前独首相メルケル、ミンスク和平協定での欺瞞を認める。その意図は何か。
<記事原文 寺島先生推薦>
Fyodor Lukyanov: How can we explain Angela Merkel’s bombshell revelations about the Ukraine peace deal?
Long the dominant politician in Western Europe, the ex-CDU leader may be taking some artistic license to suit the prevailing mood of today
フョードル・ルキャノフ:ウクライナ和平合意に関するアンゲラ・メルケルの爆弾発言をどう説明すればよいのだろうか?
長い間、西ヨーロッパで支配的な政治家であった元CDU(ドイツキリスト教民主同盟)党首は、今日の一般的な雰囲気に合うように、話を脚色しているのかもしれない。
筆者:フョードル・ルキャノフ(Fyodor Lukyanov)
『ロシアン・イン・グローバル・アフェアーズ』編集長、外交防衛政策会議議長、バルダイ国際討論クラブ研究長。
出典:RT
2022年12月13日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2022年12月22日

2014年1月23日木曜日、ドイツ・ベルリン近郊のメーゼベルク宮殿で光と影とともに撮影されるドイツのアンゲラ・メルケル首相。© AP Photo/Michael Sohn、File
ドイツのアンゲラ・メルケル前首相が、新聞「ディー・ツァイト」のインタビューで語った発言が、識者の間で波紋を呼んでいる。彼女は「2014年のミンスク協定は、ウクライナに時間を与えようとしたものだった」と認め、「そして、その時間を使って、今日ご覧いただけるように、より強くなった。2014/2015年のウクライナは、今日のウクライナではなかった」と述べた。
こうしてメルケル首相は、ウクライナ政府関係者、とりわけピョートル・ポロシェンコ元大統領の、キエフは和平協定を履行するつもりはなく、ただ交渉するふりをしていただけだという言葉を裏付けることになった。
長らくドイツ政府の首相の座をつとめた彼女は、そのような宣言をすることを強要されたわけではない。だから、彼女の発言を文字通りに解釈すればいいのだ。つまりメルケルは、(これまで行ってきた)ごまかしを認めた、いや、むしろ意識的にごまかしてきたことを認めた、と解釈するのが正しい。彼女の発言は、モスクワが以前から言ってきたことを裏付けるものだ。ウクライナは和平交渉に参加するふりをしているだけで、実際には復讐の準備をしており、西側諸国(直接の参加者としてのドイツとフランス、間接の管理者としてのアメリカ)はこの二枚舌に協力していたということだ。
これはかなり単純化された解釈であり、現実はもっと違っていたのではないかと、あえて推測してみたい。しかし、そのような推測は、ある点では、悪い結果になる。なぜなら、意識的に選択しておこなった行動というものは、頭が混乱してとった行動よりも理解しやすいからだ。和平協定が結ばれたときも結ばれなかったときも、メルケル首相に特別な秘めたる動機はなかったと考えるのが妥当だろう。いずれの場合も、ベルリンとパリは、自分たちは欧州の平和と安全のために努力していると心から信じていたのである。

関連記事:プーチン、ウクライナ、メルケル、核戦争について語る
ミンスク協定は二度目の挑戦でなんとか発効したが、それはウクライナの軍事的敗北の結果であり、そのため西側支援者の任務は、どんな手段を使ってでも戦闘を阻止する必要があった。当時、一部では、メルケル首相がポロシェンコ大統領に文書案に署名しないよう進言したのは、文書に記された条件がモスクワに有利であることを理解していたからだとも言われていた。ミンスクで提示されたドンバス返還の特別条件によって、ロシアはキエフの地政学的な動きを阻止する一種の「ストップバルブ(逆流防止弁)」を持つことになり、ロシア側にとって好都合だったのだ。
クレムリンはこれが可能だと考えていたようだが、この対処に反対する者もいた。というのも、ウクライナ側は伝統的な政治文化に導かれていて、最終合意などあり得ないと考えていたからだ。だから、どんな違いがあるというのか。つまり、いまいったんは署名しておき、それから様子を見ようということなのだ。
ベルリンはある種の狡猾な計画を思いついたのだろうか。(当時はフランソワ・オランドが代表を務めていたパリは別に考えるべきでない。フランス大統領は当時、メルケルの片腕として行動していたからだ。)そうではない。むしろ、2つの本能が働いていたのだ。
一つは、ウクライナは最初から正しいと決まっていて、ロシアは間違っている、具体的な状況はどうでもいい、というもの。もうひとつは、すべてを隠蔽する方法を見つけることだった。そうすれば、この問題を解決する方法に悩まされて、現在の欧州広域の政治にとっては概して二次的な問題に気を散らす必要がなくなるからだ。
しかし、後者の方法はうまくいかなかった。いま見ているとおりである。現実には、メルケル首相がいま言っているような路線で物事は進んでいった。ミンスク合意は、ウクライナを再武装させ、ロシアとの戦争に備えるための時間を稼ぐものだった。しかし、これが本来の意図であったと考えるのは、西ヨーロッパの戦略的才能を誇張することになる。
もちろん、もしミンスク協定が参加者たちによって、(いま言っていることとは違うとはいえ)ある目標を達成するための真剣な道具とみなされていたなら、おそらく有用な役割を果たしたことだろう。しかし、(交渉に関わった)すべての側が、宣言されたもの以上の目的をそれぞれ持っていたため、この交渉過程は本当に全く別のものを隠すための煙幕となってしまった。

関連記事:メルケル首相、ミンスク和平合意の欺瞞を認める―ロシア
逆説的な言い方だが、負けたのは、協定で宣言された目的と真に望んでいた目的の間の隔たりが小さい側であった。協定で宣言された目的とロシア側の実際の目的は、他の国々に比べてあまり異なっていなかった。また、モスクワはミンスク協定をできるだけ文言どおりに履行するよう求めたが、他の国々は―メルケル首相の発言から―少なくとも時間稼ぎ以外の何物でもないと見ていた。
メルケル首相がなぜこのような発言をするのか、その理由は明らかである。現在の欧米の枠組みでは、プーチンと関係を持つことは、たとえ昔のことであっても、一見善意に見えるものであっても、犯罪的な共謀とみなされるからである。シュレーダー首相時代から「(ロシアとの)相互依存による和解」に大きな投資をしてきたフランク・ヴァルター・シュタインマイヤーは、「自分が間違っていた、申し訳ない」と謝らないといけないということだ。
しかし、メルケル首相は、合理的な言い訳を探している、いや、むしろでっち上げている。当時の状況を現在の状況に合うように作り変えたいのだ。しかし、それはプーチンが指摘していることを裏付けるような形で行われている。つまり、それじゃ、どうやって交渉するんだ?、という指摘だ。しかし、それはすでに誰にとっても興味のないことになっている。
ミンスク合意は過去のものであり、紛争の1つの局面を終結させたに過ぎない。一方、現在は質的に異なる別の紛争が勃発している。2014年から2015年にかけての交渉と似たようなもので終わるとは、とても考えにくい。実際、これまでのところ、交渉について語られるとき、何を意味しているのかさえ、まったく明確ではない。何について交渉するのか? 膠着状態にあるすべての当事者がすでにその存続を宣言しているのだから、どんな妥協があるのだろうか。とはいえ、ミンスク協定の政治的教訓を思い出すことは有用である。後日ではなく今こそ。
この記事はProfile.ruに掲載されたものです。
Fyodor Lukyanov: How can we explain Angela Merkel’s bombshell revelations about the Ukraine peace deal?
Long the dominant politician in Western Europe, the ex-CDU leader may be taking some artistic license to suit the prevailing mood of today
フョードル・ルキャノフ:ウクライナ和平合意に関するアンゲラ・メルケルの爆弾発言をどう説明すればよいのだろうか?
長い間、西ヨーロッパで支配的な政治家であった元CDU(ドイツキリスト教民主同盟)党首は、今日の一般的な雰囲気に合うように、話を脚色しているのかもしれない。
筆者:フョードル・ルキャノフ(Fyodor Lukyanov)
『ロシアン・イン・グローバル・アフェアーズ』編集長、外交防衛政策会議議長、バルダイ国際討論クラブ研究長。
出典:RT
2022年12月13日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2022年12月22日

2014年1月23日木曜日、ドイツ・ベルリン近郊のメーゼベルク宮殿で光と影とともに撮影されるドイツのアンゲラ・メルケル首相。© AP Photo/Michael Sohn、File
ドイツのアンゲラ・メルケル前首相が、新聞「ディー・ツァイト」のインタビューで語った発言が、識者の間で波紋を呼んでいる。彼女は「2014年のミンスク協定は、ウクライナに時間を与えようとしたものだった」と認め、「そして、その時間を使って、今日ご覧いただけるように、より強くなった。2014/2015年のウクライナは、今日のウクライナではなかった」と述べた。
こうしてメルケル首相は、ウクライナ政府関係者、とりわけピョートル・ポロシェンコ元大統領の、キエフは和平協定を履行するつもりはなく、ただ交渉するふりをしていただけだという言葉を裏付けることになった。
長らくドイツ政府の首相の座をつとめた彼女は、そのような宣言をすることを強要されたわけではない。だから、彼女の発言を文字通りに解釈すればいいのだ。つまりメルケルは、(これまで行ってきた)ごまかしを認めた、いや、むしろ意識的にごまかしてきたことを認めた、と解釈するのが正しい。彼女の発言は、モスクワが以前から言ってきたことを裏付けるものだ。ウクライナは和平交渉に参加するふりをしているだけで、実際には復讐の準備をしており、西側諸国(直接の参加者としてのドイツとフランス、間接の管理者としてのアメリカ)はこの二枚舌に協力していたということだ。
これはかなり単純化された解釈であり、現実はもっと違っていたのではないかと、あえて推測してみたい。しかし、そのような推測は、ある点では、悪い結果になる。なぜなら、意識的に選択しておこなった行動というものは、頭が混乱してとった行動よりも理解しやすいからだ。和平協定が結ばれたときも結ばれなかったときも、メルケル首相に特別な秘めたる動機はなかったと考えるのが妥当だろう。いずれの場合も、ベルリンとパリは、自分たちは欧州の平和と安全のために努力していると心から信じていたのである。

関連記事:プーチン、ウクライナ、メルケル、核戦争について語る
ミンスク協定は二度目の挑戦でなんとか発効したが、それはウクライナの軍事的敗北の結果であり、そのため西側支援者の任務は、どんな手段を使ってでも戦闘を阻止する必要があった。当時、一部では、メルケル首相がポロシェンコ大統領に文書案に署名しないよう進言したのは、文書に記された条件がモスクワに有利であることを理解していたからだとも言われていた。ミンスクで提示されたドンバス返還の特別条件によって、ロシアはキエフの地政学的な動きを阻止する一種の「ストップバルブ(逆流防止弁)」を持つことになり、ロシア側にとって好都合だったのだ。
クレムリンはこれが可能だと考えていたようだが、この対処に反対する者もいた。というのも、ウクライナ側は伝統的な政治文化に導かれていて、最終合意などあり得ないと考えていたからだ。だから、どんな違いがあるというのか。つまり、いまいったんは署名しておき、それから様子を見ようということなのだ。
ベルリンはある種の狡猾な計画を思いついたのだろうか。(当時はフランソワ・オランドが代表を務めていたパリは別に考えるべきでない。フランス大統領は当時、メルケルの片腕として行動していたからだ。)そうではない。むしろ、2つの本能が働いていたのだ。
一つは、ウクライナは最初から正しいと決まっていて、ロシアは間違っている、具体的な状況はどうでもいい、というもの。もうひとつは、すべてを隠蔽する方法を見つけることだった。そうすれば、この問題を解決する方法に悩まされて、現在の欧州広域の政治にとっては概して二次的な問題に気を散らす必要がなくなるからだ。
しかし、後者の方法はうまくいかなかった。いま見ているとおりである。現実には、メルケル首相がいま言っているような路線で物事は進んでいった。ミンスク合意は、ウクライナを再武装させ、ロシアとの戦争に備えるための時間を稼ぐものだった。しかし、これが本来の意図であったと考えるのは、西ヨーロッパの戦略的才能を誇張することになる。
もちろん、もしミンスク協定が参加者たちによって、(いま言っていることとは違うとはいえ)ある目標を達成するための真剣な道具とみなされていたなら、おそらく有用な役割を果たしたことだろう。しかし、(交渉に関わった)すべての側が、宣言されたもの以上の目的をそれぞれ持っていたため、この交渉過程は本当に全く別のものを隠すための煙幕となってしまった。

関連記事:メルケル首相、ミンスク和平合意の欺瞞を認める―ロシア
逆説的な言い方だが、負けたのは、協定で宣言された目的と真に望んでいた目的の間の隔たりが小さい側であった。協定で宣言された目的とロシア側の実際の目的は、他の国々に比べてあまり異なっていなかった。また、モスクワはミンスク協定をできるだけ文言どおりに履行するよう求めたが、他の国々は―メルケル首相の発言から―少なくとも時間稼ぎ以外の何物でもないと見ていた。
メルケル首相がなぜこのような発言をするのか、その理由は明らかである。現在の欧米の枠組みでは、プーチンと関係を持つことは、たとえ昔のことであっても、一見善意に見えるものであっても、犯罪的な共謀とみなされるからである。シュレーダー首相時代から「(ロシアとの)相互依存による和解」に大きな投資をしてきたフランク・ヴァルター・シュタインマイヤーは、「自分が間違っていた、申し訳ない」と謝らないといけないということだ。
しかし、メルケル首相は、合理的な言い訳を探している、いや、むしろでっち上げている。当時の状況を現在の状況に合うように作り変えたいのだ。しかし、それはプーチンが指摘していることを裏付けるような形で行われている。つまり、それじゃ、どうやって交渉するんだ?、という指摘だ。しかし、それはすでに誰にとっても興味のないことになっている。
ミンスク合意は過去のものであり、紛争の1つの局面を終結させたに過ぎない。一方、現在は質的に異なる別の紛争が勃発している。2014年から2015年にかけての交渉と似たようなもので終わるとは、とても考えにくい。実際、これまでのところ、交渉について語られるとき、何を意味しているのかさえ、まったく明確ではない。何について交渉するのか? 膠着状態にあるすべての当事者がすでにその存続を宣言しているのだから、どんな妥協があるのだろうか。とはいえ、ミンスク協定の政治的教訓を思い出すことは有用である。後日ではなく今こそ。
この記事はProfile.ruに掲載されたものです。
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