ジョージアの「外国の工作員排除」法案廃案事件から、世界が冷戦時代に回帰している様が見える
<記事原文 寺島先生推薦>
Fyodor Lukyanov: Why is everyone looking for ‘foreign agents?'
The latest fashion is a sign that the pendulum is swinging back to the Cold War-era of separate blocs
フョードル・ルキャノフ:なぜ皆が「外国の工作員」を探しているのか?
最新の潮流が示しているのは、世界各国が、いくつかの集団に分かれていた冷戦時代への揺れ戻りつつあることだ。
筆者:フョードル・ルキャノフ(Fyodor Lukyanov)
「世界情勢におけるロシア」誌の編集長。外交及び防衛政策委員会幹部会議長。ヴァルダイ国際討論クラブの研究部長。
出典:RT
2023年3月17日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2023年3月29日

ジョージア政府及び外国の工作員に関するロシアの法律の採択に反対する抗議活動でプラカードを手にした抗議者たち。ブリュッセルの欧州議会近辺にて。2023年3月8日© Valeria Mongelli / AFP
ジョージアが今月(3月)上旬に新聞の見出しを飾ったのは、ジョージア政府が「外国の工作員」に関する法案を通過させようとしたことについてだった。この法案(実際には、法案は2つ存在していた)は、最終的には却下され、この件に関する政府の取り組みは当座のところ取りやめられることになった。この事象が普通でないのは、ジョージア政府が親露でも反西側でも全くないのに、突然に世界の報道機関からこれほどまで激しく蔑まれたことだ。
もちろん、今の世の中は、何でも白黒を付けたがる世の中だ。とはいえ、この事例は、より広い文脈から見た方がより興味深い。
「外国の工作員」という考え方は、第二次世界大戦前夜の米国で、敵国からのプロパガンダ(自分たちにとって都合のよい情報を広く流す行為)に対抗するために導入されたものだ。この古い考え方が、21世紀のいま復活している。最近まで、この「外国の工作員」という考え方は、ロシアと西側の論争で使われてきた。西側は、ロシア政府を非難し、この考え方を、公共の場から異論を唱える人々を排除するために利用しているとしていた。ロシア政府の主張は、市民には、外国からの資金が国内でどう使われているのかを知る権利があるというものだったが、西側からは、そのような主張は自由を制限することを正当化する口実に過ぎないと片付けられている。西側の主張では、「文明社会」は「政府から独立した組織から」資金提供を受ける権利があるというものだ。
この点において、今あちこちでますます頻繁に見受けられるようになった根本的な矛盾が存在する。その矛盾とは、NGOが国境を越えて資金提供を行うということが、良いことだとされるだけではなく、当たり前で必要なことであるという考え方だ。そしてこの考え方が、リベラル(自由)なグローバリゼーション(世界の一体化)の時代の産物であり特徴になっているのだ。 論理的に考えれば、この視点は、リベラルなグローバリゼーションという概念からすれば、自然とそこに帰結するものなのだ。その目的が、貿易面や経済面、さらには理想だが政治面における障壁を取り除き、世界単一の規制当局を創設することにあるとすれば、非政府組織が各国政府と結びつくことは全く許されないこととなるだろうし、世界規模の諸組織と可能な限り繋がらなければならなくなるだろう。

関連記事:マイダンとの共鳴:ジョージアには西側が資金提供している巨大なNGO勢力と暴力的な反政府運動がある。繋がりはあるのだろうか?
各国のNGOが世界規模の組織と繋がるべきだという考え方は、市民社会に関する古典的な定義とは矛盾する。その本質とは、まさにボトムアップ(下意上達)だからだ。つまり、各国の国内から動きが起こるべきだという考え方だ。しかし西側の考えによれば、トップダウン(上意下達)のやり方が是とされている。もちろん、そうするのが都合がいいときに限られているが。
5年前、米国は対外政策の中核に、大国間の敵対関係の復活を明記した。その政策は、それまでの冷戦終結後の時期に取られていた政策と一線を画すものであった。冷戦終結後には、この流れが今の西側の対外政策の本質になったのであるとすれば、全ての手段はその方向で講じられていて、以前唱えられていた、「金に国籍はない」や「情報は障壁なく伝えられるべきだ」といった方針は、新たな政策においては、もはや想定外となったのだ。
この20年間、社会・政治面においても、情報活動においても、各国家の間にはかなりの程度まで開かれた関係が確かに築かれてきた。その理由のひとつは、冷戦後に各国の大使館職員の数がどんどんと増やされたことにある。市民社会とのやり取りも含めて大使館の仕事範囲が拡大されていたからだ。しかし2018年を境に、外交官の数が大幅に減らされたのだ。そのことは、諸国間の関係が崩れたことと関係があるのだが、客観的根拠もある。それは大使館の仕事が昔に戻りつつあることだ。つまり、仕事範囲が狭まったために、そんなに多くの職員が必要なくなったのだ。
同じような現象が報道活動においても当てはまる。冷戦終結後は、報道活動は比較的自由に行うことが許されていた。しかし、この分野における風潮が変わり、情報活動業界において西側が有する情報源が世界を牛耳っている現状に疑問を唱える声が、西側以外のところからあがってきたのだ。
西欧や米国では、ロシアのニュース報道機関(中国の報道機関に対しても一定程度)に対して制限措置をとっている理由の説明として、ロシアと中国の報道機関は、国家が資金を出しているという事実をあげている事実をあげている。いっぽう西側の報道機関は、国所有の報道機関もあるが、多くが民間企業であるという説明だ。

関連記事:西側は「地獄からの制裁」によりロシア経済は崩壊すると考えていた。その目論見が外れた理由とは?
西側によるこの言い分(すべてに当てはまるわけでは全くないが)が正しいとしても、近代の西側諸国の社会・政治構造においても、国家と非国家組織が密接に絡み合っていることは事実だ。したがって、今の西側の構造においては、公的には政府から独立しているとされている組織が国家の意を受けた活動に従事することもありえるのだ。逆もありえるが、そうなることは極めて稀だ。
そうかもしれないが、これまでの経済や政治におけるグローバリゼーションの形から逸脱すれば、社会に近づこうとする古いやり方はもはや維持できないことになる。 そしてこのような古い形は、もはや、ロシアと西側のあいだの問題の原因になっていない。というのも、当初ロシアは可能な限り自国を外に向け、西側社会と統合しようという期待を持っていたが、その後そのような目的を考え直し、そのような方向性から手を引いたという歴史があるからだ。そのような外に開こうという方向性は、1990年代から2000年代にかけて急速にロシアに根を下ろしてはいたのだが。
中国を例に取れば、経済面に関しては世界の国々との結合を深めてはいるが、社会・政治面を、外国勢力に差し出すことは決してなかった。しかし「誰が誰に、どこから資金を出しているのか」という縛りが急速に強められていることが、世界のどの国においても共通の懸念になっている。そしてそれは、その国の政体がどうであるかは関係ない。
異論を唱える人が全て外国の工作員であると決めつけてしまう今の新たな状況は危険だろうか? 間違いなくその答えは、「そう」だ。どの国の政府も同じ本能に駆り立てられている。残念なことに、この新たな現状は、「開かれている」というこれまでの時代を受けた避けられない到着点なのだ。いまや振り子はゆり戻され、冷戦期のような真逆の方向に逆戻りしている。
Fyodor Lukyanov: Why is everyone looking for ‘foreign agents?'
The latest fashion is a sign that the pendulum is swinging back to the Cold War-era of separate blocs
フョードル・ルキャノフ:なぜ皆が「外国の工作員」を探しているのか?
最新の潮流が示しているのは、世界各国が、いくつかの集団に分かれていた冷戦時代への揺れ戻りつつあることだ。
筆者:フョードル・ルキャノフ(Fyodor Lukyanov)
「世界情勢におけるロシア」誌の編集長。外交及び防衛政策委員会幹部会議長。ヴァルダイ国際討論クラブの研究部長。
出典:RT
2023年3月17日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2023年3月29日

ジョージア政府及び外国の工作員に関するロシアの法律の採択に反対する抗議活動でプラカードを手にした抗議者たち。ブリュッセルの欧州議会近辺にて。2023年3月8日© Valeria Mongelli / AFP
ジョージアが今月(3月)上旬に新聞の見出しを飾ったのは、ジョージア政府が「外国の工作員」に関する法案を通過させようとしたことについてだった。この法案(実際には、法案は2つ存在していた)は、最終的には却下され、この件に関する政府の取り組みは当座のところ取りやめられることになった。この事象が普通でないのは、ジョージア政府が親露でも反西側でも全くないのに、突然に世界の報道機関からこれほどまで激しく蔑まれたことだ。
もちろん、今の世の中は、何でも白黒を付けたがる世の中だ。とはいえ、この事例は、より広い文脈から見た方がより興味深い。
「外国の工作員」という考え方は、第二次世界大戦前夜の米国で、敵国からのプロパガンダ(自分たちにとって都合のよい情報を広く流す行為)に対抗するために導入されたものだ。この古い考え方が、21世紀のいま復活している。最近まで、この「外国の工作員」という考え方は、ロシアと西側の論争で使われてきた。西側は、ロシア政府を非難し、この考え方を、公共の場から異論を唱える人々を排除するために利用しているとしていた。ロシア政府の主張は、市民には、外国からの資金が国内でどう使われているのかを知る権利があるというものだったが、西側からは、そのような主張は自由を制限することを正当化する口実に過ぎないと片付けられている。西側の主張では、「文明社会」は「政府から独立した組織から」資金提供を受ける権利があるというものだ。
この点において、今あちこちでますます頻繁に見受けられるようになった根本的な矛盾が存在する。その矛盾とは、NGOが国境を越えて資金提供を行うということが、良いことだとされるだけではなく、当たり前で必要なことであるという考え方だ。そしてこの考え方が、リベラル(自由)なグローバリゼーション(世界の一体化)の時代の産物であり特徴になっているのだ。 論理的に考えれば、この視点は、リベラルなグローバリゼーションという概念からすれば、自然とそこに帰結するものなのだ。その目的が、貿易面や経済面、さらには理想だが政治面における障壁を取り除き、世界単一の規制当局を創設することにあるとすれば、非政府組織が各国政府と結びつくことは全く許されないこととなるだろうし、世界規模の諸組織と可能な限り繋がらなければならなくなるだろう。

関連記事:マイダンとの共鳴:ジョージアには西側が資金提供している巨大なNGO勢力と暴力的な反政府運動がある。繋がりはあるのだろうか?
各国のNGOが世界規模の組織と繋がるべきだという考え方は、市民社会に関する古典的な定義とは矛盾する。その本質とは、まさにボトムアップ(下意上達)だからだ。つまり、各国の国内から動きが起こるべきだという考え方だ。しかし西側の考えによれば、トップダウン(上意下達)のやり方が是とされている。もちろん、そうするのが都合がいいときに限られているが。
5年前、米国は対外政策の中核に、大国間の敵対関係の復活を明記した。その政策は、それまでの冷戦終結後の時期に取られていた政策と一線を画すものであった。冷戦終結後には、この流れが今の西側の対外政策の本質になったのであるとすれば、全ての手段はその方向で講じられていて、以前唱えられていた、「金に国籍はない」や「情報は障壁なく伝えられるべきだ」といった方針は、新たな政策においては、もはや想定外となったのだ。
この20年間、社会・政治面においても、情報活動においても、各国家の間にはかなりの程度まで開かれた関係が確かに築かれてきた。その理由のひとつは、冷戦後に各国の大使館職員の数がどんどんと増やされたことにある。市民社会とのやり取りも含めて大使館の仕事範囲が拡大されていたからだ。しかし2018年を境に、外交官の数が大幅に減らされたのだ。そのことは、諸国間の関係が崩れたことと関係があるのだが、客観的根拠もある。それは大使館の仕事が昔に戻りつつあることだ。つまり、仕事範囲が狭まったために、そんなに多くの職員が必要なくなったのだ。
同じような現象が報道活動においても当てはまる。冷戦終結後は、報道活動は比較的自由に行うことが許されていた。しかし、この分野における風潮が変わり、情報活動業界において西側が有する情報源が世界を牛耳っている現状に疑問を唱える声が、西側以外のところからあがってきたのだ。
西欧や米国では、ロシアのニュース報道機関(中国の報道機関に対しても一定程度)に対して制限措置をとっている理由の説明として、ロシアと中国の報道機関は、国家が資金を出しているという事実をあげている事実をあげている。いっぽう西側の報道機関は、国所有の報道機関もあるが、多くが民間企業であるという説明だ。

関連記事:西側は「地獄からの制裁」によりロシア経済は崩壊すると考えていた。その目論見が外れた理由とは?
西側によるこの言い分(すべてに当てはまるわけでは全くないが)が正しいとしても、近代の西側諸国の社会・政治構造においても、国家と非国家組織が密接に絡み合っていることは事実だ。したがって、今の西側の構造においては、公的には政府から独立しているとされている組織が国家の意を受けた活動に従事することもありえるのだ。逆もありえるが、そうなることは極めて稀だ。
そうかもしれないが、これまでの経済や政治におけるグローバリゼーションの形から逸脱すれば、社会に近づこうとする古いやり方はもはや維持できないことになる。 そしてこのような古い形は、もはや、ロシアと西側のあいだの問題の原因になっていない。というのも、当初ロシアは可能な限り自国を外に向け、西側社会と統合しようという期待を持っていたが、その後そのような目的を考え直し、そのような方向性から手を引いたという歴史があるからだ。そのような外に開こうという方向性は、1990年代から2000年代にかけて急速にロシアに根を下ろしてはいたのだが。
中国を例に取れば、経済面に関しては世界の国々との結合を深めてはいるが、社会・政治面を、外国勢力に差し出すことは決してなかった。しかし「誰が誰に、どこから資金を出しているのか」という縛りが急速に強められていることが、世界のどの国においても共通の懸念になっている。そしてそれは、その国の政体がどうであるかは関係ない。
異論を唱える人が全て外国の工作員であると決めつけてしまう今の新たな状況は危険だろうか? 間違いなくその答えは、「そう」だ。どの国の政府も同じ本能に駆り立てられている。残念なことに、この新たな現状は、「開かれている」というこれまでの時代を受けた避けられない到着点なのだ。いまや振り子はゆり戻され、冷戦期のような真逆の方向に逆戻りしている。
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