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中央アジアは新しい大いなるゲームにおける主要な戦場

<記事原文 寺島先生推薦>
Central Asia is the prime battlefield in the New Great Game
筆者:ペペ・エスコバル(Pepe Escobar)
出典:The Cradle   2023年8月18日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>  2023年9月3日


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写真提供:The Cradle


ロシアと中国がこの地域の政治的・経済的支配者であり続ける限り、中央アジアのハートランドは米国とEUの脅威、賄賂、カラー革命の標的であり続けるだろう。

 サマルカンド、ウズベキスタン―歴史的なハートランド、つまり中央ユーラシア―は新たな大いなるゲームとして、アメリカと、戦略的相互関係にある中国・ロシアとの間で既に戦闘状態にあり、今後もその主要な戦場となるだろう。

 元々の「大いなるゲーム」は、19世紀末にイギリス帝国とロシア帝国の対立だった。そして実際に、その対立は消えることはなかった。米英協商対ソビエト連邦の対立へと変わり、その後は米-EU対ロシアの形に転化した。

 1904年に帝国主義的なイギリスによって概念化されたマッキンダーによる地政学的なゲームによれば、ハートランドはまさに「歴史の転換点」であり、21世紀においても過去の世紀と同じくその役割が再び活性化され、多極性の重要な推進要因として新たに浮上した。

 そのため、中国、ロシア、アメリカ、EU、インド、イラン、トルコ、そして日本(その担当範囲はさほど広くはない)など、すべての主要な大国がハートランド/中央ユーラシアで活動しているのは驚くにあたらない。中央アジアのうち4つの「スタン」国が上海協力機構(SCO)の正式メンバーとなっている。つまりカザフスタン、ウズベキスタン、キルギスタン、そしてタジキスタンだ。また、カザフスタンのように、近い将来BRICS+のメンバーになる可能性のある国もある。

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中央アジアの地図

 ハートランドにおける影響力を巡る主要な地政学的直接対立は、政治、経済、そして金融の多岐にわたる領域で、アメリカと露中の間で展開されている。

 帝国主義的な手法は、何よりも脅威と最終通告を優先させる。つい4か月前、アメリカの国務省、財務省、外国資産統制局(OFAC)の使節団がハートランドを訪れ、露骨な、あるいは奥歯に物が挟まったような脅しの「贈り物」を携えて各国を回った。その主なメッセージは、いかなる方法であれロシアと協力するか、取引を行う場合、それは二次的な制裁の対象だ、というものだった。

 ウズベキスタンのサマルカンドとブハラでの企業との非公式な会話、そしてカザフスタンにおける非公式な接触からは、次のような傾向が浮かび上がってくる:アメリカは、手段を選ばずにハートランド/中央アジアを銃口で支配しようとするだろう、と誰もが気づいているようだ、ということ。


古代シルクロードの王たち

 ハートランド内で現在の勢力争いを観察するには、サマルカンドという伝説的な「東のローマ」とも言われる場所ほど適した場所はまずない。ここは古代ソグディアナ*の中心に位置しており、中国、インド、パルティア、そしてペルシャの歴史的な貿易の交差点であり、東西の文化的傾向、ゾロアスター教、そしてイスラム前後の動向の極めて重要な結節点だ。
*ソグディアナは、中央アジアのアムダリヤ川とシルダリヤ川の中間に位置し、サマルカンドを中心的な都市とするザラフシャン川流域地方の古名。バクトリアの北、ホラズムの東、康居の南東に位置する地方。現在のウズベキスタンのサマルカンド州とブハラ州、タジキスタンのソグド州に相当する。(ウィキペディア)

 4世紀から8世紀にかけて、東アジア、中央アジア、西アジアの間の隊商交易を独占したのはソグド人だった。彼らは絹、綿、金、銀、銅、武器、香料、毛皮、じゅうたん、衣類、陶磁器、ガラス、磁器、装飾品、半貴石、鏡などを運んだ。巧妙なソグド商人は遊牧王朝の保護を利用して、中国とビザンツ帝国間の貿易に力を入れた。

 歴史的に非常に長いサイクルを論じる中国の能力主義的エリートたちは、上記のすべてを非常によく理解している。それが「新しいシルクロード」として知られ、約10年前に中国の習近平国家主席によってカザフスタンのアスタナで発表されたBRI(一帯一路構想)の背後にある主要な要因だ。北京は西側隣国と再接続し、全ユーラシアの貿易と連結性の向上に向けた必要な経路を計画している。

 北京とモスクワは、ハートランドとの関係に関しては戦略的協力の原則の下で補完的な焦点を持っている。両国は1998年以来、中央アジアとの地域安全保障と経済協力に携わってきた。2001年に設立された上海協力機構(SCO)は、ロシアと中国の共同戦略の具体的な成果であり、ハートランドとの持続的な対話の場でもある。

 中央アジアの「スタン」諸国がそれにどのように反応するかは、多層的だ。たとえば、経済的に脆弱で、安価な労働力の提供者としてロシア市場に強く依存しているタジキスタンは、公式には西側とのあらゆる種類の協力を含め、あらゆる協力を歓迎する「開放(オープンドア)」政策を採っている。

 カザフスタンとアメリカは戦略的な友好関係のための評議会を設立した(最後の会合は昨年末に行われた)。ウズベキスタンとアメリカも2021年末に設立された「戦略的パートナーシップ対話」を持っている。タシケントには、人目を引く商業中心地を通して、アメリカ企業が非常に目立っている。ウズベキスタンの村の角々の店にはCokeとPepsiがあることは言うまでもない。

 EUは、特にカザフスタンで、乗り遅れまいとしている。カザフスタンでは外国貿易の30%以上(390億ドル)と投資の30%以上(125億ドル)がヨーロッパから来ている。ウズベキスタンの大統領シャフカト・ミルジヨエフは、5年前に国を開放したことで非常に人気があり、3か月前にドイツを訪れた際には90億ドルの貿易契約を取得している。

 中国の一帯一路構想が10年前に始まって以来、比較して言えば、EUはハートランド地域に約1,200億ドルを投資した。それは悪くない数字(外国投資の総額の40%に相当する)だ。しかし、それでも中国の取り組みには及ばない。


トルコは、本当は何をしようとしているのか?

 ハートランド地域における(アメリカ)帝国の焦点は、広大な石油とガス資源があるから、予測どおりだが、カザフスタンに置かれている。アメリカとカザフスタンの貿易は、中央アジア全体の86%(額にすれば、昨年でたったの38億ドル)だった。この数字を、アメリカのウズベキスタンとの貿易がわずか7%であることと比較されたい。

 中央アジアの4つの「スタン」国の大半は、SCO(上海協力機構)では「多面的外交」を実践しており、帝国の不要な怒りを引きつけないように努力している、との議論は当を得ている。カザフスタンはその一環として「バランスの取れた外交」を採用しており、これは2014年から2020年までの同国の外交政策構想となっている。

 ある意味で、アスタナ(カザフスタン政府)の新しい標語は、前大統領ヌルスルタン・ナザルバエフの約30年にわたる統治中に確立された「多元的外交」と一部つながっている。カシム・ジョマルト・トカエフ大統領の下で、カザフスタンはSCO(上海協力機構)、ユーラシア経済連合(EAEU)、そして一帯一路構想(BRI)の加盟国だが、同時に(アメリカ)帝国の策略に対して24時間365日警戒しなければならない。結局、2022年初頭のカラー革命の企てからカシム・ジョマルト・トカエフを救ったのは、モスクワとロシア主導の集団安全保障条約機構(CSTO)の迅速な介入だった。

 中国としては、その投資は集合的なやり方でおこなわれる。この方式は、たとえば、わずか3か月前に開催された中国中央アジア5+1サミットなどの高レベルの会議で確立されている。

 それから、テュルク諸国機構(OTS、以前はテュルク評議会として知られていた)という極めて興味深い事例もある。これはトルコ、アゼルバイジャン、および3つの中央アジアの「スタン」(カザフスタン、ウズベキスタン、キルギススタン)を結ぶ組織だ。

 このテュルク諸国機構(OTS)の主要な目標は、「テュルク語を話す諸国間の包括的な協力を促進すること」だ。しかし、実際のところ、ハートランド地域ではトルコ製品を宣伝する、たまに見かける広告看板以外にはほとんど目に見える成果はない。2022年春にイスタンブールの事務局を(私が)訪れた際、具体的な回答は得られなかった。「経済、文化、教育、交通などの事業計画」や、さらに重要なこととして「関税」についての漠然とした言及はあったのだが。

 昨年11月、サマルカンドで、テュルク諸国機構(OTS)は「簡略化された関税回廊の設立に関する協定」に署名した。だからと言って、ハートランド地域全体に小規模なシルクロードを形成することができるかどうかを語るのはまだ時期尚早だ。

 それでも、彼らが次に何を考え出すかに注目することは有意義だ。彼らの憲章は「外交政策問題について共通の立場を開発すること」、「国際テロリズム、分離主義、過激主義、および国境を越える犯罪との戦闘のための行動の調整」、そして「貿易と投資のための有利な条件を作成すること」を最優先にしているからだ。

 トルクメニスタンは、その絶対的な地政学的中立を強く主張する特異な中央アジアの「スタン」だ。たまたまテュルク諸国機構(OTS)の傍聴人(オブザーバー)国だ。また、注目すべきはキルギスの首都ビシュケクに拠点を置く遊牧文明センターだ。


ロシア‐ハートランドの謎を解く

 欧米の対ロシア制裁は、ハートランドの多くの国に利益をもたらす結果となった。中央アジアの経済はロシアと密接に結びついているため、輸出は急増した。ちなみに、その量はヨーロッパからの輸入量と同じだ。

 ロシアを去ったかなりの数のEU企業がハートランドに再び腰を落ち着けた。それに伴い一部の中央アジアの大富豪たちがロシアの資産を買収する動きがあった。同時に、ロシアの軍隊の動員が進行しているため、ほぼ間違いなく何万人もの比較的裕福なロシア人がハートランドに移住した。他方、さらに多くの中央アジアの労働者が、特にモスクワとサンクトペテルブルクで、新しい仕事を見つけた。

 例えば、昨年、ウズベキスタンへの送金は160億9000万ドルに急増:そのうち85%(約145億ドル)はロシアで働く労働者からのものだった。欧州復興開発銀行によれば、ハートランド地域全体の経済は2023年には好調な5.2%、2024年には5.4%成長する見込みだ。

 この経済的活況はサマルカンドでも一目瞭然だ。サマルカンドは今日、巨大な建設と修復の現場となっている。完璧に新しい、巾広い大通りがどこにでも現れ、緑豊かな景観、花々、噴水、広い歩道が備わっており、すべてがきれいに清掃されている。浮浪者も路上生活者(ホームレス)も麻薬中毒者もいない。衰退した西側の大都市からの訪問者は目を丸くしている。

 タシュケントでは、ウズベキスタン政府が壮大で見事なイスラム文明センターを建設中であり、汎ユーラシアのビジネスに大きな重点が置かれている。

 ハートランド全体での主要な地政学的方向性は、ロシアとの関係であることは疑いの余地がない。ロシア語はあらゆる生活の領域で依然として共通語となっている。

 まず、ロシアと7,500キロにわたるとてつもなく長い国境を共有している(それにもかかわらず国境紛争はない)カザフスタンから始めよう。ソビエト連邦時代、中央アジアの5つの「スタン」国は、実際には「中央アジアとカザフスタン」と呼ばれていた。なぜなら、カザフスタンの大部分が西シベリアの南部に位置し、ヨーロッパに近いからだ。カザフスタンは自己を本質的にユーラシアと考えており、ナザルバエフ時代からアスタナ(カザフスタン政府)がユーラシアとの統合を最優先にしていたのも驚くべきことではない。

 昨年、サンクトペテルブルク経済フォーラムで、トカエフ大統領はロシアのプーチン大統領に対面し、アスタナはドネツクとルガンスク人民共和国の独立を認めないことを伝えた。カザフスタンの外交官は、ドネツクとルガンスクが西側の制裁を回避するための通路として機能させるわけにはゆかないと強調し続けている。しかし影では、多くの場合、そのようなことは起こっている。

 キルギススタンは昨年10月に予定されていたCSTO(Collective Security Treaty Organization集団安全保障条約)の「強固な兄弟愛-2022」共同軍事演習を中止した。この場合の問題はロシアではなく、タジキスタンとの国境問題であることを述べておく価値がある。

 プーチンは、ロシア‐カザフスタン‐ウズベキスタンのガス連合を設立する提案をした。現時点では何も進展しておらず、実現しないかもしれない。

 こういった後退はすべて些細なものだと見なす必要がある。昨年、プーチンはしばらくぶりに中央アジアの5つの「スタン」国を訪問した。中国と同様に、彼らは初めて5+1サミットを開催した。ロシアの外交官やビジネスマンたちはハートランドの道を常に行き交っている。そして、忘れてならないのは、昨年5月、モスクワの赤の広場で行われた「戦勝記念日」パレードに、中央アジアの5つの「スタン」国の大統領たち自らが出席していたことだ。

 ロシア外交は、中央アジアの「スタン」国をロシアの影響から引き離すという(アメリカ)帝国の大きな執念についてすべてを知っている。

 これ(ロシアの動き)は、公式の米国中央アジア戦略2019-2025を遥かに超えたものだ。アフガニスタンでの米国の屈辱と迫りくるウクライナでのNATOの屈辱により、その状況はヒステリー状態に達している。

 今日記憶している人はほとんどいないが、エネルギー分野の重要な前線において、トルクメニスタン-アフガニスタン-パキスタン-インド(TAPI)パイプライン(その後、インドの撤退によりTAPに縮小)は、アメリカ(強調は筆者)の新シルクロードの優先事項であり、2011年に国務省で考案され、当時の国務長官ヒラリー・クリントンによって提唱されたものだ。

 それは絵に描いた餅だった。最近、アメリカ人が何とか実現させたのは、競合する事業計画であるイラン・パキスタン(IP)パイプラインの開発を終わらせたことだ。イスラマバード(パキスタン政府)に無理矢理それを取り消させたのは、前首相イムラン・カーンをパキスタンの政治生活から排除するための法律闘争スキャンダルの後だった。

 それにもかかわらず、TAPI-IPパイプラインスタンの物語はまだ終わっていない。アフガニスタンは米国の占拠から自由であるので、ロシアのガスプロム社や中国の企業もTAPIの建設に非常に興味を持っている。このパイプラインは、中央アジアと南アジアの交差点に位置し、中国・パキスタン経済回廊(CPEC)と結びつく戦略的な一帯一路(BRI)の結節点となるだろう。


全体として「異星人」西側

 ロシアがハートランド全体で通用することは知られている(将来もそうだろう)。同様に中国の打ち出す構想も持続可能な発展の例としては最高のものだ。中央アジアが抱えるさまざまな固有の問題への解決策を鼓舞する力がある。

 対照的に、(アメリカ)帝国が提供できるものは何だろうか?一言で言えば、分割統治だ。ISIS-Khorasan*などの地域のテロ組織を利用して、最も弱い中央アジアの地域、たとえばフェルガナ渓谷からアフガン・タジク国境までの地域において政治的な不安定化を引き起こすのだ。
*アフガニスタンを中心に活動するイスラム原理主義の軍事組織、テロ組織。 (ウィキペディア)

 ハートランドが直面する複数の課題は、バルダイ中央アジア会議などで詳細に議論されている。

 バルダイクラブの専門家、ルスタム・ハイダロフは、西側とハートランドとの関係について最も簡潔な評価を打ち出したのかもしれない:

「文化や世界観の面で、西側諸国とは私たちとは異なります。アメリカと欧州連合、中央アジアとの関係や和解の基盤となるような現象、出来事、または現代文化の要素は一つもありません。アメリカ人とヨーロッパ人は、中央アジアの人々の文化、精神、または伝統について何も知りませんので、私たちとの交流はできませんし、これからもできないでしょう。中央アジアは、経済的繁栄を西側のリベラル民主主義と結びつけることはありません。それは実質的にはこの地域の国々にとって異質な概念です」。

 このシナリオを考慮し、日ごとにますます熱烈になる新しい大いなるゲームの文脈で、ハートランドの一部の外交団が、中央アジアをBRICS+により緊密に統合することに非常に興味を持っているのは驚くことではない。それは来週南アフリカで行われるBRICSサミットで議論される予定のことだ。

 この戦略的な方程式は、ロシア+中央アジア+南アジア+アフリカ+ラテンアメリカといった形で表現され、再び「グローバル・グローブ」(ルカシェンコの言葉を借りれば)の統合の一例だ。すべては、カザフスタンがBRICS+の参加国として初めて受け入れられることから始まるかもしれない。

 その後、再活性化されたハートランドの帰還は、交通、物流、エネルギー、貿易、製造、投資、情報技術、文化、そしてシルクロードの精神、新旧を問わず、「人々の交流を通じて」、世界全体が舞台となる。
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