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反乱状態にあるアフリカ:第二次反植民地解放は近い未来にあるのか?

<記事原文 寺島先生推薦>
Africa in rebellion: Is a second anti-colonial liberation on the horizon?
筆者:デニス・ロギャチュク(Denis Rogatyuk)
デニス・ロガチュク:ラテンアメリカを拠点とするロシア系オーストラリア人のジャーナリストであり作家。チリ最大の独立メディアソースの一つであるEl Ciudadanoの国際部長。
出典:RT  2023年8月8日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>  2023年9月2日


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ニジェールの国土保護国民評議会(CNSP)の支持者がニアメでデモ。2023年8月6日©AFP


一連のクーデターの後、各国は次々とかつての帝国の爪痕を放逐しようとしている

 アフリカは人類文明の発祥地であり、自然資源において地球上で最も豊かな大陸だ。しかし、ブルキナファソの大統領であるイブラヒム・トラオレ大佐によれば、若い世代はその富にも関わらず、アフリカが世界で最も貧しい地域である理由が理解できない。

 アフリカ大陸全土で、反植民地主義の軍事指導者による、特にフランスなどのヨーロッパの帝国主義国から自己の主権を取り戻そうとする反乱と武装蜂起が起きている。

 ギニア、ブルキナファソ、マリ、そしてニジェールは、西アフリカの元フランス植民地の集団を構成する国々の一部。これらの国々は長らく、フランスや他のヨーロッパの大国にとって天然資源の主要な供給源として機能してきた。ニジェールはフランスの原子力発電所に必要なウランの15%を供給している。ブルキナファソは金の主要な輸出国であり、ギニアはフランスと元植民地との間の貿易の重要な出入り口だ。マリも金の主要な輸出国であり、政府は様々な武装イスラム主義集団と戦ってきた。

 西アフリカの地図は、2021年、根本的に変化し始めた。ドミノのように、親仏派政権は軍事蜂起によって崩壊し始め、最初に2021年5月のマリで始まり、アッシミ・ゴイタ率いるクーデターによって、フランス軍が国を出るよう要求された。中央アフリカ共和国も、2021年6月、フランス軍を追放した。これに続いて、2021年9月、元フランス外人部隊員のママディ・ドゥンブーヤによるギニアの軍事政権掌握がおこなわれた。

 それから1年後、ブルキナファソでは、トラオレが権力を掌握し、世界最年少の大統領となった。その後、2023年1月、フランス軍を追放した。最後は、2022年7月26日、アブドゥラハマン・チアニ(現在は大統領)によって指導されたニジェールの軍事反乱はフランス軍を追放し、ウランのフランスへの輸出を禁止した。

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Read more:How the Niger coup can shake up the balance of power in and around Africa

 ブルキナファソとトラオレの事例は特に興味深い。最近、ロシア・アフリカサミットに参加するためサンクトペテルブルク訪問した時、トラオレは演説をし、ロシアをアフリカの家族の一部と呼んだ。彼はヨーロッパの大国による大陸の略奪を非難し、「祖国か死か!勝利をおさめよう!」という合い言葉で演説を締めくくった。このスローガンはエルネスト・チェ・ゲバラの言葉やキューバの国家理念と響き合う。

 多くの人々は、トラオレを1983年から1987年までのブルキナファソの革命的指導者であり、「アフリカのチェ・ゲバラ」とも称されたトーマス・サンカラと対比的に捉えている。サンカラも同様にフランス軍を追放し、国の資源を国有化し、再分配の社会主義政策を実施した。が、その後、親仏クーデターで暗殺された。

 そこで、フランスとその同盟国は今後どのような行動を取るのだろうか? アメリカとイギリスは、フランスへのウラン輸出禁止に対応して、すでにニジェールとその同盟国への支援を全て打ち切っている。2022年7月30日、フランスの元植民地を多く含む連合体である西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)は、ニジェールに対して最後通牒を突きつけた。チアニ大統領が1週間以内に辞任しない場合、フランスの支援を受けた軍事介入が開始される、との内容だ。ナイジェリアは、この地域における重要なフランスの同盟国であり、またECOWASの指導国でもあった。軍事介入する場合、まずその攻撃を始める国としてナイジェリアが選ばれた。しかし、ナイジェリア上院は国民の人気がほとんどない大統領ボラ・ティナブの要求に対し、隣国(ニジェール)に対する軍事行動の承認を拒絶した。その後、最後通牒の期限が切れ、ニジェールは商業航空機の飛行を受け入れないように空域を閉鎖した。

 ブルキナファソとマリの大統領は、ニジェールへの軍事介入が彼らに対する宣戦布告に等しいと応じた。とはいっても、アフリカ諸国には秘策もある。それは、ロシアとの昔からの友情だ。

 49のアフリカ諸国の代表団が、最近、サンクトペテルブルクで開催されたアフリカ・ロシアサミットに出席した。ロシアのウラジミール・プーチン大統領は、アフリカが新植民地主義に対抗する戦いを支援すると宣言し、モスクワがアフリカの債務(総額230億ドル)を帳消しにしたことを述べ、50,000トン以上の穀物が無料でアフリカ大陸に提供されることを確認した。

 アフリカとロシアの人々の友情は18世紀までさかのぼる。アブラム・ガンニバルの物語は、ロシアとアフリカの関係の伝承の中でも最も魅力的なものの一つ。彼はロシア軍に仕えたアフリカ系の将軍であり、伝説的な詩人アレクサンドル・プーシキンの曾祖父でもある。ガンニバルは幼少期にコンスタンティノープルからピョートル大帝によって奴隷として連れてこられたが、奴隷の身分を解放され、皇帝の宮殿で教育を受けた。彼はロシア軍で高位の軍人にまで昇進し、さらには若きアレクサンドル・スヴォーロフ将軍の家庭教師としても活躍した。スヴォーロフ将軍はオスマン帝国を二度にわたって打ち破るなど、多くの偉業を成し遂げた。

 アフリカ分割の黄昏期において、おびただしい植民地征服がおこなわれる中、ただ一つの国が独立を保った。エチオピアだ。イタリアの侵略と支配の試みは、植民地支配者にとって壊滅的な失敗に終わり、ロシアはエチオピアの主権と独立を求めて戦う国に重要な支援を提供した。ソビエト連邦(USSR)は、植民地支配者から独立を求めるアフリカの多くの若い国々の「被抑圧者の武器庫」となり、USSRで生産された武器や弾薬がアンゴラのMPLA、南アフリカのANC、ギニアビサウのPAIGCおよびその指導者アミルカル・カブラルなど、その地域の多くの革命勢力や反植民地主義勢力に提供された。この連帯の記憶は、多くのアフリカ人(老若問わず)、今でも鮮明なままだ。

 アフリカ大陸全土で、フランスの元植民地地域にまで、ロシアへの支持と賞賛の声が響いている。南アフリカの経済自由戦士団(Economic Freedom Fighters)の大規模な集会では、団体の指導者であるジュリアス・マレマがフランスの大陸での行動を非難し、「私たちはプーチンであり、プーチンは私たちです!そして私たちはプーチン大統領に敵対する帝国主義を絶対に支持しません!」と宣言した。本当の変化の兆しがアフリカ全体に広がっており、古いヨーロッパの植民地支配者から新しい多極的な世界へと向かおうとしている。
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