ブラジルのルーラ大統領の訪中が示したのは、ラテン・アメリカはもはや米国の「裏庭」ではないという事実だ。
<記事原文 寺島先生推薦>
Lula’s China trip proves Latin America is no longer the ‘backyard’ of the US
The Brazilian president has asserted his country’s role as a player in its own right in the new multipolar world
ブラジル大統領は、新たな多極化世界において自国が果たすべき役割を断言
筆者:オリバー・バーガス(Oliver Vargas)
* ラテン・アメリカを拠点にしている記者。ブラジルのカワチュン・ニュース社の共同創設者の一人。ポッドキャストの番組「ラテン・アメリカ再考」の司会者。
出典:RT
2023年4月18日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2023年4月29日

2023年4月14日。北京の人民大会堂での歓迎式典で、妻同伴の中国の習近平国家主席(左)とブラジルのルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ大統領(右)© Ricardo STUCKERT / Brazilian Presidency / AFP
ブラジルのルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ大統領は、高い期待が持たれていた中国への訪問から成功裏に帰国したところだ。この訪問により、ラテン・アメリカが果たす役割が強まっているという良い兆候や熱意が生み出された。
中国の習近平国家主席による歓迎式典の様子から、関係するすべての人々にとって、この訪問がうまくいきそうな最初の兆候が見て取れた。習近平国家主席とルーラ大統領が、赤絨毯を進んでいるときに、中国軍の演奏団が演奏した曲が「Novo Tempo(新時代)」だったからだ。この曲は、80年代のブラジルの曲であり、米国が支援していた独裁政権に対する反政府運動と関連のある曲だ。
非公開の会合で、15項目の二国間協定や基本合意書が署名されたが、その中には投資取引、研究計画、開発計画、食品規格、国営通信社、技術移転、および第7次中国・ブラジル地球資源衛星(CBERS)建設の協力に関する内容が含まれていた。この会議は数年に及ぶ両国の戦略的同盟関係に基づいて開かれたものだ。2009年、中国は米国に変わってブラジルの最大の貿易相手国となり、この会議は両国のこれまでの関係強化の過程をさらに深めるものとなった。
ただし、この訪中のもっとも興味深い側面は、両国の指導者が行った公式発表の声の強さだった。というのも、この公式発表は、ただの外交辞令の域を超えるものであり、両国が世界における指導者的立場を果たそうとする意図がはっきりと示されており、これまで長年続いてきた米政権のもとでの単極支配に挑戦する内容だったからだ。

関連記事:米国はウクライナで「戦争誘発行為」をやめなければならない。(ルーラ大統領の発言)
「私が毎晩考えているのは、なぜ全ての国がドル建てで貿易を行うよう強制されているかについてです。自国貨幣立てで貿易できないものでしょうか?」とルーラ大統領は上海での催しで語った。ウクライナでの紛争も議題に上がり、ルーラ大統領は、米国が何十億ドル相当もの武器をキエフ政権に送り込むことで、戦争を抑制するどころか、激化させていると語った。さらに、同大統領はこう語った。「必要なことは、米国が戦争を誘発する行為をやめ、平和に向かう発言を始めることです。 欧州連合も和平についての話し合いを開始しなければなりません」と。
ラテン・アメリカ自身の利益の再確認
この訪中が明らかにしたのは、国際社会において、ラテン・アメリカと米国支配に異議をもつ国々の関係がぐっと近づく幕開けが始まっているという潮流だった。ルーラ大統領帰国後に注目を集める次なる大きな出来事は、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相によるブラジル訪問だろう。同外相は、ラテン・アメリカ諸国訪問を予定しており、ベネズエラ、キューバ、ニカラグアを訪問することになっている。
ラブロフ外相のブラジル訪問が機会となり、ロシアとラテン・アメリカ間の共通の利益の分野についての話し合いが持たれることになるだろう。具体的には、貿易や投資、エネルギー、防衛に関することだ。同外相はさらに、文化交流を強化しようとするだろうが、これは米国当局が、ロシアやロシア文化に対する嫌悪感を世界規模で促進させようとしている中でのことだ。
ルーラ大統領の訪中が成功裡に終わったことで、ラテン・アメリカ諸国の政府には明らかに更なる弾みがつき、今週のロシア使節団の訪問を受け入れる体制がしっかりとできたようだ。中国とロシアと結びつくことで、双方にとって利のある協力関係を築けるという状況は、米国が上から目線で申し出てくるような傲慢な態度とは好対照となっている。

関連記事:ブラジルが求めているのは、ドル体制からの「脱却」
しかし、ラテン・アメリカは、多極化世界樹立の過程にただ受動的に参加するだけの存在ではない。元ブラジル大統領でルーラ大統領の盟友でもあるジルマ・ルセフ氏(この人物も米国が支援したクーデターの被害者)は、新たな任務として、上海のBRICS開発銀行の総裁に職に就いた。この任務は、ブラジル・中国、ロシア・インド・南アフリカにとって重要な重みをもつ任務である。さらにはこの先BRICSは、「BRICSプラス」 として、グローバル・サウス諸国における新興経済大国を加えていく可能性もある。
米国からの逆襲
米国当局は大統領職に就いてからずっと、ルーラ大統領のご機嫌を取ろうとしてきた。ブラジルはラテン・アメリカ最大の経済大国であるため、そうしないことは賢明ではない、ということだ。米国務省はルーラ大統領の就任を妨害しようとしてブラジル国会議事堂を攻撃した右派の暴動者らを公式に非難する声明を出したが、その声明の中にあった、「ブラジルの民主主義」を支持するという文言には、米国はルーラ氏の大統領職をはく奪するために動くことはない、という意図が込められていたと思われる。つまり、ボリビアやベネズエラの左派大統領に対して米国内が行ったようなことをルーラ大統領にするつもりはない、ということだ。
そのため米国当局は、ルーラ大統領の訪中やこの先行われるラブロフ外相の訪問に対して公式な反応を見せていない。ただしラテン・アメリカ内の親米「分析家」や「専門家」らは口を挟み、以下のような主張を行っている。すなわち、中国やロシアと接近することは、ルーラ大統領にとって「オウンゴール(間違って自陣のゴールに得点してしまうこと)」になる、というものだ。

関連記事:米国の「孤立化」を経済学の第一人者が憂慮
ラテン・アメリカ最大の右派デジタル報道機関のひとつであるアルゼンチンに拠点を置くウェブ・サイトのインフォ・バエが、こんな題名の記事を出した。それは、「ルーラ大統領の訪中は、ブラジルにとって失点となる危険性がある」というものだ。 この記事の筆者は 、中国が持つ意図に疑念を表明し、以下のように記していた。「ブラジルは、原料や天然資源という点において世界で最も豊かな国の一つなのだから、自立できるのに必要なものは全て揃っている。外国の助けなどは要らないはずだ。ただしブラジルが自立するためには、政治家の汚職を克服し、汚職に関する厳粛な調査を実施しなければならないだろう」と。
産業の国有化を非難し、米国との自由貿易を歓迎してきたこの報道機関が、突然踵(きびす)を返し、「第三世界中心主義」や「独立主義」を主張し始めたというわけだ。
ブラジルが米国の怒りを買うことを懸念する報道機関もいくつかある。「アメリカ季刊誌」という雑誌(西側の石油産業が資金提供している報道機関)に執筆している オリバー・シュテンケル氏は最近以下のように述べた。「訪中時にルーラ大統領がウクライナの話をすればするほど、ブラジルは西側から中立国ではないと認識され、ブラジルは欧米から、欧米に対してよりもロシアに近い立ち位置にいるととらえられてしまう危険が高まります」と。
おそらく、「ロシアに近い立ち位置」や、欧米に対するよりも中国に近い立ち位置でいるほうが、ラテン・アメリカにとって実り多い未来を迎えることがこの先わかるだろう。米国政府寄りの立場をとってしまえば不平等な貿易協定やクーデター、軍事介入など悪いことしか招かないだろう。ルーラ大統領の訪中が示したのは、そうではないもっと平等な国家間関係がありえるということだ。さらに、ラブロフ外相によるラテン・アメリカ訪問が素晴らしいきっかけとなり、ラテン・アメリカがこのような国家間関係を打ち立て、国際社会におけるラテン・アメリカの存在価値向上に結びつくことだろう。
Lula’s China trip proves Latin America is no longer the ‘backyard’ of the US
The Brazilian president has asserted his country’s role as a player in its own right in the new multipolar world
ブラジル大統領は、新たな多極化世界において自国が果たすべき役割を断言
筆者:オリバー・バーガス(Oliver Vargas)
* ラテン・アメリカを拠点にしている記者。ブラジルのカワチュン・ニュース社の共同創設者の一人。ポッドキャストの番組「ラテン・アメリカ再考」の司会者。
出典:RT
2023年4月18日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2023年4月29日

2023年4月14日。北京の人民大会堂での歓迎式典で、妻同伴の中国の習近平国家主席(左)とブラジルのルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ大統領(右)© Ricardo STUCKERT / Brazilian Presidency / AFP
ブラジルのルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ大統領は、高い期待が持たれていた中国への訪問から成功裏に帰国したところだ。この訪問により、ラテン・アメリカが果たす役割が強まっているという良い兆候や熱意が生み出された。
中国の習近平国家主席による歓迎式典の様子から、関係するすべての人々にとって、この訪問がうまくいきそうな最初の兆候が見て取れた。習近平国家主席とルーラ大統領が、赤絨毯を進んでいるときに、中国軍の演奏団が演奏した曲が「Novo Tempo(新時代)」だったからだ。この曲は、80年代のブラジルの曲であり、米国が支援していた独裁政権に対する反政府運動と関連のある曲だ。
非公開の会合で、15項目の二国間協定や基本合意書が署名されたが、その中には投資取引、研究計画、開発計画、食品規格、国営通信社、技術移転、および第7次中国・ブラジル地球資源衛星(CBERS)建設の協力に関する内容が含まれていた。この会議は数年に及ぶ両国の戦略的同盟関係に基づいて開かれたものだ。2009年、中国は米国に変わってブラジルの最大の貿易相手国となり、この会議は両国のこれまでの関係強化の過程をさらに深めるものとなった。
ただし、この訪中のもっとも興味深い側面は、両国の指導者が行った公式発表の声の強さだった。というのも、この公式発表は、ただの外交辞令の域を超えるものであり、両国が世界における指導者的立場を果たそうとする意図がはっきりと示されており、これまで長年続いてきた米政権のもとでの単極支配に挑戦する内容だったからだ。

関連記事:米国はウクライナで「戦争誘発行為」をやめなければならない。(ルーラ大統領の発言)
「私が毎晩考えているのは、なぜ全ての国がドル建てで貿易を行うよう強制されているかについてです。自国貨幣立てで貿易できないものでしょうか?」とルーラ大統領は上海での催しで語った。ウクライナでの紛争も議題に上がり、ルーラ大統領は、米国が何十億ドル相当もの武器をキエフ政権に送り込むことで、戦争を抑制するどころか、激化させていると語った。さらに、同大統領はこう語った。「必要なことは、米国が戦争を誘発する行為をやめ、平和に向かう発言を始めることです。 欧州連合も和平についての話し合いを開始しなければなりません」と。
ラテン・アメリカ自身の利益の再確認
この訪中が明らかにしたのは、国際社会において、ラテン・アメリカと米国支配に異議をもつ国々の関係がぐっと近づく幕開けが始まっているという潮流だった。ルーラ大統領帰国後に注目を集める次なる大きな出来事は、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相によるブラジル訪問だろう。同外相は、ラテン・アメリカ諸国訪問を予定しており、ベネズエラ、キューバ、ニカラグアを訪問することになっている。
ラブロフ外相のブラジル訪問が機会となり、ロシアとラテン・アメリカ間の共通の利益の分野についての話し合いが持たれることになるだろう。具体的には、貿易や投資、エネルギー、防衛に関することだ。同外相はさらに、文化交流を強化しようとするだろうが、これは米国当局が、ロシアやロシア文化に対する嫌悪感を世界規模で促進させようとしている中でのことだ。
ルーラ大統領の訪中が成功裡に終わったことで、ラテン・アメリカ諸国の政府には明らかに更なる弾みがつき、今週のロシア使節団の訪問を受け入れる体制がしっかりとできたようだ。中国とロシアと結びつくことで、双方にとって利のある協力関係を築けるという状況は、米国が上から目線で申し出てくるような傲慢な態度とは好対照となっている。

関連記事:ブラジルが求めているのは、ドル体制からの「脱却」
しかし、ラテン・アメリカは、多極化世界樹立の過程にただ受動的に参加するだけの存在ではない。元ブラジル大統領でルーラ大統領の盟友でもあるジルマ・ルセフ氏(この人物も米国が支援したクーデターの被害者)は、新たな任務として、上海のBRICS開発銀行の総裁に職に就いた。この任務は、ブラジル・中国、ロシア・インド・南アフリカにとって重要な重みをもつ任務である。さらにはこの先BRICSは、「BRICSプラス」 として、グローバル・サウス諸国における新興経済大国を加えていく可能性もある。
米国からの逆襲
米国当局は大統領職に就いてからずっと、ルーラ大統領のご機嫌を取ろうとしてきた。ブラジルはラテン・アメリカ最大の経済大国であるため、そうしないことは賢明ではない、ということだ。米国務省はルーラ大統領の就任を妨害しようとしてブラジル国会議事堂を攻撃した右派の暴動者らを公式に非難する声明を出したが、その声明の中にあった、「ブラジルの民主主義」を支持するという文言には、米国はルーラ氏の大統領職をはく奪するために動くことはない、という意図が込められていたと思われる。つまり、ボリビアやベネズエラの左派大統領に対して米国内が行ったようなことをルーラ大統領にするつもりはない、ということだ。
そのため米国当局は、ルーラ大統領の訪中やこの先行われるラブロフ外相の訪問に対して公式な反応を見せていない。ただしラテン・アメリカ内の親米「分析家」や「専門家」らは口を挟み、以下のような主張を行っている。すなわち、中国やロシアと接近することは、ルーラ大統領にとって「オウンゴール(間違って自陣のゴールに得点してしまうこと)」になる、というものだ。

関連記事:米国の「孤立化」を経済学の第一人者が憂慮
ラテン・アメリカ最大の右派デジタル報道機関のひとつであるアルゼンチンに拠点を置くウェブ・サイトのインフォ・バエが、こんな題名の記事を出した。それは、「ルーラ大統領の訪中は、ブラジルにとって失点となる危険性がある」というものだ。 この記事の筆者は 、中国が持つ意図に疑念を表明し、以下のように記していた。「ブラジルは、原料や天然資源という点において世界で最も豊かな国の一つなのだから、自立できるのに必要なものは全て揃っている。外国の助けなどは要らないはずだ。ただしブラジルが自立するためには、政治家の汚職を克服し、汚職に関する厳粛な調査を実施しなければならないだろう」と。
産業の国有化を非難し、米国との自由貿易を歓迎してきたこの報道機関が、突然踵(きびす)を返し、「第三世界中心主義」や「独立主義」を主張し始めたというわけだ。
ブラジルが米国の怒りを買うことを懸念する報道機関もいくつかある。「アメリカ季刊誌」という雑誌(西側の石油産業が資金提供している報道機関)に執筆している オリバー・シュテンケル氏は最近以下のように述べた。「訪中時にルーラ大統領がウクライナの話をすればするほど、ブラジルは西側から中立国ではないと認識され、ブラジルは欧米から、欧米に対してよりもロシアに近い立ち位置にいるととらえられてしまう危険が高まります」と。
おそらく、「ロシアに近い立ち位置」や、欧米に対するよりも中国に近い立ち位置でいるほうが、ラテン・アメリカにとって実り多い未来を迎えることがこの先わかるだろう。米国政府寄りの立場をとってしまえば不平等な貿易協定やクーデター、軍事介入など悪いことしか招かないだろう。ルーラ大統領の訪中が示したのは、そうではないもっと平等な国家間関係がありえるということだ。さらに、ラブロフ外相によるラテン・アメリカ訪問が素晴らしいきっかけとなり、ラテン・アメリカがこのような国家間関係を打ち立て、国際社会におけるラテン・アメリカの存在価値向上に結びつくことだろう。
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