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「新疆の大虐殺」はメディアによる作り話だ。

<記事原文 寺島先生推薦>
Media Allegations of Genocide in Xinjiang

global research 2021年4月17日

キム・ピーターソン(Kim Petersen)著

<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2021年5月7日


 2月に私はこんな問いを投げかけた。「西側は中国が新疆で大虐殺を行っているというが、具体的な証拠はあるのだろうか?」

 中国は絶え間なく西側諸国の政府や、企業メディアや、国営メディアから濡れ衣をきせられている。そうしたメディアは、どんなことでも言いがかりをつけたり、もっともらしい話を作り上げたりして、中国に汚名を着せるチャンスを狙っている。 中国の経済が目覚しい発展を遂げ、中国式の社会主義が上手くいっていることに、資本主義社会が動揺しているのだ。だからといって、「大虐殺をおこなっている」などというとんでもない嘘を主張することは、僻み辛みという範疇を超えて、明らかなやり過ぎだ。

 ある特定の民族が攻撃されているとしたら、特にその民族が、2018年の調査で1271万8400人の人口をもつ民族だとしたら、そんな攻撃を見えなくすることなど不可能だ。それが、新疆ウイグル自治区という広大な土地であったとしても。さらに、もし誰かがそのような恐ろしい罪を糾弾しようとするならば、相手が反論できないような確かな証拠もなしに、犯罪だなどと言いたてることはできないだろう。

 中国を拠点にしている或るフランスの記者が、ローレン・ボードンというペンネームで、西側諸国が、新疆地区(2)のウイグル族に対する大虐殺(1)をでっち上げていることを批判する記事をCGTN(中国国営放送の英語版サイト)に出した。

 ボードン記者は以下のような問いかけを投げかけている。

 「この茶番は何なのだろう?中国に対して遠く離れた場所から批判を行い、具体的な証拠は何一つ示さず、信頼のおける証言もない。それなのに、この地域に一度も足を踏み入れたことのない人たちが批判を繰り広げている」(3)

 この記者の言う通り、中国の罪を主張しているすべて人たちは、具体的な証拠を示すべきだ。

 このような大虐殺が行われたとされているが、ウイグル族の人口は、新疆地区で大幅に増加している。「ピーポーズ・ディリー」社の傘下にあるグローバル・タイムズ紙(英文記事を発行している中国の新聞社)は、2010年から2018年までの以下のような統計を明らかにしている。

 「ウイグル族の人口は、1017万1500人から、254万6900人(25.4%)増加し、1271万8400人になった。一方漢民族の人口は、882万9900人から、17万6900人(2.0%)増加し、900万6800人になった」

 この統計が正しい事実に基づいたものであるとすれば(今のところ私はこの統計に対する反論は目にしたことがない)、この統計結果は、大虐殺が起こっていることに対する反論になるではないか!!それでも大虐殺が起こっているとすれば、現代の中国政府は、大虐殺を全く実行できないくらいの無能な政府だという答え以外は導き出せない。

 西側メディアの中国に対する糾弾の拠り所の大部分は、全く信頼のおけないドイツの「専門家」アドリアン・ゼンズの主張に基づいている。

 フランスの新聞社のル・モンド社は新疆地区での大虐殺報道について批判するのではなく、ローレン・ボードンという記者が実在するのかについて疑問を投げかける記事を掲載した。ル・モンド紙は、このような人物は実在しないと報じている。

 これに対してグローバル・タイムズ紙は、ボードン記者は実在するが、ローレン・ボードンという名は仮名である、と報じている。

 これは厄介だ。実は西側メディアの世界で当たり前だと思われていることがある。ある記者が西側メディアで働きたがっているとしよう。しかし、その記者が過去に西側の支配者層を激しく批判するような記事を書いていたとしたら、西側メディアに入るドアは固く閉ざされ、記事を書く仕事はもらえないのだ。

 そのような理由でボードン記者は仮名を使ったのかもしれないが、仮名で記事を書くことは、メディアにおける倫理に反することになる。独占メディアがしばしば独立メディアや、自由思考の読者たちから批判を浴びるのは、匿名の情報源からの情報を使っていることだからだ。情報源が匿名だとしたら、主張や声が具体性に欠けることになり、その情報源や、その記事の主張が、猜疑心のある目で見られてしまう。

 私の気持ちを言わせてもらえれば、CGTN社も、それ以外の真摯に真実を伝えようとするメディアも、仮名で書かれた記事の掲載を許可するのは、例えば実名を示すことで、その記者の生命が危険にさらされるといった極めて危険な状況の時だけにすべきだ。さらにメディアは、前もって記者や情報源をはっきりと特定しておくべきだ。特に今回のような「大虐殺のでっち上げ」という深刻な件に関しては、そのような努力が必要となる。

 この状況の打開策はある。そのために必要なのは、「ローレン・ボードン」記者が勇気をだして一歩踏み出すことだ。彼女が世間の前に顔を出し、自身の本当の身元を明らかにし、彼女の存在を特定化すれは、全てが明らかになる。CGTN社に必要なのは、仮名記事を出す際の方針を透明化することだ。さらに私が提案するのは、この記事を仮名で出したことに対するお詫びの記事を出すことだ。(4)

 大虐殺が行われたというとんでもない間違った主張はすぐに正され、偽情報であるという烙印を押されなければならない。このような偽情報を使って敵を陥れようとする行為は、人道に対する罪であり、平和を脅かす罪でもある。そのことに関して、カナダのレスブリッジ大学のアンソニー・J・ホール博士が以下のように明白に述べてくれている。

 「意図的でしかも体系的な画策により、偽情報を流すそもそもの目的は、社会における結束を破壊し、私たちから、現状を正しく感じ取る意識を奪うためだ。偽情報を流す目的は、人々を分断し、孤立させることだ。私たちから自分の感覚や、知性や、人と繋がるコミュニケーション能力を奪うことだ。このような能力のおかげで、私たちは真実を見出し、正しい知識によって行動を起こしているのだから。偽情報を流すことは、以下のような人類の負の歴史の中で深く使われてきた手法だ。すなわち、帝国主義、欧州中心主義に基づく人種差別、白人による米国の西部開拓、ナチスによるプロパガンダ、冷戦時の心理作戦、そして資本主義のもとでのグローバル化政策、などの際に取られた手法だ。偽情報を流す目的は、個人や集団が蓄積してきた記憶や、歴史の遺産の基盤をおかし、破壊することだ。このような記憶や遺産のおかげで、私たち人類は、様々な言語や、文化や、国や、民族意識や、自己決定の方法などの豊かな多様性を享受できてきたのだ。偽情報のいう手法が激しさを増し、広まっているのは、大衆に情報を提供する手段であるメディアが、一部の人々の手に渡り、その支配下に置かれるようになったからだ」

 頭を柔らかくして、疑問をもつ練習をしよう。証拠がなければ、証拠を求めよう。そのことに関わっているのは誰かを知る権利を要求しよう。人々や、メディアや、地域の歴史をよく調べよう。つまり、簡単に騙されないようにしようということだ。


Kim Petersen is a former co-editor of the Dissident Voice newsletter. He can be emailed at: kimohp@gmail. Twitter: @kimpetersen.


1
 いくつかのメディアが、新疆における大虐殺に対する「主張」や「糾弾」を行っている。具体的には、  CNNBBCアルジャジーラBerlinskeCTV, CBC,Frankfurter Allegemeine Forbesなどだ。日本は少し様子を見ているようだ。真実を知りたいと思っている方々に強くおすすめしたいのは、シアオ・ コレクティブという団体が出している記事を読むことだ。この団体は海外に住む中国人が作っているボランティア団体である。同団体は、新疆問題について、「政治的な意図のある」西側による偽情報だと捉えている。

2
 リンク先の記事には、編集者による注が付いている。「(この記者は)フランスを拠点とするフリーの記者であり、パリ第6大学で美術史と考古学のふたつの学位を取得している。さらに、ジャーナルリズムにおいて修士学位を取得している。ローレン・ボードン記者は、パリの様々な編集局で務めた後、北京を拠点に移し、7年になる。この記事は記者の観点で書かれたものでり、フランス語版CGTN社の主張とは必ずしも一致しない」

3
 原文のフランス語は以下の通り。
 “Qu’est-ce donc cette parodie de procès que l’on fait à la Chine à distance, sans aucune preuve concrète, sans aucun témoignage valable, par des individus qui n’ont jamais mis le pied dans cette région du monde…?”

4
 最終的に、グローバル・タイムズ紙は、ルモンド紙が、「ローレン・ボードン」という名の記者の実在に疑問を投げかけたことに対する謝罪を要求した。しかし、確かにこの名を持つ記者は実在しないため、この点に関してはルモンド紙の主張は正しい。
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ロックダウン措置に反対する何千人もの人による抗議活動がロンドンの中心街を席巻(動画)

<記事原文 寺島先生推薦>

THOUSANDS of anti-lockdown protesters TAKE OVER central London (VIDEOS)

Russia Today UK ニュース

 2021年4月24日

<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2021年5月7日


 何千人もの抗議者がロンドンの町に繰り出し、英国政府が行っているコロナウイルスに関する制限措置に抗議の意を示した。パブや店舗は再開されているが、集会を行うことはいまだに制限がかけられている。

 4月24日、抗議者たちは、「自由は譲れない」や、「ヘルスパスポートはいらない」などと書かれた立て看を持ち、 首都ロンドンに集結した。主催者によれば、この集会は、「ロンドン市街で行われた集まりの中で史上最大規模の」集会だったとのことだ。この集会には、いつまでも続けられている集会や運動に関する制限措置に不満を持っている何千人もの参加者が参加していた。さらに抗議者たちは、政府が導入しようとしているいわゆる「ワクチン・パスポート」にも反対の意を表明していた。

 ロンドン市長候補である俳優のローレンス・フォックス氏は、もし当選すればCovid-19に関わるすべての措置を取りやめることを公約しているが、彼もこの集会に熱心に参加していた。町中を行進している多数の人々の様子を映した動画とともに、フォックス氏は、この抗議活動を「腐敗した主流メディアは完全に無視している」と非難するツイートを残している。

 

 昼下がりの中、集会は陽気な雰囲気のもとで行われたようだ。このような大規模な集会はロックダウン措置下の英国では今でも禁止されているが、マスクを着用していない大多数の群衆は自由に町を闊歩していた。 






  先日行われた「気候活動家」たちによる抗議活動とは違い、この日の行進は大手メディアからはほぼ無視されていた。英国の2~3のタブロイド紙がこのデモ行進のことに少し触れた程度だった。

 抗議活動者たちはメディアが、「何十万もの」人が参加したこの行進や、活動者たちが要求していた内容を伝えないことを非難していた。しかし、「数千人」という以上に正確な数字を示すことは直ちには困難だ。




 現在英国が取っているロックダウン措置は、6月下旬にならないと終了しないようだ。それも、感染状況が悪化したり、コロナウイルスの変異種によって計画が変更されない限りの話だが。4月24日の朝の時点で、イングランドでは3800万人以上が少なくとも1回Covid-19のワクチンを打っており、政府の研究者が4月23日に発表した内容によれば、英国における感染状況は「パンデミックの状態から、流行の終結の状態に移行している」とのことだった。


ALSO ON RT.COM

Covid-19 no longer leading cause of death in England and Wales, govt data shows for first time in months
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このコビド危機を乗り越える希望のダンスを踊ろう

<記事原文 寺島先生推薦>

There is Hope. Coming to Grips with This Covid Chaos

ピーター・ケーニッヒ(Peter Koenig)著
Global Research 2021年4月14日

<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2021年5月9日



 希望はある。そう。このコビド危機を乗り越えられるという希望は。社会体制や、経済が意図的に破壊されている。しかも世界中の国々で、だ。何千万もの人々が職を失い、極端な貧困に晒され、悲惨な飢餓状態に置かれ、死に至らしめられている。何百万人もの人々が、この15ヶ月の間、この目に見えない敵であるコロナ禍のせいで亡くなっている。間違ってはいけない。コビドという病気や、SARS-CoV-2と呼ばれるウイルスのせいで亡くなっているのではない。 このコビドの偽流行に付随する対策がもたらす害のせいで亡くなっているのだ。

 希望はある。私たちが自分たちの正常な感覚や自由を取り戻す希望は。さらには、人間としての尊厳や、独立した国家としての国家主権を取り戻す希望は。 新世界秩序(OWO:One World Order)などクソ喰らえだ。世界の再起動(Global Reset)も。悪名高い世界経済フォーラム(WEF)の思い通りの世界など消えてしまえ!マスクという仮面を被らされたり、社会的距離を取らされたり、家族や友人など人と会うことが禁じられたり、そんな無意味で害にしかならない隔離措置にはもううんざりだ。 ほぼ全ての国で、憲法に反するような措置が取られ、 その措置に刃向かおうものなら莫大な罰金が課され、監獄に放り込まれることさえある。こんな連帯が失われた世界を再生するのだ。
2020年の3月位からのこの13ヶ月間に我々世界全ての人民に起こったことは、支配者層が作り出した悲劇だ。 このショックは今も健在だ。人々は恐れおののいている。「怖い。とてつもなく怖い。死ぬかもしれない。怖い敵だ。誰もその姿を目にしたことのないウイルスだが、致命的な病気だそうだ・・」。しかし、真の科学によれば、(ただし、真の科学は西側諸国ではどこでも耳を傾けられず、検閲の対象になっているのだが)、このいわゆるコロナウイルスの致死率は、0.03~0.08%であることが確定しており、これは通常のインフルエンザとほぼ同程度だ。 (米国アレルギー感染症研究所のアンソニー・ファウチ所長の論文「Covid-19-未知の世界の航海」(米国アレルギー感染症研究所・米国国立衛生所)ニュー・イングランド・ジャーナル誌、2020年2月28日号を参照)。

 このショックが、たとえナオミ・クライン(2008) のいう「ショック・ドクトリン」のためのショックであったとしても、このショックは払拭され、そしてその下から希望が湧き上がり、大きくなっていくだろう。 これが今起こっていることだ。これは、「闇の陰謀団(Dark Cabal)」の人権(HR)破壊行為であり、これまで様々な人権擁護団体が長年苦心して築いてきた活動の成果を無にするものだ。 。法廷は、彼らに買収され、脅されることにより、得手勝手な判決を下し、その判決により人権が破壊されているのだ。その法廷とは、欧州人権裁判所(ECHR)のことだ。この裁判所が「公共の福祉」を理由に、各国政府がワクチンの強制接種を行うことに対する法的なお墨付きを与えているのだ。こうして、闇の陰謀団は、基本的人権をないがしろにすることに対する先鞭をつけているのだ。くわしくはこちら
 
 希望は、世界中で真実を求める医師たちによる不屈の取り組みから生み出されている。その先頭を走っているのが、「ドイツコロナ調査委員会」代表で、弁護士のライナー・ヒュルミッヒ(Reiner Füllmich)博士だ。

 ヒュルミッヒ博士は、欧州や米国において個人や組織に対する訴訟を起こすだけではなく、米国やカナダで複雑訴訟を起こすという計画を進めている。同博士が警告しているのは、現在の世界における地政学的変化は、人類に対する犯罪とみなされるべきものである、ということだ。というのも、このような状況は科学や理性に基づいたものではないからだ。以下の動画をご覧いただきたい。



 2020年3月以来、世界は少数の超富裕層からなる陰謀団の手中にある。
 陰謀団に誰が属しているか、その名前を明かすことは禁止されている。しかし、この陰謀にかかわっているものたちは、陰謀団に属している人々が誰なのかを承知しているし、陰謀団が世界全体を独裁しようとしている手口についても知っている。世界全体とは、国連加盟国193か国だ。もちろん国連組織自体も、このような陰謀団による陰謀については承知の上だ。

 第2次世界大戦後に作られたまさに世界的組織である国連は、地球上の平和を保持するために作られたのだ。人権の擁護のために戦い、人種や、文化や、宗教や、地理的位置や、国による差別をなくすために戦う組織なはずだ。(もちろんそれらを成し遂げるのは簡単なことではない)。しかしそんな仕事は、この組織の活動にかかわっている誠実な人々のみが携わることのできる高尚な仕事なのだ。

 能力もあり、誠実さも兼ね備えている人々が地球上で不足しているということはありえない。しかし、そのような能力もあり誠実さも兼ね備えているような人々は、不幸にも、今の(特に西側諸国における)腐敗した体制において適さない人々なのだ。そしてこの腐敗は、ここ2~3百年の間にどんどんと進んでいるのだ。

 すべての善良な意図が脇に追いやられている中で、国連や国連の下部組織の多くの指導者たちはコネと賄賂で自分の仕事を得たのだ。あるいは、仕事を得たのちに、その環境で腐敗したものもいるだろう。そうでもなければ、少数のいわゆる自称支配者層の、物質的な富をむさぼる、道徳心のないあの連中が、世界に命令を下す世の中になることなどありえなかったはずだ。

  連中が腐敗すると同時に、国連加盟193か国すべての政府が、強制されるか脅されるかして、連中の命令に従わざるを得なくなっている。連中は、新世界秩序(OWO)を創設し、文化の違いや、人種の違いや、歴史の違いや、言葉の違いや、肌の色の違いや、さらには信念の違いや、宗教を信じるか無宗教かの違いを否定し、最終的には完全にデジタル化された世界を推し進めようとしている。そんな世界では、人々には電磁波が埋め込まれ、常にこの支配者層から監視され、操作され、そのしもべとなり下がるのだ。そして人間は、「トランスヒューマン(訳注:未来において進化した人間の姿)」という人間の姿をした人間ではないものに変えられてしまうのだ。(第4次産業革命と、世界の再起動(グレート・リセット)に関する、クラウス・シュワブの発言を参照)。

  この目的に達するカギとなる前提は、世界の人口を今よりずっと減らすことだ。

  こんなことは奴らにとっては朝飯前のことだ。そうなれば、天然資源、特に再生できない天然資源は、もっと長く使えて支配者層を潤すことができるし、連中の贅を尽くした生活様式ももう少し長続きすることができるようになるからだ。つまり、やつらが人々から盗んだ「やつらの」資源を、より少ない人数で分けることができるというわけだ。 

  この極悪非道の陰謀団の構成員である先進的な優生学者たちが、好き勝手にできるようになれば、世界の人口は減少させられるはずだ。 

  「2010年ロックフェラー報告書」の中で、悪名高い「ロックステップシナリオ」(このシナリオに書かれていたことが、今我々が暮らしているこの世界ですでにはじまっている)が出されたのとほぼ同じ頃、ビル・ゲイツは、カリフォルニアで行われたテッドショーで、「ゼロへの革新」というタイトルでエネルギー使用についてのスピーチを行っていた。ゲイツはこのテッドショーでのスピーチを利用して、自身のワクチン計画の広報活動を行ったのだ。以下の言葉は、その際ゲイツが本音で語った、そのままの言葉だ。

  「新しいワクチン計画が本当に上手くいけば、世界の人口を10~15%減らせるだろう

 

リンク先のスピーチの04:21を参照
 
  この極悪非道な目的を果たす道程として、連中は、10年後のゴールを設定した。それが国連アジェンダ2030だ。連中は、まだ残っている人々の資源や資産を底辺の庶民たちから吸いあげようとしているのだ。そしてまたもや国連がこの企みの先頭を走っている。国連や、国連の指導者たちはこれらの要求を黙って聞きいれているのだ。

  この企みが生み出されたのは、1992年にブラジルのリオ・デジャネイロで開かれたいわゆる「環境会議」の場だった。その会議の正式名称は、「環境と開発に関する国際連合会議 (UNCED)」であり、「地球サミット」という名でも知られている。 1992年6月3日から14日に、ブラジルのリオ・デジャネイロで開催されたものだ。国際間の外交や、国際組織で名のある人物、さらには金融機関や、企業利益団体の著名人たちが出席していた。 パイの分け前を手にするためだ。 この会議の結論を受けて、その後の数十年に、暫定会議やサミットが何度も持たれることになった。

 この会議の最終結論は、環境問題についてだった。具体的には、すべて偽りの危機である、「地球温暖化」や気候変動や、人口過剰の問題だ。そして、見えざる敵であるウイルスが、この惑星全体をいっぺんに危機に陥れるという問題だった。このリオの会議で話し合われたシナリオが全て、今の私たちの世界で現実のものにされてしまっているのだ。

 コビドショックの最初の波が訪れてから1年が過ぎたが、腐敗した(特にグローバル・ノースの)各国政府は、この危機が犯罪的な詐欺であるという証拠には目もくれず、コビド対策措置を推し進めている。

 しかし時間が経つにつれて、真実があきらかになるだろう。あの政治家たち、そして国連加盟193カ国の括弧付きの「指導者たち」は、このコビド騒ぎがゲームであることをはっきりと認識している。さらには、このコビド騒ぎが、人類に対して仕掛けられた大きな犯罪であることも。その人類こそ、彼らを代表として選び、給料を払い、彼らに社会的利益を付与している人たちなのに。このような政治家たちこそ、真実が表面化し行き渡るにつれ、正義の名の下に審判を受けなければならない人たちなのだ。
 
 希望は、もっとささやかな形で、もっと人々に元気を与える形で、あらわれてきている。人々が求めているのは、生きることだ。奪われた生活を取り戻すことだ。生活を楽しむことだ。尊厳に満ちた自己を取り戻すことだ。

 人々が求めているのは、再び踊ることだ。警察官さえ、その踊りの輪に加わっている。以下のユーチューブの6分間の元気の出る動画を見てほしい。2021年4月8日、パリの北駅で、人々が自然と集まって踊りの輪ができたのだ。自発的に集まったバンドの演奏に合わせて踊り、歌っている。そして彼らは、ほとんど失われてしまった「生の喜び“Joie de vivre”」を燦然と体現している 。本当に元気の出る動画だ。世界中の人々に繰り返し見てほしい動画だ。

 再会!「もう一度踊ろう(DANSER ENCORE)」 – フラッシュモブ – パリ北駅 – 2021年4月8日 
 


IAEA(国際原子力機関)の福島汚染水問題調査チームに中国の専門家が加わる

  
<記事原文 寺島先生推薦>
IAEA invites Chinese experts to join the technical working group on Japan’s nuclear wastewater disposal, Beijing says

Russia Today
ワールド・ニュース
2021年4月26日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2021年5月7日


 中国外務省によれば、国際原子力機関 (IAEA) は、日本が放射能汚染水を海に流すという問題についての調査研究チームに、中国の専門家を招く予定であると、中国政府に伝えたとのことだ。

 4月26日の会見で、中国外務省の汪文斌(ワン・ウェンビン)報道官は、中国政府は、廃炉となる福島原発から出される100万トンを超える放射能汚染水を海に放出する前に、国際間の話し合いを持つよう日本に対して要請し続けると語った。

 「中国には、IAEAによる調査を全面的に支援するつもりがあり、日本は、放射能汚染水の放出を決定する前に、中国や、汚染水により被害を受けるであろう国々や、国際社会からの懸念を真摯に受け止めるべきだ」と、汪報道官は語った。

 さらに汪報道官が語ったところによると、IAEAは、処理されたという廃棄水の放出について調査する研究チームに中国の専門家を加える旨を、中国政府に通達したとのことだ。

 「中国はこの件に関して、引き続きIAEAとの連携を密にし、共同して取り組んでいく。さらにIAEAはこの件に関する研究チームの立ち上げの準備を行っている模様だ」と同報道官は語った。



 「中国には、IAEAによる調査を全面的に支援するつもりがあり、日本は、放射能汚染水の放出を決定する前に、中国や、汚染水により被害を受けるであろう国々や、国際社会からの懸念を真摯に受け止めるべきだ」と、汪報道官は語った。

ALSO ON RT.COM

Disposing of Fukushima’s nuclear water is ‘not Japanese housework,’ countries have every right to claim compensation, China says

  中国と近隣の国々は、日本政府が、2・3年以内に福島原発から出される廃棄水を海に流す計画があることを表明して以来、日本政府を激しく非難してきた。

 これまで何年も処理が行われているにも関わらず、廃棄水の安全性に疑問が投げかけられることは何度もあった。昨年の国際環境NGOの「グリーンピース」の報告によれば、原発から出される廃棄水は、日本政府の見通しよりも危険な状態にあるとのことだった。グリーンピースが出版した文書によれば、 処理されたとされる廃棄水には依然として、「人体のDNAに害を与える可能性のある」放射性物質「炭素14が、危険なレベルで」含まれている、ということだ。さらにその処理水には、放射性物質であるトリチウムも残存していることがわかっている。

 中国政府は、国際的な行動を推進しており、こう語っている。「これは日本の内政問題では全くない。放射性物質から出る水が汚染されていないのならば、なぜその水を海に放出せず、日本国内に置いておかないのか?」




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米国の大学は学生たちにワクチン接種を強制するという暴挙を行っている

<記事原文 寺島先生推薦>


Medical Tyranny on US College Campuses

ステファン・レンドマン( Stephen Lendman)著
グローバル・リサーチ
2021年4月21日

<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2021年5月5日


 高等教育に熱い志を抱いている米国の若者たちにとって、おかしな時代になってしまった。大学や専門学校などの高等教育機関に入学することが、学生たちの健全な生活と健康を、短期間においても、長期間においても、取り返しのつかない脅威に晒すことになるような措置を取る学校の数がどんどん増えているのだ。

 3月にラトガーズ大学は、学生たちにあの薬品の接種を要求した。その薬品とは、まだ試用期間中であり、リスクも高く、承認されてもおらず、市場に出回るよう急いで拵えられたものであり、DNAを組み換えるというファイザー社やモデルナ社が採用した技術に基づいたあの薬品だ。こんな薬品を接種すれば、取り返しのつかない害を身体に与えることになるというのに。それでも、米国のいくつかの高等教育機関はラトガーズ大学と同じことを行ったのだ。

 このようなワクチン接種の強制により、学校は学生たちの身体に害を及ぼしているのだ。そうだ。敢えて学生たちの身を、取り返しのつかない危険に晒ことになっているのだ。

 意識の高い学生ならば、そのような学校ではなく、学生たちの健康を大切にしてくれ、健全な生活を送る術を学生自身が決める権利を保証してくれている学校に転校すべきだ。

 学校が学生に強制的にワクチン接種をさせることは、連邦法にも、ニュルンベルク綱領 (訳注:第二次大戦後、人間を被験者とする実験に関して定められた国際的な原則)にも反する。

 連邦法によれば、試用段階であり、未承認の薬品に関しては、その薬品を「服用するか、しないか」の決定は、個人の判断に任されるとされている。

 ニュルンベルク綱領によれば、健康に関する全ての被験については、被験者の自発的な意思が必要条件である、とされている。

 このような原則を無視して、米国の学校は、学生たちに本人の意思に関わらずコビドワクチンの接種を要求している。こんなことはこのような原則を踏みにじるものであり、学生たちの健康や身体を、あまりにも軽んじたものだ。

 このような暴挙を行っているのは、ラトガーズ大学、ノース・イースタン大学、フォート・ルイス大学、セント・エドワード大学、ロジャー・ウィリアム大学、ノバ・サウスイースタン大学、ブラウン大学、コーンネル大学、イェール大学、コロンビア大学、シカゴにあるコロンビア・カレッジだ。

 私の敬愛する母校であるハーバード大学は、現時点では、強制とはいかないまでも、学生たちにコビドワクチンを接種するよう強く要請している。

 ハーバード大学は学生たちにこう呼びかけている。
「本学は、学生のみなさんに、ワクチン接種に向けて持ちうる最大限の機会を模索することを奨励します。そしてワクチン接種の機会を先に伸ばさないで欲しいのです」。この間違ったメッセージの後、さらにこう続けている。

 大学からのメッセージ:「コビドワクチン接種の安全性については、政府が最も優先的に取り組んでいる政策なのです」

 真実: 「真実は、ハーバード大学が言っていることの真逆だ」

  真実:「昨年度から政府が国民に強制している措置や、国民に推奨している措置は、その措置に従おうとする国民に害を与える意図があり、それ以外の意図はない」

 事実:「これらの措置はすべて、国民に対する厳しい管理を押し付けるためだ」

 事実:「試用段階にあるコビドmRNA技術や、ワクチンは米国や他の国々の人口削減のための生物兵器であり、その人口削減は、影で跋扈する闇の勢力が求めているものだ」

 大学からのメッセージ:「コビドワクチンを接種すれば、ウイルスによる感染から守られます」

 真実:「ワクチンを接種すれば、感染する確率が上がる。ハーバード大学は、全く逆の主張をしている」

 大学からのメッセージ:「ワクチン接種後に副作用が出る可能性もあるが、それは身体がウイルスに対して防御するためにおこる通常の反応です」

 真実: 「有害なワクチンを打てば、深刻な健康被害を引き起こし、防ぎようがない」

 真実:「ワクチンを打てば打つほど、リスクはどんどん高くなる」

 真実: 「ワクチンを打てば、接種後すぐ、又は、接種してからしばらく後に、深刻な病気にかかるリスクが生じる」

 真実:「免疫力の弱いお年寄りの人々や、アレルギーを持っている人々などの場合、死に至る場合もある」

 大学からのメッセージ:「ワクチン接種の費用は、政府が負担します」

 真実:「大規模なワクチン接種を進めるために、米国の闇の勢力は、真実を聞かされていない米国民たちに、自分で自分に害を与える行為を行うことを奨励している」

 大学からのメッセージ:「コビドワクチンを接種することは、この世界的流行を止める助けになる重要な手段のひとつです。ワクチンを打った後も、公共の場においては、マスクを着用し、社会的距離を保持するようにしてください」

 真実:「世界的流行など起こっていない。季節性のインフルエンザが流行っているだけなのに、そのインフルエンザをコビドという名前に付け変えて、我々を怯えさせ、自分で自分に害を及ぼすような行為をさせ、とんでもなく厳しい強制措置や、奨励措置に従わそうとしているだけだ」

 真実: 「マスクをしていても病気から身を守れないし、マスクを長時間着けていると、健康に深刻な影響を及ぼす危険が生じる」

 真実:「社会的距離を保持してもなんの効果もない。社会的距離を保持することで、日常的な人々との相互のやりとりが軽視されてしまう。そのやり取りこそ、日常生活において欠くことのできないものなのに」

 真実: 「社会的距離を保持することは、不必要であり、人間関係の破壊になる。なんの利も無い行為だ」

 世界全体に米国のプロパガンダを発信する一躍を担っている「ボイス・オブ・アメリカ」社は、以下のような間違った情報を流している。

 ボイス・オブ・アメリカの記事:「米食品医薬品局は、ファイザー社とバイオテック社の共同ワクチンと、モデルナ社のワクチンを承認した」

 嘘は二つ!!まず一つ目。これらの会社が作っている薬品はワクチンではない。

 これらの薬品は、危険で、試用段階であり、DNAを組み換えるmRNAという認可されていない技術を用いている。二つ目の嘘は、これらの薬品は、非常事態だという理由で特別に緊急使用することを許されているのだが、実のところは、今は全く非常事態ではないという点だ。

 米国大学保健協会コビド対策委員会の共同理事を務めるゲリー・テイラーはこう語っている。

 ゲリー・テイラーの談話:「全ての学生が、帰省のために米国内の実家や、留学生であれば本国に戻る前に、ワクチン接種を受けてくれることを強く望んでいます。というのも、ワクチンを受けずに帰省すれば、家族やその地域にウイルスを伝播してしまうかもしれないからです」

 ここまで紹介してきたような主張はすべて、国家が資金を出したキャンペーンにより広められてきた大嘘の一部であり、真実を知らされていない大多数の人々を納得させ、何の得にもならない高いリスクを負わせようとしているのだ。

 健康を保持したいのであれば、このような大嘘に引っかからないことだ。

 健康と健全な生活を守るために何よりも大事なのは、ワクチン接種を拒むことだ。そんなものは不必要であり、言われるままに接種してしまえば、取り返しのつかない害を受けることになるかもしれない。

 遥か昔、私が学生だった時、そう、1950年代くらいのことだが、今まで書いてきたような状況はこれっぽっちもなかった。

 大学生や院生だったころ、健康面に関する強制など全くなかったと記憶している。

 今でもそうだ。学生たちに自分で自分を害するようなことはしないよう、健康に過ごせるような生活を送るように勧める以上のことを学校は行うべきではない。ところが、現状は全く逆だ。

結びに変えて

 イェール大学のとんでもなく厳しい措置や、コロンビア大学の絶対的命令によると、コビドワクチン接種を受けようと思っていない学生は、教室から追放され、大学構内への入構も禁止されることになるそうだ。病気や宗教上の理由など一部の例外を除いては。

 このような大学や専門学校が課している措置は、おそらく今後他の大学や専門学校でも採用されることになるだろう。

 学生たちが学校から保護されるのではなく、遅かれ早かれ害を受けるような措置を学校から講じられるなんて。考えられないことだ。

 米国においては、高等教育機関は学生たちにとって危険を生じさせる場となってしまった。本当であれば学校は、学生たちを守り、学生たちが追い求めている学問の道を提供する場所であるはずなのに。

*

Stephen Lendman is a Research Associate of the Centre for Research on Globalization (CRG).
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「太陽光はコロナウイルスを予測より8倍速く非活性化した」という新たな研究結果

‎<記事原文 寺島先生推薦>

Sunlight renders coronavirus inactive 8 TIMES faster than predicted, says new study

Russia Today World News

‎‎2021年4月2日 10:08

 <記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2021年5月3日



 ‎研究者たちは、コロナウイルスが現在の理論的モデリングで予測されるよりも、8倍も速く太陽光によって不活性化されることを実験で発見し、パンデミックの潮流を変える一縷の希望を与えた。‎

 カリフォルニア大学サンタバーバラ校機械工学部のパオロ・ルザット・フェギス助教授は、紫外線の種類により、SARS-CoV-2に対する影響が変わるかどうかについて研究した2020年の研究の分析を行い、有意な違いを発見した。‎

 ‎ すべての電磁放射と同様に、紫外線(UV)は波長の長さにより分類できる。例えば、長波長紫外線(UVA)は、太陽光に含まれる他の中波長紫外線(UVB)波とは異なり、微生物を殺したり、人間を日焼けさせる力がある。‎

 また、短波長紫外線(UVC)放射は、Covid-19の原因であるSARS-CoV-2のようなウイルスを非活性化することが以前に示されているが、この短波長紫外線は、地球のオゾン層に遮られるため、地球上には届かない。
 
ALSO ON RT.COM

Sweden axes Bill Gates-funded Harvard experiment aiming to DIM THE SUN to fight climate change amid outcry from activists

 2020年7月の実験‎‎研究‎‎では、擬似唾液に含まれるSARS-CoV-2に対する紫外線の効果を調査した。その結果、ウイルスが20分以内に不活性化されたことが発見された。

 その1ヶ月後に発表された論文では、太陽光が紫外線と同じ効果を達成できることを示した。しかし、この論文はあまり注目を集めなかった。この2番目の研究は、SARS-CoV-2がインフルエンザA・ウイルスよりも日光に含まれる紫外線に対して3倍傷つきやすいと結論づけた。‎

 さらに、コロナウイルス粒子の大半は、真昼の夏の日光にさらされてから30分以内に非活性化されたのに対し、冬の日光の下では何日も生き残ることができるということも分かった。

 ‎「疑似唾液中のウイルスの不活性化は、理論上予想されていたよりも8倍以上速いことが実験の結果分かった」と、‎‎ルザット・フェイギス助教授と彼のチームは述べた。「今のところ科学者たちは、まだ何が起こっているのか分っていない」‎

 そのチームが考えたことは、短波長紫外線(UVC)が地球に到達しないので、短波長紫外線が、ウイルスのリボ核酸(RNA)を直接攻撃することはできない。しかし、太陽光下の長波紫外線(UVA)が、唾液のようなウイルス環境内で分子と相互作用を起こし、ウイルスの不活性化の速度の更新を促すのではないか、ということだった。排水処理に紫外線を用いた以前の研究でも同様の結果が出ている、とのことだった。
 
 ‎この発見は、長波長紫外線(UVA)排出機を空気ろ過システムなどの機器に追加して、ウイルス粒子の拡散を減らす安価でエネルギー効率の高い手段を提供できることを示唆している。マスクや社会的距離の保持はまだ必要である可能性が高いが、予防接種の努力にもかかわらず、各国がパンデミックの繰り返しの波に苦しむ中、このような紫外線(UV)ベースの治療処置は、何らかの利益をもたらす可能性がある。‎

 

‎‎

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「生命倫理学と新優生学」 ( 2021年3月6日、ニュースサイトのコーベット・レポートの音声記事の文字起こし )(その2)

(その1はこちら
 エゼキエル・エマニュエルのような生命倫理学者が、危機が全体に広まっている最中に、医療活動の適正配分ルールを変えるような論文を書いていることは、驚くべきことではない。弟のラーム・エマニュエル(RAHM EMANUEL)が「恰好の危機を無駄にしてはいけない」と顰蹙を買うような発言をしてもエゼキエル・エマニュエルに関しては驚くべきことではない。


ラーム・エマニュエル(RAHM EMANUEL):

 深刻な危機を無駄にしようなどと考える人は一人もいません。そして私は本気で言っていますが、これはチャンスです。以前であればとてもできないと考えていたことが今ならできるのです。

出典: Rahm Emanuel on the Opportunities of Crisis

 


 しかし、より広い視点から見れば、「生命の選別委員会」という概念が、生命倫理学者たちによって裏口からこっそり、まんまと持ち込まれたとしてもまったく不思議ではない。

 実際、生命倫理学の歴史を最初から見てみると、この分野の研究が目指しているものがまさにそうであることがわかる。つまり、大きな争点となる議論の枠組みをつくり、優生思想の持ち主が抱く理想や価値観を社会の主流になるよう画策し、それを法制化することを可能にさせる。中絶から安楽死に至るまで、医療分野で議論する前には必ず、生命倫理学者や生命倫理学の機関が、道徳観、価値観、そして法律の大変革に向けて国民に心構えをさせている。

 その生命倫理の歴史を調べていくと、「生命倫理の分野を確立する上で重要な役割を果たした」とホームページに書かれている非営利研究センター「ヘイスティングスセンター」の門前にたどり着く。ヘイスティングスセンターの創設者であるテオドシウス・ドブジャンスキー(Theodosius Dobzhansky)は、1969年から1975年まで米国優生学協会の会長を務めていた。一方、ヘイスティングスセンターの共同設立者であるダニエル・キャラハン(Daniel Callahan)は、このセンターの初期の活動はロックフェラー人口評議会や国連人口基金の資金に頼っていたことを認めている。1987年から1992年まではアメリカ優生学協会(社会生物学研究協会に改称)の理事を務めていた。

 前回のコーベット・レポートのゲストであるアントン・チェイキンが幅広い範囲で報告している通り、20世紀初頭にロックフェラー家がアメリカで優生学を推進したことと、20世紀後半にヘイスティングスセンターが設立されたことには、歴史的な連続性がある。ヘイスティングスセンターは、ロックフェラーが設立したPopulation Council(人口評議会)が、「生命倫理」の名の下に、中絶、安楽死、死の判定団の設置などの優生学的課題を推進するための前線基地として育成したものだとチェイキンは指摘する。



チェイキン:
 私たちが目にした優生学の実践や、1920年代初頭にアメリカで行われていた優生学の議論や諸準備は、19世紀後半にさかのぼりますが、同じ議論や諸準備はイギリスでも行われていました。それらはナチス・ドイツにも引き継がれました。第二次世界大戦後、これらの運動に参加した人々は、優生学の考えを存続させたいと考え、特にロックフェラー財団(第二次世界大戦前にヨーロッパでナチスの優生学を支援していた)の支援を受けて、優生学協会や優生思想と重なる人口管理運動を立ち上げました。そして優生学と人口制御の組み合わせから、いろいろな機関やプログラムが生まれたました。それらは今日、「生命倫理学」と呼ばれるものの中心に位置しています。そこで制限があると考えられている医療資源をベースにした医療実践における倫理的な問題について決断が下される、まあ、決断が下されると見なされます。

 一般的に、この分野は完全にインチキで、道徳的にも嫌悪感を抱かせるものです。根底にあるのはその怪しげな生誕であり、医療界や学術界では、これを実践の一部としていますが、「生命倫理学」の存在の根拠と向き合ったことなど一度もありません。

出典: Anton Chaitkin on the Eugenics / Euthanasia Agenda

 


 生命倫理学の歴史は、アメリカ優生学の第一波を支えたロックフェラーの資金、カイザー・ウィルヘルム研究所とナチス時代のドイツの優生学プログラムを支えたロックフェラーの資金、そして人工評議会(Population Council)、ヘイスティングスセンター、その他の戦後の「隠れ優生学」研究センターを支えたロックフェラーの資金と結びついている。その結果、今日活躍している最も有名で最も物議をかもしている生命倫理学者の多くがヘイスティングスセンターに関係していることは、おそらく驚くに当たらないだろう。

 例えば、エゼキエル・エマニュエルその人。エゼキエル・エマニュエルは、ジョン・ポデスタが設立したアメリカ進歩センター(Center for American Progress)のシニアフェローである。このセンターは、オバマ政権との間に「回転ドア」を持ち、さまざまな業界のロビイストとの間で金のやりとりを行っているとThe Nation誌の2013年の暴露記事で告発されている。彼は同時にヘイスティングスセンターのフェローでもあるのだ。エマニュエルの生命倫理学者としてのキャリアは、1996年11月に掲載された「The Hastings Center Report」の記事に端を発している。この記事では、ダニエル・キャラハンが医学の目的に関する議論を医療活動の議論に持ち込もうとしたことを称賛した上で、リベラル派とコミュニタリアン派の双方が同意できる点を強調している:「参加する市民である、あるいはこれから参加する市民になる道を不可逆的に閉ざされている個人に提供される(医療)サービスは、基本的なものではないし、保証すべきものでもない。」エマニュエルは、この原則が実際に運用されている「わかりやすい例」として、「認知症の患者に医療サービスを保証していない」ことを挙げている。

 つい昨年、ヘイスティングスセンターは、米国におけるCOVID-19のパンデミック規制を検討する際に、「どのような価値観を指針とすべきか」というオンライン・ディスカッションを開催した。その中でエマニュエルは、大手テクノロジー(ビッグテック)企業はユーザーの動きに関するデータを政府や研究者と共有するのに十分な努力をしていないとの意見を述べた:

 

エマニュエル:
 これまでのところ、ビッグテック(大手テクノロジー企業)はこの件に関して全く役に立たないと言わざるを得ません。COVID-19に関しては、彼らが何か本当に役立つことをしたとは思えないのです。彼らには多くの能力があります。本当ですよ。Facebookはすでに、あなたが普段誰と交流しているのか、どのくらい親しくしているのか、いつ家を出るのか、どの店に行くのかを知っています。Googleも同じです。そして、彼らはこのデータを使っていません。人々の怒りを恐れているのかもしれませんが、誰かに渡して効果的に使ってもらうことすらしていません。このままでは、彼らの道は二つだと思います。このプロセスとは無関係な存在になってしまうか、あるいは、この問題の解決に貢献してくれる存在に実際なること、のいずれかです。

出典: Re-Opening the Nation: What Values Should Guide Us?

 


 また、ヘイスティングスセンターのフェローであり、ウィスコンシン大学マディソン校の生命倫理学教授であるノーマン・フォスト(Norman Fost)を取り上げよう。彼は、Kennedy Institute of Ethics Journalという学術誌で「臓器提供者が死んでいることが重要かどうか」を問うだけでなく、2013年に開催されたパネルディスカッション「Challenging Cases in Clinical Ethics(臨床倫理における挑戦的な事例)」で、今では世界中で非難されているアメリカの優生学プログラムと言えばこれ、とされる強制不妊手術を支持している。

 


ノーマン・フォスト:
 避妊手術について言えば、もし彼の性行動が減衰させる可能性があり、誰かを妊娠させる危険性がなくなるのであれば、それが一番いいことでしょう。(強制)不妊手術は除外すべきでないと思います。それは彼の利益であると同時に、彼の性的暴行を受ける可能性のある潜在的な被害者にとっても利益になるからです。

 アメリカで不妊手術の評判が悪いのは、10万人以上の発達障害者を優生学的に不妊手術したからだと思いますが、そのほとんどは不適切な措置でした。そして、ウィスコンシン州は、その過剰反応の先頭に立っています。立法府が許可するまでは未成年者の不妊手術をしてはならないという最高裁の判決があります。そして同州は絶対に許可を出しません。それは発達障害を持った多くの子どもたちの利益になりません。彼らにとって生殖活動は最悪の事態となるでしょう。妊娠が自発的なものであれ、押しつけられたものであれ、です。

 もし、この子が親になることができないことが本当だとしたら・・・そしてこの国の限られた歴史から言ってそんなことを言い切ることができないとしたら、そしてそれが本当でないのかもしれないとしたら、でもこれだけは申し上げたいのはこの国の(強制)不妊手術に対する過剰反応は、――正しいとは言えないのかもしれません。誰かをその人の意志に反して不妊手術をすることは、例外なく酷いことだ、という言い方は正しくありません。少なくともその人の利益になるかもしれないものとして(討議の)テーブルには置いて置くべきです。

出典: A Conversation About Challenging Cases in Clinical Ethics


 
 しかしこういった議論はヘイスティングスセンターの上層部だけに止まっていない。

 例えば、ジョセフ・フレッチャー(Joseph Fletcher)。フレッチャーは、彼を批判する人間からも彼を擁護する人間からも生命倫理学のパイオニアと呼ばれている。彼はバージニア大学で医療倫理学の初代教授を務め、同大学に「生物学と社会プログラム」を共同で設立した。アメリカ安楽死協会の会長として、また家族計画連盟の設立に尽力したほか、アメリカ優生学協会のメンバーでもあった。1968年に発表した論文には、ダウン症や他の痴呆症を持った赤ちゃんを殺すことを擁護する内容が書かれている:


 「聖なるもの(それを尊いものにしているもの)は、本質的には生命そのものにあるのではない。あくまでも外在的なものであり、bonum per accident, ex casu(たまたま偶然に外から与えられるもの)である。つまり状況に応じたものなのである。あるものに比べれば、命を奪うことは小さな悪であり、あるものに比べれば、命を失うことは小さな悪である。死は常に敵というわけではなく、時には友であり僕にもなり得る。」

 例えば、ピーター・シンガー(Peter Singer)。生命倫理学者の中で、一般に名前が知られているのは、動物解放論で有名なピーター・シンガーである。しかし、一般にあまり知られていないのが、嬰児殺しを是とする彼の議論だ。中絶と「重度障害児」の殺害との間には関連する差異は全くないとする考えも彼は持っている。批判派が彼を「フレッチャーの息子」呼ぶことになった立場だ。

 もっともシンガーは、一般の人向けに話すときには、最新の注意を払って、議論の波風が極力立たないような立場を取りながら、嬰児殺しを是とする議論を組み立てている・・・。.


ピーター・シンガー:
 ・・・そこで私たちは「いいですか、難しい決断は、この嬰児を生かしておきたいかどうかです」と言いました。それは、両親と医師が、病状についての可能な限りの情報に基づいて決定すべきことです。しかし、そのような判断をした後、もしそれがあなたの判断であれば、赤ちゃんを迅速かつ人道的に死なせることも許されるはずです。その子が生きていない方が良いという判断であれば、その子が速やかに人道的に死ぬようにすることは可能なはずです。

 それが私たちの提案でした。さて、この提案は、プロライフ運動の人々や行動的障害者運動の人々など、さまざまな反対派によって取り上げられました。ついでに申し上げれば、この行動的障害者運動は、私たちがこのテーマについて初めて文章を書いた時には存在していませんでした。彼らは、私たちが乳幼児をどのように扱うべきかを率直に述べていることから、私たちを(反対陣営を攪乱させる目的だけの)「おとり」――あるいは、(悪い子どもをさらってゆくといわれる)「ブギーマン」)のように捉えています。

出典: The Case for Allowing Euthanasia of Severely Handicapped Infants 




 ・・・彼の実際の著作には、もしそれをあからさまに言ってしまえば、平均的な人々の感性に確実なショックを与えてしまうような、より大胆な主張が含まれている。例えば、倫理学入門コースのテキストとして書かれた『実践倫理学』では、シンガーは重度の障害や先天性欠損症についての議論を抜きにして、新生児を殺すことが根本的に不道徳であるかどうかについて広く語っており、「新生児は選択できる自律的な存在ではないので、新生児を殺すことは自律性尊重の原則に反することはない」と述べている。

  「もちろん、子どもたちが、何歳で、自分たちがゆっくりとした時間の流れの中で存在する独自の存在と見なし始めるかを断言するのは難しいだろう」と認めた上で、「2歳や3歳の子どもたちと話をしても、死についての首尾一貫した概念を引き出すのは通常非常に難しい」と指摘し、「生命に対する完全な法的権利は、出生時ではなく、出生直後(おそらく1か月程度)まで効力がある」と決定することで、そのような懸念に対する「十分な安全圏」を確保することができる。」

 このテーマについて自分の職業の中で議論しているのは、シンガー一人だけではない。実際、彼は、嬰児殺しを議論する際にどこで線を引くべきかを考えている一連の生命倫理学者の流れの一端を担っているに過ぎない。

 例えば、オーストラリアで活躍する2人の生命倫理学者、アルベルト・ジュビリーニ(Alberto Giubilini)とフランチェスカ・ミネルバ(Francesca Minerva)は、2012年The Journal of Medical Ethics誌に「After-birth abortion: Why should the baby live?(堕胎後:その赤ん坊が生きるのは何故か?)」を発表している。その論文の中で彼らは、「乳児の道徳的地位は胎児のそれと同等である」と主張。それ故「堕胎を正当化する同じ理由で、嬰児の段階にいる潜在的な人(訳注:人としての十分な条件をまだ満たしていない、という意味に解する)を殺すことも正当化されるべき」とも主張している。重度の障害を持つ新生児を殺すことについて、生命倫理学者が何十年も前から主張してきたのと同じ古い議論をさらに展開するのかと誤解されないように、この二人は注意深く次の事例を補足している:「新生児は(最低)生きられる潜在力を持っているにしても、その家族の幸福が危機に曝される事例がある。」

 しかし、他の多くの学術論文とは異なり、この論文は一般の報道機関にも広く取り上げられた。The Guardianのような有力大手メディアでさえも「嬰児殺しは不快な話題だ。(しかし)そう感じても全員が*グレン・ベック(Glenn Beck)にはなるわけではない」と主張している。
*グレン・ベック(Glenn Beck)・・・アメリカ合衆国の保守系ラジオパーソナリティ、コメンテーターである。かつては、FOXニュースのテレビ番組で司会者を務めていた。2011年、保守系複合メディア企業「THE BLAZE」を設立、現在もオーナーを務める。( ウィキペディア)

 「赤ちゃんを殺すことは道徳的に許されている」という学術論文に否定的な反応が多かったことに驚いたのか、この二人の筆者は、「一般の人々は、あまりに無知なため生命倫理という高度に学術的な分野で行われているこの複雑な議論を理解できないのだ」とやり返し、非難した。



 出産後の中絶についてこの記事を書こうと決めたとき、私たちの論文がこのような激しい議論を引き起こすとは思いませんでした。

 「なぜダメかって?そんなこと聞くまでもないでしょう!」と、ウェブ上いたるところで繰り返されます。それに対する答えはとても簡単です。私たち二人の記事は、このテーマや私たちの主張をすでによく知っている生命倫理学の仲間たちに読んでもらうことを想定していたということです。実際、サバレスキュ(Savulescu)教授が彼の編集記で説明しているように、この議論は40年前から続いています。



 この研究者たちの反応について別に何か言われるかもしれないが、上に引用したことは彼らの研究に対する不誠実な弁護というわけではなかった。この論文を掲載した『The Journal of Medical Ethics』誌の編集者であるジュリアン・サバレスキュ(Julian Savulescu)は、その論文を擁護して、赤ちゃんを殺すことが許されるかどうかについての学術的な議論は、少なくとも1960年代にまでさかのぼると実際指摘している。DNAの構造を共同発見したフランシス・クリック(Francis Crick)は、政府が貧しい人々や望ましくない人々の繁殖を防ぐために、政府発行の出産許可証を必要とすることを提案した自他共に認める優生思想家であり、出生後に特定の遺伝子基準を満たしていることが判明した場合にのみ、子供の生存を認めるべきであると提案しているのだ。

 実際、医療倫理の専門誌には、まさにそのような議論が次のように数多く掲載されている。

①1992年にThe Hastings Center Report誌に掲載されたダン・ブロック(Dan Brock)の「自発的積極的安楽死」に関する論文
②1997年にThe Hastings Center Report誌に掲載されたジョン・ハードウィグ(John Hardwig)の「死ぬ義務はあるのか?」を問う論文
③ヘイスティングスセンター副所長のナンシー・バーリンガー(Nancy Berlinger)による2008年の公式声明:「子供へのワクチン接種を良心に基づいて拒否することを親に許すのは、いくつかの点で問題がある」

 これらの倫理学の教授達はこれまで知られていなかった、そして注目されていなかった学問の片隅で苦労しながら、世界中の人々にとって文字通り生死を分ける政策の舵取りにおいて、ますます大きな影響力を持つようになってきている。


 リチャード・J・ノイハウス(Richard J. Neuhaus)が執筆した1988年の予知的論文『優生学の再来』から:


 医療倫理学者や生命倫理学者と呼ばれる何千人もの人々は、考えられないことから出発し、議論可能という途中経過を通過しながら、それが正当化できるものになり、最終的には例外はあり得ない、というところまで専門的な観点から全体の議論を引っ張っている。その過程で、やっかいな問題にあまり時間をかけすぎて考える人は、「専門的にはその点は解決済みになっているのですよ」と言われるのがおちだ。実際、たいていの場合、専門家たちが必死になってやっているのは、道徳的な問題は何もないというお墨付きも得ぬまま自分たちがもう始めてしまっていることの帳尻合わせだ。



 確かに、生命倫理学者は、一般的に言って、訓練を受けた医師でもないし、訓練をうけた研究者でも医療従事者でもない。彼らは(医療現場には身を置かない)学者として、医師や研究者の言葉を字面通りに受け取るしかない。しかし、どの医師?誰の研究?必然的に、WHO(世界保健機関)、AMA(米国医師会)、その他の組織のそれとなるが、これらの組織は、その内部の人間でさえも認めているように、医療上の必要性だけではなく、組織を支援する億万長者の恣意的な気まぐれに左右される。

 その結果、生命倫理学の教授たちは、権威者と奉られ、医学的なアドバイスをするだけでなく、どのような医療行為を受けることが道徳的に義務づけられているかについて、一般の人々にお説を垂れるまでになっている。人々が自分の体の状態をどう感じているかにはお構いなしだ。

*CLIP (0m35s-1m27s)

出典: Emanuel: Wearing a mask should be as necessary as wearing a seatbelt


ジュリアン・サバレスキュー:

 世界には、すでにワクチン接種を義務化している国があります。オーストラリアでは、「no jab, no pay」といって、予防接種を受けていない子どもには育児手当を出さないという政策がとられています。イタリアでは罰金が科せられます。アメリカでは予防接種を受けていないと学校に通えません。これらの政策は、いずれもワクチン接種率を向上させ、問題なく実行されています。

出典: “Mandatory COVID-19 vaccination: the arguments for and against”: Julian Savulescu & Sam Vanderslott


 

ケリー・ボウマン(Kerry Bowman):
 ある形式を持ったワクチン・パスポートの流れはもうほぼ止められません。旅行の際には、事実上当然のことになっています。また、イスラエルのようにグリーンカードを導入している国もあります。これらはすべて、ワクチンを接種した人は簡単にはウイルスを広げられない、つまり感染させられないという前提のもとに行われています。それはまるで科学についての私なりの読み取りみたいに見えます。大半のワクチンについて当てはまるように見えます。だから、それが問題になってくるのでしょう。

 民主主義社会では、ワクチンを拒否する人もいれば、ワクチンを打てない人もいるのだから、そんなことは絶対にできないと言う人がいます。しかし、ここで反対の意見があります。ワクチンを接種した後、1年間都市閉鎖をしてもう他の人に感染させるリスクがなくなったカナダ人に対して、その自由を制限し続けることは本当に公平なのでしょうか?

 さあ、この議論について相反する二つの立場が出てきました。

出典: ‘Vaccination passports’ a near certainty says bio-ethicist | COVID-19 in Canada


 生命倫理の分野は、その発足当初から、その中核となる機関を設立した正真正銘の優生学信奉者たちから道徳的なヒントを得てきた。この優生思想を持った学者たちにとって、現代の医学の進歩がもたらす重要な道徳的問題は、本質的に常に実利的な意味を持っている。強制的なワクチン接種や強制的な不妊手術は、地域社会にどのような価値をもたらすのか?水道にリチウムを入れることでより幸せな社会になるのか?新生児を殺すことでもたらされる家族の救いは、殺される時のその赤ん坊の不快さを上回るのか?

 このような考え方の行間から読み取れるのは、「価値」、「幸福」そして「安心感」を定義するものは何か、そしてこれらの抽象的な概念をどのように測定し、比較するのかという、すべてその中に組み込まれた前提だ。そうこうするうちに、個人の価値は、恣意的に決められる集団の利益と対抗するように調整することができるし、そうすべきだという功利主義の基本に関わる前提が考慮されることはほとんどなくなる。

 だが、一般の人の大半は、この種の疑問が、生命倫理学の教授たちによって問われていることを知らない。ましてその答が出ていることなど、なおさらだ。訳の分からない学術誌でのやりとりだからだ。一般人は、こういう議論についての知識を欠いていることで文字通り滅びてしまうかもしれない。

 すべてが平等であるならば、こういうタイプの思念はこれまでずっとやってきたように扱われることになるだろう。つまり、象牙の塔に住む学者の意味の無い室内ゲームとして、その狂った思念を人に押しつける権限を一切持たずにやれ、ということだ。しかし、(現実は)すべてが平等ということではなくなっている。

 エゼキエル・エマニュエルは、社会を変えるための危機管理の有用性について、兄のラームのノートを参考にしたのか、「戦争や恐慌、その他の大きな内乱が起きたときにのみ、医療制度改革が実現する」と2011年に宣言した。彼はそういう異変のリストの中に「パンデミック」は入れなかった。その必要もなかった。この1年の出来事が証明しているように、危機が起きていると言われれば、国民はこれまでは考えられないとされていたことを、誰に指図されるまでもなく自分から進んで考慮するようになる。

 強制的な予防接種。免疫(証明)パスポート。バイオセキュリティー(生物テロ対策ができている)国家の創設。優生学の影響を受けた生命倫理の哲学者たちが、初めて実権を握ろうとしているのである。そして、このような学者たちが何十年もかけて行ってきた議論を、一般の人々はまだほとんど知らない。

 少なくともビル・ゲイツはやっとホッとできる。ついに「生命の選別委員会」についての議論を持てることになったのだから。

関連記事

「生命倫理学と新優生学」 ( 2021年3月6日、ニュースサイトのコーベット・レポートの音声記事の文字起こし )(その1)

<記事原文>

Episode 396 – Bioethics and the New Eugenics Corbett • 03/06/2021 

元の記事はこちらのYouTubeを参照

<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2021年5月1日

 生命倫理学は、医学、生物学、そして諸々の生命科学から起こる道徳的問題を研究する学問である。

 一見すると、生命倫理学は、倫理哲学の一分野であり、学者が他の学者と「針の頭で何人の天使が踊れるか」という(何の実用性もない時間の無駄のような)現実離れした、SFのような議論を台本通りにしているだけ、と見えるかもしれない。



ポール・ルート・ウルプ(PAUL ROOT WOLPE)

 想像してみてください。記憶剤があったら、どうなると思いますか?まず、申し上げますが、手は上げる必要はありませんよ。自分に正直になってみましょう。みなさんはその記憶剤を飲みますか?

出典: Memory Enhancing Drugs: Subject of “Arms” Race?

 


マイケル・サンデル(MICHAEL SANDEL)

 確かアフガニスタンで行われていたと思うのですが、ポロの一種で、馬に乗って行うスポーツの話を読んだことがあります。馬なのかラクダなのか?どちらかはわかりません。そして彼らは死んだ山羊か何かを、ポロボールのように叩くのです。そうです。死んだ、多分山羊です。社会学を研究している人なら、この話を知っているかもしれません。つまり、その山羊は痛みを感じてるということではないのです。すでに死んでいるのですから。そうは言ってもそのやり方は少し残酷だと思いませんか?いえ、その山羊の利益が全く考慮されていないというわけではありません。競技が始まる前に山羊は苦しまずに殺されていたということにしておきましょう。

出典: The Ethical Use of Biotechnology: Debating the Science of Perfecting Humans


 

モリー・クロケット(MOLLY CROCKETT):

 もし私が、一錠の薬で何が正しくて何が間違っているかの判断を変えることができると言ったらどうでしょう。あるいは、あなたの正義感が今朝の朝食に何を食べたかによって変わると言ったらどうでしょう。まるでSFのような話だと、たぶん、思われるのでしょうね。

出典: TEDxZurich – Molly Crockett – Drugs and morals

 


 しかし、(上に引用した)生命倫理学者たちは、「SFのような話でお茶を濁して終わり」とはいかなくなっている。彼らの考えは、各国政府が人々の身体に対する支配を確立したり、その支配をますます悪夢のような方法で強要するために利用されているのだ。



アーチェル・ジョルジュ(ARCHELLE GEORGIOU):

 リチウムは、双極性障害や躁鬱病の人の気分障害を治療するために処方される薬です。日本の研究者が発見したのは、ある地域の水道水に微量のリチウムが含まれており、そのような地域では自殺率が低いということでした。そこで彼らは、微量のリチウムが地域社会の雰囲気を変え、リチウムの悪い影響を受けずにポジティブな方向に作用し、自殺率を低下させることができるかどうかを本当に調査しています。非常に興味ある考え方です。

出典: Lithium May Be Added To Our Water Supply


ゲイツ(Bill Gates):

 カリフォルニア大学の授業料は急ピッチで引き上げられているので、これまで中流階級などにも開かれていたこの大学への門戸が急速に閉じられています。これは、医療費がとても、とても高いのに、皆があえて口にしたがらない以下の論議に蓋をしているから起こっていることなのです。その議論とは、「余命3ヶ月しかない患者のために100万ドル使うより、そのお金を10人の教師を解雇せずに済む資金に充てるほうがよくはありませんか?」という議論です。しかしそんな議論は、「生命の選別委員会」呼ばわりされ、タブー視されています。

出典: Bill Gates: End-of-Life Care vs. Saving Teachers’ Jobs

 


 一昔前までは、水道を使って国民に薬を投与するとか、高齢者を対象とした死の判定団を設置するなどという話は、まだ突飛なものだった。しかし、世界中でパンデミックや医療費高騰を巡ってヒステリー状態になっている今、これまで語られることのなかったこれらの話題が、人々の間で議論されるようになってきている。

 しかし、一見すると穏やかな学問である生命倫理学が、優生学の暗い歴史に根ざしていることを知っている人は多くはない。そのことを知れば、人間の生死と健康に関する最も重要な議論を、一部の人間に委ねることの危険性がより一層明らかになる。

 2020年11月10日、ジョー・バイデンは、バイデン政権のCOVID-19関連政策の設定について政権移行チームに助言するコロナウイルス特別委員会のメンバーを発表した。その委員会には、生命倫理学者で*アメリカ進歩センター(Center for American Progress)のシニアフェローであるエゼキエル・エマニュエル(Ezekiel Emanuel)博士が含まれていた。
*アメリカ進歩センター:2003年10月24日、ジョン・ポデスタ(John Podesta)が設立。ワシントンDCに本部。経済、社会問題についてリベラル派の立場から公共政策の研究と主張を展開するシンク・タンク。(ウィキペディア)


ジョー・バイデン(JOE BIDEN):

 そのため、私は本日、公衆衛生の著名な専門家で構成されるCOVID-19移行諮問委員会を設置し、移行チームがバイデン-ハリスのCOVID-19計画を実行に移すことに力を貸してもらうことにしました。2021年1月20日にカマラと私が就任したらこの青写真はすぐ実行に移せます。

出典: President-elect Biden Delivers Remarks on Coronavirus Pandemic
 



司会者:
 次期大統領の特別委員会に当地出身の医師が参加していることがわかりました。Eyewitness Newsのレポーター、ハワード・モンローがこの記事を報告します。

トマス・ファーレイ(THOMAS FARLEY):

 彼は非常に聡明で有能な人物であり、今回のパンデミックに対処する医学界の代表として最適な人物だと思います。

ハワード・モンロー(HOWARD MONROE):

 今朝、Eyewitness Newsに出演したフィラデルフィアの保健所長トマス・ファーレイ博士。ファーレイ博士は、ジョー・バイデン次期大統領の政権移行チームが、エゼキエル・エマニュエル博士をコロナウイルス特別委員会のメンバーに選んだことを賞賛しました。エゼキエル・エマニュエル博士は、ペンシルバニア大学の医療倫理・医療政策学科の学科長です。

出典: UPenn Dr. Ezekiel Emanuel To Serve On President-Elect Biden’s Coronavirus Task Force



 この発表は、一般の人々にとってはほとんど意味のないものだった。エマニュエルを知っているのは、テレビのパネルディスカッションの語り手としてか、オバマ大統領の元首席補佐官で元シカゴ市長のラーム・エマニュエルの弟ということくらいだろう。しかし、エゼキエル・エマニュエルの生命倫理学者としてのキャリアや、アメリカの医療制度の改革を提唱してきた歴史を追ってきた人々にとっては、彼の就任は不吉な兆候であった。

 彼が言っているのは、①*ヒポクラテスの誓いは時代遅れであり、②そんな誓いにそった医療行為をしていれば、医師たちが大真面目に患者のためにできる限りのことをすべきだと考えるようになり、③(本当に)すべきことは自分たちの患者の命を犠牲にして、より優先順位の高い人間の命を救うことだという三点だ。彼の議論によれば、人々が75歳で死ぬことを選択すれば、その人は老後の世話という負担を社会に与えずに済む、となる。彼はオバマ政権の医療政策アドバイザーとして*アフォーダブルケア法(Affordable Care Act)(=オバマケア)の策定に携わった。オバマケアを一緒に設計したジョナサン・グルーバー(Jonathan Gruber)は、この法が可決されたのはひとえにアメリカ国民の愚かさのせいだ、と認めている。

*ヒポクラテスの誓い・・・米国の全ての医大生が、暗記するほど何度も読むことになっている医療における倫理を示した文章のこと。詳しくはこちら
*アフォーダブルケア法・・・ペイシェントプロテクション・アンド・アフォーダブルケア法(Patient Protection and Affordable Care Act、通称アフォーダブルケア法(ACA)またはオバマケア)は、アメリカ合衆国第111議会で制定され、2010年3月23日にバラク・オバマ大統領によって署名された米国の連邦法である。2010年修正の医療・教育改革法(Health Care and Education Reconciliation Act of 2010)と合わせて、1965年にメディケアとメディケイドが可決されて以来、米国の医療制度において最も重要な規制の見直しと適用範囲の拡大を意味している(ウィキペディア)




ジョナサン・グルーバー:

 いいですか?国民の透明性、そうです。国民の透明性の欠如が政治的には大きな利点です。アメリカの有権者の愚かさとでも言うのでしょうか。基本的にはこれが法案を通すのに非常に重要でした。

出典: 3 Jonathan Gruber Videos: Americans “Too Stupid to Understand” Obamacare



 オバマケアの審議の過程で、「生命の選別委員会」の問題が浮上した。「生命の
選別委員会」という言葉は、メディア上で政府擁護派によって一笑に付されたが、その本質は、エマニュエルが以前から主張していたことだ:「医療行為を(適正に)配分する機関や評議会を任命し、医療を受ける価値がないと判断された人を事実上死に追いやる」というものだ。

 

ロブ・マス(ROB MASS):
 私があなたのことを初めて知ったのは、ちょうどオバマケア(Affordable Care Act)が検討されていた時期に書かれた記事のことでした。その記事のタイトルは "Principles for the Allocation of Scarce Medical Interventions"(希少な医療介入の配分に関する原則)でした。当時、この新しいオバマケアが生命の選別委員会を作るのではないかと話題になっていたのを覚えている方がどれくらいいらっしゃるかわかりませんが、それからこの人は1つの記事を書きました。この人の書いた記事は、医療の適正配分がテーマです。これはアメリカ全土でぜひ読まれなければいけないと思いました。医療の適正配分はオバマケアから始まるとお考えですか?医療は常に配分されるのであり、適正配分は絶対条件です。それを説明してください。

エゼキエル・エマニュエル:
 つまり、「配分」には2種類あると言えるでしょう。1つは、量が絶対的に少ないから配分しなければならない場合です。これは単に量が足りないだけでは事は済みません。人を選別しなければなりません。移植用の臓器では現にそうしています。十分な量がないのです。移植を受けられる人もいれば、受けられない人もいて、人が死んでしまう悲劇も出来(しゅったい)します。同様に、もしもインフルエンザが大流行したら、いや、もしもではなく、インフルエンザの大流行はありますから、その時は、です。その時は、十分なワクチンがありません。人工呼吸器も病院のベッドもありません。その時は、もう、誰を生かすのか(誰を殺すのか)の選択をするしかなくなります。

出典: Dr. Zeke Emanuel: Oncologist and Bioethicist

 


 この議論を、少ない資源を巡って経済的に抑制したり、(反対に)されたりする人間が誰だかわからなくなるという議論と同等にしてしまうと、エマニュエルが提唱していることが本当は何なのかが簡単に忘れ去られてしまう。このような出来合のインタービューにおいては、誰が医療を受ける価値があるかを誰が決めるのか、という背後にある問題が排除されてしまっている。エマニュエルや彼の仲間の生命倫理学者たちが長年にわたって、ごく普通に提案してきたことは、生命倫理学者、経済学者、その他のテクノクラートからなる政府に任命された、ある意味で「独立した」委員会に、これらの生死の決定を任せるべきだということであった。

 もしこの考えに違和感を感じないならば、それは、「適者」だけが子孫を残すことを許されるべきであり、「適者でない」と判断された者は、優生論者が主宰する政府任命の委員会によって不妊手術を受けさせるか、極端な場合にはその命は死に追いやるべきであると主張した優生論者たちにまで遡る、長く暗い歴史があるからだ。


ジョージ・バーナード・ショー(GEORGE BERNARD SHAW):

 ・・・しかし、私には殺したいと思う人が非常に多いのです。悪気があるわけでもなく、個人的な感情でもないのですが、皆さんにも明らかなように、少なくとも6人はこの世界で役に立たない人を知っているはずです。この世でプラス面よりはマイナス面が多い人がいます。そして、すべての人を適切に任命された委員会に出席させることは良いことだと思います。ちょうど、税務官の前に出頭するように、です。5年ごと、あるいは7年ごとに、その人に向かってこう言うのです。「サー(あるいはマダム)!恐れ入りますが、あなたがこの世に存在する意義をおっしゃっていただけますか?」

出典: George Bernard Shaw talking about capital punishment

 


 これは、ナチス・ドイツが*T4作戦を正当化するために採用した「Life Unworthy of Life(生きるに値しない生)」の話と全く同じで、T4作戦では、7万人以上の子供や高齢者、精神病患者がナチス政権によって殺害された。
*T4作戦・・・ナチス・ドイツで精神障害者や身体障害者に対して行われた強制的な安楽死政策である。 1939年10月から開始され、1941年8月に中止されたが、安楽死政策自体は継続された。「T4」は安楽死管理局の所在地、ベルリンの「ティーアガルテン通り4番地」を略して第二次世界大戦後に付けられた組織の名称である。(ウィキペディア)

 2009年、作家で研究者であるアントン・チェイキン(Anton Chaitkin)が、このジェノサイド的な考えを巡ってエゼキエル・エマニュエルと対決している。


司会:
 それでは同じ手順で参りましょう。まず3分間(の意見陳述)、それから質問の時間です。チェイキンさん、どうぞ。

アントン・チェイキン:
 (名前は)アントン・チェイキンです。歴史家で、Executive Intelligence Review誌の歴史校正を担当しています。

 オバマ大統領は、1939年にドイツで大虐殺を始めたヒトラー・ドイツの安楽死を復活させる改革装置を導入しました。その装置とは、高齢者、慢性病患者、貧困者の医療を拒否し、ナチスの医師が言ったように「生きるに値しない」と思われる命を奪うことで、オバマ大統領の言葉によれば、2兆から3兆ドルを節約するというものです。

 エゼキエル・エマニュエル博士をはじめとするコスト削減を公言するパネリストたちは、エマニュエル博士がフェローを務めるヘイスティングスセンターを中心とした安楽死のプロパガンダ運動を主導しています。例えば、11月にワシントン州で可決された法律では、国民皆保険制度の崩壊によって医療を受けることができなくなった患者の殺害を医師が手助けすることになっていますが、このような死の文化を受け入れるように世論や医療関係者を誘導しています。エマニュエル博士の生命倫理と安楽死のための運動とこの協議会の目的は、ヒトラーが患者を殺害し、さらにその他の費用のかかる「価値のない」とされる人々を殺害することを組織した優生学運動を直接継承するものです。

 エマニュエル博士は昨年10月12日に、危機、戦争、金融崩壊が起きれば、おびえた国民がこの計画を受け入れるようになると書いています。ヒトラーは1935年にブラント博士に、安楽死プログラムは戦争が始まるまで待たなければならない、と言いました。そうなれば国民がついてくるからです。エマニュエル博士は昨年、ヒポクラテスの誓いは破棄されるべきだと書いています。つまり医師はもはや、患者のニーズに応えるだけではいけない、という内容です。ドイツの優生思想家であるホーシェ(Hoche)とビンディング(Binding)は、まさに同じことを言って(安楽死という)殺人を始めようとしています。

 この協議会の委員たちであるあなたは、現在の世界的な大混乱の中で、医療活動を手控えることによって、何百万人もの人の死を招くことになる手順を作成しているのです。あなたは、権力を握った人間、つまり金融関係者の支援があれば、説明責任から逃れられると考えているようですが、今、あなたにスポットライトが当てられているのですよ。

 こんな協議会は解散して、ナチス党の復活につながるこの流れ全体を元に巻き戻しなさい。

出典: Obama’s Genocidal Death Panel Warned by Tony Chaitkin


 昨年、エマニュエルが、COVID-19治療の適正配分を提唱するNew England Journal of Medicine誌の論文の主執筆者として登場し、後にその論文がカナダ医師会に採用されたことは驚くに値しない。この論文「Covid-19時代における医療リソースの公正割り当て」は、エマニュエルと著名な生命倫理学者のチームによって書かれたもので、パンデミックの緊急時に「医療機器や治療介入を配分する必要性」について論じている。

 彼らは高齢者と生存率の低い患者、あるいはそのどちらからかの治療から手を引くことを提言している。なぜなら、こういった人たちがいるお陰で、希少な医療リソースが若い患者や治療予後の良い患者に向けられないからだ。著者らは言葉としては使っていないが、誰が治療を受けるべきか否かを決定する「生命の選別委員会」を設置する必要性は、この提案の行間に滲み出ている。

 平時であれば、これは理論的な状況についての学者の議論の一つに過ぎなかっただろう。しかし、今は平時ではない。カナダの研究者でメディカルライターのローズマリー・フライ(Rosemary Frei)が当時記録したように、COVIDの危機が宣言されたことで、この論文は抽象的な提案から具体的な現実へと急速に変化していった。


ジェイムズ・コーベット:

 病院の医療行為の配分に話を戻しましょう。これは今回の話の中でとても重要な部分ですから。これは、表面的に読むと一見、合理的に聞こえるのですが、その内容を見れば見るほど恐ろしくなります。

 例えば、あなたが引用している、とくに3月23日の論文「Covid-19時代における医療リソースの公正割り当て」です。これは一流学術誌New England Journal of Medicineに掲載されたものです。この論文では「最も多くすべきなのは、ある程度余命があり、治療を受けて生き長らえることのできた患者の数」であることを求めています。これは、繰り返しになりますが、一見すると合理的に聞こえます。そう、生き残る患者さんの数を最大化したいというのは当然のことです。そのどこが悪いというのですか?

 そこで、この論文とこの論文が前提としているものについてお話しいただけませんか?

ローズマリー・フライ:

 そうですね、突然それまでの言い方が変わり、「さて、最も重要なことは、トリアージ(治療順番)において老齢者の順位が下がったことです」となりました。

  私は自分の論文の中でも指摘していることですが、カナダ人はSARSについて多くの経験を持っています。なぜなら、オンタリオ州ではSARSによってかなりの数の死者が出たからです。SARS――これはもちろん(少なくとも見かけ上は)新型コロナウイルスと同族――を直接経験したトロントの人たちの中に、トリアージのガイドライン、少なくともパンデミック時のトリアージ方法の倫理的枠組みについて書いた人はいます。これは2006年のことで、年齢についての言及ははまったくありません。しかし、14年後の今、この重要なNew England Journal of Medicine誌の論文を含むすべてのガイドラインが、「年齢は重要な基準である」と述べています。そして、これは興味深い点です。

 この論文が重要なのは、米国医師会の公式機関誌であるJournal of the American Medical Associationでも同じことが記載されているからです:年齢だ、と。そこでみんな足並みを揃えました。それから、カナダ医師会が言ったのです、「自分たちのガイドラインを作る時間がないから、『New England Journal of Medicine』の論文を使おう」と。私は目の玉が飛び出ました。

 医療関係のライターやジャーナリストとして活動していた頃、カナダ胸部学会という胸部感染症などを扱う様々な団体を支援する仕事をしていました。彼らがガイドラインを作成するのを手伝いました。ガイドラインを作成するために、あらゆる専門分野の組織が集まっています。それなのに「おお!これをまとめている時間はありません」ですか?繰り返しになりますが、カナダはSARSを経験していたのです。だからガイドライン作成の背景的データもたくさんありました。それなのに、「そんなことはできない!」と言うのです。そこで彼らはすべて丸投げしました。彼らは、「New England Journal of Medicine」誌の提案を引き合いに出して、自分たちはこれに従うしかないと言ったのです。

出典: How the High Death Rate in Care Homes Was Created on Purpose

 


その2に続くhttp://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-557.html
 
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