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「シリアの子どもたちを助けてほしい!」ーある母親の血の叫びー

White Helmets stealing children for 'chemical attack' theater in Idlib
ベネッサ・ビーリー
RT Op-Ed   2018年9月17日
(翻訳: 寺島メソッド翻訳グループ 2018年9月28日)
<記事原文> https://www.rt.com/op-ed/438645-children-kidnapped-idlib-syria/


ベネッサ・ビーリーは独立調査ジャーナリスト・写真家
である。彼女は21su Century Wireの副編集長である。


誘拐されたシリア人少年の家族:ワハア、モハメッド・イブラヒム、ロットフェ、ハムザ© Vanessa Beeley

「子どもたちに平和を!子どもたちに遊びを!シリアの子どもたちを『もてあそぶ』のはやめなさい!」これは自分の子どもをテロ集団とホワイト・ヘルメットに奪われ、シリア北西部の都市イドリブに監禁されているある母親の言葉だ。

私がワファに会ったのは彼女の自宅で、夫のモハメド・イブラヒムと二人の息子ハムザ(9歳)、ロットフェ(14歳)も一緒だった。ワファとモハメドは二人とも弁護士で、出会いは同じ大学だった。ワファはしっかりした語り口で、その表情も拉致された11歳の息子アーメドを不安に思う気持ちを振り払うかのように、希望に満ち、楽天的だ。

「アーメドは生まれた時から言葉が不自由だったのです」と彼女は私に語った。「それで拉致されたのだと思っています。抗議も抵抗もできないからです。」

アーメドは1年前自宅からほんの200メートルのところでテロ集団に拉致された。その自宅がどこにあるかは彼女と彼女の家族の安全を守るため、ここで明示することはしない。アーメドが他の子どもたちと一緒にイドリブで拘束されていることはわかっている。その居場所が定期的に変更されるという情報は、未だにイドリブから出られない友人たちや家族からもたらされた。


家族から提供されたアフメドのコラージュ写真© Vanessa Beeley

2018年8月30日、シリア政府の外務大臣ワリード・ムアレム声明を発表した。アメリカの連合軍から資金援助されたホワイト・ヘルメットが44人の子どもたちを拉致し、イドリブにおける化学兵器を使った攻撃の映像を作成するために、その「小道具」として使おうとしている、というものだ。ホワイト・ヘルメットは、仏英米のシリア侵略を早めるためのシナリオを作り出してきた歴史がある。

2018年4月、ドゥーマが化学兵器で攻撃されたという彼らの最新の作り話は化学兵器禁止機関(OPCW)の中間報告によって信頼性に欠けるとされた。シリア政府が、人殺しジャイシュ・アル・イスラム狂信者集団からドゥーマを解放する最後の瞬間にサリンを使用したという扇情主義者たちの言説は、この中間報告の調査結果によって斥けられた。OPCWが採取したサンプルで見つかった塩素成分は家庭で使われるどんな製品からでも抽出できるもので、シリア政府が塩素を使用したという結論にはまったくならなかった。西側メディアと各国政府はOPCWのこの調査結果を無視し、イドリブにおける「化学攻撃」があったとする偽旗をまたもや準備している。そうすればシリア政府がイドリブのテロ掃討作戦中に、シリアに対してさらなる違法な攻撃を仕掛けることができるからだ。   


ドゥーマ神経ガス攻撃に関するOPCW(化学兵器禁止機関)の報告:欧米イデオローグにとっておぞましい見解

ワッファがいちばん恐れるのは、息子のアーメドが他の拘束された子どもたちと一緒に、「化学攻撃」映像の出演者として利用される可能性があることだ。

ワッファの言葉:「アーメドが拉致された時、私は仕事を辞めました。6ヶ月ほど前、友人がトルコからイドリブに来ました。シリアとトルコの国境を越える時、友人は車を止め休憩しました。彼らの息子はアーメドをよく知っています。アーメドの意思伝達の方法は特別です。自分を知っている人ならとても認識しやすい音を出します。友人の息子はアーメドがこの音を出すのを耳にしたのです。彼はアーメドが近くにいるよ、と両親に告げました。」

アーメドのこの存否に関わる話を語る時、ワッファの声は震えた。少なくとも彼は生きている。ワッファとその家族がこの情報を告げられた直後、イドリブ市の東にあるサラキブで、塩素ガス攻撃疑惑が起こった。 

この攻撃疑惑についてOPCWが最近公表した報告の結論はこうだ:
    
「塩素は、機械的な衝撃を与えて円筒から放出されるのだが、それは2018年2月サラキ
    ブのアルタリル近郊で化学兵器として使われた可能性が高い。」


しかし、「現地調査委員会(FFM)」はサラキブに入れないでいる。 この地域を占拠している「穏健的」狂信派に処刑されたり、拉致される危険性があるためだ。 その代わり彼らが全面的に依拠したのは、ホワイト・ヘルメットなどのような信憑性に乏しいニュースソースによってもたらされる「オープンソース[勝手に偽造できる]」の証言や証拠だった。

「サラキブで化学攻撃があったという複数の情報が伝わった直後、アーメドを拘束しているグループから電話がありました。電話口の男が言うには、アーメドを拉致した理由がなくなった、たぶん近々帰宅させるだろう、というものでした」とワッファが私に告げた。

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イドリブの孤児を使って「化学兵器攻撃」の映像を作るホワイト・ヘルメット ― ロシア軍


アーメドを拘束している人間を知っているのか、と私は彼女に訊いた。

「サラキブの事件の直後、何とかイドリブを脱出した数名の女性が私のところへ来ました。彼女たちの話によると、『アル-ナスラ・フロント(シリア駐留のアルカイダ)』が子どもたちを担当しており、ホワイト・ヘルメットが手を貸しているという。私がこのことを報告すると、ホワイト・ヘルメットは私を「シャビーハ[亡霊]」と糾弾しました。「シャビーハ」と言われることは武装グループに捕まれば、死刑宣告も同然です。」 

ワッファにはもうひとり妹がイドリブにいて、その妹が彼女に直接か、ロシアとシリアの間にある人道的回廊地帯を経由してイドリブを離れる人に情報を伝えることができる。この回廊地帯を使ってイドリブ解放の地上戦が始まる前に民間人を避難させることになっている。

「アブアルドゥフール回廊は再び開通するでしょう。しかし、わかっていますが、テロ集団はこの回廊を使ってイドリブを脱出する市民に300,000シリアドル(600$)を請求しています。みんな着の身着のままで脱出するのです。それなのに、この怪物たちは『自由』と『民主主義』をもたらすのだ、と言います。」 

ワッファはイドリブを占拠する外国人戦闘員をこんな風に描写した:
    
「イドリブにいる大半の人は外国人戦闘員を避けます。彼らは非常に過激で危険だか
らです。妹が私に話してくれたのですが、数日前彼女は自分の地区でウイグルの子ど
もたち前を歩いたのだそうです。子どもたちは妹のスカートの裾が高すぎるとなじ
り始めました。ホワイト・ヘルメットも同じだと人々は見ています。彼らは外国
人です。そしていい報酬を得ています。 外国人過激派のように金があります。イ
ドリブの人たちはほとんど子どもたちを学校に行かせていません。ホワイト・ヘル
メットに拉致されることを恐れているからです。」
  

ワッファの説明ではホワイト・ヘルメットは子どもたちを無事帰還させるのに金は要求しないということだった。彼女の家族の話によれば、金を要求することは紛争初期の武装グループのやり方だったそうだ。

「どうして金を要求しないのか? 子どもたちを別の目的で使いたいからです。彼らは自分たちを疑問視する人間を『シャビーハ[亡霊]』と呼びます。西側には自分たちのイメージをクリーンにしておきたいからです。彼らは『人道主義者』ではありません。制服を来たテロリストです。それしか言いようがありません。」

ワッファがひどく恐れているのは、これらのホワイト・ヘルメットを含むアメリカと連携している代理人たちが、事前に映像化しておいた毒ガス攻撃と報道されている出来事にアーメドがもう使われているかもしれない、ということだ。その目的は、シリア政府軍のイドリブ解放作戦が本当に始まったらすぐに、シリア政府とその同盟国を犯罪者扱いにすることにある。 

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「他の」オムラン:アレッポの市民が大手メディアの嘘や子供略取を暴く


「10日前、ある女性が私に会いに来ました。イドリブから到着したばかりでした。 彼女はアーメドが写った1枚の写真を私に見せてくれました。彼はまだ生きていて他の多くの子どもたちと一緒に拘束されているわ、とはっきり言いました。彼女の言葉によれば、攻撃の映像をどの場所で撮影するかによって、ホワイト・ヘルメットは子どもたちをあちこち移動させるのだそうです。子どもたちの拘置場所は常に刑務所です。息子が病気になってないか、怖がっていないか、とても心配です。息子は言葉が話せないのです。まちがいなくアーメドの顔は彼らが作成したビデオ映像や報告のひとつに映しだされるでしょう」とワッファは語った。

私たちがアーメドについて話をしていると、彼の弟のハムザがひどく衝撃を受け、だんだん興奮状態になってきた。

「アーメドの話をするといつもこうなんです。兄がいなくなって、彼の心の中はめちゃくちゃになっています」とワッファは説明した。「今までは、こういったことがあったので、アーメドのことばかり気遣ってきました。でも、これからハムザをもっと守ってあげるつもりです。」

インタビューの間、ワッファは取り乱すこともなく言葉使いにも説得力があった。彼女はあれこれの事実を、熟慮しながら、客観的に語ってくれた。彼女の息子は拉致された。シリアでもっとも残虐な過激派のいくつかのグループに拘束されている。ワッファは気丈でどっしりと構え、恐怖や同情などの感情を一切寄せつけなかった。終始誇り高く、物腰も柔軟だった。アーメドの父親のモハンメド・イブラヒムはさらに物静かで控えめだった。しかし夫婦や子どもたちとの強い絆があるのは明らかだった。この家族は、アーメドがこの試練を切り抜け、自分たちのところに絶対戻ってくるという希望と決意でひとつになっているのだ。 

「イドリブが解放されれば、政府軍は必ずアーメドを私たちのもとに連れてきてくれるでしょう。政府軍は息子を救出してくれます」。ワッファが初めて怒りとイライラの表情を見せたのは、私がこんな要請をした時だった。あなたの祖国は「穏やかな」占領状態にあるのだけれど、実際はどうなのか西側の人たちに詳しく話してみてほしい、と。

「私たちは声を出せません。私たちは忘却されたシリアの民です。誰も耳を傾けてくれません。あの怪物たちは私たちを殺しています。子どもたちを殺しています。私たちの命を盗み、私たちの祖国を破壊しています。そんなことを世界に向かって私たちが語っても誰も耳を傾けてくれません。「穏健派」は自由も民主主義ももたらしません。彼らがもたらすのは流血と恐怖と喪失感だけです。イドリブから彼らの存在をきれいさっぱり無くしてほしい。西側の国々は自分たちが送り込んだテロリストたちを私たちの国から外へ連れ出してほしい。こんな仕打ちを受けるような悪事を私たちは何もしていません。なんで息子が苦しまなければいけないのですか、何のために?お願いですから、こんなことは終わりにして!2011年以前の平和な生活に私たちを戻して!」

この家族に別れを告げようとする直前、私は、ワッファがこのインタビューの中でもっとも力強いメッセージを発したところを映像に収めた。

    
「子どもたちに平和を! 子どもたちに遊びを! シリアの子どもたちを『もてあそぶ』のはやめなさい!」


シリアでは、ますます多くの子どもたちが確実に死に追いやられる戦争に利用されている。こんなことは狂気じみている。ワッファが要求しているのは、西側の人たちがこの事実を認識し、西側諸国の手先となっている狂信派やホワイト・ヘルメット手にかかってシリアの子どもたちがこれ以上苦しまないよう、できることはみんなやってほしい、ということだ。私たちは彼女の心からの要請に耳を傾けるべきだし、その要請に沿った行動を起こすべきだ。私たちが何もしなければ、アーメドや彼と同じ苦しみの道を辿らせてしまう可能性のある他の子どもに、とき遅しとなってしまう。 
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サウジアラビアがイエメンで遂行する汚れた戦争と西欧の共謀

'As crimes pile up, they become invisible': Western complicity in Saudi Arabia's dirty war in Yemen

RT 2018年6月16日

<記事原文>https://www.rt.com/op-ed/429962-saudi-arabia-yemen-west/
(翻訳:大手山茂、新見明 2018年8月4日)


ジョン・ワイトは様々な新聞やウェブサイトに寄稿している。インディペンダント、モーニング・スター、ハフィントン・ポスト、カウンターパンチ、ロンドン・プログレスィブ・ジャーナル、フォーリン・ポリシー・ジャーナルなど。


サウジ主導のイエメン空爆で破壊された家を見つめるイエメン女性たち。2018年6月6日イエメン© Hani Al-Ansi / Global Look Press •

西側諸国が共犯となってイエメンに山のような苦難の数々をもたらしている。その姿はサウジアラビアの残虐の実行代理人であることを満天下に曝している。

3年間の過酷な紛争の連続で人口2,740万人のうち2,220万人が人道的支援を必要としている。1,700万人が食料不安、1,480万人が基礎的な医療が受けられていない、450万人の子どもたちが栄養失調で苦しんでいる。また290万人の人が国内での居場所をなくしている。死者は約1万人、負傷者は約5万人に上っている。

紛争の結果、イエメンは同時に「確認されたケースとしては現代における最大のコレラ感染」に直面している。このコレラ感染はサウジアラビアがイエメン西部にあるコレラ治療センターを爆撃したことによる他考えられない。フランスのNGO「国境なき医師団」がこの施設での作業を引き上げたからだ。

だが、この途方もないスケールの人的災害にもかかわらず、サウジアラビアに率いられたスンニ派連合の戦争はただ継続しているだけではない。攻撃が強化され、空、陸、海からの大規模な攻勢がとどまることなくフーシ派が支配する紅海の港湾都市ホデイダを襲っている。このホデイダ市は食料、医薬品、そして他の欠くことのできない人道的支援を周囲から遮断されたイエメンに搬入する残された最後の拠点のひとつなのだ。
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サウジ主導の連合軍が、イエメンで国境なき医師団の新たに建設された施設を爆撃する。

アムネスティ・インターナショナルによれば、
    「ホデイダ港は基礎的な必要品の80%を輸入に頼っている国にとっては命綱だ。この命綱的な供給を断ち切ることはすでに世界最悪の人道的危機状態になっているイエメンをさらに劣悪な状況に追い込むことになるだろう」 かくして「ホデイダ港への攻撃は何十万という市民へ壊滅的打撃を持つ可能性がある。それはホデイダ市にとどまらず、イエメン全土に及ぶものだ。」

アラビア半島の南端に位置するイエメンは中東の最貧国で、1人当たりGDPは紛争前でもたった1,400ドルしかなかった。

アブド・ラッボ・マンスール・ハーディー大統領がイエメンの国際的に承認された政府の元首となっている。 しかしながら、合法的な指導者にはよくあることだが、ハーディーは現在亡命生活を送っている。
ハーディ大統領は、前任者アリー・アブドッラー・サーレハの後を受け、2011年の大統領選で単独候補して大統領に選出された。サーレハは「アラブの春」のとどまることを知らない抗議運動の高まりの前に自ら権力を放棄したのだった。サーレハは1978年から北イエメンの指導者だったが、その後1990年に南北イエメンが統一されるとイエメン共和国大統領職に就いた。

前大統領サーレハの統治は汚職や国有資産の不正運用疑惑にまみれていた。彼自身は少数派のフーシ派と連携したが、このフーシ派こそ前述した「アラブの春」の抗議運動の中で彼を追放する役割を演じた。その後2015年にハーディ政権へのフーシ派の反乱が始まった。

フーシ派反乱の理由は、ハーディが大統領職に就くにあたって少数のシーア派が自治権を拡大することを容認しなかったからだった。サーレハがフーシ派に殺されたのは2017年末で、サーレハが反乱軍との関係を絶ち、イエメンの将来についてサウジアラビアと対話することの意欲を言明した後だった。
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何十万にが死の危機に。人道援助グループがサウジ連合軍に、イエメン市民を救うように懇請する
我々がイエメンで抱えている問題は、ご覧の通り、アラブの基準で言っても容易ならざる危機だ。

イエメンは長い間、サウジアラビアによる抑圧的なアラビア半島支配に痛めつけられてきた。この支配は、リヤドの原理主義的なワッハーブ派イデオロギーを奉じており、フーシ派反乱を焚きつけている面もある。ハーディ大統領は、サウジアラビアの操り人形だからだ。

フーシ派反乱はイエメン国民の大っぴらで広範な支持は受けていないにしても、それなりの共感を得ているという話もある。それはイエメンの首都サナアやホデイダのような港湾都市を含め他の都市中心部をうまく支配できていることから推し量れる。

もっと視野を広げると、この紛争は現在も進行中であるイランとサウジアラビア間の地域代理戦争の一部とも考えられる。2015年のフーシ派反乱の発端からリヤドの主張はこうだ、「フーシ派はイランの代理人であり、そのことで自分達の行動の正当性を得ているのだ」と。 しかし、2015年ベテランの中東特派員パトリック・コクバーンの記事によると、このリヤドの主張は「広く見ればプロパガンダないし誇張」ということになる。

3年後の現在2018年、イラン軍の関与は確実だ。フーシ派に武器を提供し、複数の情報によると軍事顧問も派遣している。かくしてサウジアラビアが2015年イランの関与があると虚偽の主張をしてイエメンへ武力介入したことが逆にその虚偽の主張を現実化させてしまったことになる。

西側諸国が共犯となってイエメン国民を大量虐殺し、苦しみを押しつけている話に戻ると、これほどあからさまで民主主義の仮面を装った偽善の例は過去に例がない。実際、アメリカ、イギリス、サウジアラビアが長く同盟関係を結んでいるということは、人権と民主主義の守護者を自認するアメリカ、イギリス両政府が嫌というほど繰り返す自慢話にもメスが入ることになる。
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US senators urge Pentagon to fully disclose its role in Saudi-led war in Yemen
オバマ政権に始まり、トランプ政権下で強化されたこの野蛮な紛争へのアメリカの関与は、①アメリカ軍による空襲(アメリカ政府によれば、標的はアルカイダとイスラム国)、②兵糧、情報など戦闘に関係しない支援が反フーシ派とサウジアラビア主導の連合軍に提供されたこと、などだ。もちろんサウジアラビアへアメリカの武器が販売されていることも忘れているわけではない。それはアメリカ武器輸出の50%以上を占めている。

この間、ペンタゴンの正式発表(2017)によればアメリカの地上軍はイエメンにも駐留し、再度その正当性の根拠を対アルカイダと対イスラム国(IS、旧ISIS)作戦従事に置いている。

イエメンにおけるサウジアラビアの戦争遂行努力を支えるイギリス政府の役割について、イギリスの武器販売はリヤド政府が周辺地域へ強大な力を示せるかどうかの鍵となっている。 その金額は2015年以降だけで46億ポンド(=60億米ドル)に上る。アメリカの場合と同様サウジアラビアはイギリス武器販売の最大市場であり、長年その状態が続いている。

2017年運動家達はイギリス政府を相手取ってイギリスが武器をサウジアラビアに売却するのは違法だとの訴訟を起こした。売却した武器の一部がイエメン市民を殺傷するために使用されているというのが主張だ。2017年、紛争におけるイギリスの役割が武器販売に限定されないことが明らかになった。デイリー・メ-ル紙に掲載された話は、「クロスウェイ作戦」というこれまで秘密にされてきた軍事作戦の詳細を語っている。その作戦では、50人のイギリス軍事顧問が紛争に派遣予定のサウジ軍を訓練していることも書かれている。

この驚くべき事実の発覚に応えてイギリス保守党議員であり前国際開発大臣だったアンドリュー・ミッチェルが激しく非難し、それはイエメンの人々の苦難にイギリスが「恥ずべき加担」をしている証拠だと語った。この苦難の規模を考えるなら、まっとうな考えをもった人ならだれも、ミッチェルの意見に同意すると思われる。

イエメンにおける戦争は汚れた戦争だ。それは西側諸国に支えられ、聖職者独裁を標榜はしているがその実サウジアラビアの泥棒政権によって遂行されている。劇作家ベルトルト・ブレヒトの語ったことは正しい。「犯罪は積み重なると見えなくなる。」

拷問、飢餓、処刑: 東グータの市民がテロリスト支配下の生活を語る

Home/Op-ed/
Torture, starvation, executions: Eastern Ghouta civilians talk of life under terrorist rule
エバ・バートレット
2018.6.10

エバ・バートレットはガザ地区やシリアでの経験が豊かなフリーランスのジャーナリストで、人権活動家でもある。彼女の著作はブログ"Gaza"で読むことができる。


先週私が書いたのは、、化学兵器でグータ市民を攻撃したというのは証拠のない主張であると、グータ市民が私に話してくれたことです。そして彼らはテロリストによる犯罪やホワイト・ヘルメットの役割についても話してくれました。

サラフィー主義テロリストグループ、ジャイシュ・アル=イスラムは、企業メディアのよって親切にも「反逆者」と呼ばれていますが、シリアで自由や人権のために戦ってはいない。東グータをそれ以前に支配していた他のテロリストグループとも違う。

(さらに読む「爆心地のシリア市民は、化学兵器のでっち上げを暴露する」)

ジャイシュ・アル=イスラムは、爆撃に対してシリア市民を人間の盾として利用し、檻に閉じ込め、拘束したのであった。ジャイシュ・アル=イスラムは市民をミサイルや迫撃砲で攻撃し、1万人以上を殺したテロリストグループの仲間だった。

その地域を占拠しているファイラク・アル=ラーマンと他のテロリスト派閥は、恐怖政治で人々を支配し、男や女を斬首し、人々を餓死させた。

ジャイシュ・アル=イスララム:餓死と刀による処刑

私が東グータとダマスカスのすぐ南のホルジレ難民センター(今はほとんどがグータからの人々)を訪れた時、私はジャイシュ・アル=イスラムやその他の勢力下の生活や、なぜ市民が飢えに苦しまねばならなかったのかについて最初に尋ねた。答えは、私や他の人が東アレッポやマダヤやアル=ワエルで聞いたように、テロリストたちが援助物資を盗み、食料全てを管理していたからだ。そして普通の人々では買えないような不当な値段で売っていた。

サバ・アル=ムシュレフは、ハンムリエやザマルカのテロリストが子供達に対して非情であり、彼女の子供達が、食料が豊富なテロリスト指導者のゴミから腐肉をあさっていたことを話してくれた。

ホルジレ難民キャンプで、ジャイシュ・アル=イスララムの残虐さを語るサバ・アル=ムシュレフ

「私はザマルカに住んでいました。子供達は飢えでほとんど死にかけていました。私の娘は栄養失調で、皮膚は黄色くなりました」とサバは私に話してくれました。「私は娘を診療所へ連れて行きましたが、そこでは薬がないと言うのです。『娘は死にかけています。どうしたらいいですか』と私が言うと、診療所はドゥーマ市民だけのものだと言うのです。私はザマルカの代表者のところに行って頼みました。『どうか子供達のために何かしてください。子供達は飢えていて、二日間何も食べていないんです』。彼は『ここにあるものは、ザマルカ市民用だけです。あなたはマージ・アル=スルタンから来ました。』あなた方の代表者のところに行きなさい。ここにはあなた方のための援助物資はありません」と言われたことを私に話してくれました。

私がサバと話していたとき、彼女は東グータ地区から来た他の3人と一緒にいました。彼らの証言は止めどなく、みんなが体験した恐怖についてありったけを話してくれた。

28歳のドゥーマ出身マームード・スーリマン・キャレドは、ジャイシュ・アル=イスラムによる拘束や拷問について話した。

ホルジレでマームード・スーリマン・キャレドは拘束や拷問について話てくれた。

「私が夜に買い物に出かけたとき、彼らは私を尋問しました。彼らは私が政府軍の手伝いをしていて、体制のために働いていると疑ったのです。彼らは私をアル=タウバー刑務所に連れて行きました。そこで彼らは私を拷問したのです。彼らは私を椅子に縛り付け、手やつま先に電気ショックを与えたのです。彼らは2本の線を私のつま先に結びつけ、それからもう一方の端をインバーターに結びつけ、私に電気ショックを与えたのです。彼らは何か白状するまでそれを続けました。私は白状しませんでした。私は自白することなど何もありませんから、自白しませんでした。彼らは2日間わたしを拷問しました。彼らがしたことは、私をひどい近視にしたことです。わたしの目に電気が走ったように感じました。」

キャレドは、ドゥーマで見た処刑のことを話してくれました。「彼らはトラックで23ミリマシーンガン(対空)を持ってきて、頭を吹き飛ばしたのです。そのあと彼らはシリア軍が彼を殺したと非難しました」。携帯の写真は、椅子に座っている頭部のない男でした。銃撃の残骸さえなかった。

「ジャイシュ・アル=イスララムは食料を安く売ったために、彼の頭を吹き飛ばしたのです。彼らは高値で売りつけたかったからです。だから人々は貧しいままで、彼らのためにトンネルを掘ったり、彼らの戦闘に参加させられるのです。」

今年5月2日カフル・バトナでは、通りは日常の生活で賑わっていて、清掃作業をしていたり、電気工事作業員が町の電力を復旧させていました。シャワルマ*を売る店の外で、ムータズ・アル=アフダルは、お米を売ったかどでジャイシュ・アル=イスララムに15日間拘留されたことを話してくれました。
(*訳注:肉を、鉄串に突き刺した状態で直火で焼き、薄く切ったものを生地で包んだレパントの食べ物)
カフル・バトナでムータズ・アル=アフダル

「彼らは我々の商品を没収して、我々を投獄したのです。彼らの統制下でしか誰も仕事をすることが許されません。」
刀で処刑することや、子供や大人の誘拐のことや、臓器をなくして戻ってきたものもいることを彼は話してくれました。

「私たちは小さな町に住んでいます。人々は話し始めました。一人の子供がここで誘拐されました。もう一人がそこで・・・。誘拐された人たちの中には、彼らの臓器が取り去られていた人もいたのです。一人の子供は埋められ、納屋でわらに覆われて死んでいました。彼はまだ生きているのに、縛られ、わらで覆われていました。誰がやったかわかりません」とグータから来たほかの市民は臓器泥棒のことを話してくれました。

さらに私はムハンマド・シェイカーに出会いました。彼は中央のロータリーを指して、そこでテロリストの処刑が行われたことを話してくれました。

テロリストが市民を処刑したカフル・バトナ広場を示すムハンマド・シェイカー

「彼らはよく人々をここに連行してきて処刑したのです。ときどき刀で、また銃で。彼らにとってはごくありふれたことでした。今シリア軍がここに来てからは、人々は歩き回ったり、自由に移動することができます。しかし以前は、道路には誰も見かけることはありませんでした。」

広場近くのアイスクリーム店で、アブダラ・ダルボウもそんな処刑を見かけたと言いました。彼は抗議行動のことも話してくれました。

「私たちは何度もテロリストに抗議しました。私たちは飢えていて、彼らは我々を殺していたからです。抗議しているとき、ときどき彼らは我々を銃撃しました。彼らは私たちを殺しました。彼らは私たちを本当に殺したのです」。シリア政府は我々にそんなことはしませんでした。軍隊がここに入ってきたとき、彼らは私たちにパンを配ってくれました。それより前には、私たちは写真でしかパンを見たことがなかったのです。

4月9日私はドゥーマを歩いていると、手押し車でオレンジを売っているヤーヤ・ムハンマド・ハモに会いました。私がジャイシュ・アル=イスラム支配下の生活はどうでしたかと尋ねると、彼は答えてくれました。「飢え、飢え、飢えだ。もし彼らに宗教があるなら、そんな宗教などくそくらえ。宗教はみんなを飢えさせはしない。」

テロリストは自分たちを餓死させると、ドゥーマのヤーヤ・モハメド・ハーモは語った

青果売りの男たちに化学兵器について尋ねたところ、一斉にノーの答えが返ってきた。そしてドゥーマに送られてくる援助物資についても話してくれた。年配の男の人が語気を強めて語ったことは、ドゥーマにはたくさんの食料があり、5年は十分暮らせるが、それをテロリストたちは奪ってしまったのだという。

私がドゥーマに入るとき見た農場についても聞いてみた。その答えは、ジャイシュ・アル=イスラムが農地も家畜もすべてを支配したという。一人の若者が私に語ってくれたことは、テロリストがバスでドゥーマを離れる前に、動物はすべて撃ち殺したという。

男たちは、のどをかき切るジェスチャーをしながら処刑について話してくれた。一人の若者は、別の殺害について説明してくれた。処刑者は人の口にピストルを当てて、引き金を引いたという。

「テロリズムとは、文字通り恐怖政治のことなのだ」と屋台売りのトウフィク・ザーラは話してくれた。

ホワイト・ヘルメットは好意的どころか、テロリストと共謀していた。

ホワイト・ヘルメットは人々を助けていたかどうかという私の質問に、ザーラは答えてくれた。

「市民防衛はテロリストグループのためだけ、ただ彼らのためだけ、ジャイシュ・アル=イスラムのためだけに活動した」。これは通りの店で働いているマフムド・マフムド・アル=ハムリが繰り返し言ったことでした。「ホワイト・ヘルメットは市民防衛と呼ばれています。彼らは市民のためと言われていますが、それは逆です。彼らはジャイシュ・アル=イスラムのために活動していたのです」と言った。

カフル・バトナでシャワルマ露天商のムータズ・アル=アフダルは、「ジャイシュ・アル=イスラムは、ある日ホワイト・ヘルメットをかぶって私たちを攻撃してきました。翌日ヘルメットが残っていました」と話してくれました。アイスクリーム売りの若者アブダラは、一般市民がホワイト・ヘルメットに近づくことができないので、何も知らないと答えました。

カフル・バトナのムタズ・アル=アグダール

それ自体奇妙なことだ。ホワイト・ヘルメットの狙いが、市民を救済することとされていて、またホワイト・ヘルメットのセンターがドゥーマやザマルカやサクバにあるのだから。

ホルジレ難民センターのマルワ-ン・クレイシェは、ホワイト・ヘルメットについてたくさん語ってくれた。

ホルジレ難民センターのマルワーン・クレイシェは、ホワイト・ヘルメットの攻撃について語ってくれた。

「3・4年前グータにやってきた最初の市民防衛メンバーは外国からやってきました。彼らはアラブ人ではなく、アラビア語も話しませんでした。彼らはテロリストの防衛隊でした。彼らはしばしばテロを行いました。彼らはたくさんのお金を持っており、市民防衛隊に加わって、人々を攻撃するのにそのお金を使いました。

ホワイト・ヘルメットがどこかへ行きたいと思ったとき、テロリストはよく彼らと行動を共にして、彼らのために道を開けさせました。彼らが偽旗攻撃をする場所に到着した瞬間、彼らは10個の発煙弾を投げ、ひどい煙を出して、何も見えなくしました。彼らはしばしば人々を射撃しました。そして煙がなくなったあとで、彼らは撮影を始めます。彼らは銃弾が空になるまで撃ちまくって人々を殺すので、一言もしゃべることはできませんでした。

サクバのホワイト・ヘルメットセンター

もし誰かの腕の血管が切れたら、彼らは直ちに切断して、傷口を縫います。その間に撮影するのです。もし誰かの足が弾丸やガラスなどで傷ついたら、最初の治療は切断でした。」

クレイシェの切断に関する話は、サクバから来たハナディ・シャクルの話とも一致した。彼女は、ジャイシュ・アル=イスラムに加わった夫が彼女を辞めさせるまで1年間看護婦として働いていた。

サクバの兵器工場

「ややひどい怪我の場合はいつでも、この人は切断しなければならないと彼らはよく言いました。我々は薬の供給が不足している、だから切断が一番よい選択だとよく言いました。彼らは人々を治療しなかったのです。ほんの少しの治療ですむ人でさえ、彼らはよく切断するだけだったのです。」

医薬品の欠如という主張は、東アレッポの時のように嘘であることがわかりました。サクバの地下病院だけでも、医薬品や盗まれた医療機器がいっぱいある部屋を私は見ました。シリアのジャーナリストは、東グータの他の場所でもそのような貯蔵庫があることを報告していました。

ハナディ・シャクルによれば、「運び込まれる医療食料援助は、すべて消えてしまいます。彼らはそれを売り、お金にするのです。すべてはテロリスト指導者の懐に入ってしまった」ということです。

東グータが解放されていた時、企業メディアは虐殺の偽情報を掻き立てるのに忙しかった。ちょうど企業メディアがアレッポが解放される時も偽情報を流していたように。彼らはテロリスト支援者から流される話を作り出し、いつもシリア政府を飢餓のかどで責めるのだ。そして東グータを占拠していた過激派グループの犯罪やテロリズムをごまかそうとしてしていたのだ。

実際、逮捕者の犯罪やシリア軍に解放された時の開放感について、グータ市民は言うことはたくさんあった。しかし企業メディアはそれには興味を示さず、そんな話は彼らの政権転覆にはふさわしくないのだ。
(翻訳:新見明)
<記事原文>https://www.rt.com/op-ed/429349-syrians-tell-terrorists-white-helmets/

<新見コメント>------------------------
東グータで化学兵器が使われたという偽情報のことを、何度かこのブログでも紹介してきた。そしてホワイトヘルメットが欧米・反政府勢力の偽の情報発信源になっていることも明らかになっている。
「テロリストの実行可能性が、東グータ化学兵器工場で明らかになる」
 http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-39.html

しかし欧米メディアでは、未だにアサド政権が化学兵器を使って、シリア住民を虐殺しているという情報が、ホワイトヘルメットを使って流されている。そしてホワイトヘルメットはアメリカNED(全米民主主義基金)から税金を使って資金援助されているという情報もある。

櫻井ジャーナル2018.06.16
 「アル・カイダ系集団と一心同体の白ヘルに米政権は660万ドルを払い続けると宣言」
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201806160001/

この翻訳記事は、著者が実際に解放された東グータに入り、住民から聞き取った情報ということで、生々しく、しかも真実味がある。

支援物資が全てテロリスト指導者に渡ってしまって、しかもその支援物資を高く売りつけてもうける。医薬品はたくさんあるのに、すぐ切断するだけの治療であったりする。極めつけは偽情報がどう作られるかも具体的に語られている。

「彼らが・・到着した瞬間、10個の発煙弾を投げ、ひどい煙を出して、何も見えなくししました。・・・そして煙がなくなった後で、彼らは撮影を始めます」と偽情報が作成場面が語られています。

日本のメディアが、現場から直接取材しておらず、欧米情報の受け売りであることは、この記事をよむとよくわかる。

なお登場するアラビア語の氏名については、できるだけ調べたり、アラビア語を勉強していた後輩に聞いたりしたが、まだ不正確な点があることをご容赦願いたい。

元ピンクフロイドのメンバー、コンサートで「ホワイト・ヘルメット」を批判



元ピンクフロイドのメンバー、イギリス人歌手ロジャー・ウォーターズは、今はソロシンガーとして活動している。その彼が、問題のシリア人グループ「ホワイト・ヘルメット」をバルセロナのコンサートで批判した。「彼らはジハード主義者やテロリストのための宣伝活動をしているにすぎない」と。

この批判スピーチはウォーターズ自身が、金曜日バルセロナのコンサートでしたものだ。それはちょうど米英仏が「ホワイト・ヘルメット」の情報のみに依拠してシリアへの攻撃を準備していたときだ。この1週間前、「ホワイト・ヘルメット」は、シリア政府の科学兵器攻撃直後のものだとする写真や映像を公表した。その写真や映像に出てくるダマスカス近郊のドゥーマの町は、「イスラム軍」と呼ばれる武装グループに占領されていた。

コンサートの聴衆に向かって「ドゥーマや化学兵器攻撃疑惑についてステージで話してくれとの要請があった」とウォーターズは語った。ウォーターズは「この要請者と自分との間には、シリア情勢について大きな意見の違いがある」と述べた。

「ホワイト・ヘルメットは、ジハード主義者やテロリストのためのプロパガンダを作るだけのフェイク(偽)組織だ。それが私の考えだ。私たちの考えは違っている」と彼は説明した。拍手する聴衆がビデオからもわかる。

ウォーターズは、ホワイト・ヘルメットの「大義」をなぜ支持できないかを説明した。「もし我々がホワイト・ヘルメットやその周辺の宣伝に耳を傾けるようなことがあれば、自分達の政府がやろうとしているシリア人民への爆弾投下の後押しを奨励することになる。これは人類として、私たちがとんでもない誤りを犯すことにつながる」と彼は述べた。

さらに、「我々がすべきなのは、人々の頭上に爆弾を落としに行くようなことを止めるよう、自分達の政府に説得しに行くことだ。そして少なくとも必要な調査を全部やり終え、本当に何が起こっているのか、きちんとした理解ができるまで爆撃はやめるように説得すべきだ。何故なら今は、プロパガンダの方が本当の現実より重要視されるような世界だからだ」と彼は続けた。

ウォーターズは会場の人々に、「国境を越え、宗教を越え、国籍を越え」共に手を携えて、地球をもっといい場所にしよう、と呼びかけた。

「ホワイト・ヘルメット」はシリアの各地で活動し、「民間防衛組織」を自称している。彼らは種々の武装グループの指揮下にあり、その中にはシリア中央政府に対立する筋金入りイスラム主義者も含まれる。そしてアメリカやイギリスなどいくつかの西欧諸国からも資金を得ている。このグループは、西側メディアから広く賞賛され、彼らを扱ったドキュメンタリーはアカデミー賞さえ受賞した。

公開処刑の手助けをしたり、偽の救出作戦を実行するなど,ホワイト・ヘルメットに雇われた者たちによる疑念を呼ぶ行為が、これまでにも何度か発覚してきた。彼らのいわゆる「救出作戦」は本当の目的を隠蔽するためのものにすぎないと批判されるゆえんである。つまり「彼らの行為は、シリア政府に敵対する勢力に有利となるような写真や映像を捏造し、シリア政府軍に敵対する軍事行動に正当性を与えようとするものだ」と言う批判である。政府軍が「聖戦士」たちから奪還した地域の住民も、そのような批判を支持している。
    (翻訳:大手山茂、新見明)

<記事原文>
https://www.rt.com/uk/424247-roger-waters-white-helmets/

<新見コメント>ーーーーーーーーーーーーーーーー
元ピンク・フロイドのメンバー、ロジャー・ウォーターズが、公演で堂々と「ホワイト・ヘルメット」を批判する姿は、我が日本の芸能界ではなかなか見られないことです。イギリスが、アメリカやフランスと共に、「化学兵器」を口実にシリア爆撃に参加している時に、このような発言ができるイギリス人歌手がいることともに、このような記事を載せるRT(Russia Today)にも感心させられます。

なおピンク・フロイドに関しては寺島隆吉『国際理解の歩き方』(pp.27-29)にも書かれていることを、寺島先生から指摘していただき、読み直してみました。1990年に寺島先生がヨーロッパHOBO(浮浪者)の旅をしていたとき、ちょうどベルリンの壁崩壊が1989年11月9日のことですから、壁崩壊後にベルリンでピンク・フロイドの公演に出会ったことになります。

この翻訳は、大手山茂が最初に翻訳し、私が見直してから載せたものです。その際、寺島隆吉先生からも助言をいただき修正を加えました。このように新たな翻訳者が加わることによって、このサイトもさらに充実してくるのではないかと思います。

テロリストの実行可能性が、東グータ化学兵器工場で明らかになる

RT Home/Op-ed/

シャーマイン・ナルワニ


シャーマイン・ナルワニは中東地政学のコメンテーターであり分析家です。彼女は元オックスフォード大学アントニー校の上級研究員です。またコロンビア大学国際関係論の修士号をとっています。シャーマインは、多くの出版物に寄稿しています。アル・アクバル英語版、ニューヨークタイムズ、ガーディアン、アジア・タイムズonline、Salon.com、USA Today、ハフィントン・ポスト、アルジャジーラ英語版、BTICS Postその他。彼女のツイッターは@snarwaniでフォローできます。

RT 2018年3月16日

(@Sharmine Narwani)

シリアにおける化学兵器使用をめぐる論争は、何年にもわたって悪意に満ちていて、激しくなっている。しかし今週、東グータで発見された化学兵器工場は、この議論を根本的に変えるものだ。

去年の12月、ワシントンDCの米軍格納庫でニッキ・ヘイリー国連大使は,イェメンのフーシ派反乱軍とイランの軍事的共謀の証拠として、大きな金属パイプを展示しました。その写真は全欧米メディアの一面を飾りました。そしてアメリカが演出した大きなパイプは、何も証明していないという反対意見をかき消した。

今週シリア・アラブ軍(SAA)はシフォウニエとドゥーマ間の東グータの農地を解放した。そこでサウジ支援のイスラムテロリストが運営する優れた化学兵器工場を発見した。その工場の調査を明らかにした欧米報道は一つだけではなかった。

© Sharmine Narwani

しかしメディアの無関心は不思議である。たとえアメリカ当局が、化学兵器使用を口実にシリアへの軍事攻撃に青信号を出しているとしてもだ。アメリカの非難は証明されておらず、かなり議論のあるところだ。他のグループは、反政府軍がシリアに米軍介入を引き入れるために化学兵器を利用しているとするのと主張している。

だから恐らく、シリアの主要戦闘震源地域のすぐそばで発見された化学兵器工場は、特に不思議なことではないので、一方の側によって無視されたのだろう。結局一方だけがシリアで化学兵器を使っているということになる。だから一方がこの工場が発見されたとき沈黙を守ったということだ。

化学兵器工場は、現在の前戦から数十メートル離れているだけで、ついこの間の月曜日に解放されたばかりだ。工場は農地に囲まれ、この隠れ家は最も見つけにくいものだった。欧米メディアが「飢餓の包囲攻撃」と呼ぶ戦場に散在するのは、小麦、グリーピース、ソラマメ、ヒヨコマメの畑である。建物自体には砲弾の跡があり、残骸が散らばっている。私がシフォウニエを通り過ぎて見た数多くの建物や、戦争が荒れ狂っている東グータの他の町も同様に荒れ果てている。
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SAA(シリア・アラブ軍)によれば、化学兵器工場のいくつかの区域で、これらの塩素容器が壁に沿って並べられている(写真右)。化学物質の棚が工場の二階に点在している(写真左)。(© Sharmine Narwani )

しかし内部の光景は驚くべきものである。二階の部屋は、電気機器がぎっしりと、地下は大型ボイラーが整備され、棚には化学薬品があふれ、隅には青や黒の容器が積み上げられ(塩素が入っていると言われる)、化学図表、本、ビーカー、ガラス瓶、試験管など普通の理科系学生にはおなじみのももある。また別の片隅には、たくさんのパイプ型のロケット弾、つまり明らかにある種の軍事兵器が置かれている。

工場の二階には一つの際だったものがある。それは真新しい外観で、正面に"Hill-rom Medaes Medplus Air Plant"と書かれている。ざっとグーグルを検索すると、すぐいくつかの興味深い事実が出てくる。それはある種の空気またはガスのコンプレッサーである。それはアメリカ製の製品で、2015年この機械がサウジアラビアから提供されたものである。


工場の主要階にあるアメリカ製のヒル・ロム空気・ガスコンプレッサー機械
(© Sharmine Narwani )

壁に貼られた数字のリストと電話延長コードは、この地域と工場がサウジが支援するテロリストグループ、ジャイシュ・アル・イスラムによって管理されていたことが確認できる。ジャイシュ・アル・イスラムの政治指導者モハンマド・アロウシュはかつて国連のジュネーブ会談に反政府派交渉団の代表として招かれた。

サウジは、シリアの戦場へ装備や兵器を流していることを、この紛争中に何度も現場を押さえられてきた。つまり、サウジの末端使用者だけが使うことを意図した売買である。ヒル-ロム・コンプレッサーはほとんどの欧米化学装備と同様、厳格な制裁法によってシリアに売られることが禁止されてきた。たとえ軍事目的でなかったとしても、そのような多くの製品は、アメリカ当局では「両義的使用」技術と考えられている。

兵器工場を視察したシリア係官は、その施設で、明らかに問題となる製品を指摘しただけである。彼らはそこに24時間居ただけで、その意図がまだ十分解明されていなかった。彼らは青と黒の金属容器を調べ、塩素を発見した。つまりシリアの戦場で、少しずつ繰り返し使われ、広く国際的非難を引き起こした物質である。

これは化学兵器工場なのか。それとも爆発物のように戦争で使われた物質を作る化学工場にすぎないのか。

たとえこの工場で禁止されていない化学兵器が作られたとしても、その発見は化学兵器の非難合戦で形勢を逆転させるものだ。欧米が支援し、湾岸諸国が財政支援するイスラム戦闘員が、戦場で化学兵器を作る能力を持っていることは今や反論の余地がない。それは欧米メディアが言うような簡易施設ではない。この工場は戦闘員が外国製の設備を集め、生産ラインを作り出し、入手困難な成分を作っていることを証明している。

戦闘員が、化学兵器を生産する能力や連携や技術設備を欠いているとはもはや言えない。

工場地下のボイラーは上の階にパイプを通して加圧・圧縮装置とつながっている。

テロリストと化学兵器

テロリストがイラクやシリアの戦場で、低レベルで簡単な化学兵器を使っているという証拠はたくさんある。

イラク反乱軍による即席爆発装置(IED)でサリン神経ガスが使用されたことは、2004年以来メディアで、さらに詳しくはCIAによって実証されてきた。

また同じ年に、塩素即席爆発装置(IED)がイラクで最初に使われた。しかし2007年になって、攻撃的な化学兵器戦争がアンバール州やイラクのその他の地域でアルカイダによって開始された。そのときの自爆攻撃で塩素爆弾が使われた。

はるか10年前かそこらである。2016年イギリス情報分析IHS紛争調査会社の報告によると、イスラム国(それはイラクのアルカイダから進化したもの)は塩素や硫黄マスタードガスを含む化学兵器を使用したという。シリアやイラク両方で、少なくとも52回使用された。

シリアでは紛争が2012年に始まった。それはアルカイダ系のアルヌスラ戦線がその国の唯一の塩素生産工場を奪取したときだ。それはサウジとのベンチャービジネス工場で、アレッポの東に位置していた。ダマスカスは国連に直ちに警告を発した。「テロリストグループはシリア人に対して化学兵器を使用する可能性がある。・・・有毒な塩素工場を支配したので。」

多くのロケット弾/工場の兵器は、製造された物質が戦争で使われるために作られたことを示している。(© Sharmine Narwani)

3カ月後シリア紛争で最初の化学兵器事件として考えられるのは、26人(その大部分がシリア兵士で、16人)が、アレッポのカーン・アサル村で塩素攻撃とされるものによって殺された事件だ。翌日シリア政府は、国連にその攻撃の調査を要求した。2・3日後ダマスカスの北東のアドラでもう一つの化学兵器とされる事件があった。それはサラケブの攻撃とその後の8月のグータへと続く。それらは、ほとんど米軍攻撃を引き起こした化学兵器事件である。グータでヨルダンの現場リポーターがインタビューした証人は、サウジが戦闘員に化学兵器を与え、いくつかがたまたま爆発させられたと語った。

2013年5月、トルコ当局は、4.5リブラ[=ポンド]のサリンガスを所持していた12人のヌスラ戦線兵士を逮捕した。トルコメディアはテロリストの目標について様々な報道を行った。それらの一つは、そのグループがその物質をヌスラの本拠地シリアに戻す計画をしていたというものだ。

6月にアルカイダ細胞メンバーはイラク当局に逮捕された。彼らはサリンやマスタードガスを研究し、製造するために使われていた二つのバグダッド工場を襲撃した。当局が語るところでは、アルカイダ兵士は、致死性化学兵器の製造に必要な前駆物質や製造方法を持っているという。

等々いろいろあるが、東グータの工場の話に戻ろう。

工場の所有者であるサウジ支援のジャイシュ・アル・イスラムは、2016年アレッポ近くのシェイク・マクスードで、クルド人に対する迫撃砲攻撃で有毒ガスを使用したことを認めた。「衝突の間にジャイシュ・アル・イスラム団の一人が、この種の衝突で禁じられている兵器を使用した」とそのグループは化学兵器攻撃に関する声明で述べた。その中で犯人には責任があると主張した。

その声明は一面では正しい。それはそのグループが化学兵器を所有していることを確認できるからだ。

(さらに読む)
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(© Nawrouz Uthman) シリアのイスラミスト・グループ、ジャイシュ・アル・イスラムはアレッポでクルド人に対して禁止された兵器の使用を認める。


誰が化学兵器で得をするのか?

2012年半ば、シリア政府は化学兵器を持っていることを認めた。しかしこれらは「外敵の侵略」に対してのみ使用され、決してシリア人には使用されない、と述べられた。

この声明はジャイシュ・アルイスラムの声明と同じ懐疑論と見られるが、一つの点で違いがある。どう考えても化学兵器は、政治的にも軍事的にも、この7年間の戦争でシリア政府を利するものではないということだ。だからシリア政府は一方的に化学兵器計画を認め、アメリカ・ロシアの監視の下ですすんで放棄することにしたのだ。

シリアの戦場で使われた化学兵器の量は、戦争の範囲や暴力性と比較して,取るに足らないものである。なぜ数ダースの人間を殺すだけのために非常に挑発的な兵器を使用するのか。もっと無害な仕事ができる伝統兵器を使うことができるのに。

そしてなぜ国際社会すべての怒りを買ってまで、またさらなる孤立を招いてまでして、リスクを冒す必要があるのか。あなたが一番望むことが、わずかな日数であなた方の軍事基地を壊滅できる外国の介入を避けることであるときにだ。

手がかりになるのは、シリア紛争を通して「大虐殺」や「化学兵器攻撃」が、兵士達が後退したり、膠着状態に陥ったときにほとんど行われているということだ。または国連安保理会議のような重要な出来事が起こるときだ。

体がけいれんして、呼吸をしようとあえいでいる子どもたちの恐ろしい場面によって、国際社会を刺激して、非難させ、制裁させ、敵に爆撃させる絶好の機会になってしまう。
アル・シホウニエ農場の化学兵器工場で何が発見されようが実は問題ではない。工場の占有者がアルヌスラであろうが、ジャイシュ・アルイスラムであろうが、ISであろうが、それらの二つが現在東グータで軍事行動を行っている。彼らが化学兵器使用の推理小説に最後の手がかりを与えてくれた。彼らは絶えずシリアで化学兵器を使う動機をもっている。そして今や我々は、彼らが化学兵器の手段や能力も持っていることを見ることができるのだ。
(翻訳 新見明)
<記事原文>
https://www.rt.com/op-ed/421515-ghouta-syria-chemical-weapons/

<新見コメント>ーーーーーーーーーーーーーーーーー

前回の二つの記事(イギリス、シリア)に続いて、今回も再度シリア情勢を扱ったRTの記事を「寺島メソッド翻訳NEWS」に載せました。
シャーマイン・ナルワニ「テロリストの実行可能性が東グータ化学兵器工場で明らかになる」

欧米メディアのシリア政府犯行説に反論する記事をたくさん読みましたが、その中でも、この記事は反政府軍の化学兵器工場が発見されたことを伝えくれていて、重要であるので翻訳しました。

記事の中で次の点が強調されていました。
      (1)東グータの反政府派の拠点で化学兵器工場が発見されたこと。
    (2)工場の中のコンプレッサーはアメリカ製で、2015年サウジアラビアから提
      供 されたものである。
     (3)イスラム戦闘員は、欧米が支援し、湾岸諸国が財政支援していて、戦場
       で化学兵器を作る能力がある。
     (4)イギリスの情報分析調査会社IHSによると、イスラム国は、塩素や硫黄
      マスタードガスを含む化学兵器を、少なくとも52回シリアやイラクで使用
        した。
     (5)2012年半ば、シリア政府は化学兵器を持っていることを自ら認めた。し
      かし、政治的にも軍事的にも役に立たないとして、アメリカ・ロシアの監視の
      下に進んで放棄することにした。
     (6)「大虐殺」や「化学兵器攻撃」は、兵士達が後退させられたり、膠着状態
      に陥ったときにほとんど使われる。

だから、東グータを政府軍がほとんど制圧しようとしているときに、国際社会の非難を浴びる「化学兵器攻撃」を政府軍がする必要があるのか。それはイスラム国が崩壊し、クルドとの連携も微妙になってきた欧米勢力が、再攻撃するためのプロパガンダと考える方が筋が通っている。

4月14日未明の米英仏のミサイル攻撃について、「櫻井ジャーナル2018.4.17」を見てみよう。アメリカ国防省発表によると105発すべてが命中したとしている。
    バルザール化学兵器研究開発センター(76機)
    ヒム・シンシャー化学兵器貯蔵施設   (22機)
     ヒム・シンシャー化学兵器(?)        (7機)

しかし、これらの化学兵器施設はアメリカ・ロシアの監視下で撤去され、アメリカに運び去られたではないのか。

一方、ロシア国防省発表では次のようになる。
    ダマスカス国際空港   (4機、全て撃墜)
     アル・ドゥマイル軍用空港(12機、全て撃墜)
    パリー軍用空港     (18機、全て撃墜)
    サヤラト軍用空港    (12機、全て撃墜)
     メゼー軍用空港     (9機、うち5機を撃墜)
     ホムス軍用空港     (16機、うち13機を撃墜)
    バザーやザラマニ地域  (30機、うち7機を撃墜)

しかもこれら105機のうち71機をシリア政府軍が打ち落とした可能性が高いという。「今日程度の攻撃なら、シリア軍だけで対抗できることを示した」と櫻井ジャーナルは書いている。

ロシアは攻撃があれば、発射した戦艦などに攻撃を加えると警告していた。そのような自体になれば米ロの全面戦争になる。そうならなかったことに一安心するが、アルカイダ系武装集団ジャイシュ・アル・イスラムの幹部モハマド・アルーシュは「失望した」と表明している。今後も米英仏はこの「失敗」にあきらめることなく次の手を考えてくるだろう。

安倍晋三は、シリア攻撃の後すぐにアメリカ支持表明をした。2013年、イラクで大量破壊兵器があると言って米軍の侵略戦争にいち早く支持表明をしたのは小泉純一郎だった。そして自衛隊を戦闘地域ではないとしてサマワに派遣し、アメリカの侵略戦争に荷担していった。

今回も戦争が激化すれば、日本も参加を求められるだろう。安倍晋三は国内の支持率低下を食い止めるためにも、喜んで自衛隊を参加させるだろう。これが「積極的平和主義」の本質だ。

ジョージ・オーウェルの言葉を思いだそう。
    
    War is peace.        戦争は平和である。
    Freedom is slavery.   自由は隷従である。
    Ignorance is strength. 無知は力である。

                              『1984年』より