fc2ブログ

メルケルが示した西側の二枚舌

<記事原文 寺島先生推薦>

Merkel Reveals West’s Duplicity

筆者: スコット・リッター(Scott Ritter)

出典:INTERNATIONALIST 360°

2022年12月5日

<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ> 

2022年12月28日



ドイツのアンゲラ・メルケル首相(当時)とロシアのウラジミール・プーチン大統領。2015年5月10日、クレムリンにて(画像はロシア政府提供)

 アンゲラ・メルケル前独首相が先日行った発言が明らかにしたのは、独・仏・ウクライナ・米による謀略が、今年2月のロシアによるウクライナ侵攻の引き金になったという事実だった。
いわゆる「西側連合(米、NATO、EU、G7諸国)」は、ロシアによるウクライナ侵攻は、「いわれのない侵略」行為に当たるという主張をし続けているが、実際はそれとはまったくかけ離れたものだ。ロシアは騙され続け、2014年に米国が支援していたキエフ市内のマイダン広場でのクーデター後勃発していた、東ウクライナのドンバス地域での戦闘行為は、外交努力で解決できると思わされてきたのだ。

 ウクライナとウクライナを支援していた西側諸国は、外交ではなく時間稼ぎをしていただけだったのだ。その時間を利用して、NATOがウクライナの軍事力を高め、ドンバス地域全体を占領し、さらにはクリミアからロシアを追い出そうと考えていた。

 先週(11月最終週)、デア・シュピーゲル紙でのインタビューにおいて、メルケル前首相は1938年のミュンヘン会談のことを引き合いに出した。前首相は、ネヴィル・チェンバレン元英国首相が、ナチスドイツに対してとった対応と、ウクライナがNATO加盟することに反対する立場をとった自分の行為を比較していた。彼女がその立場を示したのは、ブカレストでの2008年のNATO首脳会議の場でのことだった。

 メルケル前首相の考えによれば、ウクライナのNATO加盟の是非を保留し、その後ミンスク協定を推し進めたのは、ウクライナに猶予時間を与え、ロシアからの攻撃に反撃できるようにするためだったという。これはチェンバレン元英首相が、英・仏に猶予時間を与えることで、ヒトラー支配下の独に対応できる力を養おうと考えていたのと同じだった、というのだ。

 メルケル前首相が過去のこの事例を持ち出してきたのには驚くしかない。ひとまず、メルケル前首相がヒトラー下のナチスと、ウラジミール・プーチン下のロシアとを同等に扱っていることは置いておいて、メルケル前首相がウクライナをNATOに加盟させれば、ロシアからの武力攻撃を呼び起こすことになると考えていた点について考慮してみよう。

 つまり、メルケル前首相は、そんな可能性が果たしてありうるのかを考えるのではなく、そのようなロシアからの攻撃にウクライナが耐えうるよう手を打っていたということになる。

 となれば、ロシアの敵諸国がとれると考えていた唯一の選択肢は、戦争しかなかった、ということになりそうだ。

プーチン談。「ミンスク合意は間違いだった」

 メルケル前首相の発言は、ウクライナのペトロ・ポロシェンコ前大統領が西側の数社のメディアに語っていた内容と相容れるものだ。ポロシェンコ前大統領はこう明言していた。「我が国の目的は、まず(ロシアからの)脅威を止めること、あるいは少なくとも戦争の開始を遅らせることでした。この8年間戦争を防ぐことにより、経済を回復させ、強力な軍を創設することができました」。ポロシェンコ前大統領が明らかにしたのは、ウクライナは、ミンスク合意の交渉の席で誠意をもっていなかったという事実だった。

 プーチンもようやくこの事実に気づいたようだ。先日行われた、ウクライナで闘っている兵の妻や母親たち(戦死した兵士の未亡人たちも数名いた)との面会の場で、プーチンが認めたのは、ミンスク合意に賛同したことは間違いであったこと、ドンバス地域の問題は8年前に軍事力を行使して解決すべきであった、ということだった。プーチン大統領は、ロシア議会から委託を受け、クリミア以外の「ウクライナ」でもロシア軍を行軍させる権限を与えられていたにも関わらず、そうしなかったことに後悔の念を示したのだった。

 遅かったとは言え、プーチンがこの事実に気づいたという事実は、ロシアとウクライナの間の戦争は、交渉で何とか解決できるだろうという誤解のもと行動していた、西側のすべての人々の背筋を寒くさせたことだろう。

 ロシアと外交的な交渉を行っている誰ひとりとして、少しの誠実ささえも示していないのは、2014年2月にマイダン広場で起こった流血事件に端を発する民族間抗争を平和裏に解決する正しい方法を模索することだ。このマイダン広場で起こった流血事件は、OSCE(欧州安全保障協力機構)の承認のもと民主的に選出されたウクライナの大統領を失脚させることになったのだから。

抵抗への対応

 ドンバス地域のロシア語話者の人々は、このクーデターに抵抗し、民主的な選挙を守ろうと、ウクライナからの独立を宣言した。この動きに対するクーデター後のキエフ政権の対応は、これらの人々に8年間、敵意に満ちた攻撃を加えることだった。そしてその結果、何千もの市民が亡くなった。プーチンは8年後に彼らの独立を承認し、今年2月、本格的にドンバスに侵攻した。

 プーチンがそれまでずっと待っていたのは、ミンスク合意に期待していたからだった。独・仏両国が保障し、(米国も含めた)国連安全保障理事会が全会一致で承認していたこの合意があれば、ウクライナ領内に残す形で、ドンバス地域の自治権を認めることにより、危機が解決されると考えていたためだ。 しかしキエフ当局はこの合意を履行しようとしなかったし、履行するよう西側から十分な圧力をかけられることもなかった。

 西側のどの勢力も無関心な対応しか見せていない。問題を解決すべき組織であるとされている柱は、皆崩壊している。OSCEの監視員たちがそうだ。(ロシアによれば、標的となっているロシアの分離主義者の情報をウクライナ軍に流している監視員も存在するという)。独仏が中心となっている(ドンバス地域の和平を模索する組織の)ノルマンディー・フォーマットもそうだ。この組織はミンスク合意が履行されているかどうかを確認する組織ということになっているのにその働きを見せていない。米国もそうだ。米国は、「ウクライナの自衛のため」と称して、2015年から2022年までウクライナに軍事支援を行ってきた。まさに「羊の皮をかぶったオオカミ」でしかない。どの組織の状況からも厳しい現実しか浮かんでこず、ロシア・ウクライナ間の紛争に関わる問題を平和裏に解決する方法を見つけだせるようになるとは思えない。

 そしてこの先も決してそうはならないだろう。

 戦争は、「西側連合」が以前求めていた答えだったようだ。でも今は、戦争に答えを求めているのはロシアの方のようだ。

 まさに「風を撒いてつむじ風を刈る(聖書のホセア書より。自業自得の意)」だ。

 よく考えれば、メルケル前首相が、今のウクライナ情勢を伝えるのに、1938年のミュンヘン会談のことを引き合いに出したのは間違っていなかったといえる。唯一の違いは、「高尚なドイツ国民が野蛮なロシア国民を撃退する」という構図ではなく、「二枚舌のドイツ国民(それと他の西側諸国民)が、騙されやすいロシア国民をだまそうとしている」という構図だという点だけだ。

 外交という名の外套に身をまとったドイツもウクライナもそれ以外の国々にとっても、この先良い終わり方にはならないだろう。どの国も皆、背中に剣を隠し持っているという本当の姿を見せないでいるのだから。
関連記事
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

tmmethod

Author:tmmethod
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
リンク
最新記事
カテゴリ
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

月別アーカイブ
最新コメント