ軍における武器の統一不足とそれにともなう供給、保守、損傷した装備の修復に関連する問題があるので、機甲部隊の数は減少している。(ウクライナ)軍は現在、西側の同盟国からの装甲車両や装備の供給に完全に依存している。唯一の代替手段は、民間車両を軍事化することだ。

 ウクライナ軍ですら、自分たちの「反転攻勢守備隊」が経験する装甲車両の不足を口にしている「スティール・コードン旅団・・・2番目の事例として、この旅団は7キロ歩いて突撃作戦を実行する。それは歩いて7キロだ。そして、完全に疲れ果ててほぼ目的地に到着すると、彼らは全力で戦えと言い始めるのだ」。

 さらに、夏の戦闘の過程で、ウクライナ軍は戦術的および作戦的な段階で部隊を効果的に管理できていない。ウクライナ軍内で最大の部隊はまだ旅団(2,000〜4,000人)であり、一方、ロシアは師団(4,000〜20,000人)と合同兵力(40,000人以上)を持っており、ウクライナは異なる戦闘能力を持つ別々の旅団を統合することでのみ対抗できる状況だ。

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ロシアの戦略計画

 クリミアへの陸路の防衛の準備として、ロシアの指導部は将来の戦闘地域を防衛線で強化し、またクピャンスクとクラスヌイ・リマン方向に大規模な軍隊を引き寄せた。

 オスコル川方向へロシアが攻勢をかけるかもしれないということは、ウクライナにとって脅威だった。2022年10月にキエフが制圧した重要な拠点を喪失するかもしれないからだ。これにより、ウクライナ軍は新たに編成された旅団をその地域に転送せざるを得なくなった。このようにして、88旅団や41旅団、32旅団、43旅団、44旅団、42旅団、および21旅団などの機械化旅団が南からここに引き寄せられた。また、8旅団と13イエーガー旅団がクピャンスク方向に向かっている可能性もある。

 今年の7月から8月にかけて、ロシア軍はボロヴァヤとクピャンスクの方向にいくつかの示威攻撃を仕掛けた。数十平方キロメートルを占拠し、ウクライナにこの方向に予備軍を転送させ、アレクサンダー・シルスキー将軍の注意をアルテモフスク近くの戦闘から逸らせた。

将来の見通し

 ウクライナ第46旅団の戦闘員がメリトポリ方面をどのように評価しているかは次のとおり:「次はノヴォプロコポフカで、それがおそらく最後になるだろう。その先はロシア軍の主要な防衛線だ。さらに、ラボティーノ地域での深いくさびは、コパンとノヴォフェドロフカの地域から私たちを側面から攻撃する侵略者の機会となるだろう。その場合、ネステリャンカ-コパンとベロゴリエ方面に前線を拡大しなければならないか、あるいは私たちはバフムートで経験したことと類似した状況になるだろう — 側面包囲に巻き込まれることを意味する」。 これは、ウクライナがこの地域でロシアの段階的な防衛線を突破することは考えていないことを意味する。

 夏の作戦は終わりに近づいている。おそらく、9月は温かく乾燥していたので、流血事態はやや延びるだろうが、10月には雨がステップ地帯を巨大な泥の池に変えるだろう。これは特にNATOの重装甲車両にとって危険なことになる。
両軍は夏の戦闘で疲弊しており、天候が悪化すると傷の手当てを始め、将来の戦闘の準備をする可能性がもっとも高い。この時期、ウクライナは第二次反転攻勢のために航空機を入手しようとするだろうが、まずは機械化旅団を補充したほうがいい。

 ロシア軍に関しては、防御を固め続け、戦術的な位置を向上させるために一連の反撃を行なうか、あるいはそうしないで、アルテモフスクやクピャンスク方面に焦点を移すかもしれない。また、秋から冬にかけて、ロシアの軍事産業は砲弾や装甲車両、対砲撃戦用のより長射程の弾薬などを軍に供給する問題に今後も取り組み続けることになるだろう。
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