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ロシアとウクライナ、ケルチ海峡で緊迫したにらみ合い

Tense standoff around Kerch Strait between Russia & Ukraine: How it developed

RT /World News/ 2018年11月26日

(翻訳:新見明  2018年11月28日)

<記事原文>
https://www.rt.com/news/444857-russia-ukraine-kerch-strait-standoff/


© Ruptly

クリミア半島水域は、ロシア船とウクライナ船が緊張したにらみ合い状態。追跡劇や発砲もあり、戦闘機が飛び交う。モスクワとキエフ双方から厳しい非難の応酬がなされた。

ウクライナ船が、黒海のオデッサからアゾフ海のマリウポールまで、ウクライナの2港間を航行していた。これらをつなぐ唯一の航路はクリミアとロシア本土の間のケルチ海峡である。キエフは、前もって海軍の船がその地域を航行することをモスクワに通告したと言っている。モスクワは(通告がなかったので)警告が与えられた反論した。

2003年の条約で、ロシアもウクライナもケルチ海峡における航行の自由が保証されているが、船が狭く、複雑な航路を通過するには細かな技術的取り決めがある。その地域を通る全ての船は、クリミアのケルチ港によって管理されている。そして全ての船はその施設に連絡し航路と行き先を告げ、海峡を通る許可を得なければならない。

ケルチ海峡近辺のウクライナ船(黄色)の動き© Google Maps / edited

モスクワ時間の午前7時頃(グリニッジ標準時GMT午前4時)に、ウクライナ海軍籍の2隻の艦船と1隻のタグボートが、黒海のロシアの海上境界線を越えて、ケルチ海峡に向かった。

これらの船は手続きに従わなかった、と境界において指令を出すロシア連邦保安サービスは述べた。

© FSB

ロシア当局はウクライナ船籍に繰り返しロシア領域水域から去るように求めたが、彼らはそれらの指示を無視した。そして船は一時的に航行が禁止されている水域に入った。


一方、モスクワ時間の午前11時30分頃(グリニッジ標準時午前8時30分)に、さらに2隻のウクライナ船がアゾフ海の港ベルジアンスクを出港し、反対側からケルチ海峡に接近した。しかしそれから向きを変え、港に戻った。

© FSB

巨大な貨物船が、数隻のロシア海軍に伴われて、保安を理由にケルチ海峡の唯一の航路を、封鎖した。またロシア軍は航空機を緊急発進させた。状況は緊迫していた。サイトのビデオはクリミア橋の下を通るロシアKa-52を写している。後にそれらは数機のSu-25爆撃機と合流した。


ウクライナ船は、ロシア当局の警告にもかかわらず航行を続けた。ウクライナ海軍は、軍艦が通常の移動行動の一部として、オデッサの港町からアゾフ港マリウポールに航行していたと述べた。そして前もってその航行をロシア当局に通告したと主張した。


FSB(ロシア連邦保安局)はウクライナ船の行動を「挑発」として非難した。ロシア当局によるビデオでは、ウクライナ船がロシア船に接近して機動させていることを示している。

深夜FSB(ロシア連邦保安局)は声明を発表した。ウクライナ船が法律に沿った停船指示を無視して、危険な航行を続けたので、ロシア戦艦は発砲せざるを得なかった、と。

船が拿捕されたとき、3人のウクライナ水兵が怪我をしていて、医療援助が与えられた。アゾフ海から海峡に向かっていた船団は、彼らの港に戻っていった。


ビデオ[画像のみ]:ケルチ港のウクライナ船

キエフは目的を達成するために「盗賊手段」を用いる、とロシア外務相スポークスマン、マリア・ザハローバは、ケルチ海峡付近の事件の後に述べた。ウクライナは「まず挑発をする。それからパワー・ゲームをする。そして[最後に][相手側の]侵略を非難する」と彼女は続けた。

真夜中頃、ウクライナ大統領ペトロ・ポロシェンコは、ウクライナ国家保安・防衛委員会(NSDC)に戒厳令を出すように指示した。委員会は発令に向けた動きを開始した。ベルコーブナ・ラーダ(ウクライナ議会)は、月曜日臨時議会でその決定を承認するかどうか票決する。

ポロシェンコは、戒厳令は直ちに軍の動員を意味するものではなく、攻撃作戦は計画されていないと述べた。

一方ロシアは、同じく月曜日に国連臨時安保理事会開催を求めた。議題は「国際平和・安全の維持」の一つだけである。
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ホワイトヘルメットは深い落とし穴(ロジャー・ウォーターズinterview)

Roger Waters: White Helmets is a deep rabbit hole

RT HomeShowsSophieCo (2018年9月7日)
(翻訳: 寺島メソッド翻訳グループ  2018年10月22日)
<記事原文>https://www.rt.com/shows/sophieco/437840-pink-floyd-music-politics/

(別のRTインタビュー画像を採用)

これまで約40年間、ピンク・フロイドの画期的な音楽はフレッシュでディープなサウンドを奏で、ロジャー・ウォーターズの詩は今日的な意味を失っていない。 音楽活動と政治活動のバランスを取ることはどれほど困難なことなのだろうか? 番組では、伝説的なミュージシャンとなっているロジャー・ウォーターズご本人からお話しを伺った。 彼はミュージシャン、活動家、そしてピンク・フロイドを結成した人物のひとりである。

Sophie Shevardnadze: 本日は番組にお越しいただき本当にありがとうございます。 ロシアへようこそ!

Roger Waters: どういたしまして。

SS: お目にかかれて本当にうれしいです。あなたのツアーも楽しみだし、ここでお話しできることも楽しみにしていました。まずは、昔から繰り返される質問になります。 というのもピンクフロイドは音楽の領域を広げている。あなたの書く詩はいつの時代にあっても非常にパワフルだからです。お聞きします。詩と音楽、どちらがパワフルですか?

RW: そうですね、私は詩も音楽も同じように重要だと思います。つまり、歌の仕掛け、それがどこから来るのかよくわかりませんが、歌の仕掛けというのは歌の歌詞にあるいろいろな感情といろいろな想念が、音楽の拍子と否応なく関連づけられることで、聴衆により受け入れられやすくしているところに関係があります。どうなんでしょうね。マジックみたいなものです。蝶の羽根をあれこれひっぱり、ひっぱりしてやっと蝶の羽根について語れる、そんな感じです。 そのくらい蝶の羽根って、ミステリーなんです。そうですね、詩を書くことはミステリーじみています。どんな風に詩が出てくるのか。なぜ詩というのは心、魂が関わり合う中で出てくるのか。もし自分が住んでいる世界を知的に探究しようとすれば、頭脳、知性、自然との関わり合いの中で、どうして詩が出てくるのか。などなどみんなミステリーです。

SS: あなたはこの質問を違った形でたくさん受けられています。ですが、私には本当のところその答をまったく理解できていません。たとえば、ポール・マッカートニーは偉大な音楽家で、あなたの友人でもあるそうですが、もしあなたが、そのポールのコンサートに行ったとして、あなたはシリアや制裁措置について一晩忘れることになります。彼のコンサートという小さなスペースの中で、愛とか失意、家族、友情などについて考えます。あなたのコンサートだったら、来たくれた聴衆にそれだけ、ということは絶対ないでしょう。この点どうなんですか?音楽にはいつも何らかのメッセージを溶け込ませる必要があるのですか?そのメッセージがナンセンスだったり、重要性があまりない場合は別ですが。 

RW: いや、「必要性がある」とか「必要性がない」ということではないと思います。父は亡くなっていて、父のことは実のところ何も知りません。しかし、母は私が子どもの時すばらしい贈り物をくれました。母はこう言ったのです。「私の根っこの部分で一番大事なたった一つのことは、自分以外の人間を気遣うことと、他の人の気持ちに寄り沿うことなのだよ」と。 

具体的になりますが、母は学校の教師をしていました。女手ひとつで私兄弟を育ててくれました。彼女はとても政治的な女性でした。夕方になるとたびたび政治的な集会があり、私たち兄弟もそこへ連れていかれました。「英中友好協会」とかいう組織の集会でした。ありきたりのものではなかったのです。映画をよく見せられました。毛沢東の英雄的な戦いや長征、そして中国民衆の日本人や汪兆銘傀儡政権との戦いの映画でした。

しかし、私がしばしば連れて行かれたケンブリッジでの集会はフレンド派の集会所で行われ、クエーカー教徒の本拠となっていました。ある日、集会が終わったあと母が私に言った言葉を今でもよく覚えています。 「お前、私たちが何だか分かってるかい?」 「うん」と私は言いました。でも本当のところは分かっていませんでした。「あれはフレンド派の集会所と呼ばれている。クエーカー教徒で、 キリスト教の一派だよ」と母は言いました。「お前も知っているように、私は無神論者だ。だからあの人達の信仰に同意するわけにはいかない。でもみんな本当にいい人たちなんだ。」 そして私は思ったのです、「ああ、すげーかっこいい!」  母は今でもそんなことを言っています。 

SS: お母様の影響がとてもあったということですね。

RW: ええ、彼女の影響があります。

SS: ええ、そしてあなたは言葉がとても率直です。考えたことをいつもそのまま言葉にします。毅然とご自分のメッセージを伝えようとします。音楽活動を始めた最初の日からずっと政治的でした。ウォーターズはもう音楽だけに専念したらいいんじゃないか、という声が聞かれます。以前そんな声はありませんでした。そうした声がどうしてこんなにも広まったのでしょうか?あなたのメッセージに変化はありますか?あなたのメッセージは以前よりも鋭くなったということですか?どうして、ここに来て突然、ロジャー・ウォーターズは偉大な音楽家であると同時に政治的な動きもする、という認識が世の中に広まっているのですか?

RW: みんな夢中歩行しているからです。みんな目が覚めていません。 みんな新自由主義の犠牲者です。新自由主義はロナルド・レーガンとマーガレット・サッチャーがこの世界に持ち込みました。それは世界の隅々にまで広まりました。西側の文化、西側の政治や西側のいろいろな物を通してであることははっきりしています。 

その手口のひとつは人々に麻酔をかけ、ほんとうのことに目を向けると気分が悪くなるようにさせるのです。でも、そうはいかない人たちもいます。私は人々の心をぐいっと掴みます。 アメリカではショーが終わった後、あまり多くはありませんが、たぶん2万人に4,5人だと思いますが、会場から外に出て、「あいつ、なんで余計なことをしゃべらずに音楽だけやらないんだ?」と言います。そういう人たちに話しかけることもあるんですよ。というのも私は自分が演奏する会場では、今はだいたい聴衆に話しかけるのです。 冗談を言うこともあります。

SS: そういう人たちはどの程度あなたのメッセージに耳を傾けますか?だって、大半の人は、たとえば「ブリーズ」)を聞いていい気持ちになりたいから会場にいるわけでしょう?それであなたは聴衆に話しかける、つまり、やっていることは聴衆を「快適ゾーン」から外へ引っ張り出すことですよね・・・

RW: 残念なことに、私たちは自分達の教育も子ども達の教育も十分うまくやっているとは言えません。私はアメリカ合衆国に住んでいますが、アメリカ合衆国は公教育には使うお金がありません。どうしてそうなのかと言うと、これは私の見方です。ま、間違っているかもしれませんが、どんなことでも間違ったら訂正すればいいだけの話です。私が見るところ、国は選挙民を無知で、心を持たず、何も考えず、従順で、自分の頭で考えず、消費主義やプロパガンダの作用に無防備のままでいてもらい、国民をコントロール下に置こうとしたり、ジョージ・オーウェルの従順な羊とか何とかいう考え方を維持したいと思っているからです。

SS: 西側主流の動きのことですが、それについてあなたのご意見を伺いたいのです。ですが、その前に少しだけあなたご自身のことについて。イラク戦争が起こった時、アルバム「The Wall」の中の言葉は今日的な意味を失っていない、とあなたは言いました。そして今回のツアーのタイトルは「Us+Them」です。これはアルバム「Dark Side」からのものですが、あなたがそこに今日的な意味を感じていらっしゃることは明らかです。ところで、どうなんですか、本当にこの40年間何の変化もなかったのですか?iphone 135000も、人々が宗教や石油、ガソリン、あるいはお金のために互いを殺し合う事実を変えることは絶対ないでしょう。殺し合いは今でもありますし、2000年前と同じです。がっかりしないですか?やる気なくしませんか?何があなたを駆り立て続けているのですか?あなたはそういった場面に身を置いて40年になります。あなたの歌はすべてその時代を反映し、今の時代も反映しています。でも事態が変化することはありませんが・・・  

RW: その通りです。でも忘れていけないのは、40年という年月はホモ・サピエンスの歴史という観点で見れば、まあ、どうってことはありません。思想そして物事がこれまで発展してきたあり方、また私たちが制度を変革するために持っている潜在能力という観点からしてもそう言えます。 まず、「私が嬉しいと思うのは、啓蒙時代以降に生を受けたことです」という表現に、差し支えなければ、戻る必要があります。私が嬉しいのはフランス革命が数百年前に起こり、その結果「人権宣言」を、もし望めば私たちのズボンの後ろポケットに持てることです。「人権宣言」に私は同意します。あれはいいものです。これなら、自分をしっかりそこで支えることができます。 

しかし、何か様子が変わってきています。お前は政治から離れろとか、ロックンロールはどうたらこうたら、言われます。何だって言うんですか?こうあるべきだ、あるべきでない、そんなことは大きなお世話です。コンサートに来る、来ないはみなさんができること。 でも私の持つ意見に影響を与えることはできません。音楽はみなさんのものでなく、私のものです。みなさんに関係ありません。私がやっていることです。これは私の人生なのです。今やっていることです、これまでずっと常にやってきたことです。
もしみなさんがご自分をピンクフロイドのファンだと考え、私がピンクフロイドとしてやっていることに気づかないとしたら、馬鹿です。でも聞きたくはありません。人生は短すぎて馬鹿の言うことに耳を傾けることはできません。馬鹿の言うことに興味はありません。私が興味を持っているのは思慮深いか、思いやりがあるか、自分で何かを持っている人の意見です。そういう人は皆さんがふだん出会い、話しかける人たちの中に必ずいます。それは古典を読むようなものです。

SS: あなたのことと、あなたの信じていること、そしてあなたが歯に衣着せない物言いをしていることについてお話ししましょう。あなたは「ボイコット、投資撤収、制裁」運動 (BDS運動)の熱心な支持者です。その運動は、イスラエルに対し、国際法に違反するとみられる行為を中止させるための政治的・経済的圧力の形成と強化を目的としたグローバルなキャンペーンを展開しています。あなたは仕事仲間に行動を共にするよう強く働きかけます。最近の例ではシンガーソングライターのLana Del Reyです。あなたが何か発言をし、それをご自分で信じていたり、それに100%の責任を持つことに何の問題もありません。しかし、お仕事仲間にもきつい言葉でイスラエルには行かないように誘導したり、あなたと同じ考えを持つように圧力をかけるのはフェアと言えるのでしょうか?あなたはあなたご自身であって、完全な資格を持って考える・・・

RW: そうですね、私は全く発言しないこともできます。しかしパレスチナの市民社会は2004年にイスラエルを除く国際社会に助けを求めました。具体的にはパレスチナの学者、知識人によって2004年4月に立ち上げられたイスラエル学術・文化ボイコットのためのパレスチナ運動(PACBI)です。彼らは文化人、学者そしてイスラエル以外の国際社会に明確に助けを求め、次のように言いました。「私たちは死にそうです。ここで死にそうです。どうか助けてください!イスラエルに行って演奏することは止めてください。もしイスラエルが学術的な褒賞をすると言ってもどうか拒否してください。今私たちが考えつくのはこれだけです。イスラエルに実力反撃した『インティファーダ』は今できないのですから。」

SS: それでイスラエル政府の心は変わるのですか?

RW: いいですか、イスラエルは今アメリカ、フランス、ドイツでBDS(ボイコット、投資撤収、制裁)運動を一定程度非合法化しようとしています。BDS運動 がイスラエルの実際やっていることに光を当てたからです。しかしイスラエルは今のところ学習しているようにはみえません。かえって世界中の世論を揺さぶっています。刑務所周辺のフェンス近くで行われた「大行進」抗議運動で150人の子どもたちを殺しました。人々は仰天しました。当然です。目があるならそれから目を逸らせてはいけません。BDS運動は人々がそういったことに目を向けさせる手助けをしています。私も同じことをしています。私はこの抗議の行進のことを伝えられる時はいつでも伝えます。私にとってはとても大事なことなのです。
  *BDS運動:「ボイコット、投資撤収、制裁」運動 (Boycott, Divestment, and Sanctions:頭文字をとってBDSまたはBDS運動など)は、イスラエルに対し、国際法に違反するとみられる行為を中止させるための政治的・経済的圧力の形成と増強を目的としたグローバルなキャンペーンである。  

ですが、お話には別の面もありますね。それは公正な立場を取る正規のイスラエル人のことです。彼らの中には今でもあなたのコンサートに来る人もいます。ネタニヤフに投票することなんかしませんでした。入植には反対しています。そういう人も罰するというのはどの程度フェアと言えるのですか?

RW: 私が耳にするのは、残念だけれど大多数のイスラエルのユダヤ人は、ガザ地区への政策や入植や住宅建設を許可する政策はすばらしいと信じている、ということです。彼らにはその問題点が目に入りません。これが大大多数のイスラエル人です。たぶん人口の20%を占めるアラブ系イスラエル人は違います。このアラブ系イスラエル人の80%の中に抵抗運動があります。彼らの多くと私は知り合いであり、友人です。しかしその数は知れています。

SS: あなたは他の事柄についてもしっかりとしたご意見をお持ちです。手持ちの情報ですと、あなたはホワイトヘルメットがある時点であなたに支援を求めました。そしてあなたはノーと言ったのです。あの組織は怪しげだ、ということで・・・

RW: ホワイト・ヘルメットが私に近づいたのは二度あります。一度目はthe Syria Campaignによって組織された資金調達の場でした。私はそれを見て考えました。「この連中はどんな人間なんだ?」 それで少し調査をしてみたのですが・・・

SS: その組織の中にあなたが見て、西側の主流派が見ていないものは何なのですか?というのも、西側は明らかに彼らを理想化しています・・・

RW: 2,3点だけ申し上げます。と言うのも、ホワイトヘルメットのことを話し出したら日が暮れてしまいます。この話はアリスが落ち込んだウサギの穴みたいにとても深いのです。まずホワイト・ヘルメットがシリアの反政府地域で起こった草の根運動だという証拠が一切ありません。この組織が、ただ国外に出たい、爆撃された建物から外に出ようとする市民を手助けしたいという人々だという証拠が全くありません。これが先ずひとつの点です。 

私がバルセロナでちょっとスピーチをした時のことが、ふたつ目です。フランス人でホワイト・ヘルメットの支持者がいました。 彼は世界中を回りながら、白いヘルメットを被って高いビルを登っています。その彼がこう言いました。「あなたのステージで『私たちは君たちのことを忘れてはいない』、とシリアの子どもたちに言ってもらえませんか?」 私の答えは「お断りします」でした。彼は本気だったと思いますよ。私は申し出を受けられない理由を説明しました。私のコンサートは4月14日のバルセロナでした。4月7日にシリアのドゥーマで毒ガス攻撃があったと言われていました。 

それから顔にマスクをした子どもたちに、ホースで水をかける人々が映ったビデオが出てきたのです。すべてホワイトヘルメットが作成したものでした。そしてホワイト・ヘルメットがこのビデオを送信し、SNSで広まりました。そのビデオを唯一の証拠にアメリカ、イギリスそしてフランス政府はシリアを爆撃する決定を下しました。決定の根拠はそれだけだったのです!ステージで私は、「何が起こったのか分からないうちに、シリアへ空爆を仕掛けるのはたいへんな間違いになると思う」と言いました。アメリカ、イギリスそしてフランスはシリアへ100発の巡航ミサイルの発射を強行しました。被害はそれほどでもなかったと思います。死者が出なくて幸いでした。そうは言っても攻撃はあったのです。それから人々の避難もありました。

翌日二人のジャーナリストが現地に入りました。一人はイギリスで定評のある高級紙、The Independentというタブロイド紙の記者のRobert Fisk。もう一人は保守系テレビ局で働いていたテキサス出身のジャーナリスト。名前はPearson Sharpです。二人ともドゥーマ全域を歩き回りました。二人ともビデオが撮影された病院に行きました。人々の話はすべて同じでした。だれ一人毒ガス攻撃について知っている者はいなかったのです。医師たちは言いました。「毒ガス攻撃はまったくありませんでした。喉に粉塵がついた人はいました。が、その日ドゥーマでの死者はゼロです」。だれ一人死んでいませんでした。いかなる種類の毒ガスにも影響を受けた人がいなかったことは確実です。 

これが現地入りした二人の独立系ジャーナリストであり、明快な報告を配信しています。彼らの報告は絶対正しいと思います。そして、公式の化学兵器調査団が4、5週間後にあらゆる資材を携えて現地に入り、調査結果を発表しました。おかしな事に、「神経ガスの痕跡は全くなかった」というのが調査報告です。彼らは塩化なんとかいうものを発見したのです。この用語全部は思い出せないのですが、塩か何かに関係しています。だから、公式報告は現在発表されています。だれもそれを読んでいません。ニュースではないからです。CNNでも流れませんでした。CNNが追いかけるような話ではないからです。CNNが普段伝えるお話は政府軍の毒ガス攻撃があって、ホワイト・ヘルメットはすばらしい、というものです。

もうひとつこれはきちんと申し上げなければなりません。このことはオスロで強調しました。これからも話題になる時はいつでも申し上げるつもりです。つまり、もしホワイト・ヘルメットと呼ばれるボランティアの草の根運動があって、でもこの運動母体はイスタンブールで実際に組織を立ち上げた人々と接点がありません。えーと、つまりこの組織はシリアで立ち上げられたのではなく、イスタンブールでイギリスの軍人が立ち上げたものです。しかし、もしこのホワイト・ヘルメットという組織がきちんと実在し、アサド、やロシア、あるいは他の誰かが爆弾を投下した後に人々を救援するために現地に行くのであれば、全身全霊をかけて彼らの支援をします。でもどんな証拠を見てもそんな事実はないのです。あなたはアカデミー賞を受賞したドキュメンタリーを見ましたか?

SS: ええ、見ました。

RW: つまり、これほど明らかに台本があって、注意深く撮影され、戦禍を被った場所からのドキュメンタリーだと、これ見よがしに
設定されたものをこれまで見たことが・・・

SS: 別のことでお話を伺いたいのです。 「注意深い台本があった」とあなたは言っています。「それは主流メディアの流す話に合わない、それが調査団の報告がアメリカの主流メディアにまで届かなかった理由だ」という表現をあなたは使いました。例えばあなたが「私はアメリカのシリア空爆に批判的だ」とか、「調べてみたらホワイトヘルメットは怪しげな組織だと私は確信している、私の情報源からですが」とか、「ロシアの手によって毒を盛られたとされるスクリパル事件は、申し訳ないが、変です」とかあなたが発言する時、すぐにあなたはプーチンの共感者だ、ロシア当局と手を組んでうそを言っていると言われますが・・・

RW: もちろん言われています。

SS: 私が強く思うのは、もしあなたが今のようでなければ、ちょっと変わった奴だと言われるくらいでしょう・・・

RW: RTの番組に出ていることで私が攻撃の対象となっているのに、言葉のトーンを抑えるぐらいであれこれ言われなくなると思いますか?

SS: あなたがプーチンを好きか嫌いか知りようもありません。でもどうして国務省に沿った意見を表明しないあなたのような人が、「ロシアのスパイ」だとか「クレムリンに肩入れをしている人間」だというようなレッテルを貼られるのでしょう。ご自分では思いもよらないことなのですよね。

RW: はっきりしています。戦争屋たちがこんなことをするのは、まずイランと、たぶん次はロシアと戦争をするんだという考えを前に進めたいからです。戦争ではたくさん金が飛び交います。こんな言い方がきちがいじみた陰謀論の類いに聞こえることはわかっています。でも、そうじゃありません。どうして彼らは年間6千億ドルも使い、自分には何の関係もない国へ行って、肌が茶色の人やイスラム教徒たちを殺害するのです?どうしてなんですか?何のためですか?いいですか、人々が疑問を発し始め、「どうして?」を加えたら・・・ それは人々が攻撃をされる可能性があることを恐れているからなのか、もしくは連中が人々の自由が気にくわないからなのですか。つまり、アメリカのメディアが何を言おうと、どうってことはありません。そうです、連中はおそらく最終的には私をアメリカから放逐するでしょう。

SS: そうお考えなのですか?

RW:ま ったく分かりません。

SS: その危険性を感じていますか?

RW: 私を黙らせようとする動きがあることは感じています。BDS運動に関しては明らかにそうです。連中は私を黙らせようとしてきました。脅迫もあります。

SS: どこへ行かれますか?イギリスに戻られますか?

RW:もしアメリカで生活しなければ、ですか?分かりませんイギリスには戻りません。 たぶんポルトガルです。

SS: ロシアはどうですか?ロシアに来ませんか?

RW: で、どうしてロシア?

SS: 偉大な国だからですよ。

RW: たぶんおっしゃる通りでしょう。私には分かりません。

SS: もうひとつお伺いします。アメリカの役人がロシアについて語ろうとする時、一般的な方針や許容範囲があることにあなたは気づいていましたか?アメリカの政治家がこんなことを言っていました。「ロシア人というのは遺伝的にどうしても(集団に)吸収され易く、(集団の意思が)貫徹し易い民族なんだね。」 それを聞きながら思っていたのは、「何ということを言うのかしら?もしアメリカ人が、特に役人がユダヤ人あるいはアフリカ系アメリカ人についてこんな発言をしたら、それで自分の職業生命は終わりでしょうに」 どうしてOKなんですか?どうしてロシア人についてはそんな言い方をしても許されるのですか?

RW: それはアメリカの主流メディアがそんな言い方を一般大衆に過去、何年でしたっけ?ま、過去4年の間売り込んできたからですよ。どのくらい前からでしたっけ?たぶん4年前・・・

SS: オバマ政権時に始まったのだと思います。2016年の大統領選では本当にひどいことになりました。トランプが大統領になってからさらに悪くなりました。

RW: そうですよね。 昨年(2017年)、「Is this the life we really want?」のレコードを作っている時、制作仲間が「RTはプロパガンダばかりで、ウソの塊だって言い始めたのです。ええ、私はRTを視聴しています。アメリカのテレビでは「(天然ガスの)水圧破砕」のドキュメンタリーなんかやらないでしょう。連中は何であれ何かを人々に伝えることに関心はありません。いいですか、今でははっきりしています。CNNも他の局もみんな同じです。 MSNBCからFoxまで、そしてその中間にある局もいっしょです。 Discoveryは違うかもしれません。Discoveryはアメリカの小さなテレビ局で、人間らしい状態は何かを時々垣間見せてくれます。他はみんなプロパガンダばかりです。   

今でも分からないのですが、どうしてみんなロシアを十把一絡げにして・・・ 私は次のことを外国でもアメリカでも聴衆に語ることがあります。「だれがロシア人だかわかりますか?だれかロシア人に会ったことはありますか?私がこんなことを言うのも私はたくさんのロシア人と会っているからです。たくさんロシア人非常によく知っていると言っている訳ではありません。ただこれだけはよく分かっています。ロシア人は第二次世界大戦で2000万人の国民を犠牲にしてナチスからアメリカ人を守ったのです。それなのにアメリカ人は杖でロシア人を突っ突きに行きたいと思っています。正気ですか?アメリカ人は自分が何を話しているのか分かっていません。同時にロシアの国のこともロシアの国民のことも何ひとつ分かっていません。ただ非難するだけです。」

SS: どうして選挙に出ないのですか?

RW: 生きているうちにやらなければいけない大事なことがいろいろあるからです。

SS: ええ、分かりました。その大事なことを巡っていろいろお話しいただきました。RTは引き続きご視聴くださいね。あなたがRWの視聴者だとうれしいです。

RW: わかりました。

SS: ご幸運を祈ります。

RW:ありがとう。

ドンバス指導者の暗殺<分析>

Donbass leader’s murder shows Kiev clearly wants to end Ukrainian crisis by force – analysts

RT  Home/World News/ 2018年8月31日
(翻訳:新見明  2018年9月11日)
<記事原文> https://www.rt.com/news/437376-dpr-murder-kiev-ukraine-force/

FILE PHOTO. © Anatolii Stepanov / Global Look Press

ドネツク人民共和国(自称)の指導者アレクサンドル・ザハルチェンコの暗殺は、キエフによって「まことしやかに」画策され、それはウクライナ政府の本来の計画を明るみに出したのだと、専門家はRTに語った。

モスクワは、金曜日のDPR(ドネツク人民共和国)の指導者を殺したドネツク爆破事件の背後にウクライナ政府がいると糾弾した。彼の死は実際キエフ政権の戦争屋にとって利益をもたらすとアナリストは分析している。

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(写真)ドネツク人民共和国(DNR)(自称)の指導者アレクサンドル・ザハルチェンコが東ウクライナの爆破で殺された。


「ザハルチェンコの殺害は、まずウクライナの強硬派を利するものである。彼らはミンスク合意やドンバス地域の人々とのどんな和平合意にも関心がないからである」と政治評論家のアレクサンダー・パビッチは暗殺に関して述べた。強硬派は「ウクライナ大統領(ペトロ)・ポロシェンコ自身によって率いられていて」、それ故、強硬派は現政府の中心勢力である、とハビッチは考えている。

元アメリカ外交官ジム・ジャトラスはRTに次のように語った。キエフはいつもウクライナ紛争を「ゼロサムゲーム」と考えている。そして「ドネツクとルガンスク共和国指導者を弱体化するものは何でもキエフにプラスになると考えられているちがいない」。「この殺害は先制攻撃のパターンに当てはまる」。キエフは自称の共和国に攻撃を開始したのだ、と。

「キエフは一度も政治的調整に関心を持ったことがない」

ザハルチェンコの殺害が明らかに示していることは、キエフ政府がいつも東ウクライナを「武力によって片づける問題だ」と考えていることだ、とイギリスの哲学者、歴史家、作家のジョン・ラーフランドはRTに語った。

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© Sputnik「テロリストの戦術」: 反逆罪で告訴されたロシア人ジャーナリストは、ウクライナ刑務所で100日目になる。


ラーフランドはラーフランドは次のように言った。キエフはいつも自称共和国勢力を「ロシア人戦闘員でウクライナ人戦闘員ではない」。ウクライナは「もし自分の領土の人々が外国の侵略者であるとするなら、外国の侵略者とはドンバスの人々のことだ。と言うことはキエフは政治的解決には関心がなく、彼らを自分たちの市民とは考えていない」と。

ラーフランドは続けて述べた。ザハルチェンコの殺害は「いくらかの人々が知っているかもしれないことを・・・つまりウクライナが政治的解決に関心がないということを、全世界に示していることだ。またポロシェンコはウクライナ連邦化に強固に反対していることをごく最近表明した。それは結局、彼が東ウクライナの自治に反対であり、ミンスク合意を実行する意思がないということだ、と。

ポロシェンコの言葉はジャトラスの言葉の繰り返しだった。つまりジャトラスは「もしミンスク合意過程が全く死んでしまったことにだれかが疑問を抱くなら、そのような疑問は終わらせるべきだ」と述べたのだ。一方パビッチは、暗殺が、最近のプーチン・メルケル会談後のミンスク合意過程への新たな勢いを葬り去ろうとする意図が明らかにあるということだ、と述べた。

西欧は、「キエフにあまりに多額の投資をした」のだ

しかしこれら全ての事実が、西欧においてウクライナ紛争への態度を変えることはない。なぜなら西欧諸国は、真実よりも彼ら自身の利害を気にかけているからだ、とアナリストは警告した。
 
ヨーロッパの政策立案者たちは「多くの政治資金を、ロシアのウクライナ侵略説を正当化することに投資してきた」。そして今や、それはEUの公式見解でもある、とラーフランドは述べた。たとえ彼らが本当の状況がどんなものであるかを理解したとしても、「彼らが考えを変えるにはなおかなり時間がかかるだろう」、と彼は警告した。

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アメリカ軍人がキエフで、ウクライナ独立記念日のリハーサルで行進している。「彼らの家の主人?」、ボルトンが独立記念日でウクライナを「視察」する。


アメリカやヨーロッパ当局がウクライナ支援の増加までも約束した模様で、「ワシントンとモスクワの和解の見込みはないことを確認し」、さらなる緊張を高めるものは何でも歓迎したがっていると、ジェトラスは見ている。

この事件は、「ロシア・ウクライナの緊張の高まりに興味をしめす全ての外国勢力」を利するものである。それはアメリカの陰の政府やリベラル介入主義のNATOやイギリスに導かれ、現在、無謀な反ロシアキャンペーンを展開している、とパビックは述べた。

西欧は結局、ザハルチェンコの殺害を地域の活動家のせいにしようとし、ある種の内部抗争の結果として濡れ衣をきせるだろうと、アナリストは予想した。この事件はまたアメリカにおける反ロシアヒステリーを推進する「ポロシェンコの立場を高める」ことになると、パビックは続けた。彼らの多くがジョン・マケインの葬儀に参列し、ポロシェンコも参列する予定になっている。

一方、大手メディアはその問題を過小評価しがちで、あるいはそれを単に無視するのだ。ラーフランドは、この殺害がその地域の状況に悲惨な結果をもたらすだろうと警告した。「もしかするとこの殺害は、あらゆる政治的解決の可能性を壊すだろう。そして我々はウクライナ紛争の最悪の時期に戻されるだろう。それは政治的交渉過程を破壊することになるだろう」と彼は述べた。

「街は孤児になった」。12万人の会葬者が殺害されたドネツク、ドンバスの指導者に別れを告げる(写真)

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‘The city is orphaned’: 120,000 mourners bid farewell to murdered Donbass leader in Donetsk (PHOTOS)

2018年9月2日

(PHOTOS)
(翻訳:新見明 2018年9月6日)
<記事原文>https://www.rt.com/news/437440-donbass-leader-murder-funeral/

ウクライナのドネツクで、人々はアレキサンドル・ザハルチェンコに別れを告げるため並んでいる。

少なくとも12万人が、ドネツク人民共和国(自称)の指導者アレクサンドル・ザハルチェンコの葬儀に参列した。金曜日、東ウクライナのドネツク市で、彼は爆発によって殺された。

ザハルチェンコの遺体は、国立アカデミーオペラ、バレー劇場のロビーに置かれていた。そこは、DPR(自称ドネツク人民共和国)の指導者が殺害されたカフェ・セパールからほど近いところにある。


12万人以上が、殺害された指導者にお別れをするためにやって来た、と市委員会のスポークスマンが記者に語った。


ドンバスの指導者の葬儀に、人々は花束を携えてやってきた。「(私達は)涙に暮れるしかありません!私達はなんて言ったらいいのかわかりません」と、ドネツク地区のヤシノバターヤの町からやってきた三人の女性がRIAノーボスチに語った。

「こんなこと(殺害)が、いったいどうして起こったのか!多くの母親が子供と歩いていて、普通の人々が歩いている市のど真ん中で起こったのです!」と、もう一人の悲しみに暮れた女性が叫んだ。ザハルチェンコは結婚していて、4人の息子が残された。


モスクワは43歳のザハルチェンコの殺害に非難声明を出した。「殺害はウクライナのあらゆる和平行程を阻害するものである。東ウクライナにおいて、ミンスク合意実現を葬り去ることを狙ったあからさまな挑発行為だ」とロシア外相セルゲイ・ラブロフは土曜日に語った。


ザハルチェンコは2014年11月以来DPR(ドネツク人民共和国)を率いてきた。2014年11月はウクライナ大統領ビクトル・ヤヌコービッチがクーデターによって追放され、危機が勃発したときだ。ドネツク州は隣のルガンスク州とともに、キエフ政府と衝突を繰り返していた。彼らは2014年のクーデターによる新政府受け入れを拒否し、自分たちで共和国を打ち立てた。ザハルチェンコは、以前から度重なる暗殺の試みから生き延びてきていた。


ウクライナの隠された真実

キエフ・ユーロマイダンのスナイパーがデモ隊を殺害する。
イタリアのドキュメンタリー番組が衝撃的証拠を
ウクライナ革命の安っぽい「尊厳」

by Oriental Review
グローバル・リサーチ2017.11.24
オリエンタル・リビュー2017.11.23

 

そのテレビドキュメンタリーは、イタリアのカナーレ5(チャンネル5)という大手メディアから放送された。チャンネル5はグループ・メディアセットSA所有の民放会社で、1987年元イタリア首相シルビオ・ベルルスコーニによって設立された。
 
チャンネル5はイタリアで最も視聴率の高いテレビである。
 
なぜ大手メディア・ニュースの報道対象にならず、この民放が2014年2月キエフ・ユーロマイダン・クーデターに関して「語られざる真実」を報道したのか。
 
その情報は大手メディアから出たが、有害な偽情報として大手メディアからレッテルを貼られていたからだ。
 
独立メディア(グローバル・リサーチを含む)がイタリアの外でその放送をしているのに、欧米企業メディアは2014年キエフ・ユーロマイダンのクーデターに潜む政治的理由や犯人やその影響について沈黙を守っている。
 
ミシェル・チョスドフスキー2017.11.24
 
***
 
ジョージア国籍のスナイパーたちとのインタビューは、イタリア人ジャーナリストのギアン・ミカレシンによって作られ、ミラノのチャンネル5(マトリクス・プログラム)の画期的なドキュメンタリーとして放映された。それは驚くべきことに、「尊厳の革命」として一般に知られる2014年のキエフ・クーデターの本当の犯人や組織者について証拠を提出しているのだ。
 
そのドキュメンタリーにはジョージア軍士官のアレクサンダー・レバジシビリ、コウバ・ネルガジェ、ザローギ・クバラツケリアが登場し、彼らはマムカ・マムラシビリによるキエフでの「特別任務」を遂行するために雇われた。マムカ・マムラシビリは 前防衛大臣バッチョ・アカライアの側近である。彼らは、2014年1月15日、偽の証明書を携えキエフに到着し、マイダン広場に移送されたと言っている。各々1000米ドルを受け取り、「仕事が終わったら」あと5000米ドルが支払われる約束をして、彼らはマイダン広場が見渡せるウクライナ・ホテルと音楽学校の建物の内部で射撃位置の準備した。
 

キエフのマイダン広場と周辺の建物地図
 
彼らが後に明らかにした事実は、衝撃的であった。ほかのスナイパー(何人かはリトアニア人であった)と共に、彼らはアメリカ軍の諜報部員ブライアン・クリストファー・ボーイナー(彼のフェイスブックページはこちら)の指揮下に置かれた。協力チームにはマムラシビリや悪名高いセルゲイ・パシンスキーも含まれていて、彼らは2014年2月18日車のトランクに射撃ライフルを潜ませていたので抗議側に拘束された。その後、彼らは最初のウクライナ臨時政府を率いた。武器は2月18日に登場し、ジョージア人やリトアニア・グループなどに配られた。「それぞれの袋に3・4個の武器があった。マカロフ拳銃やAKM銃やライフルと大量の弾薬があった」とネルガジェは証言している。
 
その翌日、マムラシビリとパシンスキーは、広場を銃撃し、混乱を引き起こすことだとスナイパーたちに説明した。「マムラシビリが到着したとき、私も彼に尋ねた。事態は混乱してきている。それでも我々は銃撃し始めなければならないのか、と。大統領選挙をやらせてはならない、と彼は答えた。「しかし誰を撃ったらいいのか?」と私は聞いた。彼は答えた。誰であろうと、どこであろうとかまわない。おまえたちは混乱を引き起こすために、どこでもいいから撃ちまくればいいのだ。
 
「木でもバリケードでも撃ってかまわなかった。もしくは火炎びんをもった人でもかまわなかった。要はパニックを引き起こすことだった。」
 
「私は叫び声を聞いた」とレバジシビリは振り返る。「下には多くの死者やけが人がいた。私の最初のそして唯一の思いは、捕まる前に急いで逃げることだった。そうしないと彼らは私を引き裂いてしまう。」
 
4年後、レバジシビリと二人の同僚は、約束された5000米ドルの支払いをまだ受け取っていないので、彼らを使い捨てにしたやつらの真相をしゃべることに決めたと訴えた。
 
英語字幕付きの全ドキュメンタリーは下記のところで見られる。(訳注:クリックしてみたがうまく接続できなかった)
  https://youtu.be/wR1NFI6TBH0
 
  https://youtu.be/V0rR2Fh1zWI
 
[2日後、マケドニアのニュース会社Infomaxはコーバ・ネルガジェとザロギ・クバラツケリアとの52分の夜のトーク番組を編成した。その中で彼らは背後関係やキエフの任務についてさらに詳しく情報提供をした。]
 
これら3人は後悔した士官として現れ、ただ「命令に従った」だけで、「人々を殺さねばならない」とは知らなかったと述べた。
控えめに言えば、プロの政治的暗殺集団のうぶな試みとも言える。一方、これらの告白と暴露の事実や時間は、決定的にキエフ現体制の激しい抗争と同時性をもっている。
 
ジョージア人の話では、最初から作戦が元ジョージア大統領ミハイル・サーカシビリによって起こされたと言っている。マムラシビリの上官バッチョ・アカライアは2012年10月大統領選挙で敗れたジョージアの指導者(サーカシビリ)ときわめて親密な間柄で信頼されていた人物であった(ヒューマン・ライツ・ウォッチは同じ月に「ジョージアのアブグレイブ」と言われるグルダニ刑務所の特別報告をしている)。ジョージア人の3人がキエフで汚い仕事に雇われたとき、アクハライアは権力の乱用のかどで刑事裁判にかけられていた。つまり司法省の刑務所を指導し、違法拘留や被収容者の拷問のかどで(2014年10月彼はチビリシ市法廷によって有罪とされ7年半の拘留が宣告された)。1年前の2013年11月に、ミハイル・サーカシビリはジョージアで複数の刑事罰に直面していて、アメリカに向かって出国し、公式的にはタフツ大学に落ち着いた。彼と彼の手下は、祖国で痛ましい敗北をきっしていたので、主人に強いられなかったらその任務失敗を埋め合わせるために、隣の国で危険で冒険的な計画に着手することは決してなかっただろう。 
 
いずれにしろ、ウクライナ危機の当初、ジョージアのソロス支援のネットワークがキエフで特別任務を遂行するために活発化していた。(悪名高いメングレル犯罪集団の申し子バッチョ・アカライアは、2000年代初期の奨学資金以来ずっとジョージア自由協会のソロス資金をもらっていた。)
 
4年後その協会は劇的に変化した。ポロシェンコとサーカシビリの民主同盟は粉々に分解した。サーカシビリは何ら安定した政治関係を築くことができない精神病患者であることが再びわかった(2017年9月ウクライナはジョージア政府の要請に応えてサーカシビリの引き渡しを考慮している)。一方11月1日、バッチョ・アカライアとサーカシビリはジョージア防衛省の元憲兵隊長の側近の一人メギス・カルダバはジョージアで同じ刑事告訴をされていて、ウクライナ国境で偽造パスポートのかどで拘留された。ウクライナ保安当局は彼が40日以内にトビリシに引き渡されることをすでに発表した。サーカシビリの身辺警護チームの他の数人のジョージア人はウクライナで逮捕され、10月下旬早々に祖国へ追放された。
 
これらのことがあって、ジョージア人スナイパー3人は、予防的にユーロマイダンの「真実を暴露した自発的内部告発者」としてイタリアテレビに登場することとなった。彼らが生け贄として逮捕され、罰せられる前に。
 
彼らはキエフ現体制の象徴的人物名を慎重に数多く挙げた。アンドリ・パルビー(ウクライナのベルコブナ・ラーダの現議長)、セグレイ・パシンスキー(親政府人民戦線を代表する国会議員)、ウラジミール・パラシウク(もう一人のカリスマ的国会議員)らは、2014年2月20日マイダン広場虐殺の組織者かつ協力者たちであったと。
 
彼らの主張は他の証拠によって確証されている。それらの事実の最も包括的な収集を、オタワ大学イバン・カチャノフスキー教授がこれまで行ってきた(彼は先週のイタリアのドキュメンタリーでもコメントした)。
 
悔い改めたスナイパーを我々がどう思おうが、彼らの公式の告白で人々を意図的に殺した責任を免れることはない。彼らは宣戦布告した戦争の戦場の兵士ではなかった。彼らは司令官から命令されたのではなかった。彼らはお金で汚い仕事をするように雇われたのだ。そして彼らがすることは汚い仕事であることに気づいていた。逆のことを証明しようとするおしゃべりは、滑稽である。だからこの3人、アレクサンダー・レバジシビリ、コウバ・ネルガジェ、ザロギ・クバラツケリアは彼らを雇い、命令した人々(マムカ・マムラシビリ(現在彼はドンバスのジョージア軍団の司令官)、ブライアン・ボーイナー(彼は2015年~2016年ドンバスのウクライナ側で戦っていた)と同様、そしてジージア、リトアニア、ウクライナから来たスナイパーたちは、ウクライナで又はユーロマイダン中に殺された市民の国々で裁判にかけられなければならない。次に裁判にかけられるのはウクライナの政治家や虐殺の主な受益者、つまり名前が挙がった者たち(アンドリ・パルビー、セグレイ・パシンスキー、ウラジミール・パラシウク)と未だ公表されていない者たちである。


2014年マイダン広場でなくなった100人
 
事実上、未だ報告されていないこの話は、ポロシェンコ体制の正当性を完全に崩すものだ。「尊厳の革命」の犠牲者の墓の上に、長く苦しむ国民に現支配者がそら涙を流そうとも、これからずっと、いつも彼ら自身の支持者をも大量殺害したポロシェンコ体制の犯罪的役割が叫ばれ、明るみ出されるだろう。外国のスナイパー各々にたった1000米ドルを支払って、彼らは何百万人のウクライナ市民の夢と信頼を傷つけて権力についたのだ。それは国家的大惨事の首謀者が言うクライナの「尊厳」の本当の代償であった。
 
記事原文
https://www.globalresearch.ca/the-hidden-truth-about-ukraine-italian-documentary-bombshell-evidence-kiev-euromaidan-snipers-kill-demonstrators/5619684
 
<新見コメント>
2014年のウクライナ政変は欧米勢力に支援されたクーデターであることがはっきりしている。しかし、大手メディアではいまだに民主革命であるかのように描かれている。そしてクリミアの住民投票によるロシア編入はロシアからの侵略のように書かれている。進歩的と言われる東京新聞でさえモスクワ特派員が、クリミア編入や東部住民の抵抗はロシアの介入と思って欧米の外電を鵜呑みにして書いている。怒りがこみ上げてくる。
 
2014年からだいぶたってしまったが、歴史の真実を探る上でもこの記事は重要である。マイダン広場で射撃手は警備側もデモ側も区別なく無差別に殺害していた事実はわかっているが、それがアメリカ情報部員の指令の下に、雇われたスナイパーが行ったという証言は貴重である。
 
このウクライナの政変に関しては、以前私が訳した「マレーシア航空撃墜事件」なども載せていく予定です。

参考文献
IWJブログ】反政府デモ隊狙撃のスナイパーの背後にいるのは新政府!?EU外相とエストニア外相の電話会談の内容がリーク~ロシア国営メディアが報道 2014.3.12
  iwj.co.jp/wj/open/archives/129141
 
 kenchicjunreiのブログ
  ウクライナ革命。狙撃手が、政府側と、反政府側の、両方に向け狙撃した。
  March 09 [Sun], 2014, 4:14
  http://yaplog.jp/kenchicjunrei/archive/112