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なぜ米国の「目覚めた左派」は、大当たりした児童性売春を主題とした映画に対してだんまりなのか?

<記事原文 寺島先生推薦>
Why Is America’s ‘Woke Left’ Silent Over Blockbuster Child Sex-Trafficking Film?
出典:SOTT 2023年8月7日
(初出はストラテジック・カルチャー・ファンデーション。2023年8月5日)
筆者:ロバート・ブリッジ(Robert Bridge)
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>   2023年8月27日

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 性的な児童売買に関する恐ろしい現実を取り上げた米国映画が、政治的左派から、非常に抑えた反応で迎えられている。それは次のような疑問を投げかける―この沈黙は、言葉に出すのも憚れる犯罪の共犯になる、ということなのか?

 ティム・バラードは、米国の反人身売買主義者であり、性的人身売買に反対する「地下鉄作戦(Operation Underground Railroad)」という名の非政府組織の創設者である。彼は米国国土安全保障局の元特別捜査官で、現在は政府から独立した活動をしているのだが、そのバラードが自分の人生を捧げた生きがいがハリウッド映画において不朽の名声を得ることになったのだ。その題名は、「自由の音(Sound of Freedom)」

 バラード役を演じるジム・カヴィーゼルが主役のこの映画では、バラードの実生活の、痛ましい体験に基づく筋書きが展開されている。実際にバラードは、性奴隷という悪夢から子どもたちを救出する活動をおこなっていた。映画評論家からは賛否両論が上がったが、1450万ドル(約21億円)の製作費がかかったこの映画は、1億4千ドル(約210億円)というとんでもない額の興行収入をあげ、観客からは高い好感を得た。またロッテン・トマトという映画評判サイトでは、99%という高い数値が出ているが、明らかにそれは、正当な理由があってのことだろう。

 国際労働機関の推定では、2016年に世界で人身売買の被害者が2490万人あったという。それなのに、左寄りのメディアやその他の機関は、彼らにしか分からない理由から、不思議なことにエンジェル・スタジオの製作に幕を引こうと躍起になっているように見える。




 「バラエティ誌」の記事で、オーウェン・グレイバーマンは以下のような見解を示した。「みなさんは、私もそうですが、右派の原理主義的陰謀論者ではないですよね。暗くって宗教的なサスペンス映画を見て、祭日の週末を過ごそうとは思っていないです。そうだとしても、『自由の音』という絶対に感動する映画を見るのに極端な信念は必要ありません。この映画は、私たちの時代の残酷な犯罪の一つに、本当の光を当てるものです。ハリウッドがたいがい避けてきた主題を取り上げた映画です」と。

 #MeToo運動により明らかにされた、芸能産業界内部での性的不祥事の問題が見出しを飾り続けている中で、ハリウッドが小児性愛や性的児童売買を主題にすることに対して無関心で嫌悪感さえ示しているという事実は、控えめに言っても奇妙だ。結局、この映画内で触れられているとおり、奴隷が法的に認められていた時代よりも、現在の方が性的人身売買により奴隷にされている人の数は多いのだ。そしてハリウッドの大物たちが犯した性的虐待(性行為が法的に認められている成人に対するもの)疑惑が厳しく嫌悪されているにも関わらず、米国を主導するハリウッドが性的児童売買を保護、さらにはそれに関わっている可能性があるなどというほのめかしでさえ、世間の道徳が受け入れる限界に大きく問題をなげかけることになろう。

 言うまでもないことだが、ハリウッド内部の聖地に関する無数の陰謀論には、際限がない。具体的には往年の映画監督キューブリックが見せたような秘密結社による支配や歯止めない性的不祥事などだ。ハリウッドは、カリフォルニアの太陽の下、おぞましい事件を起こしてきた。泥にまみれたその評判に付け加えるかのように、ますます多くの人々が、その多くがハリウッドに雇われた人たちなのだが、ハリウッドの高い地位にいる人々の小児性愛についての告発をおこなっている。さらには、これらの告発者の訴えが多くの報道機関や芸能界から真剣に受け止められていない事実からも、ますますその疑いが高まっている。

 ではなぜ進歩的左派が、ネットフリックスやフールー、アマゾンといった動画配信業者からペストのように避けられている『自由の音』に対して沈黙を保っているのだろうか?第1の悪役は、「人間の本性」だ。これこそが、リベラル派の哲学からするととんでもない告白なのだが、人間の全ての振る舞い、性的な本性はなおさら、進歩的な活動家たちが配置された法廷で、正当な審問のもとで裁判されることは当然である、とされている。実際、小児性愛を法的に認めたり、その罪で有罪となった人たちを恩赦すべきだという要求もあがっている。

 ステファン・カーシュナー博士は、ニューヨーク州立工科大学フレドニア校の哲学教授だが、この人物が子どもたちと大人の間の性的関係を良しとしている左派の多くの研究者(他にいるだろうか?)の中の一人だ。以下はカーシュナー博士の主張だ。「成年男性が12歳の少女と性行為を望んでいると考えてください。相手の少女もそれを望んでいるとしたらどうでしょう? 非常に標準的で広く受けいれられている視点からは、このような行為は深く誤った行為だとされています。お互いが了承している状況を無視して、このような行為を犯罪だと捉えるのは、間違っていると思います。このような行為が間違っていると考えることは、私にはよく分からないのです。間違っている考える方がおかしいと思います。この行為がなぜ間違いなのかを掘り下げて考えれば、大人と子どもの間の性行為と法で定められた強姦との違いでもありますし、道徳とは何かという基本的な原理を見つめ直すことにもなります」と。

 カーシュナー博士は、大人と子どもの間の性行為には、「進化上の利点」がある可能性があるとまで示唆し、以下のような驚愕的なことばで締めくくっている:「1歳児と性行為を持つことを間違っていると考えることさえ、私にはよく分かりません」と。

 学術界のオリンピックで負けてなるものかと、オールド・ドミニオン大学のアリン・ウォーカー助教授は、「未成年者に惹かれる人々」ということばを作って、「小児性愛」という言葉がもつ偏見を取り除こうとした。ウォーカー助教授は、 大人が子どもや幼児までをも性的欲求の対象にすることを精神錯乱の一形態であるとは捉えておらず、 自分が愛する対象を抑制できない人々に起こる事例であると捉えている。この考え方は、児童強姦を正当化する非常に病的な考え方だ。

 このような完全な狂気が漂うなか、カリフォルニア州のガビン・ニューサム知事が上院の145法案に署名したことも、もはや驚きではない。この法案は、同性の未成年と性行為をおこなった成人の罪を軽くするものだ。



 最後に述べたいことは、『自由の音』が粉砕しようとしている過激な文化的風潮のことを忘れてはならない、ということだ:LGBTQの行進、女装した男性たちが子どもたちに読み聞かせをするという ドラッグ・クイーン・ストーリー・アワー、小学校段階でのトランスジェンダーや非日常的性生活などの話し合いが全て、米国民の世論を支配するようになってきたいま、子どもたちを食い物にする人々を標的にするような映画は、大多数の人々からは嫌な映画に思われてしまっているようなのだ。この自由の国アメリカの地で、更なる出鱈目なことが起こることを想像するのは難しいが、このような狂気はまさに今、始まったばかりだ。
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