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ナチス・シンボル(狼の罠)の下で :ウクライナの過激派イデオロギーの不愉快な真実

ナチス・シンボル(狼の罠)の下で :ウクライナの過激派イデオロギーの不愉快な真実

現代のウクライナ政治におけるナチスの影響は明らかで具体的なものであるが、西側の支持者は故意にそれを無視している

<記事原文 寺島先生推薦>

Under the Wolfsangel: The uncomfortable truth about radical ideologies in Ukraine

The Nazi influence on modern-day Ukrainian politics is clear, tangible, and willfully ignored by its Western supporters

オルガ・スハレフスカヤ 2022年3月15日

<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2022年4月2日


ヴォルフスアンゲルWolfsangel、ナチスのシンボル。2つの金属部品と接続チェーンで構成される、歴史的な「狼狩りの罠」に触発されたドイツの紋章。 上はウクライナ社会民族党の紋章


「右派セクター」のイベントの警備をしている、ウクライナのメンバー。2014年、キエフ










ナチス・ドイツでは、第2SS装甲師団 (1939–1945)、第4SS警察装甲擲弾兵師団 (1939–1945)、第34SS義勇擲弾兵師団 (1943–1945)、オランダ国家社会主義運動 (1931–1936)のシンボルであった。

 
ウクライナのキエフで、兵士と話す大隊幹部の首には、アゾフ義勇軍のシンボルが刺青されている。大隊のシンボルは、ナチス・シンボルの「狼の罠」を連想させる。© AP / Efrem Lukatsky

 ウクライナの建国に関する文書をざっと見ると、極めてヨーロッパ的で民主的な国家に見える。それこそ、多くの人がウクライナのネオナチについてのプーチンの話をレトリックやプロパガンダと見なす理由であろう。しかし、真実はもっと複雑で、「ウクライナの大統領はユダヤ人だから、すべての疑惑は真実ではない」と一括りにできるものではない。

英雄が誰なのか教えてください。そうすれば、あなたが誰なのかお教えしましょう

 
 マイダン後のウクライナで英雄として登場した歴史上の人物に、極右組織「ウクライナ民族主義者組織」(OUN)の過激派のリーダーであり思想家であるステパン・バンデラがいる。今日、彼の名を冠した通りがあり、人々は彼の名誉を称える歌を歌い、彼の肖像画を掲げている。

 1909年1月1日、ガリシア(当時オーストリア・ハンガリーの一部)に生まれたステパン・バンデラは、ポーランドで何度もテロ容疑で裁判にかけられた。1934年に死刑判決を受けたが、終身刑に減刑された。1939年まで服役したが、ドイツ軍のポーランド侵攻に伴い釈放された。

 

キエフ中心部で行われた、ステパン・バンデラの誕生日を祝う伝統的な恒例の松明行列の参加者。© Sputnik / Stringer

 バンデラは若い頃、民族主義的な組織でキャリアを積んできた。1928年、彼はウクライナ軍事組織に参加し、1929年にはウクライナ民族主義者組織の一員となり、すぐに影響力を持つようになった。1940年2月、同組織が2つの派閥に分裂した際にも、彼は力を発揮した。バンデラは、より急進的なOUN-B(民族主義的な若者から支持された派閥)の指導者となり、より穏健なメンバーはアンドリー・メルニクの派閥OUN-Mを支持した。


                                     バンデラ派OUN-Bの旗    


メルニク派OUN-Mの旗

 両派ともヒトラーの第三帝国を支持し、第二次世界大戦中はドイツ軍に協力した。バンデラは、ドイツ軍指揮下の「ウクライナ軍団」の創設を自ら交渉し、最終的に2つの部隊として編成された。一つはローマン・シュケヴィチが指揮するナハティガル大隊となり、もう一つはリチャード・ヤリーが指揮するローランド大隊となった。どちらも、ドイツ軍情報機関(Abwehr)の特殊作戦部隊ブランデンブルグ隊の指揮下にある小部隊であった。

 ナチス親衛隊SSのガリシア第一師団も、OUNとつながりのあるウクライナ系民族の志願者が中心となって徴兵された。師団の1個大隊はOUNメンバーのエフゲニー・ポビグシチー少佐が指揮をとっていた。現在のウクライナのプロパガンダでは、この師団はウクライナ反乱軍として描かれているが、これもOUNが設立した民族主義準軍事組織で、ナチスに協力し、OUN指導者のドミトロ・クリヤチキフスキーとロマン・シュケヴィチが指揮をとっていたものである。実際には、SS第1ガリシア師団はSS-Freiwilligen Division 「ガリツィア(現在のポーランド最南部からウクライナ南西部にまたがる地域の名称)」としてスタートしたが、1944年以降に第14SS武装擲弾兵師団と改名され、ナチスがウクライナ人「よりアーリア人らしい」と考えていたガリシア人だけからなるはずのものであった。しかし、OUN-Bは師団への潜入に成功し、一部の指導的地位を占拠した。

     
ナチス親衛隊  

「ルーシのライオン」をあしらった第14SS武装擲弾兵師団の師団章(ちなみに、仏の自動車会社プジョーもこのルーシを使っている)
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 バンデラのナチス的本質は、組織の決定によって強調されており、1941年の指示「戦時下におけるOUNの闘争と活動」の16項には、次のように記されている。

 「民族的少数民族は、以下のように分類される:。

 a) 我々に友好的なもの、すなわち、すべての奴隷にされた民族の構成員。

 b) 我々に敵対するもの――モスクワ人、ポーランド人、ユダヤ人。

 a) ウクライナ人と同じ権利を持ち、祖国へ帰ることができる者。

 b) 政権を擁護する人々を除いて、闘争の中で破壊されるべき人々:彼らの土地への再定住、まず第一に知識人の破壊、知識人はいかなる政府機関にも出入りは許されるべきではない。これにより広範に知識人が現れることを不可能にする、つまり、学校等へのアクセスも不可能にする。たとえば、いわゆるポーランドの村人たちを同化させる必要がある。特にこの暑くて狂信的な時代には、自分たちはウクライナ人で、ラテン式(ラテン教会によって採用された公の崇拝のカトリックの儀式、西方典礼)のものだけだと知らせ、強制的に同化させるのである。指導者を滅ぼせ。イド人(ユダヤ人を指す差別語)を孤立させ、サボタージュを避けるために政府機関から排除し、特にムスコヴィッツとポーランド人を排除せよ。もし、経済機構に或るイド人を残すことがどうしても必要なら、我々の警察官を彼の上に置き、わずかな違反で彼を清算することだ」

 生活の或る分野の指導者はウクライナ人でなければならず、外国人――敵であってはならない。イド人との同化は論外だ」。

*訳註:実際は「殺す」だが、「破壊する」「滅ぼす」「清算する」という婉曲的な表現を使っている。

 バンデラはこの団体の代表として、2010年1月20日にヴィクトル・ユシチェンコ元ウクライナ大統領から「ウクライナの英雄」の称号を授与されている。2010年2月17日、欧州議会は新たに選出されたヴィクトール・ヤヌコヴィッチ大統領にユシチェンコの行動を再考するよう求め、サイモン・ヴィーゼンタール・センター(ロサンゼルスに本部を置き、ホロコーストの記録保存や反ユダヤ主義の監視を行い、国際的影響力を持つ非政府組織)は「恥ずべき」バンデラ崇拝に「深い嫌悪」を表明した。

 2014年のクーデター後、ウクライナの新当局はヒトラーの協力者を美化するためのより組織的なアプローチをとった。2015年4月、「20世紀におけるウクライナ独立のための戦士の記憶の法的地位と永続化に関する」法律が採択され、その中でOUNとUPAが美化された。この記憶の永続化とは、記念施設の建設、重要な場所を協力者の名前に改名すること、芸術におけるプロパガンダなどを指している。2019年、ウクライナヴェルホヴナ議会は、記憶に残る日付と記念日の祝賀に関する決議を採択した。そのリストにはステパン・バンデラの誕生日が含まれている。1月1日には、ウクライナの各都市でバンデラを称える松明行列が毎年おこなわれ、キエフにはステパン・バンデラ通りが出現している。

 ガリシア親衛隊師団を称える行進の開催や記念碑の建立を妨げるものは、法律にはない。ウクライナの法律では、自治体当局の許可なく記念碑を建てることはできない。

学校における歴史神話とヒトラーユーゲント(ナチス青少年団)

 ウクライナのナチズムの精神を子どもたちに教育するのは、学校から始まる。特に、ミコラ・ガリチャンツの書いた歴史教科書は、ウクライナ民族の「アーリア人の起源」に直接言及しており、その存在を旧石器時代に直接さかのぼらせている。この教科書は2005年に出版された。

 ウクライナの教科書から「第二次世界大戦」への言及は完全に消えた。2020年の試験科目では、特定の「独ソ戦」だけが言及され、ヒトラー、バンデラ、ホロコーストなどへの言及は厳密に避けられている。ただし、例外もある。小学校5年生の教科書のあるバージョンでは、1939年4月1日、ヒトラーがこう述べたとされていることが記されている。「高貴なウクライナ人の苦しみを見ると魂が痛む……。ウクライナの共同国家を作る時が来た」。ウクライナの若者がドイツの都市を爆撃から守ったことを誇りに思う教科書もあれば、ヒトラー政権とスターリン政権はウクライナ人に対して等しく敵対的であったと断言する教科書もある。

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 こうした矛盾は当然といえば当然だ。なぜなら、ウクライナの学校用歴史教科書は統一されていないからだ。ただ、教科書執筆者は「共産主義・国家社会主義体制の非難とその象徴の宣伝の禁止に関する法律」には従おうとしている。ところが、OUNやウクライナのギリシャ・カトリック教会とナチスの協力について言及する場合は、必ずしもこの法律に従っているとは言えないようである。

 例えば、V.VlasovとS.Kulchitskyが執筆した10年生の教科書には、首都大司教アンドレイ・シェプティツキーがユダヤ人を救ったと書かれている。そういった人には通常「世界の国々の中の正義の人」という称号が与えられる。ところが、イスラエルの世界ホロコースト記憶センター(Yad Vashem)は、シェプチェツキーにこの名誉を与えなかった。その理由は明らかだ。第二次世界大戦が始まると、シェプティツキーはヒトラーに手紙を送り、キエフの「解放」を支持することを表明しているからだ。またその教科書には、バンデラを「ウクライナ国権回復法」の発案者として挙げている。教師はこのことを格別に取り立てて学童に教えようとはしないが、ウクライナの街角ではこの文書を称えるお祭りポスターを見かけることができる。注目すべきは、この法律の3ページ目に次のように書かれていることである。

 「私たちは、ウクライナ国家が復興した暁には、アドルフ・ヒトラーの指導のもとにヨーロッパと世界に新体制を作りつつある国家社会主義ドイツと緊密に協力し、ウクライナ国民がモスクワの占領から解放されるように支援する。ウクライナの地で結成されるウクライナ民族革命軍は、同盟国ドイツ軍とともに、ウクライナの主権的統一国家と全世界の新体制のためにモスクワと戦う」

 しかし、学校が教えない分は、全国で活動しているウクライナのネオナチ組織が補っている。最も多いのはアゾフ大隊が組織するアゾベツ軍事キャンプで、7歳児から戦争と破壊工作を教えられる。訓練システム全体には、ナチスのシンボルやスローガンが散見される。特に、ウクライナの聖歌「何よりもウクライナ」は、「Deutschland über alles(ドイツよ、全てのものの上にあれ)」から直接派生したものである。

 

2015年8月14日、キエフのアゾフ大隊の基地で軍事訓練を受けるバカンス中の子どもたち。© Sergei SUPINSKY / AFP Japan

 2013年から2014年にかけてのユーロマイダンでの政権交代では、ウクライナのナショナリストが重要な役割を果たしたが、ナチスの精神による若者の教育は2014年よりずっと前に始まっていた。例えば、2006年にはエストニアで、NATO諸国出身の学芸員の指導のもと、テロや破壊工作の訓練がおこなわれた。2013年には、UNA-UNSO(ウクライナ民族会議 ― ウクライナ人民の自己防衛)もこうした訓練をおこなっていたと報告している。後者は最も古い組織の一つで、そのメンバーはグルジアやチェチェンでのロシア軍との戦争に参加した。過激派の訓練と「ウクライナの愛国者」は広く知られており、こうしたプロセスは国家の最高レベルで支援されている。例えば、ステパン・バンデラ全ウクライナ・トリズブ組織が主催するネオナチキャンプは、ウクライナ保安庁のヴァレンティン・ナリヴァイチェンコ長官の臨席があり、その栄誉に浴した。






デモ行進で「何よりもウクライナ」の横断幕を掲げた「アゾフ」極右活動家 © Pavlo Gonchar / SOPA Images / LightRocket via Getty Images

マイダンのナチス的側面とドンバスの残虐行為

 世界のメディアが、海外でもよく知られた親欧米政党のリーダーを中心としたウクライナのユーロマイダンを紹介していたその一方で、裏では極右組織である「右派セクター」が形成されていて、その傘下にはTryzub、Bely Molot(「白いハンマー」)、Patriot of Ukraine(「ウクライナの愛国者」)、Social-National Assembly(社会民族会議)、過激なサッカーファンなどががいた。

                                  社会民族会議の紋章

 これらの組織はいずれも、第二次世界大戦時のウクライナ民族主義者組織に思想的なルーツを持っている。Tryzub(ウクライナの国章:下)は、ウクライナ国家更新法の作者の妻でウクライナ議会の議員であったヤロスラヴァ・ステツコによって設立された。ウクライナ反乱軍司令官でナハティガル大隊の副司令官として悪名高いロマン・シュケヴィッチの息子、ユーリ・シュケヴィッチは、ウクライナ国民議会――ウクライナ人民自衛官を率いていた。彼はまた国会議員でもあった。スヴォボダ党の「立派な」民族主義者たちは、1991年の設立時に社会民族党(聞き覚えがあるだろうか?)という名称を選んだ。急進的な「ウクライナの愛国者」グループはこの党から生まれ、当初、その代表は元ヴェルホヴナ議会議長のアンドリー・パルビィだった。



 
「右派セクター」のイベントで警備に当たる「ウクライナの愛国者」のメンバー(2014年、キエフ ©ウィキペディア

 指導者たちの発言から、この「愛国者」たちが何を信じているのかがわかる。アゾフの副司令官オレグ・オドノロジェンコは、社会国民議会内でも指導的地位にあり、「ウクライナの愛国者」の背後にいる思想家の一人だが、「非白人」のいる国で白人支配を取り戻すことが必要であると考えている。そして、社会国民会議の共同創設者で、かつて国会議員を務め、現在は国民軍団(アゾフ大隊の政治部門)のリーダーを務めるアンドリー・ビレツキーは、ウクライナ民族の歴史的使命は、「セム人(=ユダヤ人)に導かれた亜人(普通の人間より劣る人間)に対して、白人の十字軍の先頭に立つこと」だと確信している。「ウクライナの愛国者」の「立派な」創設者であるオレーフ・チャフニボークも、2004年当時、「ユダヤ人問題」に対する自分の考えをはっきりと述べていた。

 反ユダヤ主義は、ナチスのイデオロギーとともに、ウクライナでも広がっている。ウクライナ連合ユダヤ教団が発表した2020年の報告書によると、ウクライナに住むユダヤ人の56%が、同国で反ユダヤ主義が拡大していると感じているそうである。この文書には、ウクライナ人の反ユダヤ主義的傾向を示す写真も多数掲載されている。

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ウクライナのリヴォフで、仮面をかぶったネオナチがロマ人のキャンプを深夜にナイフで襲撃し死者が続出した。
 
 この写真に写っている黒服の男たちは、ウクライナ内戦が勃発した後、ドンバスで「いわゆる反テロ作戦」を高いモチベーションで実行した中核グループの人たちだ。オレクサンドル・トゥルチノフ大統領代行が、これらの準軍事大隊の設立を命じた。ウクライナのヴィタリー・ヤレマ第一副首相は、「マイダンの活動家や国家秩序の維持に貢献する部隊を国家警備隊に招聘する。これらの軍人は東部と南部に配備されるかもしれない」と述べた。

 ステパン・バンデラのイデオロギーの信奉者をDPR(ドネツク人民共和国)とLPR(ルガンスク人民共和国)に呼び寄せたことで、一般市民に対する数々の犯罪が発生し、国際組織はこれを無視することができなくなった。2015年9月、超法規的処刑に関する特別報告者によって、ドンバスとウクライナの他の地域で「右翼セクターのような潜在的に暴力的な民兵集団が少数残っており、公式の高い許容度のおかげで、一見して自らの権限で、完全に無罰で行動している」とする報告書が発表された。

 一方で、アムネスティ・インターナショナルからの発表の中には、エイダル義勇軍が犯した犯罪に関する報告書や、ウクライナ治安局(SBU)が適切な刑事手続きが踏まれないまま長期間(時には15カ月にも及ぶ)人知れず拘束し、弁護士や親族との面会を拒否したことに関する報告が含まれていた。後者の文書には、マリウポリ在住のアルテム(本名は伏せられている)がアゾフ大隊(ネオナチ組織「ウクライナの愛国者」から生まれた)に拷問されたときの、ぞっとするような詳細が記されている。彼は電気ショック、睡眠妨害、水責めなどの拷問を受けた。

 また、国連人権高等弁務官事務所は、アゾフ大隊の隊員とウクライナ軍の兵士が市民を略奪し、暴力を振るった複数の事例を挙げている。最も非道な暴力行為として、知的障害を持つ男性がアゾフ大隊とドンバス大隊の隊員の手で残酷な扱いとレイプを受けた事例があった。被害者の健康状態はその後悪化し、彼は精神病院に収容された。

 マリウポリでは、アゾフ大隊が秘密の収容施設を持ち、そこで複数の人々が拷問を受けたと報告されている。ウクライナSBU(ウクライナ保安庁)がこの作戦の隠れ蓑になっていたというから、この活動はウクライナの正式な政府によって支援されていたことになる。アゾフ大隊の元副司令官ヴァディム・トロヤンがウクライナ内務副大臣に就任し、アゾフ大隊自体も現在はウクライナ国家警備隊の部隊として内務省に仕えているとすれば、これ以上の証拠はないだろう。トロヤンが担当した警察改革は、スタッフの総入れ替えを伴うものであった。彼の命令で、ヤヌコビッチ前政権と一緒に働いていた警官たちは辞めさせられて、新人と入れ替えとなった。新入の多くは、ウクライナの紋章を掲げた省の玄関前で、ナチスの敬礼を披露しようと躍起になっていた。

 事実、キエフの当局者は第三帝国のシンボルに対する愛着を隠そうともしない。例えば、アゾフ大隊の徽章には、ドイツ国防軍やSS(親衛隊)の様々な部隊で非常に人気があった「ナチス・ドイツの紋章、ヴォルフスアンゲル(狼の罠)」のシンボルが含まれている。これはドイツ国防軍や親衛隊の様々な部隊で非常に好評だったもので、特に第2SS装甲師団ダス・ライヒが持っていた。







 アゾフ大隊のメンバーは、もう一つの有名なネオナチのシンボルであるSchwarze Sonne(黒い太陽、中央)をつけている写真も撮られている。ドンバス大隊の徽章(下)も同様で、ナチスの鷲(上)がノーズダイブ(急降下)攻撃をしているのが特徴である。


ドンバス地方への派遣を前に、キエフのソフィア広場でウクライナへの忠誠を誓うアゾフ大隊の兵士たち。© Sputnik / Alexandr Maksimenko


 さらに、ウクライナ議会は早くも2015年5月に「市民的および政治的権利に関する国際規約で規定されているいくつかの義務からの離脱について」という決議を採択している。この決議は、政権が対テロ作戦(ATO)地帯に住む住民に対しておこなった戦争犯罪の法的根拠となるもので、「対テロ作戦ATO」はウクライナのドンバスに対する戦争の公式の名前になっていた。

ナチス・インターナショナル(国際的に広がるナチ組織)

 キエフのドンバス戦争が始まった当初から、ウクライナ軍には国際的な傭兵が加わっていた。そのほとんどはネオナチ、極右、人種差別主義者である。アゾフ大隊は、極右のミサンスロピック師団とともに、この国際的なネオナチ・ゲリラ・ネットワークを組織する上で重要な役割を担った。

 国際的な傭兵たちは、早くも2015年にポルトガルでミサントロピック師団の訓練を始め、フランス、イタリア、ベラルーシ、カナダ、スウェーデン、スロベニア、アメリカの市民は、それ以前にドンバスでの戦争に参加していた。例えば、スウェーデン人のネオナチの狙撃兵、ミカエル・スキルトはアゾフ大隊に参加したという報道があった。ポルトガルの日刊紙パブリオは、カーサパウンド・イタリアにつながるイタリアのネオ・ファシスト、フランチェスコ・サヴェリオ・フォンタナがドンバスで戦い、イギリス、フランス、ブラジルからウクライナのATO作戦のための国際戦闘員を勧誘したと報じている。バルカン調査報道ネットワーク(BIRN)で活動するカナダのジャーナリスト、マイケル・コルボーンは、2014年と2015年にアゾフ大隊はクロアチアから少なくとも30人の傭兵が参加していたと報告している。左翼党派の要請によりドイツ政府が提供したデータによると、ドンバス戦に参加した外国人の総数は1000人を超え、そのうち約150人はドイツ人戦闘員であったという。

2015年8月14日、キエフで行われた競技会に参加したウクライナの極右ボランティア大隊「アゾフ」の新入生。頭皮にカラシニコフと「Misanthropic」の文字を描いたタトゥーをしている。© Sergei SUPINSKY / AFP Japan





 しかし、傭兵だけではない。アゾフ大隊は、欧米の極右・ナチス組織とも連携を強めている。クロアチアのネオナチやレイシストだけでなく、エストニア(EKRE)、フランス(Bastion Social)、ポーランド(Szturmowcy)、米国(ライズアバブムーブメント、上が紋章)、スウェーデン(ノルディック・レジスタンス運動)、イタリア(カーサパウンド・イタリア、下が紋章)の団体と接触しているのである。昨年、ライズアバブムーブメントの代表グレッグ・ジョンソンは、同じ志を持つ人々と会うためにキエフを訪れ、スウェーデンのノルディック・レジスタンス運動は、アゾフ大隊メンバーのインタビューを嬉々として掲載した。

 ドイツのメディアは、アゾフ大隊がドイツ国民民主党やDer III. Weg(「第3の道」政党)と密接な関係があると報道した。この関係はノルウェーにも及び、国民民主党本部のある建物はノルウェー人民族主義者のものである。ディー・ツァイト紙は、地元の民族主義者がアゾフ大隊とどのようにつながっているかを調査し、多くの共同プロジェクトについて明らかにした。調査では、アゾフのエレナ・セメニャカが8回もドイツを訪問し、積極的な役割を果たしていることが浮き彫りになった。中でも極右団体「ディ・レヒテ」に招かれ、「アイデンティティ主義運動」グループ(Identitäre Bewegung Deutschland)で講演をおこなったことがある。2018年にエアフルト近郊で、ネオナチ政党「第3の道」が主催するフェスティバルにて、彼女はウクライナの右翼ロックフェスティバル「Asgardsrei」を宣伝した。Asgardsreiは、ノルウェー、イタリア、ドイツ、アメリカなどの右翼過激派が出会い、意見交換できる最大級の民族主義的イベントである。観客の中にアトムワーフェン師団の旗を見かけることもあるほどである。

 



 ネオナチは国際的に密接かつ広範なつながりを持っているため、テロ事件だけでなく、ニュージーランドのモスク銃撃事件やカリフォルニア州のシナゴーグ銃撃事件など、憎悪や宗教に起因する犯罪の増加にも繋がっている。イタリアがジャーナリストのアンドレア・ロッケリ殺害事件を捜査していたとき、ドンバスでウクライナ側、具体的にはアゾフ大隊の一員として戦っていたイタリア人5人がいたことが明るみに出た。そのときには、ネオナチが100丁以上の銃だけでなく、空対空ミサイルまで保管している隠し場所が発見されている。当時、イタリアの副首相だったマッテオ・サルヴィーニ氏は、ウクライナの民族主義者が自分の暗殺を計画していると発言している。

 国連安全保障理事会のテロ対策委員会によると、2015年から2020年にかけて、世界では極右思想に関連するテロが320%増加したという。

 大きくは、ウクライナに「感謝」しなければならない。ロンドンに拠点を置くデジタルヘイト対策センター(CCDH)がウェブサイトで発表した調査報告書「Hatebook」は、ネオナチの活動を国際的に調整するためにソーシャルメディアが利用されていることを強調している。アゾフ大隊とミサンスロピック師団について、報告書にはこのように書かれている。



 「両グループは、欧米諸国に自分たちのイデオロギーを輸出し、信奉者を獲得し、暴力を扇動しようとしてきた。ネオナチの準軍事組織であるアゾフ大隊は、暴力的なライズ・アバブ・ムーブメントの米国人メンバーを受け入れ、訓練することを申し出ている。アゾフ大隊と密接に関連しているMisanthropic Division(右が紋章)は、テロ犯罪で起訴された米国と英国の国内過激派に影響を与えた」

 西側諸国はアゾフ大隊をテロ組織に指定しようと何度も試みたが、それは実現できていない。では、ここで質問だ。ウクライナでナチズムを支援することで誰が得をしているのだろうか?

 
オルガ・スハレフスカヤ:ウクライナ出身でモスクワ在住の元外交官、法学者、作家である

 

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