プーチン大統領は、再統合を早く実施しなかったことを、ドンバス兵の母親たちに謝罪
<記事原文 寺島先生推薦>
Putin expresses regret over Donbass
Reunification with Russia should probably have happened earlier, the president told the mothers of soldiers
プーチンは、ドンバスに関する遺憾の念を表明
ロシアとの再統合はもっと早く実施されるべきだったと、同大統領は兵の母親達に伝えた。
出典:RT
2022年11月25日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2022年12月6日

ドネツク人民共和国のマリウポリの街中を歩いている地元の人々 © Sputnik / Alexey Kudenko
ドンバスの両共和国は、もっと早い段階でロシアに再統合されるべきだったと、ロシアのウラジミール・プーチン大統領は語った。金曜日(11月25日)、ウクライナの軍事作戦に参加した兵の母親達との面会の場で語ったものだ。「そうであれば、犠牲になった人の数はもっと少なくてすんだかもしれません」と同大統領は、語気を強めた。
「市民の中でこんなにも多くの犠牲者は出なかったかもしれません。子どもたちもこんなに殺害されることはなかったでしょう」とロシアの指導者であるプーチン大統領は語った。しかし、プーチン大統領は、2014年の時点では、ロシアはドンバスが置かれていた状況や地元の人々の感情を完全には理解できていなかった、とも断言した。
「[私たちは、]当時はまだ、合意に達することができると考えていました。….ミンスク合意の枠組みの中で、ドネツクとルガンスクをウクライナに統合できると思っていました」とプーチン大統領は述べ、さらにロシアは、「その実現に向けて必死に努力してきました」とも付け加えた。
さらにこの問題に関して言葉を続けた同大統領は、2014年のキエフでのクーデターを非難し、そのクーデターがドンバスでの危機や、ロシアとウクライナ間の紛争を生み出した、とした。「2014年にウクライナでクーデターが起こっていなければ、[このようなことは]何も起こらなかったでしょう」と同大統領は語った。

関連記事: Ukrainian troops used as ‘cannon fodder’ – Putin
ドイツとフランスの仲介の元、ミンスク合意が最初に署名されたのは2014年のことで、当時のヴィクトル・ヤヌコヴィッチ大統領の失脚を受けてのことだった。この失脚が引き金となり、ウクライナでは紛争が発生していた。それはキエフのクーデター後の政権とドネツク地方やルガンスク地方の間のものだった。その後、それぞれの地域では人民共和国が成立し、同年、両領域はウクライナからの独立を宣言した。
この合意では、ウクライナに留まる形で、ドネツクとルガンスク両地域に、特別な地位を与える、としていた。しかしこの合意の実施は、ずっと保留されたままだった。このことを、モスクワ当局は、キエフ当局に対して繰り返し非難してきた。ピョートル・ポロシェンコ元ウクライナ大統領は、キエフ側の主要な目的は、交渉を利用して、時間稼ぎをし、「強力な軍をつくろう」とすることだった、という事実を認めている。
2022年2月、クレムリンはドンバスの両共和国を独立国家として承認し、ウクライナに対して、ウクライナは中立国であり、西側の軍事同盟に一切加盟しないことを宣言するよう要求した。2月24日、ロシアは、キエフ当局がミンスク合意を実施していないとして、ウクライナに軍を送った。当時プーチン大統領は、ドンバスのロシア語話者たちを守る必要があるためだ、と語っていた。
今年の秋、ウクライナ領だった4地域、つまり、ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国とヘルソ地方とザポリージャ地方は、住民投票の結果、ロシアに編入された。
Putin expresses regret over Donbass
Reunification with Russia should probably have happened earlier, the president told the mothers of soldiers
プーチンは、ドンバスに関する遺憾の念を表明
ロシアとの再統合はもっと早く実施されるべきだったと、同大統領は兵の母親達に伝えた。
出典:RT
2022年11月25日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2022年12月6日

ドネツク人民共和国のマリウポリの街中を歩いている地元の人々 © Sputnik / Alexey Kudenko
ドンバスの両共和国は、もっと早い段階でロシアに再統合されるべきだったと、ロシアのウラジミール・プーチン大統領は語った。金曜日(11月25日)、ウクライナの軍事作戦に参加した兵の母親達との面会の場で語ったものだ。「そうであれば、犠牲になった人の数はもっと少なくてすんだかもしれません」と同大統領は、語気を強めた。
「市民の中でこんなにも多くの犠牲者は出なかったかもしれません。子どもたちもこんなに殺害されることはなかったでしょう」とロシアの指導者であるプーチン大統領は語った。しかし、プーチン大統領は、2014年の時点では、ロシアはドンバスが置かれていた状況や地元の人々の感情を完全には理解できていなかった、とも断言した。
「[私たちは、]当時はまだ、合意に達することができると考えていました。….ミンスク合意の枠組みの中で、ドネツクとルガンスクをウクライナに統合できると思っていました」とプーチン大統領は述べ、さらにロシアは、「その実現に向けて必死に努力してきました」とも付け加えた。
さらにこの問題に関して言葉を続けた同大統領は、2014年のキエフでのクーデターを非難し、そのクーデターがドンバスでの危機や、ロシアとウクライナ間の紛争を生み出した、とした。「2014年にウクライナでクーデターが起こっていなければ、[このようなことは]何も起こらなかったでしょう」と同大統領は語った。

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ドイツとフランスの仲介の元、ミンスク合意が最初に署名されたのは2014年のことで、当時のヴィクトル・ヤヌコヴィッチ大統領の失脚を受けてのことだった。この失脚が引き金となり、ウクライナでは紛争が発生していた。それはキエフのクーデター後の政権とドネツク地方やルガンスク地方の間のものだった。その後、それぞれの地域では人民共和国が成立し、同年、両領域はウクライナからの独立を宣言した。
この合意では、ウクライナに留まる形で、ドネツクとルガンスク両地域に、特別な地位を与える、としていた。しかしこの合意の実施は、ずっと保留されたままだった。このことを、モスクワ当局は、キエフ当局に対して繰り返し非難してきた。ピョートル・ポロシェンコ元ウクライナ大統領は、キエフ側の主要な目的は、交渉を利用して、時間稼ぎをし、「強力な軍をつくろう」とすることだった、という事実を認めている。
2022年2月、クレムリンはドンバスの両共和国を独立国家として承認し、ウクライナに対して、ウクライナは中立国であり、西側の軍事同盟に一切加盟しないことを宣言するよう要求した。2月24日、ロシアは、キエフ当局がミンスク合意を実施していないとして、ウクライナに軍を送った。当時プーチン大統領は、ドンバスのロシア語話者たちを守る必要があるためだ、と語っていた。
今年の秋、ウクライナ領だった4地域、つまり、ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国とヘルソ地方とザポリージャ地方は、住民投票の結果、ロシアに編入された。
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