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ゼレンスキーが権力の座に就いたのは、西側諜報諸機関により慎重に計画されたなかでのことだった、と元米国外交官は発言

<記事原文 寺島先生推薦>
Ukrainian President Volodymyr Zelensky Came to Power in Carefully Planned Operation Coordinated by Western Intelligence Services, Says Former U.S. Diplomat
Secret Meeting with British MI-6 Head Richard Moore Points to the Likelihood That Zelensky Is a British Intelligence Agent
英国リチャード・ムーアMI6長官との密会から、ゼレンスキーは英国諜報機関の工作員であることが伺える
筆者:ジェレミー・クズマロフ(Jeremy Kuzmarov)
出典:グローバル・リサーチ(Global Research)  2023年8月17日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>  2023年8月28日





 2020年8月、ロンドンを訪問中だったウクライナのウラジミール・ゼレンスキー大統領は、英国の諜報機関MI6の長官であるリチャード・ムーア卿と面会した。

 通常の外交儀礼にのっとれば、訪問先では当該国の首長、この場合はボリス・ジョンソン首相が面会相手になるはずだっただろう。

 ウクライナ外務省の元職員のアンドレー・ミシンによると、この二人の面会は、ゼレンスキーがプロの諜報員であり、ムーア長官が直接の操り手であったことを物語るものだった、という。

リチャード・ムーア卿(ウィキペディアより)


 ウクライナでの特殊軍事作戦開始以来、ゼレンスキーは英国(ウクライナではない)の警備員らに取り囲まれている。ウクライナ国旗が上下反対に縫い込まれた制服を着たこれらの警備員らの姿を映した写真があるが、普通ならばこのような警備員は射撃されるだろう。

 2023年5月にバチカンを訪問した際、ゼレンスキーは悪魔の絵のついた工芸品を渡すことでフランシス教皇を鼻であしらったいっぽうで、英国のポール・ギャラガー司教と最も長い時間を過ごした。その面会の際に同席していたいのが、リチャード・ムーア卿、ゼレンスキーの操り手だとされる人物だ。


工作員ゼレンスキー

 元国連武器捜査官のスコット・リッターは、「工作員ゼレンスキー」というドキュメント番組を制作したが、この番組ではゼレンスキーとムーア卿やMI6との関係が詳述されている。

 このドキュメンタリーの第1部には、サウジアラビアのリヤドの米国大使館で働いていた国務省の元職員J・マイケル・スプリングマンに対する聞き取り取材が含まれている。この人物によると、ゼレンスキーがウクライナで台頭して権力を握ったのは「西側諜報諸機関による慎重に計画された工作」の結果だ、という。

 2019年の大統領選での勝利の後、ゼレンスキーは西側の命令を効果的に実行した。具体的には、ロシアとの戦争を引き起こし、砲弾除けとしてウクライナを利用し、ベトナム戦争時のベトナムのような泥沼にのめりこませることで、ロシア経済とロシア政府の弱体化をねらうというものだった。

 ゼレンスキーは西側の工作員であるという自身の役割を以下のような行為によりさらに完遂した。あ)ロシア人を差別する法案を通過させた。い)外国人によるウクライナの土地の乗っ取りを可能にした。う)ウォール街の金融会社であるブラックロック社にウクライナの経済政策を決めさせることを許可した。

リッターによると、ゼレンスキーはウクライナを米国や西側の新兵器システム、ネオナチ傭兵、軍事関連の生物研究所などの「実験場」に変えてしまった、という。この生物研究所の存在については、国務省の最高位高官でビクトリア・ヌーランドが認めた。

 ニューズ・ウィーク誌の最近の記事の指摘によると、CIAがウクライナに武器を送り込む際は、商用機という「グレー・フリート*」を使って中欧や東欧をあちこち移動し、秘密の使命のために人員をウクライナに派遣し、新たな武器でウクライナを支援するいっぽうで、ポーランドを秘密の重点中継点にして、ウクライナ国内での作戦を練っているという。
*個人所有の交通手段を使って事業をおこなうこと

 さらにCIAは、ウクライナの諜報機関(SBU)とも密接に協力しているが、このSBUは、ゼレンスキーが12の野党を禁止したことに続き、かつてのベトナムでのフェニックス作戦さながらの作戦をロシア国内にまでまたがって実行し、その中でゼレンスキーの政敵らは、投獄され、虐待され、暗殺さえされる場合もあった。


分離主義を主張したとしてSBUにより逮捕されているオレグ・ノビコフ。ウクライナの多くの政治犯の一人だ。(写真は thegrayzone.comから)

READ MORE:A Dirty Joke: Ukraine’s Hero Comedian President Zelensky

 ソ連崩壊以来の米英の目的は、両国が一体となってロシアを打ち負かして弱体化させることと、西側の権力を中央アジアにまで伸ばすことだった。中央アジアを抑えることが、世界支配にとって重要なカギであると長年考えられてきたからだ。

 ドンバス地方に特別な自治権を与えることで、ウクライナ・ロシア間の戦争の解決を模索するためのミンスク和平合意についての話し合いの際にゼレンスキーは、合意に賛同したウラジミール・プーチンの顔を嘲笑うような表情で見ていた。

 それ以来、ゼレンスキーは厚かましくも西側諸国の首都を歴訪し、ロシアとの戦争で使用する武器がもっともっと欲しい、と要求し続けている。この戦争のせいで自国民が非常な苦しみをうけ、何万もの人々が死んでいることなど、おかまいなしのように。


国民の僕(しもべ)

 リッターのドキュメンタリーが強調していたのは、ゼレンスキーは事実上、小説『影なき狙撃者*』の登場人物のように、ハリウッド映画を彷彿させるかのように、真に力をもつ人々が書いた筋書きに従って権力の座に就いた点であった。
*朝鮮戦争で捕虜となり、敵側に洗脳され、暗殺者として暗躍する米兵を取り上げた小説

 2015年から2019年まで、ゼレンスキーはウクライナのテレビドラマ『国民の僕(しもべ)』で主演していた。劇中、ゼレンスキーはヴァシリ・ペトロヴィッチ・ゴロボロジコという名の高校教師を演じ、その教師の汚職に対する独白が、ゼレンスキーを有名にし、その後ウクライナ大統領に押し上げる力となった。

 ゼレンスキーの中では、ウクライナ国民はゴロボロジコのクローンを大統領に選んだ、と考えていた。

 しかしながら、当時ウクライナ国民の多くは、ゼレンスキーがウクライナの新興財閥であるイーホル・コロモイスキーと密接につながっていたことを知らなかった。この人物は、ウクライナ最大の石油・ガス会社と銀行を所有し、ゼレンスキーが政治権力を得る見返りに、自身が刑務所に入らずに済むよう手を回した、ということだ。

 ゼレンスキーがコロモイスキーと共に詐欺的な金融計画に関わっていたことは、パンドラ文書により初めて明らかになった。 この文書により、ゼレンスキーは4100万ドル(約60億円)を所有する海外の2会社に送金していたことが、明らかになった。

 この海外の資産により、ゼレンスキーはマイアミの3400万ドル(約50億円)の邸宅、イスラエルの両親のための海辺の家、ロンドンのシャーロック・ホームズ記念館の向かいにある380万ドル(約5億5千万円)の家、更にはグルジアとクリミアの海辺のリゾート邸を購入できたとされる。

 2019年の大統領選挙運動中、ゼレンスキーは7万ドル(約1千万円)を支払い、米国の広報会社シグナル・グループ社に、自らが演じたドラマ「国民の僕」の役柄に自分を似せるよう磨きをかけさせた。

 ゼレンスキーの選挙運動を運営していたのは、米国の広報活動の3人の専門家、アンドリュー・マック、オバマ大統領の演説の脚本を書いていたステファン・クルピン、シャイ・フランクリンだった。

 ゼレンスキーの選挙運動と慎重に装飾された2008年のオバマの選挙運動には類似点があった。オバマも操り主の手により、オバマは既得権者からはみ出していて、政治を真っ当なものに戻してくれる候補者として売り出された。

 ゼレンスキー同様、オバマの実像は、自身の家族について詐称した、中身のない詐欺師であり、米国の諜報機関と深い繋がりがあり、選挙中に訴えていた公約を裏切った。具体的には、ブッシュによるテロとの戦いを拡大させたり、大手諸銀行や金融諸機関に対して忠誠を示すなどしたのだ。

 ゼレンスキーは選挙運動中、ウクライナの汚職と戦うと主張していたが、それが出まかせだとわかったのは、自身の政権がCovidの補助金やがん研究のための基金を無駄な大規模道路建築のために吸い取っていたときだ。

 ミコラ・アザロフ元ウクライナ首相はこう語った。「(ゼレンスキーの前任者)ポロシェンコ大統領下の汚職ほど酷いものはないと思っていましたが、ゼレンスキーはそれを超えてました。今はもう基準などあったものではなく、(さらに現政権には)原則なども皆無です」と。
 
 2019年の選挙運動期間中、ゼレンスキーはドンバスでの戦闘の休戦を求めていた。当時ドンバスは2014年のマイダンでの武力政変ののち、5年間砲撃をうけていた。しかしゼレンスキーはそのような誓約をも踏みにじり、ロシアとの戦争を引き起こし、ウクライナのNATO加入への熱望を表明した。

 リッターによると、ゼレンスキーか大統領職に就いたことは、米・英の何十年もの計画が頂点に達したと言える、とのことだ。その目的は、ウクライナを嫌ロシア社会に書き換え、ロシアを弱体化させ、破壊するための道具として利用することだという。

 リッターのドキュメンタリー「工作員ゼレンスキー」には、ビクトリア・ヌーランドが、米国はソ連崩壊以来、ウクライナに50億ドル(約7300億円)を投じてきたことを自慢する映像が出てくる。さらに、米国が支援したカラー革命の後に権力者の座に就いたヴィクトル・ユシチェンコ元大統領の話題も取り上げられており、同元大統領が、米国人女性のカテリナ(後に彼の妻となったのだが)に誑(たぶら)かされたことにも触れられている。

 ユシチェンコ大統領時代の主な特徴は、ウクライナ民族主義者組織(OUN)を再興させたことだった。この組織は、第二次世界大戦時、ナチスと共同してソ連に対抗し、CIAから支援されていた。

 ユシチェンコはステファン・バンデラやロマン・シュヘーヴィチといった国粋主義者たちを、英雄視した。なおゼレンスキーもこれらの国粋主義者たちを賞賛している。


ステファン・バンデラ(左)やロマン・シュヘーヴィチ(右)[写真はkresy.plから]

 2010年ユシチェンコはヴィクトル・ヤヌコーヴィチに選挙で敗れたが、ヤヌコーヴィチはロシアとウクライナを同盟させ、英雄とされていたバンデラやシュヘーヴィチの地位を剥奪した。

 そのためヤヌコーヴィチは米国による政権転覆工作の対象となり、その結果2014年のマイダンでの武力政変と、ドネツク・ルガンスク両州の人々が自治を求める住民投票をしたあとの東ウクライナでの戦争を引き起こすことになった。

 武力政変後政権の残忍さの一例となったのが、いかなる反抗も暴力的に踏み潰すという態度であり、オデッサでの労働組合員らの大虐殺であった。この件については、当時ゼレンスキーは沈黙を保っていた。

 リッターの指摘によると、2014年のマイダンでの武力政変のあと、ウクライナの政界と軍部の指導者層の中のかなりの割合の人々が、C. マーシャル欧州安全保障研究センターで訓練を受けたという。そしてこの訓練により、これらの支配者層は少しずつ嫌露的な視点を身につけるようになった、という。

 SBU(ウクライナ保安庁)はCIAの下部組織へと姿を変え、CIAはSBU本部のひとつの階をまるまる占めている。


キエフのSBU本部。CIAがそのひとつの階をまるま所有している 。[写真はsott.netから]

 CIAは英国のMI-6とともに、ゼレンスキーを英雄とする虚像を西側で作り上げる手助けをしてきた。その目的を強化するため、ゼレンスキーと妻のオレーナにヴォーグ誌の表紙を飾らせた。

 リッターによると、CIAとMI-6はさらに、ブチャの大虐殺のでっち上げ工作の際、ゼレンスキーの手助けをしたという。 この虐殺についてはロシアが非難されているが、どうやら主にこのような行為を実行したのは、ウクライナのネオナチのアゾフ大隊のようである。

 ブチャのことは、ゼレンスキーの政治支配の実情がただの幻想に過ぎないことを表すよい象徴だ。人々は、ゼレンスキーの全体像が、ドラマ「国民の僕」で培われた虚像と同じであると思わされていた。しかしゼレンスキーの実像は、名声を欲しがる野心家で、自国の人々を外国勢力に奉仕する地獄に陥れようとしてきた人物だ。



1. ゼレンスキーはウクライナ民族主義組織(OUN)の紋章のついたシャツも着ていた。この組織は、第二次世界大戦時、ナチスと共同してソ連と戦っていた組織だ。
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