ウクライナでは徴兵のやり方に対する反発が高まっている。
<記事原文 寺島先生推薦>
Ukraine: The Growing Backlash against the Methods of Conscription
筆者:ペトロ・ラブレーニン(Petr Lavrenin)
出典: INTERNATIONALIST 360°
2023年3月12日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2023年3月19日

最近戦死した同僚兵士の墓に花を供えるウクライナ兵。ウクライナのハルキウでの国防記念日に。© AP Photo/Francisco Seco
ウクライナの総動員の方法が醜聞にまみれているが、その背景にはウクライナ当局にとって新兵の徴兵がますます困難になっている状況がある。
昨年度、軍への徴兵がロシアでもウクライナでも問題になっていた。ただ、両国でのその困難の規模は完全に違っていた。ロシアでは、徴兵は部分的で、徴兵に要した期間はほぼ1ヶ月強で済み、国民の30万人程度に関わるものであったことが公式発表でわかる。さらにその徴兵された人々の多くは従軍経験があった。いっぽうウクライナでは全く異なる様相を見せていた。
キエフ当局の主張によれば、一般的な徴兵は1年以上かけて行われているという。この期間に軍に集められた人々の正確な数ははっきりとはわからないが、この徴兵方法にはいろいろと醜聞があった。
徴兵を知らせるチラシを配布するときに、警察官が力づくで人々を不法に徴兵局に連れ込んだ事例が複数回あり、国民からの不満の声が上がっている。しかしウクライナ当局には徴兵を中断する意図は明らかにない。というのも、戦争の前線が非常に厳しい状況に置かれている箇所がいくつかあるからだ。
ウクライナ軍 (AFU)は アルテーミウシク(バフムト)周辺の要塞の支配権を失いつつあり、大量の戦死者を出しているとガーディアン紙などの報道機関が報じている。一方でウクライナ側は、現在も兵の召集を続けており、適切な訓練も与えないままで人々を戦場に送り込んでいる。
徴兵方法の許容範囲
ウクライナの国内法によれば、もし召喚状が渡される個人の情報が特定されているならば、軍役への召喚は路上においてのみ認められている。さらに軍の徴兵関係者が民間人を引き留めることも違法とされている。その理由は徴兵関係者が警察ではなく、徴集兵は犯罪者ではないからだ。しかし、現在ウクライナで行われている徴兵方法は、まさにそのようなやり方なのだ。
徴兵年齢にある男性たちが捕らえられ、軍の徴兵係が必死に召喚状を配る動画、中には力ずくで召喚状を渡している場面もある動画がソーシャル・メディア上で常に出回っている。
中でもオデッサはこの点で特に目立つ地域だ。例えば、軍徴兵係が救急車に乗って街中を移動している姿が目撃された。軍人として適齢期にある男性たちに出くわすと、救急車を止め、召喚状を手渡し、救急車に乗せていた。その模様がソーシャル・メディア上に上がったことで、当該地方の徴兵係は状況説明せざるを得なくなり、救急車をあてがわれたので徴兵の仕事に利用したと主張した。
オデッサ在住の男性たちが路上で拘束され、むりやり徴兵局に連行されることも複数回あった。中には徴兵召喚状を渡されていないことまであった。
これまでかなりの長期にわたり、ウクライナ軍の南部司令官は、軍の徴兵係が法律を無視した強制的な手段を取っていることを黙認してきた。しかし2月14日、軍の徴兵局の職員が力ずくで1人の男性を確保する動画が発表された。そこで軍は、醜聞の拡散を避けるために素早く対応し、国民に対して、この件に関係していた職員は「不適切な」振る舞いのため懲罰を受けることになり、さらにこの件の捜査が行われることになると明言した。
オデッサでのこれらの出来事は、ウクライナ国内で行われている徴兵方法についてより大きな問題を浮き彫りにし、当局が取っているこの方法に疑念を投げかけている。力ずくであったり、詐欺のような手口であったりすることが普通になってきている。例えば、召喚状が公的機関の職員により配布されることも頻発しており、市内の住民たちが自宅の郵便受けの中で召喚状を見つけることもある。これらの行為も法律違反だ。しかし軍の徴兵係は、このようなやり方は正当であると考えている。
そのような現状になっていることは理解できる。ウクライナ軍の国中の予備兵の数と徴兵局の数の不足は深刻で、ウクライナ軍は何としてでもその補填を成し遂げようとしている様子がうかがえるからだ。しかし、そのような徴兵方法に対する国民からの不満の声が高まっているため、徴兵すること自体が危機にあるだけではなく、ウクライナ当局に対する国民からの信頼も揺るぎ始めている。
ボグダン・ポティトさん事件が特に世間からの注目を集めた。テルノポル在住の33歳のポティトさんは、1月の終わりにバス停で召喚状を手渡され、軍事訓練を全く受けずにアルチェモフスクの前線に送られ、そのほんの数日後に戦死した。
急展開
この事件を受け、国民からの不満の声は高まり続け、政府当局や国防省がすぐに声明を出さざるを得なくなった。そして、評判の悪いオデッサの徴兵係たちは、自分たちの仕事の様子を動画に収めざるを得なくなった。 南部作戦司令部共同調整報道部のナタリア・グメニュク部長はこう明言しなければならなくなった。「徴兵係のグループにはどこにも[カメラが]装着されています。そのような取り組みをしています。これは強制的な措置ではありませんが、徴兵方法が不法なものになる可能性に懸念して、カメラを装備させることにしたのです」と。
同時に、議員たちがウクライナ軍の徴兵担当の代表者たちを呼び出し、国民から懸念の声が上がっていた事象について調査するよう命じた。 特筆すべき点は、国会議員たちがこのような状況にやっと気づいたのは、国会議員の1人が街中で召喚状を手渡された事象が起きた後だったということだ。この事例を受けて、国会内の国家安全保障・防衛・情報委員会のヒョードル・ベレニスラフスキー委員は議会で、現在のいくつかの徴兵方法については、「遺憾である」と述べた。
同議員がこの発言後に約束したのは、まだ実行はされていないが、今後「徴兵局員ができることとできないことを明記したはっきりとした基準が作られるような提言」が行わるというものだった。アナ・マルヤー国防省副長官が自身のテレグラム・チャンネルにこんな投稿をしている。すなわち、国民からの不満の声を受けて、国防省も軍徴兵局の活動を改善する意図がある、と。
現在「国民の僕(しもべ)」党のゲオロギー・マズラーシュ副党首は、或る法案を提案している。その法律は、従軍経験のない新兵に対して少なくとも3ヶ月間の訓練期間を保障するものだ。
しかしこの法案の草案の成立がうまく進むかどうか、そしてもっと重要なことは、一般のウクライナ国民がこの法案をどう見るかは不明であり、この先何か良好な変化が起こるかどうかは不透明だ。
徴兵活動は激しさを増している
政府の公式説明とは違い、ウクライナの徴兵活動は激しさを増しており、必要が生じれば、より多くの国民の動員が促進される可能性があるとウクライナ国防省の顧問ユリー・サック氏がブルームバーグ紙の取材に答えている。「我が国には十分な予備兵がいます。言うまでもないことですが、必要とあれば、もっと多くの動員を行う用意があります」と同氏は「ウクライナには戦争を継続する十分な兵士があるか?」という問いに答えた。
同時に、徴兵適齢にある男性たちが前線に行かずにすむことはほとんどない。ウクライナ国防省が最近明らかにした、徴兵から逃れられる正当な理由の一覧は以下の通りだ。それは、独力で移動できないような病気がある人、病気の親戚の介護をする人、刑事訴訟中の人、近しい親類が亡くなった人だ。自分が兵役を免れられることを証明したい人は、関連文書を提出しないといけない。軍の徴兵局に出頭しない人は、行政責任、そして(場合によっては)刑事責任が問われることすらある。
徴兵を回避する別の法的手段は、徴兵の一次猶予措置を受けることだ。しかし、ここ数ヶ月、多くの起業家が不平を述べている内容は、この一次猶予措置には欠点があるという点だ。専門的な職業人が、兵役の延期を許可されることはますます困難になっている。一覧表に挙げられた全ての人が猶予措置を受けられるわけではなく、それ以外の労働者たちも召喚状を手渡される危険がある。起業家たちが恐れているのは、雇用者の個人情報を軍に提供させられることだ。さらに多くの組織は、「戦略的な」基準から外れているとされて、自社の職員たちの徴兵への猶予を受けることができなくなっている。
春に十分な労働者を確保するために、農産業の起業家たちは、農業専門家たちの徴兵の猶予措置を受けようと既に動いている。健常者のほとんどが徴兵されてしまえば、農産業に従事する労働者は不足してしまう。そのため、起業家たちは不測の事態に備えようと、前もって準備しているのだ。特に、地方に住む多くの人々にとっては、予備的な猶予期間が切れつつある。この微妙な問題を巡っては官僚や当該職員の警戒心があるので、猶予リストが農業事業者の首脳部の手に渡るのは、何とか秋ごろまでに、ということになるのかもしれない。秋は穀物の収穫作業があるからだ。今のところ、春に、誰が種まきをするのかについてはわからないままだ。
ウクライナの農民たちにとっては、この件は大きな闘いだ。ウクライナ農民および民間地主協会のビクトル・ゴンチャレンコ協会長によると、農民たちが懸念しているのは、だれがトラクターや複式刈り取り機を動かすのかという点だという。というのも、小規模農家は徴兵適齢期にある男性を多く雇用しているからだ。「これ以上徴兵の猶予措置は求めません。これまで前線に送られた運転手は一人だけです。召喚状に関する問題はありませんでした。我が社が問題を起こすようなことはしたくないのです」とガソリンスタンドの所有者であるドミトリー・リューシキンさんは語っていた。ガソリンスタンドというのは、燃料とエネルギー部門であるため、特権があり、必要な業務員の5割以上について、軍からの徴兵猶予措置を要求することができる。しかしこのガソリンスタンドの所有者は、徴兵猶予措置を要求しない方を選んでいる。
ますます多くの業界が同じような方法を選び、公的な猶予措置者の一覧に記載されることを拒んでいる。チェルカースィ地方の或る企業の社長が、ウクライナのオンライン報道機関Stra.na社に、匿名を条件に以下のような話をしている。「隣接する業界でよく見られていることなのですが、従業員の半数が徴兵からの猶予措置を受け取り、残りの従業員が徴兵召喚状を受け取っています。それは、猶予の決定が知らされる前か、知らされた直後です。猶予措置が受けられなかった人たちは、即座に召喚状を受け取りました。そのため、私たちは口をつぐんで、猶予措置を求める一覧を出さないことにしたのです。」と。
徴兵猶予に関わる問題については、ウクライナもロシアも徴兵に関してもっていた共通の課題だった。ロシアが部分的動員に着手した際、報道機関が繰り返し報じていた醜聞は、徴兵される対象ではない人々も徴兵されていた件についてだった。
しかし間違いを正す努力も為されていた。例えば、セントペテルブルクの二人の息子の保護者であるシングルファザーが動員された話については、ロシアじゅうで広く話題になった。さらにロシア市民たちは、猶予の条件があったにも関わらず動員されることも多かった。しかしそのような事例の大多数については、当該地方の知事たちがそのような問題の解決に当たった結果、不法な動員は取り消された。
心理面での支援
ウクライナは徴兵をひどく必要としているが、徴兵適齢期にある人々の熱意が減退していることは当局も承知している。グメニュク氏は、召喚状を受け取ってしまうと、すぐに前線に送られるという言説を「喧伝行為を行う情報源」が世界に対して拡散していると非難した。「これは完全に真実ではありません」と彼女は主張している。
国民を安心させるために呼びかけられた同氏の言葉だけでは、ウクライナ国民の感情を鎮め、徴兵に対する反発が起こっている現状を抑えることは到底できないだろう。戦況の悪化や徴兵に関する醜聞の蔓延を背景として、ウクライナ社会は不安が高まっている。2月中旬、世界保健機関(WHO)の欧州事務局が出した推定値によれば、960万人のウクライナ国民が中程度あるいは重傷の精神異常に苦しむ可能性があるとしていた。
この報告書は、WHOが世界を対象に調査した推定値によると、この10年間で戦闘地域に住んでいた人の22%が、軽い鬱や軽い不安状態から精神病まで、何らかの精神異常を発症したことを記している。さらに、ほぼ10人に1人(9%)が中程度あるいは重傷の精神異常に苦しんでいるという。
「これらの数値をウクライナ国民の人口に当てはめれば、既に960万人が精神障害を発症していることになります。うち390万人の症状は中程度か重い症状でしょう」とWHOは発表している。この情報をもとに、WHOは、戦時中および戦後のウクライナ国民に対する心理的支援活動計画の開発を支援した。
これらの統計結果からは、戦争がウクライナ社会に及ぼしている被害がいかほどのものかや、戦闘行為が終結した後ウクライナ社会はどうなるかについて疑念が生じる。戦争が終われば、社会の団結は弱まり、その後の数ヶ月間、あるいは数年間、感情的なストレス状態が続くから、だ。
2022年8月、保健省は、戦争後に精神障害に苦しむウクライナ国民の推定概数を発表した。当時のビクトル・リャーシコ保健相の予見では、1500万人の国民が影響を受けるだろうとのことだった。「私たちは既にこの戦争の結果生じる精神障害に苦しむ人々の総数を予見しています。それは1500万人強になるでしょう。この数は少なくとも心理的な支援が必要な人の数です」と同省は述べていた。
軽い鬱症状については、他人に対する危険にはならず、患者自身の問題ですむが、さらに深刻な状況を生む精神障害も存在する。心的外傷後ストレス障害(PTSD)についていえば、国際機関の調べでは元従軍兵の5割から8割が発症しているとのことであるが、このPTSDは自傷行為や他人を傷つける行為の原因となる可能性がある。さらに、職場や人間関係における問題の原因となる可能性があり、攻撃的な態度を取ることもしばしばある。
PTSDの事例が、武器の使い方を知っている兵たちの間で広がっていることやウクライナの「闇市場」で武器が広く出回っていることから考えれば、戦争とその後始末の問題が、社会にとって深刻な危険となっているといえる。そして、戦闘に参加した従軍兵の5割がPTSDを発症している事実から考えれば、この戦争が終わる頃には、少なくとも25万人のウクライナ国民がPTSDを発症している状況が考えられる。しかもこの数は過小に見積もられた数値であると十分考えられる。
もちろんこの問題はロシアにとっても同じことだ。12月にウラジミール・プーチン大統領が指摘していたのは、ロシア国内の15%の人々に心理的な支援が必要であり、若年層においてはその数値は35%に上るということだった。3月、同大統領が政府に、国民、特に難民と従軍者たち対する心理的支援の提供を改善するよう指示を出している。
未だに不明なのは、ウクライナ軍は近い将来どれくらいの人々を徴兵する計画を立てているかだ。しかしここ2ヶ月で、約3万人の兵士が訓練のために西欧に派遣されている。これらの人々のほとんどは、以前従軍経験のない人々で、西側の軍事装置の訓練を受ける必要がある。これら訓練を受ける人々に加えて、前線での戦死者を緊急に補填する兵たちや実際の戦闘地域外で補助作業をする人員も必要とされるので、徴兵数は劇的に多くなる可能性もある。
今のところ、市民からの突き上げによってウクライナの総動員の方法に何らかの変化が起こる兆候はない。ここまで約100万人の男性が徴兵されてきたウクライナで、武器を取ることを望んでいない国民たちが、軍の徴兵係たちが行っている不法行為をソーシャル・メディア上で強調したり、当局を批判したりすること以外の動きは見せていない。しかし、より温暖な季節が始まるにつれ、双方の戦闘が急進化することは避けられず、そうなれば戦死者も増え、必要となる兵士の数も増えるだろう。ウクライナがやむを得ず徴兵対象者の枠を広げ、これまでは対象外だった健康に問題がある人々の徴兵や、職業上の理由や家族環境の困難さによる徴兵の猶予なども考慮されなくなるのは時間の問題だ。もちろん、同様のことが最終的にはロシアでも起こることはあり得るのだが。
筆者のペトロ・ラフレーニンは、オデッサ出身の政治記者。専門はウクライナと旧ソ連。
Ukraine: The Growing Backlash against the Methods of Conscription
筆者:ペトロ・ラブレーニン(Petr Lavrenin)
出典: INTERNATIONALIST 360°
2023年3月12日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2023年3月19日

最近戦死した同僚兵士の墓に花を供えるウクライナ兵。ウクライナのハルキウでの国防記念日に。© AP Photo/Francisco Seco
ウクライナの総動員の方法が醜聞にまみれているが、その背景にはウクライナ当局にとって新兵の徴兵がますます困難になっている状況がある。
昨年度、軍への徴兵がロシアでもウクライナでも問題になっていた。ただ、両国でのその困難の規模は完全に違っていた。ロシアでは、徴兵は部分的で、徴兵に要した期間はほぼ1ヶ月強で済み、国民の30万人程度に関わるものであったことが公式発表でわかる。さらにその徴兵された人々の多くは従軍経験があった。いっぽうウクライナでは全く異なる様相を見せていた。
キエフ当局の主張によれば、一般的な徴兵は1年以上かけて行われているという。この期間に軍に集められた人々の正確な数ははっきりとはわからないが、この徴兵方法にはいろいろと醜聞があった。
徴兵を知らせるチラシを配布するときに、警察官が力づくで人々を不法に徴兵局に連れ込んだ事例が複数回あり、国民からの不満の声が上がっている。しかしウクライナ当局には徴兵を中断する意図は明らかにない。というのも、戦争の前線が非常に厳しい状況に置かれている箇所がいくつかあるからだ。
ウクライナ軍 (AFU)は アルテーミウシク(バフムト)周辺の要塞の支配権を失いつつあり、大量の戦死者を出しているとガーディアン紙などの報道機関が報じている。一方でウクライナ側は、現在も兵の召集を続けており、適切な訓練も与えないままで人々を戦場に送り込んでいる。
徴兵方法の許容範囲
ウクライナの国内法によれば、もし召喚状が渡される個人の情報が特定されているならば、軍役への召喚は路上においてのみ認められている。さらに軍の徴兵関係者が民間人を引き留めることも違法とされている。その理由は徴兵関係者が警察ではなく、徴集兵は犯罪者ではないからだ。しかし、現在ウクライナで行われている徴兵方法は、まさにそのようなやり方なのだ。
徴兵年齢にある男性たちが捕らえられ、軍の徴兵係が必死に召喚状を配る動画、中には力ずくで召喚状を渡している場面もある動画がソーシャル・メディア上で常に出回っている。
中でもオデッサはこの点で特に目立つ地域だ。例えば、軍徴兵係が救急車に乗って街中を移動している姿が目撃された。軍人として適齢期にある男性たちに出くわすと、救急車を止め、召喚状を手渡し、救急車に乗せていた。その模様がソーシャル・メディア上に上がったことで、当該地方の徴兵係は状況説明せざるを得なくなり、救急車をあてがわれたので徴兵の仕事に利用したと主張した。
オデッサ在住の男性たちが路上で拘束され、むりやり徴兵局に連行されることも複数回あった。中には徴兵召喚状を渡されていないことまであった。
これまでかなりの長期にわたり、ウクライナ軍の南部司令官は、軍の徴兵係が法律を無視した強制的な手段を取っていることを黙認してきた。しかし2月14日、軍の徴兵局の職員が力ずくで1人の男性を確保する動画が発表された。そこで軍は、醜聞の拡散を避けるために素早く対応し、国民に対して、この件に関係していた職員は「不適切な」振る舞いのため懲罰を受けることになり、さらにこの件の捜査が行われることになると明言した。
オデッサでのこれらの出来事は、ウクライナ国内で行われている徴兵方法についてより大きな問題を浮き彫りにし、当局が取っているこの方法に疑念を投げかけている。力ずくであったり、詐欺のような手口であったりすることが普通になってきている。例えば、召喚状が公的機関の職員により配布されることも頻発しており、市内の住民たちが自宅の郵便受けの中で召喚状を見つけることもある。これらの行為も法律違反だ。しかし軍の徴兵係は、このようなやり方は正当であると考えている。
そのような現状になっていることは理解できる。ウクライナ軍の国中の予備兵の数と徴兵局の数の不足は深刻で、ウクライナ軍は何としてでもその補填を成し遂げようとしている様子がうかがえるからだ。しかし、そのような徴兵方法に対する国民からの不満の声が高まっているため、徴兵すること自体が危機にあるだけではなく、ウクライナ当局に対する国民からの信頼も揺るぎ始めている。
ボグダン・ポティトさん事件が特に世間からの注目を集めた。テルノポル在住の33歳のポティトさんは、1月の終わりにバス停で召喚状を手渡され、軍事訓練を全く受けずにアルチェモフスクの前線に送られ、そのほんの数日後に戦死した。
急展開
この事件を受け、国民からの不満の声は高まり続け、政府当局や国防省がすぐに声明を出さざるを得なくなった。そして、評判の悪いオデッサの徴兵係たちは、自分たちの仕事の様子を動画に収めざるを得なくなった。 南部作戦司令部共同調整報道部のナタリア・グメニュク部長はこう明言しなければならなくなった。「徴兵係のグループにはどこにも[カメラが]装着されています。そのような取り組みをしています。これは強制的な措置ではありませんが、徴兵方法が不法なものになる可能性に懸念して、カメラを装備させることにしたのです」と。
同時に、議員たちがウクライナ軍の徴兵担当の代表者たちを呼び出し、国民から懸念の声が上がっていた事象について調査するよう命じた。 特筆すべき点は、国会議員たちがこのような状況にやっと気づいたのは、国会議員の1人が街中で召喚状を手渡された事象が起きた後だったということだ。この事例を受けて、国会内の国家安全保障・防衛・情報委員会のヒョードル・ベレニスラフスキー委員は議会で、現在のいくつかの徴兵方法については、「遺憾である」と述べた。
同議員がこの発言後に約束したのは、まだ実行はされていないが、今後「徴兵局員ができることとできないことを明記したはっきりとした基準が作られるような提言」が行わるというものだった。アナ・マルヤー国防省副長官が自身のテレグラム・チャンネルにこんな投稿をしている。すなわち、国民からの不満の声を受けて、国防省も軍徴兵局の活動を改善する意図がある、と。
現在「国民の僕(しもべ)」党のゲオロギー・マズラーシュ副党首は、或る法案を提案している。その法律は、従軍経験のない新兵に対して少なくとも3ヶ月間の訓練期間を保障するものだ。
しかしこの法案の草案の成立がうまく進むかどうか、そしてもっと重要なことは、一般のウクライナ国民がこの法案をどう見るかは不明であり、この先何か良好な変化が起こるかどうかは不透明だ。
徴兵活動は激しさを増している
政府の公式説明とは違い、ウクライナの徴兵活動は激しさを増しており、必要が生じれば、より多くの国民の動員が促進される可能性があるとウクライナ国防省の顧問ユリー・サック氏がブルームバーグ紙の取材に答えている。「我が国には十分な予備兵がいます。言うまでもないことですが、必要とあれば、もっと多くの動員を行う用意があります」と同氏は「ウクライナには戦争を継続する十分な兵士があるか?」という問いに答えた。
同時に、徴兵適齢にある男性たちが前線に行かずにすむことはほとんどない。ウクライナ国防省が最近明らかにした、徴兵から逃れられる正当な理由の一覧は以下の通りだ。それは、独力で移動できないような病気がある人、病気の親戚の介護をする人、刑事訴訟中の人、近しい親類が亡くなった人だ。自分が兵役を免れられることを証明したい人は、関連文書を提出しないといけない。軍の徴兵局に出頭しない人は、行政責任、そして(場合によっては)刑事責任が問われることすらある。
徴兵を回避する別の法的手段は、徴兵の一次猶予措置を受けることだ。しかし、ここ数ヶ月、多くの起業家が不平を述べている内容は、この一次猶予措置には欠点があるという点だ。専門的な職業人が、兵役の延期を許可されることはますます困難になっている。一覧表に挙げられた全ての人が猶予措置を受けられるわけではなく、それ以外の労働者たちも召喚状を手渡される危険がある。起業家たちが恐れているのは、雇用者の個人情報を軍に提供させられることだ。さらに多くの組織は、「戦略的な」基準から外れているとされて、自社の職員たちの徴兵への猶予を受けることができなくなっている。
春に十分な労働者を確保するために、農産業の起業家たちは、農業専門家たちの徴兵の猶予措置を受けようと既に動いている。健常者のほとんどが徴兵されてしまえば、農産業に従事する労働者は不足してしまう。そのため、起業家たちは不測の事態に備えようと、前もって準備しているのだ。特に、地方に住む多くの人々にとっては、予備的な猶予期間が切れつつある。この微妙な問題を巡っては官僚や当該職員の警戒心があるので、猶予リストが農業事業者の首脳部の手に渡るのは、何とか秋ごろまでに、ということになるのかもしれない。秋は穀物の収穫作業があるからだ。今のところ、春に、誰が種まきをするのかについてはわからないままだ。
ウクライナの農民たちにとっては、この件は大きな闘いだ。ウクライナ農民および民間地主協会のビクトル・ゴンチャレンコ協会長によると、農民たちが懸念しているのは、だれがトラクターや複式刈り取り機を動かすのかという点だという。というのも、小規模農家は徴兵適齢期にある男性を多く雇用しているからだ。「これ以上徴兵の猶予措置は求めません。これまで前線に送られた運転手は一人だけです。召喚状に関する問題はありませんでした。我が社が問題を起こすようなことはしたくないのです」とガソリンスタンドの所有者であるドミトリー・リューシキンさんは語っていた。ガソリンスタンドというのは、燃料とエネルギー部門であるため、特権があり、必要な業務員の5割以上について、軍からの徴兵猶予措置を要求することができる。しかしこのガソリンスタンドの所有者は、徴兵猶予措置を要求しない方を選んでいる。
ますます多くの業界が同じような方法を選び、公的な猶予措置者の一覧に記載されることを拒んでいる。チェルカースィ地方の或る企業の社長が、ウクライナのオンライン報道機関Stra.na社に、匿名を条件に以下のような話をしている。「隣接する業界でよく見られていることなのですが、従業員の半数が徴兵からの猶予措置を受け取り、残りの従業員が徴兵召喚状を受け取っています。それは、猶予の決定が知らされる前か、知らされた直後です。猶予措置が受けられなかった人たちは、即座に召喚状を受け取りました。そのため、私たちは口をつぐんで、猶予措置を求める一覧を出さないことにしたのです。」と。
徴兵猶予に関わる問題については、ウクライナもロシアも徴兵に関してもっていた共通の課題だった。ロシアが部分的動員に着手した際、報道機関が繰り返し報じていた醜聞は、徴兵される対象ではない人々も徴兵されていた件についてだった。
しかし間違いを正す努力も為されていた。例えば、セントペテルブルクの二人の息子の保護者であるシングルファザーが動員された話については、ロシアじゅうで広く話題になった。さらにロシア市民たちは、猶予の条件があったにも関わらず動員されることも多かった。しかしそのような事例の大多数については、当該地方の知事たちがそのような問題の解決に当たった結果、不法な動員は取り消された。
心理面での支援
ウクライナは徴兵をひどく必要としているが、徴兵適齢期にある人々の熱意が減退していることは当局も承知している。グメニュク氏は、召喚状を受け取ってしまうと、すぐに前線に送られるという言説を「喧伝行為を行う情報源」が世界に対して拡散していると非難した。「これは完全に真実ではありません」と彼女は主張している。
国民を安心させるために呼びかけられた同氏の言葉だけでは、ウクライナ国民の感情を鎮め、徴兵に対する反発が起こっている現状を抑えることは到底できないだろう。戦況の悪化や徴兵に関する醜聞の蔓延を背景として、ウクライナ社会は不安が高まっている。2月中旬、世界保健機関(WHO)の欧州事務局が出した推定値によれば、960万人のウクライナ国民が中程度あるいは重傷の精神異常に苦しむ可能性があるとしていた。
この報告書は、WHOが世界を対象に調査した推定値によると、この10年間で戦闘地域に住んでいた人の22%が、軽い鬱や軽い不安状態から精神病まで、何らかの精神異常を発症したことを記している。さらに、ほぼ10人に1人(9%)が中程度あるいは重傷の精神異常に苦しんでいるという。
「これらの数値をウクライナ国民の人口に当てはめれば、既に960万人が精神障害を発症していることになります。うち390万人の症状は中程度か重い症状でしょう」とWHOは発表している。この情報をもとに、WHOは、戦時中および戦後のウクライナ国民に対する心理的支援活動計画の開発を支援した。
これらの統計結果からは、戦争がウクライナ社会に及ぼしている被害がいかほどのものかや、戦闘行為が終結した後ウクライナ社会はどうなるかについて疑念が生じる。戦争が終われば、社会の団結は弱まり、その後の数ヶ月間、あるいは数年間、感情的なストレス状態が続くから、だ。
2022年8月、保健省は、戦争後に精神障害に苦しむウクライナ国民の推定概数を発表した。当時のビクトル・リャーシコ保健相の予見では、1500万人の国民が影響を受けるだろうとのことだった。「私たちは既にこの戦争の結果生じる精神障害に苦しむ人々の総数を予見しています。それは1500万人強になるでしょう。この数は少なくとも心理的な支援が必要な人の数です」と同省は述べていた。
軽い鬱症状については、他人に対する危険にはならず、患者自身の問題ですむが、さらに深刻な状況を生む精神障害も存在する。心的外傷後ストレス障害(PTSD)についていえば、国際機関の調べでは元従軍兵の5割から8割が発症しているとのことであるが、このPTSDは自傷行為や他人を傷つける行為の原因となる可能性がある。さらに、職場や人間関係における問題の原因となる可能性があり、攻撃的な態度を取ることもしばしばある。
PTSDの事例が、武器の使い方を知っている兵たちの間で広がっていることやウクライナの「闇市場」で武器が広く出回っていることから考えれば、戦争とその後始末の問題が、社会にとって深刻な危険となっているといえる。そして、戦闘に参加した従軍兵の5割がPTSDを発症している事実から考えれば、この戦争が終わる頃には、少なくとも25万人のウクライナ国民がPTSDを発症している状況が考えられる。しかもこの数は過小に見積もられた数値であると十分考えられる。
もちろんこの問題はロシアにとっても同じことだ。12月にウラジミール・プーチン大統領が指摘していたのは、ロシア国内の15%の人々に心理的な支援が必要であり、若年層においてはその数値は35%に上るということだった。3月、同大統領が政府に、国民、特に難民と従軍者たち対する心理的支援の提供を改善するよう指示を出している。
未だに不明なのは、ウクライナ軍は近い将来どれくらいの人々を徴兵する計画を立てているかだ。しかしここ2ヶ月で、約3万人の兵士が訓練のために西欧に派遣されている。これらの人々のほとんどは、以前従軍経験のない人々で、西側の軍事装置の訓練を受ける必要がある。これら訓練を受ける人々に加えて、前線での戦死者を緊急に補填する兵たちや実際の戦闘地域外で補助作業をする人員も必要とされるので、徴兵数は劇的に多くなる可能性もある。
今のところ、市民からの突き上げによってウクライナの総動員の方法に何らかの変化が起こる兆候はない。ここまで約100万人の男性が徴兵されてきたウクライナで、武器を取ることを望んでいない国民たちが、軍の徴兵係たちが行っている不法行為をソーシャル・メディア上で強調したり、当局を批判したりすること以外の動きは見せていない。しかし、より温暖な季節が始まるにつれ、双方の戦闘が急進化することは避けられず、そうなれば戦死者も増え、必要となる兵士の数も増えるだろう。ウクライナがやむを得ず徴兵対象者の枠を広げ、これまでは対象外だった健康に問題がある人々の徴兵や、職業上の理由や家族環境の困難さによる徴兵の猶予なども考慮されなくなるのは時間の問題だ。もちろん、同様のことが最終的にはロシアでも起こることはあり得るのだが。
筆者のペトロ・ラフレーニンは、オデッサ出身の政治記者。専門はウクライナと旧ソ連。
- 関連記事
-
- ワシントンの墜落したドローンと広がるウクライナの軍事的劣化の認知 (2023/04/03)
- 米国のMQ-9ドローンを攻撃目標にするのは合法だった。 (2023/04/02)
- ウクライナにおける人身売買:違法な臓器狩り(第1部) (2023/04/02)
- 「厳密に」調査されたマイダンでの大虐殺暴露記事が世界有数の学術誌から抑圧を受けた。 (2023/03/30)
- ウクライナにおける人身/臓器の売買についての調査報告(第3部) (2023/03/29)
- ウクライナは米国にクラスター弾の供給を要請(ロイター通信の報道) (2023/03/28)
- 英国の劣化ウラン弾の計画は欧州全域に脅威をもたらす (2023/03/28)
- ウクライナでは徴兵のやり方に対する反発が高まっている。 (2023/03/19)
- ウクライナの敗戦が見えてきた。 (2023/03/16)
- ベネット元イスラエル首相、ロシア・ウクライナ和平交渉の試みを米国に「妨害された」と発言 (2023/03/10)
- 「ドンバスの要衝都市バフムートは包囲された」(ワグネル軍事会社代表からの声明) (2023/03/09)
- この紛争では、どちら側にも軍事的勝利はありそうにない(米軍最高司令官) (2023/03/05)
- 米国国防総省、ウクライナのクリミア奪還の可能性を評価する。(ポリティコによる報道) (2023/02/20)
- 元ゼレンスキー補佐官、ウクライナ軍の命運に疑問を投げかける。 (2023/02/17)
- ウクライナはもう時間切れだ。米元高官2名の主張 (2023/01/24)
スポンサーサイト