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南スーダン、CIAの汚れた戦争小史

A Brief History of the CIA’s Dirty War in South Sudan

ライアン・ドーソン

グローバルリサーチ 2019年8月2日

ANC Report 31 July 2019

(翻訳:新見明 2019年8月31日)

<記事原文>
https://www.globalresearch.ca/brief-history-cia-dirty-war-south-sudan/5685393


南スーダンにおけるCIAの汚い戦争が縮小している中、アフリカでのパックス・アメリカーナ(アメリカの力による平和)の犯罪、この最大の秘密の起源と歴史を大まかだが大局的に見る時だ。

アメリカの国益は、中国からアフリカのエネルギー資源への接近を奪回することである。アフリカで中国が唯一スーダンの油田を所有し、運用している。南スーダンの「反乱」の最初の目標の一つが、中国の油田であったことは、偶然の一致ではない。それは最初から南スーダンにおけるアメリカと中国の対立であった。

この歴史を語るとき、我々は2004年に始まる南スーダンの和平プロセスの起源に戻らなければならない。この新たな展開は、東スーダン蜂起と2003年ベジャ人とラシダ人の運動を支援していたエリトリア特別奇襲部隊の介入であった。エリトリア奇襲部隊が、スーダン港とハルツーム間のハイウェイを切断した。ハイウェイはスーダンの首都2500万人のライフラインであった。2週間にわたってスーダン軍は反撃したが、エリトリア特殊部隊に完敗した。

決定的に食料・燃料不足に直面し、スーダン官僚の中核は、最近罷免されたオマル・アル=バシールの支援基盤でもあったが、降伏することなり、和平交渉の一部として様々なスーダン抵抗グループと信頼に基づく交渉開始に同意した。それには東部や南部そして恐らく西部でさえ加わった。


これには、スーダン人民解放運動指導者[SPLM]ジョン・ガランやスーダン大統領オマル・アル=バシールも参加し、2004年後半エリトリアのアスマラで包括的和平合意に署名した。

2004年12月、我々はエリトリアのアスマラへ飛んで、エンボイソイラの古いインペリアル・ホテルにチェックインした。そこで我々はSPLMの高官指導者と朝食を共にした。そこにアメリカの衛星放送用でエリトリアTVを見れたので、朝食の時、我々はみんなでアスマラで最近行われた和平交渉を報道するニュースを見たのです。彼らはスーダンの和平の展望についてみな意気揚々としていて、まだ興奮していた。

その後、2005年アメリカに戻ったあと、我々は新たな和平合意を聞いた。今度はケニアのナバイシャで署名された。そして今度の合意はアメリカによって仲介された。2004年のアスマラ合意と2005年の協約の唯一の本質的相違は、南スーダン独立の国民投票を求める条項が入っていることであった。

アメリカはバシールとガランに、エリトリア調停努力とは別の新たな和平「交渉」、つまり結果的にケニアにおける協定を強いて、独立の国民投票を受け入れさせたのだ。世界の超大国による飴と鞭や、勧誘や、脅しによって、ガランやバシールはスーダンの分割を受け入れさせられ、アフリカの歴史で最も残忍な内戦状態の一つをつくり出したのだ。これは最初からアメリカの仕業なのだ。

READ MORE:The Sudan, Africa’s Longest Civil War: The Peace Deal Proves that South Sudan Is a Failed Concept


和平協定に署名した後ジョン・ガランは、スーダン人民解放運動(SPLM)の長として、ハルツームで最初の大衆集会をもち、100万人かそれ以上集めた。バシールが集めた最大の人数の3倍であった。そこで彼は運命的なスピーチをした。

ジョン・ガランは、南スーダン独立に強く「反対」であることを表明にした。そして北のスーダン同胞に彼を大統領に選び、全てのスーダン人に平等な権利と正義に基づく新たなスーダン建設に協力するように呼びかけた。

ガランは、欧米勢力から政治的に独立する意図を表明し、すでにスーダンで石油ビジネスを展開している中国にスーダン経済を発展させるように期待していると表明した。スーダンは全般的に、アフリカで最も大きく、最も豊かな国になる可能性を秘めていた。そしてアメリカにとってスーダンが中国に奪われることは、パックス・アメリカーナ(アメリカによる平和)にとって受け入れ難いことであった。

ジョン・ガランは2週間後、不可解なヘリコプター事故で死んだ。そして彼と共に統一スーダンも死んだのだ。

2・3年たって南スーダン「独立」のために国民投票が実施された.それは仕組まれた取り決めだったのだ。皮肉なことにジョン・ガランは、南スーダンの独立に激しく反対していたのに、今や彼は南スーダン独立国家の「父」として称えられている。

2009年、私の古い友人アレキサンダー・コックバーンは私に連絡してきて、スーダン・南スーダン問題に対してどうなっているか尋ねてきた。私は過去2・3年間エリトリアの隣で暮らしていて、「南スーダンを覆う暗雲」だと答えた。それをアレックスとジェフリー・セイント・クレアは「カウンター・パンチ」のウェブサイトで発表した。そこで私は、世界で最も新しい「独立」国家で、ホロコーストが行われることを予測した。

私は、私の言葉が現実のものとならないことを願うばかりだった。

私は繰り返し、次の数年間南スーダンにおけるCIAの汚れた戦争を暴露し続けることを余儀なくされた。タイトルは「南スーダンにおけるアメリカ対中国」とか、「南スーダンにおけるCIAの汚れた戦争」などで、とりわけこの最も汚れた、秘密裏の、CIAの密かな戦争に光を当てようと試みた。

誇張ではなく、私が南スーダンにおける内戦を、諜報史の中でCIAによる最も隠蔽された主要な秘密軍事作戦であると呼んだ。このことがCIAの手によるものであることは、私以外の記者が、誰一人として主張しておらず、著名な西側ジャーナリストたちがずっと、批判のターゲットを逸らして、南スーダンの国民に向かわせたことからわかる。 

それは進歩的受賞ジャーナリストによる恐ろしい現状報告であり、この汚れた戦争を、黒人対黒人の最悪のアフリカ種族間暴力事件として書いている。

さらに私が著名なジャーナリストに、反乱軍は一月300ドル月給をもらっていると指摘したとき、彼らは私の主張の正確ではないと否定した。ツイッターのやりとりで彼は、反乱軍は恐らく一年で300ドルもらっていると言った。もしそうなら、2万人の反乱軍の兵士に払うのに一ヶ月600万ドル払っているという説明は成り立たない。

この主張の問題点は、元南スーダン戦闘員が戦闘下にあるとき一ヶ月300ドル支払われていたという点だ。南スーダンでは若者が軍隊に入るのは、それが家族を養うのに十分なお金がもらえる唯一の方法だからで、愛国的情熱からではないのだ。普通、そのお金が反乱軍の将軍によって盗まれて、定期的に干上がるとき、兵士達は除隊し始めると、私の情報源は経験したと言う。

計算してみよう。2万人の反乱軍に一月300ドル、それが6年間支払われた。それにプラス食料や燃料や武器も加えて、そうすると5億ドル以上になる。計算できますか。いま正直に、そんなに長く全く秘密のお金がどこから出てくるのか、CIAではないのか。私達は、1970年代と1980年代に戻って、南アフリカのアパルトヘイトを支援したアンゴラやモザンビークのCIAの汚れた戦争を思い出さなければならないのか。

お金の出所を示してくれ、そうでしょう。世界のメディアの誰かがこの質問をしただろうか。反乱軍には明確な資金援助がない。彼らはどこからその資金を得ていたのだろうか。

この話は、CIAがこれまで行った最も秘密にされた「汚い戦争」である。中国が油田を守るために2・3千人の武装「平和維持軍」も派遣するまで、このCIAの作戦は成功し、一時的に南スーダンにおける中国の石油生産を止めることとなった。だからこの汚い戦争は、中国のアフリカにおける油田の主要な足場を切り崩すことであったのだ。

資金の出所を示してくれ。この戦争で利益を得る唯一の者達を私に示してくれ。そう、この残忍で外国資金援助のアフリカのホロコーストから利益を得る唯一の者は、パックス・アメリカーナ(アメリカによる平和)、つまり南スーダンの中国石油生産とその拡大を閉め出そうとするアメリカなのだ。

今日、南スーダンでは平和が突然現れた。恐らく不安定だが。CIAはエチオピアにいる元政権TPLF[ティグレ人民解放戦線]を使って、南スーダンの反乱軍に汚れたお金を注ぎ込んだのだ。しかしエチオピアで起こった「平和革命」で、この反乱軍へのルートは絶たれた。反乱軍の指導者は南スーダン大統領サルバ・キールとお金の交渉するしかなかった。それで彼らの軍隊に給料を払うことができたのだ。払うべきお金も、慰みもなく、彼らの軍隊に払うべきCIAの評判の良くないお金なしもなく、それが「平和にチャンスを与えよ」になったのだ。もちろん腐敗ははびこり、給料は盗まれ、様々な部族軍隊は反乱を起こし続けて不安定である。

しかし今のところ平和交渉は2018年アスマラで調印され、批准され、実施され、維持されている。今CIAは、南スーダンではまったく視野に入ってこない。しかしその悪への諜報能力は決して過小評価するべきではない。中国がアフリカの石油に接近することを拒むことがアメリカの国家利益なのだ。だから南スーダンにおけるアメリカ対中国の対立は、パックス・アメリカーナの全体計画の一部としていつも続くのだ。

(訳者挿入地図)
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オイル・ダラーの失敗?石油取引の脱ドル化で、アフリカはロシア、中国、インド、EUへの参加を考慮する。

Failures of the Petro-Dollar? Africa Speculates Joining Russia, China, India and EU in the “De-Dollarisation” of Oil Trades

トルー・パブリカ

グローバル・リサーチ 2018.6.4

<記事原文> https://www.globalresearch.ca/failures-of-the-petro-dollar-africa-speculates-joining-russia-china-india-and-eu-in-the-de-dollarisation-of-oil-trades/5643023

(翻訳:新見明 2018.8.6)



ミーゼス研究所は昨年9月に「世界が米ドルに背を向けている兆候があるのか」と問うた。その問いに以下のように答えたが、実際、ちょうど6ヶ月前にはあり得ないと思われる動きがごく最近あるのだ。

今年3月26日の我々の報告は、中国は、過去10年間たび重なる失敗の後、ついに元による石油先物取引を開始した。その承認で、「オイル元」は現実になり、中国は「オイルダラー」支配に挑戦することになったのだ。

ロシアは、欧米に課された制裁の結果すでにルーブルで石油を取引していて、2015年以来そのような取引を進めてきた。

EUが最近イランの石油をユーロで取引することに決めたのは、ワシントンがイラン核合意から離脱するという直接的な結果からである。

それからちょうど先週、インドがイラン石油をルピーで取引することを我々は報告したが、これも両国がアメリカのテヘランへの経済的圧力を回避しようとしたからである。

我々がまた報告で強調したことは、中国が世界最大の石油購入者であり、アメリカが2番で、インドが3番であることだ。アメリカは毎年約1,100億ドルの石油を購入するが、中国とインドを合わせるとほぼ2000億ドル購入する。EUはイギリスを含めさらに2,000億ドル購入する。

READ MORE:China’s Petro-yuan “Becomes Real”: India Joins International Group Dumping US Dollars in Oil Trades to Bypass US Sanctions
(さらに読む)「中国の"オイル元"は現実になる:インドはアメリカの制裁を回避するため米ドル石油取引をやめる国際グループに加わる。」https://www.globalresearch.ca/india-joins-international-group-dumping-us-dollars-in-oil-trades-to-bypass-us-sanctions/5642875

そこでニュー・チャイナ・デイリーは次のように報道している。

東部と南部アフリカ諸国の間には、ビジネスや貿易で中国の影響力が増大しているので、アフリカ地域では中国元をさらに使うべきだという全般的な合意がある。


東南部アフリカマクロ経済・金融経営研究所の代表取締役カレブ・フンダンガは、週早々の金融専門家フォーラムで、中国がこの地域の経済に積極的役割を果たしているので、準備通貨として中国元を使う必要があることを支持した。

そのフォーラムには、MEFMIに属する14カ国から中央銀行副頭取と常任財務副大臣が参加した。

「全体的結論は、我々が元をさらに使用すべきときがやってきたということだ。我々は(中国と)さらに多くのビジネスをしているのだから、我々が取引している国の通貨を使うことは自然なことなのだ。」


「ちょうど我々が(米)ドルやユーロを使ってきたように、我々は取引でさらに中国の通貨を使いたい。それが我々の利益になるからだ」とフンダンガは述べた。

彼はまた、元の使用は通貨ボラティリティ(乱高下)からその地域を守ることができると述べた。また中国はその地域や他のアフリカ諸国に借款を与えているので、元の使用が便利であることも認めた。

中国がナイジェリアと結んだ有効な通貨スワップで、中国に旅行するナイジェリア人は、地方銀行で簡単に元を手に入れることができる。それと同様の通貨スワップをつくる議論が持ち上がっているとフンダンガは述べた。

MEFMIは、その地域のほとんどの国の準備通貨が、大部分米ドルで投資されているが、その構造は世界経済の大きな変化について行けていないと言う。これは中国とインドがその地域の重要な貿易パートナーであり、グローバル経済の趨勢を形成し続けているので特にそうだ。

MEFMI諸国は、アンゴラ、ボツワナ、ブルンジ、ケニア、レソト、マラウィ、モザンビク、ナミビア、ルワンダ、スワジランド、タンザニア、ウガンダ、ザンビア、ジンバブエからなっている。

はっきりしているのは、脱ドル化はいくつかの理由でエスカレートしている。そして結局アメリカは、何十年か行われてきた米ドル貿易を要求するにはかなり弱い立場にある。だから米ドルによいる石油取引がどんなに重要かということである。

「今日の"ドル基準"の基礎をなすメカニズムは広く知られ、「オイル・ダラー」という語でよく表されている。このシステムは1970年代半ばになされたアメリカとサウジアラビアの非公式な合意に基づいている。この取り決めの結果は、石油と、それにつれて全ての他の重要な商品は米ドルで、しかも米ドルだけで取引されるということである。石油産出国は当時これらの「オイル・ダラー」を米国債券にリサイクルする。このドルの流れはアメリカにほぼ20兆ドルという巨大な債務を可能にした。だから自分の財政的安定性について心配する必要がない。少なくとも現在までは。」

ドル離れの過程は、ヨーロッパで準備され、中国やロシアによって引き金を引かれたが、もはや止めることはできない。




南スーダン、独立後:「紛争の後」の飢餓と絶望

南スーダン、独立後:「紛争の後」の飢餓と絶望(ブログ用)
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