BKL(モスクワの最新地下鉄)に見る多極性構造:「ニューコイン」列車に乗りながら
<記事原文 寺島先生推薦>
Moveable Multipolarity in Moscow: Ridin’ the ‘Newcoin’ Train
筆者:ペペ・エスコバー(Pepe Escobar)
出典:Strategic Culture
2023年3月10日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2023年3月29日

新しい通貨は、単なる決済単位ではなく、この先、資本や準備金を蓄える「外部通貨」になることができるはずだ。
旧繊維街のテクスティルシュチキから、至高主義・構成主義のギャラリーであるソコルニキ(マレーヴィチ*が住んでいる!)まで、そして豪華な鉄骨アーチのリジスカヤから130メートルのエスカレーターのあるマリーナ・ロッシャまで、モスクワ全体を71キロ、31駅で一周するビッグサークルライン(キリル文字ではBKL)(訳注:今年3月に開通したモスクワの地下鉄)の楽しさよ。
* カジミール・セヴェリーノヴィチ・マレーヴィチ。ウクライナ・ソ連の芸術家。特に画家として知られ、戦前に抽象絵画を手掛けた最初の人物である。 (ウィキペディア)
BKLはまるで多極性世界の首都(モスクワ)の、生きて、呼吸して、走っている比喩のようだ。アート、建築、歴史、都市デザイン、ハイテク交通、そしてもちろん、中国新シルクロードの友人たちの言葉を借りれば、「人と人との交流」がぎゅっと詰まっている。
ちなみに習近平主席は、21日にモスクワに来るプーチン大統領とBKLに乗る予定になっている。
だから、何十年もの経験を持つ、世界の金融市場のトップに立つ経験豊かな投資家が、世界の金融システムに関する重要な洞察を共有することに同意したとき、私がBKLに乗ることを提案し、彼がすぐにそれを受け入れたのも不思議なことではない。彼の名前はS.Tzu氏としておこう。以下は、私たちがBKLに乗りながら行った会話を最小限に編集したものである。
時間をお取りいただきありがとうございます。しかも、こんな素晴らしい場面設定です。現在の市場の乱高下を考えると、(市場動向を見つめる)画面から離れるのは大変なことでしょう。
S. Tzu: そうですね、現在、市場は非常に厳しい状況です。この数ヶ月は2007-8年のことを想起させますが、金融市場基金と サブプライムローンではなく、最近はパイプラインと国債市場が吹き飛んでいます。私たちは面白い時代に生きています。
あなたのお近づきにならせてもらった理由は、ゾルタン・ポザールが提唱した「ブレトン・ウッズ*3」の考え方について、あなたの見解を伺いたいと思ったからです。あなたは間違いなく、その最先端を走っていますね。
* ブレトン・ウッズ体制とは、第二次大戦後に米国を中心に作られた、為替相場安定の枠組み。金・ドル本位制による固定為替制度を取っていた。またブレトン・ウッズ2とは、1973年に固定為替制が廃止され、変動相場制に移行されたことを指す。
S. Tzu: ずばり本題に入っていただきました。新しいグローバルな金融秩序の出現を目の当たりにする機会は非常に少ないのですが、私たちはそのような機会を目にする一つの時代を生きているのです。1970年代以降でいうと、今から14年以上前に登場したのビットコインが、これから数年後に私たちが目にするものに近い衝撃を持っていたのかもしれません。ビットコインが登場した時期が偶然ではなかったように、現在の世界金融システムの地殻変動の条件は、何十年も前から醸成されていたのです。「この戦争が終わった後、『通貨』は二度と同じものにはならないないだろう...」というゾルタンの洞察の通り、今は金融秩序が変わる時期として完璧な時期のです。
「外部通貨」を理解する
ビットコインの話が出ましたね。当時は、これの何が画期的だったのでしょうか?
S. Tzu: 暗号の側面はちょっと置くとして、ビットコインの最初の成功が見込まれたこととその理由は、ビットコインが中央銀行の責任ではない「(ゾルタン氏の優れた用語を借りれば)外部」貨幣を作ろうとしたことがあったからでした。この新しい単位の大きな特徴のひとつは、採掘可能なコインを2100万枚に制限したことで、現行の体制の問題点を見抜くことができる人たちの心に響きました。今でこそそれほどでもないですが、近代的な通貨単位が中央銀行の後ろ盾なしに存在し、デジタル形式の事実上の「外部」貨幣となりうるという発想は、2008年当時としては画期的だったからです。言うまでもなく、ユーロ国債危機、量的緩和*、そして最近の世界的な悪性インフレは、多くの人が何十年も感じてきた不協和音を増幅させただけでした。現在の「(再びポツァール氏の上品な用語を用いれば)内部貨幣」体制の信頼性は、現在行われている中央銀行の準備金凍結や破壊的な経済制裁に至るずっと前に、破壊されてしまっていたのです。残念ながら、信頼に基づくシステムの信頼性を破壊するのに、中央銀行の保管口座にある外貨準備を凍結して没収することほど有効な方法はありません。ビットコイン誕生の背景にある認知的不協和が検証されたのです。「内部通貨」体制は2022年に完全に兵器化されました。その意味合いは深いです。
* 中央銀行が市場に供給する資金を増やすことで金融市場の安定や景気回復を図る措置のこと。
さて、いよいよ核心に入ってきています。ご存知のように、ゾルタン・ポツァールは次の段階で新しい「ブレトン・ウッズ3」体制が出現すると主張しています。それは一体どういう意味なのでしょうか。
S. Tzu: ポツァール氏が、現在の欧米の「内部通貨」体制を別のものに変えることを指しているのか、それとも現在の金融体制の外側に、代替案として「ブレトン・ウッズ3」の出現を示唆しているのか、私にもよくわかりません。ただ、政治的な意思の欠如や、以前から蓄積され、近年急激に増大した過剰な政府債務がありますから、現段階で欧米で「外部通貨」制度をまた繰り返しても成功することはあり得ないと私は確信しています。
現在の欧米の金融秩序が次の進化段階に移行する前に、これらの未払い債務の一部を実質的に削減する必要があります。歴史を振り返れば、その移行はデフォルト(債務不履行)かインフレ、あるいはその2つの組み合わせによって起こるのが普通です。可能性が高いと思われるのは、欧米諸国政府が金融抑圧政策に依存して、船を浮かせ(国を沈没・破綻させないように、の意)、債務問題に取り組もうとすることです。私は、「内部通貨」体制の管理を強化するための多くの取り組みが行われると予想していますが、それはおそらくますます不評を買うでしょう。例えば、CDBC*の導入もその一つでしょう。この点で、これからが大変な時代になることは間違いないでしょう。同時に、現在の「内部通貨」による世界金融秩序に対抗する、何らかの「外部通貨」体制が出現することも、現段階では避けられないと思われます。
* 中央銀行デジタル通貨あるいは中央銀行発行デジタル通貨は、中央銀行が発行したデジタル通貨の一種で、デジタル不換紙幣。現在のCBDCの概念はビットコインに直接触発された通貨管理に由来するが、CBDCは国家の中央銀行が中央集権的に発行する、という点で仮想通貨や暗号通貨とは異なる。(ウィキペディア)
それは、どうしてですか?
S. Tzu: 世界経済は、貿易、準備、投資のすべての必要性を、現在の兵器化した状態の「内部通貨」体制にもはや頼ることはできません。制裁と外貨準備の凍結が他国の政権を交代させるための新たな手段であるならば、世界中のすべての政府は、貿易と外貨準備のために別の国の通貨を使うという選択肢を考えているはずです。しかし、現在の欠陥だらけの国際金融秩序に代わるものは何なのか、それは明らかではありません。歴史を振り返ると、金本位制に還元できない「外部通貨」方式で成功した例はあまりありません。そして、金だけ、あるいは金と完全に交換可能な通貨だけでは、現代の通貨体制の基盤としてはあまりにも制約がありすぎるという多くの理由があります。
同時に、最近増えている現地通貨での貿易も、現地通貨が 「内部通貨」である以上、残念ながらその可能性は限られています。多くの国が、輸出の対価として他国の地域通貨(あるいは自国の通貨)を受け入れたくないという理由は明白です。その点では、マイケル・ハドソンに全面的に同意します。「内部通貨」はその国の中央銀行の負債であるため、その国の信用度が低ければ低いほど、投資可能な資本が必要となり、他国がその負債を保有することに抵抗が出てきます。IMFが要求する典型的な「構造改革」のセットが、例えば、借り手である政府の信用力の向上を目的としている理由のひとつはそこにあります。「外部通貨」 は、IMF と現在の「内部通貨」 金融体制の人質になっていると感じている国や政府によってこそ、ひどく必要とされているのです。
「ニューコイン」の導入
多くの専門家が「新通貨」の研究をしているようです。例えば、セルゲイ・グラジエフ。
S. Tzu: そうですね、最近の出版物でそのような示唆がありました。私はこれらの議論には関与していませんが、確かにこの代替体制がどのように機能するかを私も考えてきました。ポツァール氏の「内部通貨」と「外部通貨」という概念は、この議論において非常に重要な部分です。しかし、これらの用語の二元性は誤解を招きます。新しい貨幣単位(便宜上「ニューコイン」と呼ぶことにします)が解決すべき問題に対して、どちらの選択肢も完全に適切とは言えないからです。
説明させてください。現在の米ドル「内部通貨」体制の武器化と同時に制裁の激化により、世界は事実上「グローバル・サウス」と「グローバル・ノース」(「東」と「西」よりも少し正確な用語です)に分裂しているのです。ここで重要なのは、ポツァール氏がすぐに気づいたことですが、サプライチェーン(供給網)や商品もある程度武器化されつつあることです。友好国への外部委託の動きは今後も続きます。つまり、ニューコインの最優先事項は、北の通貨に頼らず、南半球内の貿易を促進することなのです。
もしそれだけが目的であれば、人民元や元を貿易に使う、ユーロやECU(ユーロの前身貨幣)、あるいは中央アフリカのCFAフランのような新しい共有通貨を作る、IMFのSDRのような参加地域通貨のバスケット*に基づく新しい通貨を作る、金にペッグ**する新しい通貨を作る、あるいは既存の地域通貨に金をペッグするなど、比較的単純な解決策が選択できたはずです。しかし、残念ながら、これらの方策がそれぞれ新たな問題を引き起こしている例は、歴史上いくらでもあります。
* 固定相場制の一つで、複数の貿易相手国の為替相場を一定水準に固定する制度
**金などを基準とした固定相場制のこと
もちろん、新しい通貨単位には、これら二つの可能性では対応しきれない別の目的が並行して存在します。例えば、すべての参加国は、新しい通貨が自国の主権を希薄にするのではなく、強化することを望んでいるはずです。次に、ユーロや以前の金本位制の課題は、「固定」為替レート、特に最初の「固定」が通貨圏の一部の国にとって最適でなかった場合の、より広い問題を示すことにありました。特に、最初の「固定」が通貨圏の一部の国にとって最適でなかった場合、問題は時間の経過とともに蓄積され、しばしば激しい切り下げによってレートが「再固定」されるまで続きます。参加国が通貨政策において主権を維持するためには、グローバル・サウス内部の相対的競争力を長期的に調整する柔軟性が必要です。また、商品のような変動しやすいものの価格決定単位になるのであれば、新しい通貨は「安定的」でなければならないでしょう。
最も重要なことは、新しい通貨は、単なる決済単位ではなく、将来的には資本と準備のための「外部通貨」貯蔵庫となる力をもたなければなりません。実際、私が新しい通貨単位が出現すると確信しているのは、妥協した「内部通貨」金融体制の外に、準備や投資のための実行可能な代替手段がない現状があるためです。
それで、こういったすべての問題を考慮して、どんな解決策を提案されますか?
S. Tzu:最初に明々白々なことを申し上げます。この問題を技術的に解決することは、ニューコイン圏への参加を希望する国々の間で政治的な合意形成に至るよりずっと簡単です。しかし、現在の必要性は急を要しているので、必要な政治的妥協点は、すぐに見つかると私は考えています。
ですので、まずは、ニューコインの技術的な設計図の一つを紹介させてください。まず、ニューコインは部分的に(少なくとも価値の40%を)金に裏打ちされるべきであると申し上げましょう。その理由は後でお分かりいただけるかと思います。ニューコインの残りの60%は、参加国の通貨バスケットで構成されることになります。金がこの仕組みにおける「外部通貨」としての軸となり、通貨バスケットの要素が参加国の主権と通貨の柔軟性を維持することを可能にするということです。そしてニューコインのために、中央銀行を設立する必要があるのは明らかです。というのもこの中央銀行から新しい貨幣が発行されることになるからです。この中央銀行は、通貨スワップ*の取引先となるとともに、この体制の決済機関の役目を果たし、規制をかけることもできます。どの国も、いくつかの条件を満たせば、自由にニューコインに参加することができます。
* 異なる通貨間の金利を交換する取引のこと
まず、ニューコインに参加しようとする国は、国内の保管場所に抵当権等が設定されていない金があることを証明し、対応する額のニューコインを受け取るのと引き換えに一定額の金を有していることを誓約する必要があります(この際に前述の40%の比率が適応されます)。この最初の取引は、ニューコインを裏打ちする「金プール」へ金を売却することにより、経済的等価性が保たれることになります。つまり、そのプールに裏打ちされたニューコインの比例額との交換になるということです。この取引の法的形式は実際にはあまり重要ではなく、発行されるニューコインが常に少なくとも40%の金で裏打ちされていることを保証するために必要なだけです。全部の参加国が十分な所有量が常に存在すると確認できるのであれば、各国の金所有量を公にする必要すらないのです。年に一度共同監査が行われ、監視体制が整備されれば十分でしょう。
第二に、ニューコインに参加しようとする国は、自国通貨による金価格の算定方法を確立する必要があります。おそらく、参加する貴金属取引所の1つが、それぞれの自国通貨で金の現物取引を開始することになるでしょう。これにより、各国の自国通貨の公正な相場が確立されることになります。「外部通貨」の仕組みが使えるので、長期的な調整が可能になるからです。ニューコイン参加前の各国の通貨における金価格は、新たに発行されるニューコインのバスケットにおいて高くなります。各国は主権を維持し、自国通貨をどれだけ放出するかは自由ですが、その放出量は、最終的にはニューコインの価値に占める自国通貨の割合で調整されることになります。同時に、ある国が中央銀行からニューコインを追加で入手できるのは、追加の金塊の誓約との引き替えに限られます。その結果、ニューコインの各参加国の金換算の価値は透明で公正なものとなり、ニューコインの価値も透明化されることになります。
最後に、中央銀行によるニューコインの放出や売却は、ニューコイン圏の外部にいる人が金と交換する場合にのみ許可されます。つまり、外部の人間が大量のニューコインを入手する方法は、現物の金と引き換えに受け取るか、提供した商品やサービスの対価として受け取るかの2つだけです。同時に、中央銀行は金と引き換えにニューコインを購入する義務を負わず、「*取り付け騒ぎ」のリスクも取り除かれることになります。
* 銀行が信頼を失い預金者が銀行から預金を引き出そうと殺到することにより生じる混乱
間違っていたら訂正してください。この提案では、ニューコイン圏内のすべての取引と、すべての外部取引の基準を金相場に固定するようです。この場合、ニューコインの安定性はどうなのでしょうか? 結局のところ、金は過去において(価格が)不安定でしたので。
S. Tzu: 例えば、金のドル価格が大幅に下落した場合、どのような影響があるのか、ということだと思います。この場合、ニューコインとドルの間に直接的な相互関係はなく、グローバル・サウスの中央銀行がニューコインと引き換えに金を買うだけで、売るわけではないので、裁定取引*は極めて困難であることがすぐにわかるでしょう。その結果、ニューコイン(または金)で表される通貨バスケットの変動率は極めて低くなります。そして、これこそが、この新しい通貨単位の「外部通貨」の軸が貿易と投資に与える意図したプラスの影響なのです。明らかに、いくつかの主要な輸出商品は、グローバル・サウスによって金とニューコインのみで価格が決定され、ニューコインに対する「銀行の取り付け」や投機的な攻撃はさらに起こりにくくなります。
* 市場間、現物・先物の価格差で利益を得る取引(英辞郎)
時間の経過とともに、グローバル・ノースで金が過小評価されれば、輸出やニューコインと引き換えに、金は徐々に、あるいは急速に、グローバル・サウスに引き寄せられるでしょう。これは「外部貨幣」体制にとって悪い結果ではなく、準備通貨としてのニューコインの幅広い受容を加速させるでしょう。重要なのは、ニューコイン圏外では現物の金準備が有限であるため、不均衡は必然的に是正されるであろう、ということです。というのもグローバル・サウスが主要商品の純輸出国であるという状況はこの先も変わらないでしょうから。
今おっしゃったことには、貴重な情報が詰まっています。近い将来、全体を再検討して、あなたの考えに対する読者からの反応を議論すべきかもしれませんね。さて、マリナロシャ駅に到着したところで、そろそろ降りましょう!
S. Tzu: これからもよろしくお願いします。またの機会を楽しみにしています!
Moveable Multipolarity in Moscow: Ridin’ the ‘Newcoin’ Train
筆者:ペペ・エスコバー(Pepe Escobar)
出典:Strategic Culture
2023年3月10日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2023年3月29日

新しい通貨は、単なる決済単位ではなく、この先、資本や準備金を蓄える「外部通貨」になることができるはずだ。
旧繊維街のテクスティルシュチキから、至高主義・構成主義のギャラリーであるソコルニキ(マレーヴィチ*が住んでいる!)まで、そして豪華な鉄骨アーチのリジスカヤから130メートルのエスカレーターのあるマリーナ・ロッシャまで、モスクワ全体を71キロ、31駅で一周するビッグサークルライン(キリル文字ではBKL)(訳注:今年3月に開通したモスクワの地下鉄)の楽しさよ。
* カジミール・セヴェリーノヴィチ・マレーヴィチ。ウクライナ・ソ連の芸術家。特に画家として知られ、戦前に抽象絵画を手掛けた最初の人物である。 (ウィキペディア)
BKLはまるで多極性世界の首都(モスクワ)の、生きて、呼吸して、走っている比喩のようだ。アート、建築、歴史、都市デザイン、ハイテク交通、そしてもちろん、中国新シルクロードの友人たちの言葉を借りれば、「人と人との交流」がぎゅっと詰まっている。
ちなみに習近平主席は、21日にモスクワに来るプーチン大統領とBKLに乗る予定になっている。
だから、何十年もの経験を持つ、世界の金融市場のトップに立つ経験豊かな投資家が、世界の金融システムに関する重要な洞察を共有することに同意したとき、私がBKLに乗ることを提案し、彼がすぐにそれを受け入れたのも不思議なことではない。彼の名前はS.Tzu氏としておこう。以下は、私たちがBKLに乗りながら行った会話を最小限に編集したものである。
時間をお取りいただきありがとうございます。しかも、こんな素晴らしい場面設定です。現在の市場の乱高下を考えると、(市場動向を見つめる)画面から離れるのは大変なことでしょう。
S. Tzu: そうですね、現在、市場は非常に厳しい状況です。この数ヶ月は2007-8年のことを想起させますが、金融市場基金と サブプライムローンではなく、最近はパイプラインと国債市場が吹き飛んでいます。私たちは面白い時代に生きています。
あなたのお近づきにならせてもらった理由は、ゾルタン・ポザールが提唱した「ブレトン・ウッズ*3」の考え方について、あなたの見解を伺いたいと思ったからです。あなたは間違いなく、その最先端を走っていますね。
* ブレトン・ウッズ体制とは、第二次大戦後に米国を中心に作られた、為替相場安定の枠組み。金・ドル本位制による固定為替制度を取っていた。またブレトン・ウッズ2とは、1973年に固定為替制が廃止され、変動相場制に移行されたことを指す。
S. Tzu: ずばり本題に入っていただきました。新しいグローバルな金融秩序の出現を目の当たりにする機会は非常に少ないのですが、私たちはそのような機会を目にする一つの時代を生きているのです。1970年代以降でいうと、今から14年以上前に登場したのビットコインが、これから数年後に私たちが目にするものに近い衝撃を持っていたのかもしれません。ビットコインが登場した時期が偶然ではなかったように、現在の世界金融システムの地殻変動の条件は、何十年も前から醸成されていたのです。「この戦争が終わった後、『通貨』は二度と同じものにはならないないだろう...」というゾルタンの洞察の通り、今は金融秩序が変わる時期として完璧な時期のです。
「外部通貨」を理解する
ビットコインの話が出ましたね。当時は、これの何が画期的だったのでしょうか?
S. Tzu: 暗号の側面はちょっと置くとして、ビットコインの最初の成功が見込まれたこととその理由は、ビットコインが中央銀行の責任ではない「(ゾルタン氏の優れた用語を借りれば)外部」貨幣を作ろうとしたことがあったからでした。この新しい単位の大きな特徴のひとつは、採掘可能なコインを2100万枚に制限したことで、現行の体制の問題点を見抜くことができる人たちの心に響きました。今でこそそれほどでもないですが、近代的な通貨単位が中央銀行の後ろ盾なしに存在し、デジタル形式の事実上の「外部」貨幣となりうるという発想は、2008年当時としては画期的だったからです。言うまでもなく、ユーロ国債危機、量的緩和*、そして最近の世界的な悪性インフレは、多くの人が何十年も感じてきた不協和音を増幅させただけでした。現在の「(再びポツァール氏の上品な用語を用いれば)内部貨幣」体制の信頼性は、現在行われている中央銀行の準備金凍結や破壊的な経済制裁に至るずっと前に、破壊されてしまっていたのです。残念ながら、信頼に基づくシステムの信頼性を破壊するのに、中央銀行の保管口座にある外貨準備を凍結して没収することほど有効な方法はありません。ビットコイン誕生の背景にある認知的不協和が検証されたのです。「内部通貨」体制は2022年に完全に兵器化されました。その意味合いは深いです。
* 中央銀行が市場に供給する資金を増やすことで金融市場の安定や景気回復を図る措置のこと。
さて、いよいよ核心に入ってきています。ご存知のように、ゾルタン・ポツァールは次の段階で新しい「ブレトン・ウッズ3」体制が出現すると主張しています。それは一体どういう意味なのでしょうか。
S. Tzu: ポツァール氏が、現在の欧米の「内部通貨」体制を別のものに変えることを指しているのか、それとも現在の金融体制の外側に、代替案として「ブレトン・ウッズ3」の出現を示唆しているのか、私にもよくわかりません。ただ、政治的な意思の欠如や、以前から蓄積され、近年急激に増大した過剰な政府債務がありますから、現段階で欧米で「外部通貨」制度をまた繰り返しても成功することはあり得ないと私は確信しています。
現在の欧米の金融秩序が次の進化段階に移行する前に、これらの未払い債務の一部を実質的に削減する必要があります。歴史を振り返れば、その移行はデフォルト(債務不履行)かインフレ、あるいはその2つの組み合わせによって起こるのが普通です。可能性が高いと思われるのは、欧米諸国政府が金融抑圧政策に依存して、船を浮かせ(国を沈没・破綻させないように、の意)、債務問題に取り組もうとすることです。私は、「内部通貨」体制の管理を強化するための多くの取り組みが行われると予想していますが、それはおそらくますます不評を買うでしょう。例えば、CDBC*の導入もその一つでしょう。この点で、これからが大変な時代になることは間違いないでしょう。同時に、現在の「内部通貨」による世界金融秩序に対抗する、何らかの「外部通貨」体制が出現することも、現段階では避けられないと思われます。
* 中央銀行デジタル通貨あるいは中央銀行発行デジタル通貨は、中央銀行が発行したデジタル通貨の一種で、デジタル不換紙幣。現在のCBDCの概念はビットコインに直接触発された通貨管理に由来するが、CBDCは国家の中央銀行が中央集権的に発行する、という点で仮想通貨や暗号通貨とは異なる。(ウィキペディア)
それは、どうしてですか?
S. Tzu: 世界経済は、貿易、準備、投資のすべての必要性を、現在の兵器化した状態の「内部通貨」体制にもはや頼ることはできません。制裁と外貨準備の凍結が他国の政権を交代させるための新たな手段であるならば、世界中のすべての政府は、貿易と外貨準備のために別の国の通貨を使うという選択肢を考えているはずです。しかし、現在の欠陥だらけの国際金融秩序に代わるものは何なのか、それは明らかではありません。歴史を振り返ると、金本位制に還元できない「外部通貨」方式で成功した例はあまりありません。そして、金だけ、あるいは金と完全に交換可能な通貨だけでは、現代の通貨体制の基盤としてはあまりにも制約がありすぎるという多くの理由があります。
同時に、最近増えている現地通貨での貿易も、現地通貨が 「内部通貨」である以上、残念ながらその可能性は限られています。多くの国が、輸出の対価として他国の地域通貨(あるいは自国の通貨)を受け入れたくないという理由は明白です。その点では、マイケル・ハドソンに全面的に同意します。「内部通貨」はその国の中央銀行の負債であるため、その国の信用度が低ければ低いほど、投資可能な資本が必要となり、他国がその負債を保有することに抵抗が出てきます。IMFが要求する典型的な「構造改革」のセットが、例えば、借り手である政府の信用力の向上を目的としている理由のひとつはそこにあります。「外部通貨」 は、IMF と現在の「内部通貨」 金融体制の人質になっていると感じている国や政府によってこそ、ひどく必要とされているのです。
「ニューコイン」の導入
多くの専門家が「新通貨」の研究をしているようです。例えば、セルゲイ・グラジエフ。
S. Tzu: そうですね、最近の出版物でそのような示唆がありました。私はこれらの議論には関与していませんが、確かにこの代替体制がどのように機能するかを私も考えてきました。ポツァール氏の「内部通貨」と「外部通貨」という概念は、この議論において非常に重要な部分です。しかし、これらの用語の二元性は誤解を招きます。新しい貨幣単位(便宜上「ニューコイン」と呼ぶことにします)が解決すべき問題に対して、どちらの選択肢も完全に適切とは言えないからです。
説明させてください。現在の米ドル「内部通貨」体制の武器化と同時に制裁の激化により、世界は事実上「グローバル・サウス」と「グローバル・ノース」(「東」と「西」よりも少し正確な用語です)に分裂しているのです。ここで重要なのは、ポツァール氏がすぐに気づいたことですが、サプライチェーン(供給網)や商品もある程度武器化されつつあることです。友好国への外部委託の動きは今後も続きます。つまり、ニューコインの最優先事項は、北の通貨に頼らず、南半球内の貿易を促進することなのです。
もしそれだけが目的であれば、人民元や元を貿易に使う、ユーロやECU(ユーロの前身貨幣)、あるいは中央アフリカのCFAフランのような新しい共有通貨を作る、IMFのSDRのような参加地域通貨のバスケット*に基づく新しい通貨を作る、金にペッグ**する新しい通貨を作る、あるいは既存の地域通貨に金をペッグするなど、比較的単純な解決策が選択できたはずです。しかし、残念ながら、これらの方策がそれぞれ新たな問題を引き起こしている例は、歴史上いくらでもあります。
* 固定相場制の一つで、複数の貿易相手国の為替相場を一定水準に固定する制度
**金などを基準とした固定相場制のこと
もちろん、新しい通貨単位には、これら二つの可能性では対応しきれない別の目的が並行して存在します。例えば、すべての参加国は、新しい通貨が自国の主権を希薄にするのではなく、強化することを望んでいるはずです。次に、ユーロや以前の金本位制の課題は、「固定」為替レート、特に最初の「固定」が通貨圏の一部の国にとって最適でなかった場合の、より広い問題を示すことにありました。特に、最初の「固定」が通貨圏の一部の国にとって最適でなかった場合、問題は時間の経過とともに蓄積され、しばしば激しい切り下げによってレートが「再固定」されるまで続きます。参加国が通貨政策において主権を維持するためには、グローバル・サウス内部の相対的競争力を長期的に調整する柔軟性が必要です。また、商品のような変動しやすいものの価格決定単位になるのであれば、新しい通貨は「安定的」でなければならないでしょう。
最も重要なことは、新しい通貨は、単なる決済単位ではなく、将来的には資本と準備のための「外部通貨」貯蔵庫となる力をもたなければなりません。実際、私が新しい通貨単位が出現すると確信しているのは、妥協した「内部通貨」金融体制の外に、準備や投資のための実行可能な代替手段がない現状があるためです。
それで、こういったすべての問題を考慮して、どんな解決策を提案されますか?
S. Tzu:最初に明々白々なことを申し上げます。この問題を技術的に解決することは、ニューコイン圏への参加を希望する国々の間で政治的な合意形成に至るよりずっと簡単です。しかし、現在の必要性は急を要しているので、必要な政治的妥協点は、すぐに見つかると私は考えています。
ですので、まずは、ニューコインの技術的な設計図の一つを紹介させてください。まず、ニューコインは部分的に(少なくとも価値の40%を)金に裏打ちされるべきであると申し上げましょう。その理由は後でお分かりいただけるかと思います。ニューコインの残りの60%は、参加国の通貨バスケットで構成されることになります。金がこの仕組みにおける「外部通貨」としての軸となり、通貨バスケットの要素が参加国の主権と通貨の柔軟性を維持することを可能にするということです。そしてニューコインのために、中央銀行を設立する必要があるのは明らかです。というのもこの中央銀行から新しい貨幣が発行されることになるからです。この中央銀行は、通貨スワップ*の取引先となるとともに、この体制の決済機関の役目を果たし、規制をかけることもできます。どの国も、いくつかの条件を満たせば、自由にニューコインに参加することができます。
* 異なる通貨間の金利を交換する取引のこと
まず、ニューコインに参加しようとする国は、国内の保管場所に抵当権等が設定されていない金があることを証明し、対応する額のニューコインを受け取るのと引き換えに一定額の金を有していることを誓約する必要があります(この際に前述の40%の比率が適応されます)。この最初の取引は、ニューコインを裏打ちする「金プール」へ金を売却することにより、経済的等価性が保たれることになります。つまり、そのプールに裏打ちされたニューコインの比例額との交換になるということです。この取引の法的形式は実際にはあまり重要ではなく、発行されるニューコインが常に少なくとも40%の金で裏打ちされていることを保証するために必要なだけです。全部の参加国が十分な所有量が常に存在すると確認できるのであれば、各国の金所有量を公にする必要すらないのです。年に一度共同監査が行われ、監視体制が整備されれば十分でしょう。
第二に、ニューコインに参加しようとする国は、自国通貨による金価格の算定方法を確立する必要があります。おそらく、参加する貴金属取引所の1つが、それぞれの自国通貨で金の現物取引を開始することになるでしょう。これにより、各国の自国通貨の公正な相場が確立されることになります。「外部通貨」の仕組みが使えるので、長期的な調整が可能になるからです。ニューコイン参加前の各国の通貨における金価格は、新たに発行されるニューコインのバスケットにおいて高くなります。各国は主権を維持し、自国通貨をどれだけ放出するかは自由ですが、その放出量は、最終的にはニューコインの価値に占める自国通貨の割合で調整されることになります。同時に、ある国が中央銀行からニューコインを追加で入手できるのは、追加の金塊の誓約との引き替えに限られます。その結果、ニューコインの各参加国の金換算の価値は透明で公正なものとなり、ニューコインの価値も透明化されることになります。
最後に、中央銀行によるニューコインの放出や売却は、ニューコイン圏の外部にいる人が金と交換する場合にのみ許可されます。つまり、外部の人間が大量のニューコインを入手する方法は、現物の金と引き換えに受け取るか、提供した商品やサービスの対価として受け取るかの2つだけです。同時に、中央銀行は金と引き換えにニューコインを購入する義務を負わず、「*取り付け騒ぎ」のリスクも取り除かれることになります。
* 銀行が信頼を失い預金者が銀行から預金を引き出そうと殺到することにより生じる混乱
間違っていたら訂正してください。この提案では、ニューコイン圏内のすべての取引と、すべての外部取引の基準を金相場に固定するようです。この場合、ニューコインの安定性はどうなのでしょうか? 結局のところ、金は過去において(価格が)不安定でしたので。
S. Tzu: 例えば、金のドル価格が大幅に下落した場合、どのような影響があるのか、ということだと思います。この場合、ニューコインとドルの間に直接的な相互関係はなく、グローバル・サウスの中央銀行がニューコインと引き換えに金を買うだけで、売るわけではないので、裁定取引*は極めて困難であることがすぐにわかるでしょう。その結果、ニューコイン(または金)で表される通貨バスケットの変動率は極めて低くなります。そして、これこそが、この新しい通貨単位の「外部通貨」の軸が貿易と投資に与える意図したプラスの影響なのです。明らかに、いくつかの主要な輸出商品は、グローバル・サウスによって金とニューコインのみで価格が決定され、ニューコインに対する「銀行の取り付け」や投機的な攻撃はさらに起こりにくくなります。
* 市場間、現物・先物の価格差で利益を得る取引(英辞郎)
時間の経過とともに、グローバル・ノースで金が過小評価されれば、輸出やニューコインと引き換えに、金は徐々に、あるいは急速に、グローバル・サウスに引き寄せられるでしょう。これは「外部貨幣」体制にとって悪い結果ではなく、準備通貨としてのニューコインの幅広い受容を加速させるでしょう。重要なのは、ニューコイン圏外では現物の金準備が有限であるため、不均衡は必然的に是正されるであろう、ということです。というのもグローバル・サウスが主要商品の純輸出国であるという状況はこの先も変わらないでしょうから。
今おっしゃったことには、貴重な情報が詰まっています。近い将来、全体を再検討して、あなたの考えに対する読者からの反応を議論すべきかもしれませんね。さて、マリナロシャ駅に到着したところで、そろそろ降りましょう!
S. Tzu: これからもよろしくお願いします。またの機会を楽しみにしています!
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