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アメリカは11月15日に向けてキューバでの「カラー革命」を計画しているのか?

アメリカは11月15日に向けてキューバでの「カラー革命」を計画しているのか?

<記事原文 寺島先生推薦>

Is The United States Organizing a Color Revolution in Cuba for November 15?

It remains an open question as to how successful the upcoming action against the Cuban government will be. But who is behind the protests is hardly in doubt.

Global Research

2021年11月3日

Alan MacLeod

<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>

2021年11月15日

 
***

 米国政府は、11月15日に予定されているキューバでの全国的な抗議活動を組織し、推進し、大規模なものにする上で重要な役割を果たしつつある。

 国務省のネッド・プライス(Ned Price)報道官は、記者会見で「米国はキューバ政府の転覆計画に直接関与しているのか」と問われても否定せず、抗議行動の要求を米国がどれだけ支持しているかを2回にわたって長々と述べたが、これは懐疑的な読者にとっては「イエス」に等しい回答である。「米国は、キューバの人々が自由に指導者と未来を選択するために闘っていることに深くコミットしている」とプライスは後のプレスリリースで捕足している。

 その1週間後、フアン・ゴンザレス(Juan Gonzalez)国務副次官補(西半球担当)は、さらに踏み込んで、キューバが抗議活動を妨害しようとするならば、米国政府はキューバに制裁を加えると発表した。「我々は、変化を求めるキューバ国民の声を支援し、維持し、強化することに全面的にコミットしている」と補足した。

 他の米国政府関係者も、今回のデモを支持する声明を相次いで発表している。

 「米国は、民主主義、繁栄、そして人権というキューバの人々のビジョンを共有している。我々は、11月15日に平和的に集会を行う彼らの権利を支持し、キューバ政府に対し、表現の自由を認め、人々の声に耳を傾けるよう求める。彼らの声を封じることはできない」と、西半球担当次官補のブライアン・A・ニコルズ(Brian A.Nichols)は書いている。






 MintPress(訳注:アメリカのネットニュース)が先月報道しているが、この抗議活動は当初11月20日の予定だった。しかし、政府が法的な許可を与えないことに加え、同日左翼のカウンターデモもあることから、抗議活動は5日前倒しになった。

 世界中のメディアが注目した7月のデモのきっかけとなったFacebookのような反政府オンライン情報空間には、ミゲル・ディアス=カネル(Miguel Diaz Canel)政権に圧力をかけ、さらにはこの動きが政権を転覆させるための新たな機会となる切なる願望が寄せられている。

 しかし、MintPressがキューバ国内で取材した情報筋によると、7月の抗議活動の成功の鍵は、まさにその自発性にあり、キューバ当局に対して何週間も前に情報を漏らすことは、自滅的な考えであり、そんなことをすれば政府軍は何かが始まるずっと前に、運動のリーダーの多くを制圧することができるのだという。

組織された「自発性」

 7月に行われた抗議活動は、1990年代以降、キューバで行われた抗議活動の中でも最大・最重要なものだった。しかし、メディアの注目を集め、著名人や政治家、さらにはアメリカ大統領までもが支持したものの、すぐに立ち消えになった。抑圧に対する自然発生的な蜂起と見せかけて、実際にはフロリダのキューバ系アメリカ人コミュニティが管理するフォーラムで組織されたものだった。アメリカ政府は、7月のデモを公然と支持していた。しかし、今回はまだ何も始まってもいないのに支援しているのだ。

 政府は、7月のデモを公然と支持していた。しかし、今回はまだ何も始まってもいないのに支援しているのだ。

  現在やろうとしているのは、キューバ式「カラー革命」、つまり欧米が支援する市民主導の政権交代であると思われる。カラー革命として最も有名なのは、2000年にセルビアのスロボダン・ミロシェビッチ(Slobodan Milosevic)大統領を倒した一連の抗議活動だろう。デモ参加者たちは、非暴力戦術を用いて、政府を転覆させるために多くの人々を街に集めた。後に、このイベントを組織したとされるOTPORというグループは、米国政府から資金提供されていたことが判明した。それ以来、OTPORは、米国が認めない政府を倒すために、世界中の活動家を訓練するために利用されている。

 バイデン政権の対キューバ政策は、一見すると、キューバとの関係を正常化する方向に進んだオバマ大統領とは180度異なるように見える。しかし、オバマ大統領がキューバとの関係正常化に踏み切ったのは、ラテンアメリカ諸国の反対勢力に押されたためであり、「関係正常化路線を継続しないと米国は地域機関から追放される」と脅されたからである。10年後、独立心を持った政府の多くが(しばしばワシントンの助けを借りて)転覆させられた。バイデンがトランプ時代の制裁を継続することにより大きな意味を持つのはこのような文脈においてである。この制裁は、国連によって、毎度のことながら、違法とされており、国連は2014年に、制裁によって推定1.1兆ドル相当の損害が発生したと推定している。

 キューバ政府に敵対する今後の行動がどれだけ成功するかについては、まだわからない。しかし、この抗議行動の背後に誰がいるかは、ほぼはっきりしている。

*

Alan MacLeod is Senior Staff Writer for MintPress News. After completing his PhD in 2017 he published two books: Bad News From Venezuela: Twenty Years of Fake News and Misreporting and Propaganda in the Information Age: Still Manufacturing Consent, as well as a number of academic articles. He has also contributed to FAIR.org, The Guardian, Salon, The Grayzone, Jacobin Magazine, and Common Dreams.

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米国が経済封鎖でキューバを苦しめているのは、キューバには、揺るがない、勝利に向かう反帝国主義があるからだ。  

米国が経済封鎖でキューバを苦しめているのは、キューバには、揺るがない、勝利に向かう反帝国主義があるからだ。

<記事原文 寺島先生推薦>US suffocates Cuba for unwavering, victorious anti-imperialism at great cost

The Gray Zone 2021年8月2日

アーロン・マテ(AARON MATÉ)

<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>2021年10月20日




 キューバの反帝国主義政策は、南アフリカのアパルトヘイトを阻止し、世界中の解放運動を維持する手助けになってきた。歴史家のピエロ・グレジェセス(Piero Gleijeses)氏は、米国が今日に至るまでなぜこの島国を攻撃し続けてきた理由について語ってくれている。

 キューバの反帝国主義政策は、南アフリカのアパルトヘイトを阻止し、世界中の解放運動を維持する支援となってきた。その闘いの標的は、米国政府による極悪非道な政策だった。米国政府は、この島国に大きな損害を与える経済封鎖措置を、60年以上にもわたって課し続けてきた。

 歴史家であり、作家でもあるピエロ・グレジェセス氏が、キューバの外交政策の歴史と、米国が、世界覇権を手にするために、どのような邪悪な制裁をこの小さな島国に課してきたのかについて解説してくれた。

 「アフリカでキューバ政府が見せたような理想的な外交政策は、歴史上ほとんど先例がないものです」とグレジェセス氏は語っている。

今日のゲスト:ピエロ・グレジェセスさん。ジョンズ・ホプキンス大学。『Conflicting Missions: Havana, Washington, and Africa, 1959-1976』と『Visions of Freedom: Havana, Washington, Pretoria, and the Struggle for Southern Africa, 1976-1991』の著者。





映像からの文字起こし

AARON MATÉ(以下AM):当番組「Pushback」へようこそ。司会のアーソン・マテです。今日のゲストはピエロ・グレジェセスさんです。ジョンズ・ホプキンス大学の教授をされていて、『Conflicting Missions: Havana, Washington, and Africa, 1959-1976』と『Visions of Freedom: Havana, Washington, Pretoria, and the Struggle for Southern Africa, 1976-1991』いう著書をお書きになっておられます。グレジェセス教授、ようこそお越しくださいました。

PG(以下PG):お招きいただきありがとうございます。

AM:グレジェセス教授を当番組にお招きしたのは、キューバの外交政策について教授がもっとも権威のある研究をなされているからです。そして今見落とされていることは、米国によるキューバの経済封鎖措置の問題だと思うからです。

 キューバは今非常に厳しい状況に直面しています。COVID禍もそうですし、食べ物も含めた生活必需品が不足している問題もあります。こんな状況なのに、米国のジョー・バイデン大統領は、経済封鎖を緩和するという約束を反故にしたままで、前職のトランプ大統領の政策を維持して、経済封鎖を続け、殺人的な制裁を課し続けています。このような状況や、米国が何の目的でこのような制裁を課しているかについて話し合う際に抑えておくべき要因がいくつかあります。ひとつは、右寄りのキューバからの大きな移民団体がフロリダ州に存在しているという事実です。さらには長年米国がキューバの社会主義を打倒したいという欲望を持っているということです。そうしないと米国が主導する資本主義社会とは別の形の社会体制を世界に示すことになってしまうからです。しかし今日まず私が聞きたいのは、キューバの外交政策についてなのです。このことは、米国がキューバに対して持っている敵愾心について話をするときに見落とされている論点だと思うからです。ですので、キューバの現状の背景についての話をする前に教授にお聞きしたいのは、キューバが今どういう状況に置かれているかについてや、バイデンの対応はどうなのかについてなどです。バイデンは、今キューバをより苦しめようとしているだけのように見えますが。

 PG:はい。キューバは厳しい経済状況に置かれ、政治的な危機に直面しています。私は2015年からずっとキューバに行っていませんので、今のキューバの詳しい状況は分かりません。6~7年前の状況なら分かるのですが。経済状況は非常に厳しいです。新政権はフィデル・カストロやラウル・カストロが持っていたようなカリスマ性や名声はありませんので、難しい状況です。さらにキューバには政治的な危機や、経済危機が存在しています。

 米国による制裁にはまったく正当性がありません。米国は冷戦時代からキューバの外交政策を理由に制裁を課してきました。米国とキューバ間の衝突が原因でした。しかしその衝突のほとんどは、米国側に非がありました。そしてアフリカが、米国とキューバ間の衝突をわかりやすく示している例でした。つまり、今キューバが抱えている問題には二つの別個のものがあるのです。一つはキューバにおける非常に厳しい政治や経済の状況であり、もうひとつは、フィデル・カストロ統治下のキューバが掲げていた外交政策により敗北させられた国が、キューバに課している邪悪な制裁なのです。米国人というのは非常に邪悪な性質をもっているのです。アングロ・サクソン民族の遺伝子にはフェア・プレーの精神は乗っていないのです。

AM:分かりました。ワシントンにいるアングロ・サクソン民族がなぜ邪悪なのか教えてもらっていいですか(笑)?さて、どこから始めましょうか?キューバの外交政策の遺産というのは、何十年も前までさかのぼりますからね。

PG:キューバ革命が米国の気分を害し始めたのは、1950年代後半から1960年代前半にかけてのことでした。米国人の習性なのですが、米国と同じ半球にある国で、米国に挑戦しようとしてきた政権が出現すれば、軍隊を使って転覆させようとするのです。「米国の裏庭」である中央アメリカや、カリブ海諸国については特にそうなのです。これらの地域を支配することに慣れてしまっていたからです。その地域に、米国に対して反抗したのに、生きながらえることができた政権があるのです。米国は亡命キューバ人を使ってキューバ政権を転覆させようとした「ピッグス湾事件」を起こしましたが、キューバにより粉砕されました。このこともケネディ政権などの米国政権にとっては屈辱でした。

 さらにキューバと米国は、ラテンアメリカやアフリカにおいて衝突しました。しかし私から言わせてもらえば、キューバ革命が生きながらえることができたのは米国にとっては、屈辱であり、侮辱でした。特に1960年代はそうでした。その遺産がずっと引き継がれていたのです。そして1970年代の前半には、いわゆる「キューバを許そう」という気風が米国で起こり、キューバの政権の存在を受け入れようという論調が高まりました。キューバとは「暫定的に穏やかな関係(modus vivendi)を続けよう」という方向に状況が動き始めたのです。それからどうなったのでしょうか?1975年にキューバの軍隊がアンゴラに入ったのです。キューバ軍は米国と、アパルトヘイト政策がとられていた南アフリカが起こした秘密作戦を打ち破ったのです。これは米国にとって屈辱でした。しかし1975年のアンゴラの状況は、本当に悪の枢軸により支配されている状況でした。具体的には、南アフリカと米国政府です。この二国がキューバ軍により敗北させられたのです。かつては米国の事実上の植民地であった小国に敗北するという屈辱がどれほどのものかは、想像がつくでしょう。

 そしてカーター政権になりました。カーターはキューバとの暫定的に穏やかな関係(modus vivendi)を求め、キューバと国交関係を結ぼうとしていました。しかしカーターは、キューバにアンゴラから軍を引くことを要求したのです。1970年代には、米国は西欧に何十万人もの兵を常駐させていました。それは西欧を「ソ連からの恐怖」という存在しない恐怖から守るためだとされていました。1970年代には、ソ連は西欧に対して何の脅威でもありませんでした。それなのに、アンゴラに軍を駐留させ、アンゴラ政府を、南アメリカからの脅威(こちらの方は実在していた脅威でした)から守ろうとしていたキューバのことは許せなかったのです。CIAでさえ、南アフリカからの脅威があるため、アンゴラの独立を維持するためにキューバ軍が不可欠であることを認めていました。南アフリカはアンゴラの隣接国のナミビアを指揮下に置いていました。

 さらにもう一つの理由がありました。1974年の初旬に、エチオピア革命が起こったのです。その後の経緯ははしょりますが、1977年の夏に、ソマリアがエチオピアに侵入しました。その目的はソマリ人が住んでいたエチオピアの領土であったオガデンを併合するためでした。そして1977年の11月にキューバは軍を送り、ソマリアによる侵入を止め、エチオピアがソマリ人たちをエチオピア領土外に追い出す手助けをしようとしました。

AM:では、なぜキューバがアフリカ、特にアンゴラに軍を送ることにしたのかについて話をしましょう。あなたのお話では、これは、アパルトヘイト政策下の南アフリカに対して外国が介入した最初のケースだとのことでした。この歴史についてよく知らない方々もおられると思いますので、カリブ海に浮かぶ人口1100万人の小さな島国であるキューバがアフリカに軍を送ることにした経緯、三つの勢力がせめぎ合うという複雑なアンゴラでの内戦に、軍を送ることにした経緯についてお話しいただけませんか?
PG:1960年代初旬から話を始めないといけませんね。アンゴラの運動の発展についてはすでにその1960年代初旬から始まっていましたので。その前に全般的なことを2点だけ言わせてください。一つは第三世界、すなわちラテンアメリカとアフリカについてのキューバの外交政策のことです。それに関しては、CIAやINR(米国情報調査局)からたくさんの報告が挙げられています。それによると、1960年代におけるキューバの第三世界に対する外交政策には二つの重要な点がある、とのことです。1960年代の話ですよ。一つは「自衛のため」でした。当時米国はキューバと「Modus vivendi」を交わすことを拒絶していました。

AM:「Modus vivendi(ラテン語)」とは、デタント(détente)と同じ意味で、「関係の正常化」という意味ですね。

PG:そうです。関係の正常化です。民兵組織を使った工作や、キューバ経済を締め付ける行為などを終わらせる、ということです。米国はそれを拒絶しました。CIAやINRの報告書をもとに話をすると、キューバには「自衛」という目的がありました。つまりこういうことです。「今我々はラテンアメリカやアフリカでの革命運動を支援しようとしています。その目的は米国に対抗できる勢力を増やすためです。たとえばの話、米国がラテンアメリカで“第2のキューバ”や、“第3のキューバ”と対峙することになれば、米国はキューバだけを矛先にすることはできなくなります。同じことはアフリカでも当てはまります」とキューバは考えていたのです。

 そしてもう一つキューバには重要な動機があります。再度、CIAやINRの報告書に基づいた話をします。(私は米国の一般国民たちのために本を書いています。ですのでCIAやINRの報告をできるだけ多く引用するようにします)。CIAやINRは、キューバ革命の理想や、フィデル・カストロや彼の仲間たちの信念について報告しています。キューバの人々が第三世界の人々を支援しなければいけないのは、それが自分たちを解放することになるからです。それが、キューバ革命が持つ道徳的義務なのです。CIAやINRの立場から見れば、キューバの外交政策にはこの二つの要素が挙げられるのです。

 CIAやINRの1960年代の報告書を読んでも、「キューバが第三世界に対して、ソ連の代理として活動を行っていた」ことを記載した内容を見つけることはないでしょう。ソ連がキューバの第三世界での活動を促したという記載はありません。フィデル・カストロの慢心についての記載は散見されますが、それがキューバの第三世界での活動の大きな理由ではありません。「自衛」と「理想主義」。この二つが重要な動機だったのです。

AM:わかりました。キューバはソ連に依存していましたが、実際のところ外交政策ではこの二国の間に衝突があったのでしょうか?特にラテンアメリカの外交政策については?

PG:はい、実は両国間には、大変興味深い行き違いがありました。

 まず、キューバはあけすけにソ連を批判したことがあります。フィデル・カストロが演説の中で、かなり強い口調でソ連を批判しました。具体的には、1966年から1967年にかけてのソ連のラテンアメリカの外交政策についてや、ベトナムの支援が足りない点や、ソ連国内の内政について批判を浴びせたのです。あけすけに、です。キューバがソ連に対して行ったような非難や、衝突を、米国に対して敢えて行う西側の国などあったでしょうか?ド・ゴール政権下のフランスでさえ、そんな馬鹿げた行為はしませんでした。1960年代の政策面を語る際、「キューバはソ連の従属国だった」という話をする人々もいますが、それはアフリカにおける外交政策については、両国が同じ方向性をもっていたからです。衝突はありませんでした。しかし1963年を境に、キューバとソ連のアフリカ政策は衝突しました。それは、キューバはラテンアメリカの武力闘争を支持し続けようとしていたのですが、ソ連はそのようなキューバの支援に反対していたからです。ソ連の狙いは、ラテンアメリカに外交攻勢をかけることで、ラテンアメリカ諸国と国交正常化を結ぼうとしていたからです。

AM: よくわかりました。

PG: 両国には意見の対立があったのです。

AM: 分かりました。次にアンゴラの話に移りましょう。1975年にキューバがアンゴラに軍を送ると決めた理由は何であり、その後の経緯はどうなったのでしょうか?

PG: キューバは1960年代に初めてアフリカに足を踏み入れ、すでにアフリカで存在感を示していました。1960年代の話をしないで、1975年に何があったかの話はできません。急に1975年の事件が起きたわけではないのです。

 キューバが初めてアフリカに介入したのは1961年のことでした。アルジェリアの独立戦争の最中、キューバの一隻の船がモロッコのカサブランカに到着しました。この船はアルジェリアの自由戦士たちの後衛部隊としての役割を果たしていました。具体的には、アルジェリアに武器を送り、けがを負ったアルジェリア人や、アルジェリアの孤児や、戦争孤児たちを連れてカサブランカを後にしたのです。これらの孤児たちはキューバに連れて行かれてそこで教育を受けることになっていました。この事象から、キューバとアフリカの関係が始まったのです。

 覚えておいて欲しいことは、キューバがアフリカに行った支援には二つの側面があったということです。一つは軍事的な支援であり、もう一つは人道的な支援でした。このような支援が1960年代に続けられたのです。キューバはコンゴ・レオポルドビル(別名コンゴ共和国)にも介入しました。この国は元ベルギーの植民地でした。さらに1966年のはじめに、キューバは1966年にポルトガルからの独立を求めていたギニア・ビサウでの反乱行動を支援しました。そしてすでに1965年から1967年にかけて、キューバはMPLA(アンゴラ解放人民運動)とも協力関係を結んでいました。それはキューバがコンゴのブラザヴィルに軍を駐留させていて、ゲリラ活動の訓練などを行っていたからでした。

 1970年代前半には、ギニアビサウと、アンゴラを例外として、キューバはアフリカには介入していませんでした。1970年代前半のキューバについて、私は「ソ連の従属国だ」という評価を下していたことを記憶しています。そんな中、キューバ軍が数千人規模でアンゴラに突然現れたのです。

 何がキューバの介入の原因だったのでしょうか?アンゴラは1975年の初旬にキューバに頼ろうとしていました。MPLAです。MPLAはアンゴラの内戦で助けを必要としていたのです。キューバは支援を行っていましたが、非常に限られたものでした。

 キューバが支援に本腰を入れた理由は、南アフリカが介入してきたからでした。南アフリカがアンゴラを支配しようとする動きが見えたのです。それは南アフリカが、アフリカの南部諸国にアパルトヘイト政策を押しつけるということでした。私の個人的な意見を言わせてもらえば、南アフリカが介入してこなければ、キューバも介入はしなかったでしょう。フィデル・カストロは、ある会談でこの支援活動についてこう語っていました。「これはアパルトヘイトとの闘争」であり、「la causa más bonita romanidad(スペイン語)、人類における最も美しい理由である」と。私の推察ですが、フィデル・カストロや、キューバ人は、「米国と南アフリカという悪の枢軸国が勝利すれば、アフリカの南部地域でアパルトヘイト政策が強力になる」と考えていたように思います。

 とても興味深い話ではありませんか!キューバは、現実的な政策を放棄したのです。1975年といえば、キッシンジャーがキューバとの外交関係構築を模索しようとしていた頃です。秘密の話し合いが進行中で、その目的は両国が外交関係を結ぶことでした。米国の許可のもと、米州機構はキューバに対する経済制裁を引き上げていました。キューバもそのような状況を受け入れようとしていました。そして史上初めて主要西側諸国からの融資取引を始めようとしていました。フランスや、英国、さらにはドイツ、キューバの発展に向けた融資を約束してくれていました。カナダもです。

 明らかに分かっていたことは、アンゴラに介入すれば、このような状況がすべて危うくなるということでした。しかもキューバはソ連からもアンゴラ介入の同意を得ていませんでした。キューバがソ連にアンゴラに軍を送ることを伝えていなかったのは、伝えれば反対されることがわかっていたからです。当時のソ連の共産党中央委員会書記長であったブレジネフは、米国と緊張緩和する考えに取り憑かれていました。米国の中央情報局局長は、米国国家安全保障会議の会議にフォード大統領を呼びました。1975年8月のことだったと思います。局長がフォード大統領に、“ブレジネフは1976年2月のソ連共産党大会が、ブレジネフにとって最後の大会になることがわかっている”ということを伝えました。ブレジネフの健康状態が良くなく、その大会でブレジネフはSALT-II treaty(戦略兵器制限交渉)を米国と始めるという結論を提案するつもりだったのです。そして明確に分かっていたことは、キューバがアンゴラに軍を送れば、米ソ間の緊張緩和に悪影響を及ぼす、という事実でした。だからキューバはソ連から支援の約束をとりつけないままでアンゴラ介入に踏み切ったのです。さらにキューバは当時の米国政府が軍事を使って対抗することを恐れていませんでした。というのは、フォード大統領は選挙で選ばれた大統領ではなかったからです。フォードの影響力はとても限定的なものでした。ですので、フォードがキューバに攻め込むというような大胆な決定を行うことは考えられなかったのです。

 もちろんキューバは南アフリカからの脅威が深刻なものになる可能性についても考えていました。南アフリカがアンゴラに対する介入を強めたのなら、(キューバがアンゴラに軍を送ることを決定した1975年の11月の時点で、アンゴラには南アフリカ軍が3千人駐留していました)、南アフリカはアンゴラの隣接国なので、キューバには対抗するすべはありませんでした。それでもキューバは非常に危険な賭けに出たのです。そして問題なのは、「なぜキューバがそんなことをしたか」です。

AM:そうです。その点を先ほどお聞きしようとしていたのです。

PG:その答えはキッシンジャーが出してくれています。キッシンジャーの『回顧録』の第三巻に、アンゴラについて書かれた章があります。キッシンジャーというのは、基本的にはたいそうな嘘つきですが、この件に関しては、嘘はついていません。そこにはこうあります。(ここからは『回顧録』からの引用です)。「キューバが介入してきたとき、私はキューバがソ連の代理として動いていると革新していました。なぜならこんな小国が、自国から遠く離れたところでこんな危険を冒すなどとは考えられなかったからです。しかし明るみに出たすべての証拠からは、(今私が語っているのは、キッシンジャーの『回顧録』からの引用ですよ)、キューバは、ソ連に連絡を取ることなく動いていたことしかつかめなかったのです」。(『回顧録』からの引用はここまで)。

 それからキッシンジャーはこう問いかけています。「なぜキューバはこんなことをしたのでしょうか?」と。さらにキッシンジャーはこう記しています。「フィデル・カストロは、当時権力を持っていた革命運動の指導者として最も偉大な指導者であったことは間違いありません。彼はもっとも誠実な革命指導者だったのです」。本当にキューバのこの動きというのは、キューバの理想主義を体現する動きだったのです。1960年代の第三世界に対するキューバの外交政策を見れば、政治における「理想主義」と「現実主義」が全く同じ方向で両立していたことが分かるでしょう。米国はキューバと関係正常化に向けて交渉することを拒んでいました。しかし1975年にキッシンジャーは交渉を持とうとしていたのです。

AM:ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか?キューバがこのような理想主義に基づいて、アンゴラのアパルトヘイト政策に干渉しようとしなかったならば、米国とキューバの間の関係は正常化できていたとお考えですか?キューバは、米国との関係正常化という機会をふいにした、ということなのでしょうか?

PG:まさにその通りです。両国間の交渉は進行中でした。秘密裡におこなわれていたのですが。当時の文書が明らかになっています。キューバがアンゴラに干渉していなければ、キューバと米国の間である種の関係正常化があったと考えていいでしょう。

AM:ということは、アンゴラ干渉というのは大きな自己犠牲を払う行為だった、ということですね。私がこのことについて語りたいのは、この件が素晴らしい話だからです。こんな小国が、こんな大きな自己犠牲を払ったなんて。いったい何のためだったのでしょう?第三世界を解放するためだったのでしょうか?それともアパルトヘイト政策を打ち破るためだったのでしょうか?

PG:ええ、そしてこのキッシンジャーの件だけではありません。カーター政権もキューバと関係を構築したいと考えていました。機密扱いが無効になった文書の中に、カーターがキューバに行き、フィデル・カストロと対談した内容もありました。カストロはこう語っていました。「アンゴラの件について米国と交渉はしません。アンゴラの件はアンゴラと交渉します。交渉相手は、あなた方米国ではありません」。このカストロの言葉には、アンゴラ政府に対する真摯な気持ちや、気遣いが含まれていました。当時アンゴラ政府は、南アフリカからの侵攻を食い止めるためにキューバ軍を本当に必要としていたのです。こういう言い方をすれば気取った言い方のようにとられるかもしれませんが、アフリカに対する当時のキューバ政府の外交政策は、理想主義が体現されていた極めてまれな事例の一つなのです。

AM: 分かりました。それこそが私がこの対談を番組で行いたかった理由なのです。米国がなぜキューバに対する経済封鎖措置を維持しているのかについての話をするとき、たいていその答えは、「米国が、自国がとっている経済システム以外の経済システムを粉砕したいからだ」とか、「社会主義はうまくいかないという事例にしたいのだ」とか、「マイアミにあるキューバからの亡命者の団体の影響力が、米国の選挙政策において重要な位置を占めるからだ」などという答えなのです。しかし私がずっと考えていたのは、今お話いただいたような話が見過ごされているのでは、という点なのです。ここでさらにあなたのお考えをお聞きしたいのは、米国が経済封鎖措置をとり続けた動機のうち、米国の支援するアパルトヘイト政策を打倒しようというキューバの外交政策に対する敵意や反感による動機はどのくらいの割合を占めるものだったのでしょうか?

PG:私の考えでは95%です。

AM: 95%ですか?

PG: はい。

AM: では米国の内部資料には、この件についてどんな記載がされていますか?米国が、キューバが米国の帝国主義や、米国の同盟国である南アフリカを踏みにじったことに対して、どのくらい怒っていたかの記載はありましたか?

PG: 非常に憤慨していたようです。ケネディは、ピッグス湾事件に関して憤慨していましたよね。ジョンソンはキューバに対して特に敵意は持っていませんでした。さらにニクソンも実はキューバに対して特に敵意は持っていませんでした。好意をもっていたわけではありませんが、敵愾心とまではいかないものでした。ケネディが感じていたほどの敵愾心は彼にはなかったのです。キューバに対する敵愾心が再興したのは、フォード大統領時代になってからです。そのときにキューバが米国に対して屈辱を与える行為を行ったからです。

 1982年の初旬だと思うのですが、或る会談がありました。そのときの文書が開示されています。レーガン大統領下のジョージ・シュルツ国務長官と、キューバのカルロス・ラファエル・ロドリゲス副大統領の会談でした。この会談はメキシコで行われました。メキシコ政府が取りはからった会談でした。その際シュルツは非常に慇懃な態度で、ロドリゲスが遠路はるばるメキシコまで赴いてくれたことに感謝の意を表すこともしていました。そしてシュルツ国務大臣、間違いました。アレクサンダー・ヘイグ国務長官でしたね、ヘイグが伝えたレーガン大統領からの伝言は、「私たちはジョン・ケネディとは違います。キューバ政権を転覆させようなどとは考えていません。実際、私たちは東欧の社会主義諸国と共存しています。ですからあなたがたキューバ政府とも共存できるのです。しかしそのためには、ニカラグアのサンディニスタの支援をやめ、アフリカ系から撤退して欲しいのです。アンゴラから軍を引き上げなければいけないのです」

 自国の海岸からわずか90マイルしか離れていない惨めな小国と共存しようという申し出を拒絶された超大国米国の怒りのほどは、想像がつくでしょう。米国はキューバを許すことができたとしたら

AM:  つまり米国はキューバが自立国家になることを許す気があった、ということですね。すみません。話の腰を折ってしまって。私が言おうとしていてたのは、米国の抑圧から逃れることができた、ということです。その条件は・・・

PG:自立することだけではありませんでした。それ以上のことだったのです。米国がして欲しくなかったことをやめろ、ということだったのです。それは、アンゴラに軍を駐留させることや、サンディニスタを支援することでした。

AM:では、キューバは米国からの申し出にどう答えたのでしょうか?キューバはサンディニスタの支援を放棄したのですか?

PG:その答えはカルロス・ラファエル・ロドリゲス副大統領が出した「アンゴラについては交渉できません。アンゴラの件について、あなたがたと交渉する気はありません」という回答と同じでした。キューバは同じことをカーターに伝えたのです。この会談の文書を読めばもっと背筋が寒くなると思います。たしかにヘイグの態度は慇懃でした。しかし同時に非常に警告的な態度も見せていたのです。ヘイグはこう語りました。「現在我が国がキューバに対して禁輸政策を課しています。そのことをあなたがたは、経済封鎖などと呼んでいるようですが。何も分かっておいででないようですね。私たちはもっと強力な措置を取ることもできるのですから」。それでもキューバの回答は変わりませんでした。そして1987年まで、つまりイラン・コントラ事件が完全に明るみになるまで、キューバはいつ米国から襲われるか分からないという悪夢に苦しめられていたのです。

 そして知っておかないといけない事実は、1981年と 1982年は、レーガン政権がキューバへの侵攻を真剣に考えていたという事実です。しかしその侵攻に反対している2つの勢力がありました。それは国防総省とCIAでした。「米国にとって大きな損失になる」というのが両者の答えでした。米国国防情報局は、1980年代に、キューバ軍の戦力についての研究を発表しています。これは公開されているので、誰でも読めます。その研究は、キューバ軍の戦力がどれほど強いかについてや、米国が侵攻した際どれほど反抗できるかについてまとめていました。

 それでもこのような状況はキューバにとっては熟考が求められる状況であったことには変わりありませんでした。さらにキューバが同時に掴んでいた情報がもうひとつありました。それは、1982年当時のソ連共産党中央委員会書記長のユーリ・アンドロポフが、ラウル・カストロに伝えていたことなのです。ラウル・カストロは1982年にソ連に派遣され、ソ連政府と会談していたのです。その内容は、「米国がキューバに侵攻してきても、私たちソ連ができることは何もありません。キューバは遠すぎますから」というものでした。ラウルがソ連に送られたのは、「私たちは心配しています。全ての兆候が見えているのです。米国が侵攻してくるかもしれないのです」ということを伝えに行っていたのです。しかし、アンドロポフの答えは以下のようなものでした。「あなたがたは私たちに何を求めておられるのですか?私たちができることは何もありません。武器をもっとお渡ししたり、ソ連の船をキューバに派遣する回数を増やしたり、キューバとの友好関係をさらに強化する旨の発表をしたりはできます。しかし、米国がキューバに攻めてきたとしても、私たちがあなたがたのために具合的にできることは何もありません」。つまり、1987年までは、キューバは「米国から攻め込まれるかもしれない」という悪夢から逃れることはできなかったのです。1987年になって再びイラン・コントラ事件というスキャンダルが起こり、レーガン政権は弱体化しました。その頃のキューバからは、レーガンは「終わった」と思われていましたので。

AM:つまりキューバは米国に反対するという大きな危険を敢えて冒していたということですね。具体的には、アンゴラの解放を支援したり、ニカラグアの国家主権を米国がサンディニスタに対して仕掛けたテロ戦争から守るという行為のことです。しかし、1987年から1988年にかけて、キューバはアンゴラで再度決定的な闘いに勝利し、南アフリカのアパルトヘイトを終わらせることについて大きな援助を果たしました。そのことについてお話しいただけますか?

PG:もちろんいいですよ。米国も南アフリカも、南アフリカ軍がナミビアに侵攻すると考えていました。当時ナミビアは事実上南アフリカの植民地でした。南アフリカはキューバ軍と本格的な戦争をしようとは考えていませんでした。その理由は、米軍も、国防総省も、南アフリカ軍も、アフリカ南部のアンゴラに駐留していたキューバ軍は、南アフリカ軍が対キューバ軍として集められる軍よりも強力であると分析していたからです。ですのでキューバ軍が、当時南アフリカの事実上の植民地であったナミビアに入るという脅威から、南アフリカは本質的には降伏と呼べる交渉を結ばざるを得なかったのです。

AM:ネルソン・マンデラはこの時期のキューバの貢献についてどう語っていたのでしょうか?

PG:ネルソン・マンデラは時期をずらして2度このことについて語っています。ひとつは、「キューバの人々ほどアフリカのために何かをしてくれた国民はいない 」という話でした。「アフリカはキューバ国民に対して感謝すべきであり、大きな借りを作った」とのことでした。もうひとつの話は、「キューバがアンゴラで勝利したことは、南アフリカ国民がアパルトヘイトに勝利した大きな要因になった」ということでした。キューバの勝利がアパルトヘイト打倒をめざしていた勢力に勇気を与え、アパルトヘイトを維持したがっていた側を、落胆させることになった、という話でした。

 植民地での戦争や、南アフリカのような植民地状態にあった国の戦争においては、心理的な要素がとても重要なのです。1988年から1989年にかけての、心理的要素はどのようなものだったのでしょう?何よりも、1988年には、南アフリカとナミビア国民は、キューバによりアパルトヘイト軍が敗北させられることを目撃してしまったのです。この件が与えた心理的な印象は巨大なものでした。それは南アフリカにおいても、ナミビアにおいても、アパルトヘイトに反対していた勢力にとっても、アパルトヘイトを守ろうとしていた政権にとっても、です。そのことについては、南アフリカや米国の文書を見ればよく分かります。

 2つ目の心理的な要素は1989年に起こった事件でした。1988年のキューバの勝利により、南アフリカはナミビアでの自由選挙の実施をのまざるを得なくなりました。その結果ナミビアでは黒人ゲリラ勢力が選挙で勝利したのです。

AM:ナミビアで、ですね。

PG:そうです。ナミビアで、です。そして1970年代以降、南アフリカの文書も、米国の文書にも同じことが書かれ続けてきました。それは、もし自由選挙が行われれば、ゲリラ運動側が選挙で勝利するだろう、ということは皆が考えていることでした。そしてゲリラ運動側が選挙で勝利すれば、それは南アフリカ国の内部を大きく変えることになることも明らかでした。南アフリカの白人たちにとっては、ナミビアを失うという精神的打撃を与えることになりますし、黒人たちにとっては、ナミビアの開放を勝ち取ったという精神的要素を与えることになるからです。つまり南アフリカにとって大きな2つの打撃を連続で与えるということです。ひとつはアンゴラでの敗北であり、もうひとつはナミビアでの敗北です。ネルソン・マンデラによれば、これらはアパルトヘイトに対する重大な打撃になったということでした。そしてそれを成し遂げた要因はキューバでした。キューバがなければ決してありえないことでした。

AM:分かりました。あと2点質問をさせてもらってよろしいでしょうか。

 1つ目はキューバの医師たちについてことです。米国のメディアでは、キューバの医療従事者たちはひどく中傷されています。しかし米国の外に行けば、全く違うのです。コロナ禍の間、キューバの医療従事者たちがどれだけ中心となってコロナ対策に取り組んできたかを目にしてきました。激しくコロナに襲われたイタリアでは特にそうでしたし、それ以外の世界中の多くの地域でもそうでした。歴史から見て、米国がキューバの医療政策に対して敵対心を持つようになった経緯について話してくださいませんか?さらに、これらのキューバの医療政策が、あなたがこれまで話してくだったような国際社会におけるキューバの外交政策とどう適合しているかについてもお話しいただけませんか?

PG:キューバの医療政策は1960年代から始まっていました。米国はそのことに気がついていなかっただけです。そして1975年の初旬にアンゴラのことがあり、その際キューバの医師団は本当に大きな役割を果たしました。カーター政権はキューバの医師団などの医療政策に関して特別な敵意を持ってはいませんでした。しかしレーガン政権は敵意を持っていました。というのも、これらの医師たちが国際社会からのキューバへの共感を拡げることになったからです。キューバの医師たちは、キューバの外交官の仕事をしたのでした。そして明らかだったことは、医療による支援が、キューバの第三世界に対する人道的な支援において、最も効果的な支援だったのです。

 ですので1980年代、米国は、医療支援を含むキューバの人道的支援を本当に好きではありませんでした。他国に対する政権転覆行為にあたるほどに捉えていたのです。そしてキューバが支援していたのはアフリカだけではなく、ラテンアメリカもでした。ニカラグアです。そして最終的には、フィデル・カストロが行ったもう一つの行為が米国を震撼させました。2001年から2002にかけて、フィデル・カストロは貧しい外国人のための医科大学を設立したのです。外国人たちはその大学に来て、最初の二年間はキューバで医学を学ぶことができたのです。そこからキューバの他の大学に移籍しました。このような政策は、外国の学生たちに希望を与えるものでした。

 今キューバの医師たちがどんな医師なのかは私には分かりません先ほど申した通り、私はここ5年間キューバに行っていないのですから。冷戦時代と、冷戦時代が終わった数年後は、キューバでは大学教授のほうが医師より収入が多かったです。キューバで医師になりたいのであれば・・・。その前に米国の話をします。米国で医師を目指している人の優先順位の1番はお金が得られることです。例外もありますが、本質的にはそういうことなのです。しかしキューバで医療の仕事に就くというのは、全く違う考え方なのです。医師を目指す人というのは、心から患者を救いたいと考えている人々でした。米国とは全く違っていました。これがキューバの医療だったのです。私はキューバの医師たちとしばらく時間を過ごしたことがあります。その理由は、私の親友の家族に医師がいたからという理由と、何度かキューバに行ったときに体調を崩し、医師に見てもらったことがあったからという理由です。キューバの医師たちは米国の医師たちとは違う種類の医師たちでした。今の状況はわかりません。今は極端にものが不足していて、様子は変わりつつあることでしょう。理想主義も変節をしいられているかもしれません。

AM: では最後の質問です。キューバは今非常に厳しい状況に直面しています。経済問題は本当に深刻で、食料のような生活必需品に窮しています。キューバの現状と、これからについてどう見られていらっしゃいますか?最大の危機は何でしょう?キューバ国民を苦しめるために行われている米国による経済封鎖の中、キューバ国民たちを、どういう方向に導けばいいのでしょうか?

PG: 今まで見てきた通り道は厳しいです。医療、さらには教育の分野においては、キューバは輝かしい勝利を収めてきました。世界銀行が出している報告書でさえ、キューバが自国民に対して行った医療政策などを高く評価しています。しかし今は状況が劇的に変わりつつあります。優秀な医師たちはいるのですが、薬が十分ではないのです。設備も整っていません。医師の仕事を辞して、運転手やタクシードライバーに転職する人たちもいます。その方が、ドルを手にできるからです。今キューバ政府は非常に厳しい状況に置かれていると思います。キューバの政治システムを(従来の一党独裁制から)解放する可能性も考え始めていると思います。それがたやすいことではないのです。というのも現政権には、フィデル・カストロや、ラウル・カストロのようなカリスマ性がないからです。それでも新政権に課せられた課題というのは、キューバの政治体制を開放することだと私は思います。

 これは本当に難しいことです。ワシントンの私の机の前に座って何かを言うことはたやすいことです。私には創造できません。一党独裁制を捨てて、政治的に開放したとしても、キューバ革命の偉業や尊厳を維持できるのでしょうか?マイアミにいるキューバからの亡命勢力の手に、キューバが落ちることはないのでしょうか?本当に心配です。しかしそれでも、政治を開くということに取りかからねばならないのです。 

AM:では番組はこの辺で。今日のゲストは、ピエロ・グレジェセスさんでした。ジョンズ・ホプキンス大学の教授で、『Conflicting Missions: Havana, Washington, and Africa, 1959-1976』と『Visions of Freedom: Havana, Washington, Pretoria, and the Struggle for Southern Africa, 1976-1991』の著者でいらっしゃいます。

 



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キューバは感染蔓延の最終段階に入った

<記事原文 寺島先生推薦>Cuba in the Last Stretch of the Pandemic

Socialist Project 2020年7月12日

フェルナルド・ラブズバーグ

<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>

 2020年9月5日

はじめに
 以下の記事はフェルナンド・ラブズバーグ氏による記事である。元記事はサルバドリアン・デジタルのディリーニュースサイトコントラパントに6月24日に掲載された。本記事は「バレット欄」の担当者がスペイン語から翻訳し、少し注釈も付け加えたものである。

 考慮しておいて欲しいのは、ラブズバーグ氏の記事が初めて公表されてからすでに2週間たっており、その間にも重大な変化が起こっているということである。

記事の要点
・このウイルスに対するキューバの努力は目を見張るような結果を出している。7月7日、新型コロナウイルスによる死者が11日連続で一人も出なかった。7月7日時点で、キューバでのウイルス感染例はたったの2399例で、うち感染した2242名はすでに快復している。死者数はたったの86名だ。
・強調されるべきことは、北米や西欧の裕福な国々で見られたような医療従事者の死亡は、キューバでは一件もなかったことだ。医師だけではなく床掃除の仕事をしている人を含めても、だ。
・キューバは警戒を緩めてはいない。キューバの最終目標はウイルスを国中から根こそぎにすることだ。ラブズバーグ氏が記事で書いているウイルスに対する積極的な取り組みは、今も続いている。以前との違いは、今ウイルスは後退しているが、ウイルスに対する対策はより効果的になっているというところだ。しかしながら、ウイルスはハバナ州ではしつこく残っている。首都ハバナは特にそうだ。同地方にはキューバの感染例のうち57%が存在し、コロナウイルスによる死者の半分は首都ハバナから出ている。
・社会や経済をもとにもどすために、注意深い取り組みが進められている。そのために客観的な指標が、3段階にわけて導入されている。州や地域では、この段階に応じて感染流行に対応するよう取り組まれている。6月18日、15ある州のうち13州が、第1段階に入ったことが公式に発表された。マタンサス州も数日後そうなるだろう。7月3日には、ハバナ州が第1段階に入った。そして、マタンサス州を除く残りすべての州が第2段階に入った。
・州間の交通の行き来はまだ止められているが、都市間の公的交通機関は再開されている。広大な面積を持つハバナ市においては、郊外の交通機関を再開することは経済活動や社会生活において重要なことであり、現段階では乗り越えるべき難しい課題がある。交通機関の許容量には限りがあり、混雑をさけるため特別な配慮が不可欠であり、バス社内やバス停において社会的距離を保つことやマスクを着用することが強制されている。何よりも大切なのは、人々に責任ある行動をとってもらうよう説得することである。
・キューバは外国からの観光客を迎え入れはじめている。これはラブズバーグ氏の説明による。
・キューバによる世界での医療活動は、感染蔓延時において非常に力強く行われた。その医療活動は世界から広く注目を集め、また敬意をもって迎えられた。キューバのヘンリー・リーバ救護隊をノーベル平和賞に推薦しようという動きが世界的に進行中だ。誓願書に署名した人々の中には、ノーベル平和賞受賞者であるアドルフォ・ペレス・エスキベル氏も含まれている。他にも元エクアドル大統領のラファエル・コレア氏。俳優のダニー・グローヴァー氏やマーク・ラファロ氏。作家のアリス・やウオーカー氏。ノーム・チョムスキー氏とナンシー・モレホン氏。映画制作者のオリバー・ストーン氏やペトラ・コスタ氏。さらにはキューバのシンガーソングライターであるシルビオ・ロドリゲス氏がいる。現時点で、「キューバの活動についてのカナダのネットワーク募金団体」は、4万5千ドルの募金を集めており、キューバが世界に派遣している流行蔓延と闘う救護隊を支援している。



キューバは感染蔓延の最終段階に入った

フェルナンド・ラブズバーグ

 キューバはコロナウイルスの隔離政策をあとほんの数日で終わらせる。ハバナ州は例外だ。ハバナ州以外のすべての州では感染例が出ておらず新しい通常生活に向かって動き始めた。首都ハバナではもうあと2、3週間待たないといけない。まだ一日平均1~10の新しい感染があり、新型コロナウイルスに苦しんでいる人が約100人いるからだ。

 キューバ政府がとった対策は大成功を収めている。この島国では、ウイルスに感染した例がたったの2319件で、そのうち2130人が快復、死者は85人という結果でコロナ危機を乗り切っている。[編集部より ほぼ100名は今でも治療中である] 。キューバ政府の医療体制は、多数の犠牲者が出ることを見越して準備をしていたのだが、実際は最悪の危機的状況においても必要となる病院施設の稼働率は60%で済んだ。

 現時点で地方や州間の交通機関は再開しているがハバナ州は例外だ。ホテルもキューバに休暇に来る人々のため、営業を再開している。海外からの観光客も7月1日からの受け入れ再開が計画されている。しかし観光客が訪問できるのは本島に近接した、空港がある島[珊瑚礁の島であるケイズ諸島]だけである。このリゾート地を訪れるすべての観光客は新型コロナウイルスの検査を受けることになっているし、同地で働く従業員も同じだ。観光客やホテルの従業員たちは、ケイズ諸島を離れたり地元の人と接触をもったりすることは許されないことになっている。

キューバの対策

 隔離政策を基本とするキューバの流行蔓延に対する対応は徐々に進められた。最初は国境封鎖措置や休校措置をとることが遅れていることを批判するキューバ国民もいた。しかし全面的な封鎖措置が実施されたのちは、外国への渡航は完全に止められた。キューバに上陸した旅客機は、キューバに救急医療救援を要請した国が送った旅客機だけだった。このような旅客機には、救援先から戻ってきたキューバの医療チームが搭乗していた。それ以外の通常航空に関しては、政府が期限を決めて、その期限の後にはだれも国外渡航できないようにした。他国に在住していてキューバに帰国していた7000人程度の人々と5000人程度の外国人は、キューバに残りキューバで流行蔓延をのりきることを決めた。

 政府は全ての州間や郊外の交通機関を停止した。すべての乗り物は医療従事者やその他の必要最低限の人員の輸送にだけ使用された。警察は街を監視し、マスクの着用を強制したり、人が集まっていたら解散させたり、店の外で人々が列を作っている時に人と人との間で必要な距離をとらせたりした。この食べ物を買うための列にどう対処するかが、健康上の大きな懸念の一つだった。[編集部より 基本的な食品が深刻に足らなくなるのはキューバでよくあることだ。食料が届いたときに店の前で長い列ができることも]。

 普段は化学兵器や生物兵器に対応するよう準備している軍の部隊は、タンクローリーにポンプを取り付け、街中に塩素をまいた。ウイルスが拡がるのを防ぐために、何千もの兵士が感染の進んでいる地域から人が出ていかないよう人の流れを阻止していた。感染者がほとんどいない地域から来ている人々だけが、感染地域に入ることが許された。[編集部より 感染状況に応じて、地域レベルでの隔離措置はしばしば行われた。感染がおさまるのにあわせて、その措置は緩和された]

 税金、電気料金、水道料金、ガス料金、電話料金、インターネット使用料金の支払いは先延ばしされた。企業の9割を所有しているキューバ政府が、流行蔓延のために先延ばしされたそのような料金を負担した。福祉事業従事者たちが食料を買って一人暮らしのお年寄りに届けたので、お年寄りたちは街に買い物に出なくてよくなった。レストランは、持ち帰りの食事を販売した。

 公的な医療関係者が、ウイルス保有者を認知したときは、感染源の可能性のある人々や、感染者が感染後接触した人々を調査した。その過程で特定された人々はすべて感染の疑いありとされた。特別な治療をうけるために隔離場所に隔離された人もいた。また、自宅で14日間隔離され、近所の人々から見守ってもらうような措置を取られた人もいた。医師たちは毎日往診した。どんなに小さな症状であっても病院に移送し、ウイルス検査を受けさせた。いまでも毎日2000件程度の検査が行われている。このような体制のおかげで、多数の無症状の人たち(そのような人たちが流行蔓延において一番危険だといわれている)を検知することが可能となった。同時に、キューバ中の家を回る検査が実施された。医師や看護士、医学や看護学を学ぶ学生や口腔専門医たちが各家庭を訪問し、症状が出ている家族がいないか調べて回った。まさに今朝方も、ある学生が私の家に立ち寄ってこう質問した。「みなさんお元気ですか?風邪や熱が出ている人はいませんか?」厚生大臣ホセ・アンへル・ポルタル博士は、この方策についてこう説明している。「ウイルスが出るのを待っている訳ではありません。ウイルスを追い出し、探し出すための方策です」

 情報はキューバでは一番不足しているものの一つだったが、今回はかつてないほど民衆に情報が知れ渡るようになった。それは、毎朝9時に公衆衛生疫学長フランシスコ・ドゥラン博士が国営テレビで報告を行い、前日の統計結果を知らせたからだ。キューバ国民たちはそのおかげで、病状を観察されている人が何人いるのか、検査は何度行われたのか、深刻で致命的な病状にある病人は何人いるか、ここ24時間で何人が亡くなったかを知ることができている。

キューバ国民のDNAには危機管理が備わっている

 キューバは小国で人口も少なく資源も不足しているが、感染蔓延への対策では、世界でもっとも成功した国の一つだ。

 キューバが成功した秘訣のひとつは、キューバは米国の攻撃に対抗してきた60年の歴史があることだ。キューバ国民は危機の中で生活することに慣れているのだ。国民の4分の3が米国の経済封鎖の影響に苦しめられてきた。キューバには食料提供手帳を配布するという仕組みがある。その仕組みのおかげで物品を平等に配分することができる。キューバの民間防衛体制を使えば数時間で何十万人もの人を動員することができる。


 キューバでは統治者と国民は、いざというときこそ、より効果的により素早く機能する。それは危機を乗り越えるために、政治中枢でものごとを決定し、国中の資源や人材の動員が必要となるようなときだ。そんなときには、国中が戦時体制を取る。命令に疑問を挟むものはいない。市民の自己統制が活性化され、不審者は慎重に観察される。コロナ危機の間は、付加的な措置が取られた。たとえば、ウイルスを保有していると診断された人と接触した人々の追跡、必要な際は街や近隣地の隔離、感染者が数名いる特別な居住地区での強制的な治療、さらにはブロック単位での健康状態の包括的な警戒などだ。
何よりもキューバには信頼できる医療体系がある。
 
 すべての市民に例外なく行き渡る医療体系だ。1100万人の住民に対して85000人の看護士と95000人の医師がいる。スペインとくらべて一人当たりの医療従事者の数は3倍だ。全てあわせるとキューバの医療体系は50万人以上の医療従事者で支えられている。その中には医療技術者や口腔専門医も含まれている(というのも口腔治療も無料だからだ)。私企業が薬品産業を運営することは禁じられているし、地域の病院や総合病院や個人病院、医療に関する人材や資源もすべて国の所有物となっている。

熟練した医師たち

 キューバの医師は感染蔓延に対応する豊富な経験を持っている。キューバに駐在しているキューバ国際医療派遣団は、様々な国であらゆる種類の疾病に取り組んできた。彼らの医療業務の例をあげると、アフリカでのエボラ熱に対して派遣された業務、ブラジルで8000人の医師が活動した業務、世界保健機関(WHO)と協同した業務などがある。そしてWHOとはキューバは今でも親密な協働関係を維持している。

 キューバで最初の感染者が見つかる数週間前から、キューバの専門医たちはすでにWHOによるコロナウイルスとどう闘うかの研修を受けていた。1月には、最初のキューバの医師たちが中国に入り状況を研究した。2500人程度の団員からなる20団以上のキューバの医療団が他国からの支援要請に応じてきた。今も彼らはアフリカやラテンアメリカやカリブ海諸国やイタリアやアンドラで活動中だ。

 キューバが果たすべき使命を遂行することは特に困難を極めた。というのも、流行蔓延期間にトランプ政権は、キューバと交易しようとする国々に対する圧力を増していたからだ。米国は寄贈された医療用品や医療器具がキューバに届くことさえ遮ろうとしていた。たとえば、米国はコロンビアの航空会社アビアンカ航空に金銭的な制裁を加えると警告した。そのため、同社は中国からハバナに届けられた医療器具やマスクの輸送契約を解除せざるを得なくなった。その医療用品は中国の企業家から寄贈されたものだった。さらに米国政府は、企業がキューバに人工呼吸器を売れなくするよう介入してきている。

 米国政府は、各国が医療の提供を求めてキューバを訪問することを思いとどまらせようとあれこれと画策している。米国政府はキューバを訪問しようという国々に制裁を課すことを認める法律を準備している。米国政府は、これはキューバ経済に対する対抗策だということを理解している。というのも医療関係の売り上げがキューバの外貨収入の75%を占めているからだ。米国からの圧力にも負けず、キューバの医療団はいま60カ国以上で活動しており、その数はさらに増え続けるだろう。たとえば、アラブ首長国連邦はキューバに恒久的な医療援助を要請したばかりだ。




「アメリカよ、目を覚ませ!」コンピューターウイルス対策ソフトウェアの巨匠ジョン・マカフィーが米国メディアの反キューバ喧伝を一蹴

<記事原文 寺島先生推薦>
Wake up, America’: John McAfee hits out at anti-Cuba propaganda in US media

RT USニュース 2019年 6月30日

<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2020年8月30日



 コンピュータープログラミングの巨匠ジョン・マカフィー氏がキューバで食料品の買い物に出かけた際、米国民に伝えたいことができたようだ。そう、米国でメディアが流すニュースをただ受け止めるだけの米国民にメディアがキューバという国をどう描いているかを伝えたくなったようだ。


 米国の大手メディアによるニュースの中では、1953年以来ずっとキューバのことについて良いことはなにも伝えられないできた。このようなキューバの悪い面だけをただただ流し続けてきたメディアに嫌気がさした73歳のビジネスマンのマカフィー氏は、以下のツイッターでいくつかのこれまで流されてきた不正確な事実を指摘した。先週の土曜日に食料品を買い出しにでかけた際に見かけたことについてだった。
 
 「米国政府の宣伝によるウォール・ストリート・ジャーナル誌からの情報のせいで、我々はキューバの人たちは飢えていて、ネズミを食料にし、食料を求めて今にも暴動が起きそうだと聞かされてきた」。マカフィー氏は先週の土曜日の夜、こう呟いた。「私は今日あちこちに買い物に出かけたが、食料品を売っている屋台はどこも食べ物で溢れていた。アメリカ国民よ、目を覚ませ!」



 コンピューターウイルスに対抗するソフトウェアの発明者であるマカフィー氏は、ツイートとともに数枚の画像を添付した。その画像にはたくさんの食料品店の棚が新鮮な果物や野菜でいっぱいの様子がうつっていた。 

ALSO ON RT.COM

I’ll f**king bury you!’ McAfee vows to expose corrupt US officials & CIA agents if ‘disappeared’

 マカフィー氏は現在バハマ在住だが、それはアメリカ合衆国内歳入庁から税金逃れをしていると追求されていることから逃れるためだと言われている。今年(2019年)初旬、仮想通貨の伝道者である同氏は米国の大統領選に「亡命中の身で」出馬することを表明している。

パンデミック時におけるキューバへの細菌戦争


<記事原文 寺島先生推薦>
Bacteriological War against Cuba in Time of Pandemic


Cubasi 2020年6月10日
<記事翻訳>寺島メソッド翻訳グループ



 1964年6月1日、フィデル・カストロ司令官は、米国政府によるキューバ人に対する細菌兵器について、その使用を公式に非難した。米国はこれを否定し、それらの主張をいつものように無視し、根拠のないものとする従来の方法を始めた。

 フィデルが強い光を当てたのは、北米のどの政権の際にも行われた半世紀以上にわたる細菌攻撃の始まりが何であったかだ。その攻撃は、キューバ人民や経済、そして革命指導者、他の高位指導者を標的として行われ、その結果、多くのキューバ人の生命と巨大な富や資源が失われた。

 キューバに対する一連の細菌戦争(その細菌戦争は、歴史上最も長いものだ)の重要な側面が、1975年の中央情報局(CIA)による違法行為についての連邦上院委員会調査結果やその他の文書が公開された際明らかになった。これらの文書は、その細菌戦での疑念の物質の洗浄・隠滅について1964年にフィデルが開始した申し立てに歴史的な根拠を与えるものとなった。

 1975年の米国の文書公開によって初めて分かったことであるが、フィデルの告発に先立つ2年前に、キューバの指導者であるフィデル自身がCIAの標的となり始めた。その手段は、フィデルが着用する予定だったダイビングスーツを結核菌と真菌腫で汚染するというものであった。その真菌腫とは、感染者の体組織を徐々に分解し激しい苦痛の中で死に至らしめるものであった。

 致命的なバクテリアで汚染されたタバコをフィデルに送ったり、痕跡を残さないように特別に製造されたシアン化物の錠剤で彼を毒殺しようとする試みもあった。

 プラヤ・ジロンでの敗北後、これは何年も後に公開されたことだが、ワシントンはいわゆるマングース作戦で「生物兵器または化学兵器による作物破壊、および1962年11月の次期議会選挙前に政治体制を変える」ために、キューバ島に直接侵入する状況をつくり復讐する計画を立てた。

 この計画を続行するために、実際に全ての作物は汚染され、全ての家畜および家禽はCIAの研究所で準備された害虫や病気におかされた。

 1970年代と1980年代には、キューバ国民は主に出血性結膜炎、赤痢、デング熱02型の影響を受け、1980年代には子供を含めて158人の死者を出した。これは、北米生物テロによるキューバ国民への最悪の被害となった。
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 ソ連と社会主義陣営の消滅後、米国の特別軍務機関とキューバの親アメリカ系右派は、キューバの被りつつある困難な経済状況の中で飢餓と絶望を悪化させる好機が来たと考え、作物、動物を汚染する努力を続け、サンティアゴ・デ・クーバでのデング出血熱の大発生が他の行動とともに計画された。

 我々の国は、人類のほとんどと同様に、最近の数世紀で最も危険なパンデミックと見なされているCovid-19に直面しているが、そのような状況下で米国は、我々が、スイスの医薬品を確保したり、人工呼吸器の供給を受けたりすることを妨げることを目的とした行動をとっている。このようなものは、深刻な病気の患者の生存には必要不可欠なものであるのに。

 このように、ホワイトハウスは、現在の衛生状況を予期しない味方として、キューバ人に死と苦痛を間接的に引き起こし、権力の及ぶ範囲であらゆる手立てを使い、キューバが人命を救うための基本的な資源を手に入れることを妨げ、様々な方法や形態でキューバに対する戦争を続行している。

流行を抑えることにより、キューバは徐々に回復しつつある

<記事原文 寺島先生推薦>Cuba begins gradual recovery process by keeping the epidemic under control

CubaSi 2020年6月11日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2020年6月18日


 キューバは、国内におけるCovid-19の流行を抑えることによって成し遂げられた回復の第1段階に入る準備を行っている。「この結果は、ウイルスとの対決に積極的に関わってきたすべての機関と人々の努力の成果です。」

 これは、臨時閣僚会議でのミゲル・ディアス=カネル大統領の発言だ。その閣僚会議は、マヌエル・マレロ・クルス首相が議長を務めているのだが、その場でキューバの回復に向けた第1段階の中の3つの局面が示された。

 グランマ紙によると、キューバ政府のもっとも重要な人物たちが集まったこの会議は、キューバ共産党中央委員会政治局の会議を受けたものだった。その政治局会議の議長は、第一書記であるラウル・カストロ将軍であり、その会議では「我々が実行すべき対策が承認された」とのことだった。

 ディアス=カネル大統領が思い起こさせたのは「流行に対するこの対策法が作成されたが、これには二つの段階がある。一つ目は、まさにCovid-19後の回復であり、その意図は、最大限もとの通常に戻ることである」ということだった。

 その数日後、大統領はこう付け加えた。「次の段階に進むとき、すべての対策や行動が準備万端で、導入されている必要がある」と。

 キューバ共和国のカネル大統領は、キューバで流行が押さえ込まれている方向にあることにも言及し、その中でこう発言した。「医療機関においては、入院する人が退院する人よりも少ない状況にまで戻ってきた。1日における症状が出ている件数も陽性患者の件数も減ってきている」。

 このことに付け加えて、治療の手順が改善されていることも言及された。その手順の改善は、専門家による基準によるものであり、キューバの生物科学技術や薬品産業の世界中での経験や貢献に基づくものだ。おかげで、私たちは病気を抑えることができているのだ。ここ11日間、Covid-19による死者を嘆くことはなくなっているし、深刻で命に関わるような症状は出ていない。

キューバはcovid-19と戦うため国際的な協力を要請

<記事原文 寺島先生推薦>Cuba Calls for International Cooperation to Combat COVID-19





テレスール 英語版 2020年4月16日

<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>

2020年6月11日

 

 キューバの外務省は、今週、COVID-19の大流行と戦うために結集するよう国際社会に呼びかける手紙を出した。

 COVID19の影響は、すでに測定可能であり、将来的にはより正しく評価できるだろう。それは、驚くべき数の感染者や、容認できないほどの死者数や、世界経済、生産、貿易、雇用および何百万人もの人々の個人所得へ与えた疑いのない損害があったからこそできることだ。

 今回の問題は、医療問題という範囲を優に超えている。パンデミックが発生し、拡がっていったのは、すでに以前から国の内外で起こっていた経済の破綻や社会の非平等性によって示されていたシナリオの進行中のことだった。かつてないほど、移民や難民があふれ、外国人嫌いや人種差別が再び起こっている。科学や技術の進歩は、特に医療面において目覚ましく起こっているのだが、大多数の人々の福祉や健康的な生活を守るためというよりは薬剤産業や医療の商業化に焦点が置かれている。

  Covid-19が到来したのは、生産と消費のさまざまなパターンで負荷がかかりすぎた世界であり、とりわけ高度に産業が進んだ国々や発展途上国のエリートたちの間でそうだった。そんなパターンはこの地球上に生息する生命が依存している有限の自然資源とは相容れないものであり、持続不可能だ。Covid-19の最初の感染者が確認される前に、世界中で、8億2000万人が空腹で、22億人が新鮮な水を得られる方法がなく、42億人が清潔な衛生環境を得られず、そして30・手を洗う基本的な設備すら欠いていた。

 このシナリオは、世界中で、1年間67億ドルが広告費として使われていて、1兆8000億ドルもの軍事費が使われているという事実を考えると、余計に許容し難くなる。そんな軍事費は、covid-19の脅威には、何の役にもたたない。このウイルスで、すでに何万人もの人々の生命が奪われているのに。ウイルスは差別しない。お金持ちと貧者を区別しない。

 しかし、ウイルスの影響は、一番脆弱で、一番稼ぎが少ない人たちには、より大きなものとなる。貧しく発展途上の国々や、先進国の大都市の貧民街の人たちには。そんな影響が特に感じられるのは、新自由主義政策や社会への援助が削られる政策の下で、国家による公共福祉の受け入れ態勢が、限られている地域においてだ。

 Covid-19によってより多くの生命が奪われている地域は、政府による公共医療の予算が削られている地域だ。そのせいで、そんな地域ではより深刻な経済危機が引き起こされている。仕事をなくしたり、ビジネスを閉鎖せざるを得なくなったり、個人や家族の収入の劇的な減少に苦しんだりしている人々を、国家がほとんど援助しなかったり、援助する方法を持たない地域だ。最も進んだ先進国で死者数が一番多いのは貧者や移民者であり、米国では特にアフリカ系アメリカ人やラテン系の人たちの死者数が多い。

 なおその上に、国際社会がこの世界的な脅威に対応しなければならない中で、世界でいちばん大きな軍、経済、技術や交渉能力をもつ国が、以下のような外交政策をもっているのだ。すなわち、対立や分断や極端な愛国主義や自民族至上主義や人種差別を煽ったり進めたりしようとする政策だ。



 Covid-19に対する世界規模での取り組みの協力を促進し、特に国連(UN)や世界保健機関(WHO)などの機関がリーダーシップをとる必要がある時なのに、今の米国政府は、多国間での協調関係を攻撃し、世界が認めている機関であるWHOのリーダーシップを不適格なものとみなそうとしている。

 米国はさらに、考えが狭い戦略に固執して、この状況で利を得ようと、米国は支配力を増そうとし、米国と意見が合わない国々を攻撃している。そのような例をいくつか挙げると、

①最近のベネズエラ共和国に対する激しい軍による脅迫

②4月月14日の米国大統領による発表。その日は、4月14日~18日にかけて祝われている、パン・アメリカン・デー(北米や南米諸国の政治的経済的連携を祝う日)期間中であった。この米大統領による発表は、ベネズエラやニカラグアやキューバに対する、モンロー・ドクトリンの影響を受けた新植民地主義的な考えのもとでの発表であった。このことは汎アメリカ会議のことを思い起こさせるものだ。その会議は今から130年前に、キューバの革命家ホセ・マルティ氏により糾弾されていた。

 同じ時期に、(といっても1961年のことだが)ピッグス湾事件が起こっている。もう一つの米国による間違った戦略の例をあげると、他国を支援しようとCovid-19に対する戦いへの協力を要請しているキューバの私心をすてた取り組みに対する道義なき執拗な攻撃だ。

 協力を推進したり共同で対応したりすることはしないで、米国国務省のトップの役人たちが時間を割いてやっているのは、パンデミックのドラマを眼前に突きつけられ、自国の主権を行使してキューバに支援を求めようと決定している各国政府を脅すような声明を発表することだ。米国政府の役人たちは、悪いと知りながら罪を犯している。パンデミックの最中に、キューバの国際協力を攻撃し、人類普遍の権利である医療福祉サービスを何百万人もの人々から奪おうとしている。現在進行中の危機の大きさから考えれば、私たちは、協力し、政治的違いを乗り越えて連帯していくしかない。ウイルスは国境もイデオロギーの違いも知らない。ウイルスは、全ての人の命を脅かすのだから、私たちすべてがウイルスに対してどう戦うかが大事になってくる。

 

 どんな国も、自国が十分大きく、裕福で、力強いので、自分で自国を守れると考えて、自国のことだけ考えて振る舞い、他国の努力や困難を無視するべきではない。貴重で信頼の置ける情報を共有したり供給したりすることは喫緊の課題だ。以下のようなことを段階的に導入していかなければならない。

①生産の調整

②医療機器や個人用防具(PPE)や薬品の分配

しかも、公平性を保った上で、だ。資源が他国よりも行き渡っている国々は、パンデミックに対処する準備が一番出来ていないもっとも影響を受けている国々と資源を共有するべきだ。

 

 これは、キューバのやり方だ。自然資源の限られた国であり、長年暴力的な経済封鎖を受けてきた小さな国家の慎ましやかな貢献。何十年間も時間をかけて、私たちは、医療分野において国際的な協力を発展させる経験を少しずつ積んできた。おかげで、世界保健機関や対象国からは、寛大な国であるという評価をもらっている。ここ数週間で、私たちは協力の要請に対応しているが、その対応は、政治体制が同じであるか、経済的に利益が出るかなどを考えることなしに行ってきたことだ。  

 今までのところ、21の職業医療チームが国家及び地方の業務に取り組むべく20カ国に派遣されている。これらのチームは、すでに60カ国に派遣されていた医療協力チームに加わり、チームを強化することになっている。現在、以前から活動していた医療チームは、サービスを提供していた国々で、Covid-19対策の取り組みに従事している。私たちは、キューバで生産された薬品も共有している。その薬品は、この病気の予防や治療に効果があると実験で証明されている。加えて、私たちの医療スタッフは、テレビ電話を通じて、いくつかの国々の患者たちや患者のグループに対する治療法についての相談や話し合いに、キューバから参加している。

 これら全ての活動は、キューバ国民を守るという責任を脇に置いて行われているわけではない。その責任は、米国による経済的、商業的、金融的な封鎖のせいで、多くのものが限られている中でも、厳密に満たされている。興味のある方は、この主張を支持するデータを見つけるかもしれない。このデータは、公開されている。慎みの心がある人ならだれでも、 以下のことを理解するだろう。封鎖はキューバに対して大きな抑圧をかけており、封鎖のせいで医療システムを支える材料や機器や、とくにこのパンデミックの対応として必要なものが入ってくる保証がないのだ。

 最近の例では、中国からの救援物資がキューバに入港できなかった。その理由は、輸送業者が米国の封鎖のせいで禁輸になっていると主張したからだ。この件に関して、米国国務省のトップは、厚かましくも、「米国はキューバへ薬品や医療器具を輸出している」と発言した。しかしながら、米国はこんな嘘話を支持するような二国間の一つの取引も挙げることが出来なかった。こんなことは、常識であり、広く世間に受け入れられていることだ。そう、経済封鎖が、キューバの発展や成功やキューバ市民のよりよい暮らしを妨げてきた一番の障害物であることは。

 この厳しい現実は、米国政府の頑強で攻撃的な振る舞いだけから引き起こされたものであり、こんなことで、私たちは援助や連帯を進めていくことをやめたりはしない。私たちはどんな人々に対しても協力を惜しまない。もし必要であれば、キューバに大きな損害をもたらしてきた国に対しても、だ。キューバが理解しているのは、今は、協力と連帯が必要な時だということだ。キューバが追い求めているのは、政治的に偏りのない国際的な努力であり、その努力が

①科学研究の結果

②この病気を予防するいくつかの国々での実験

③もっとも脆弱な人々の保護

④パンデミックの期間を短くし、亡くなる人々の数を減らすのに貢献するような社会的な行動の実践

を発展させ共有することに向けることである。キューバは、国連のリーダー的役割や世界保健機関が不可欠な機関であることを強く信じている。私たちがともに行動すれば、ウイルスの広まりは抑えることができる。より、早くコストがかからないやり方で。

 その後で、私たちはパンデミックのせいで起こっている経済や社会の危機と対応しなければいけない。この危機は、これまで誰も予見したことのないような規模の危機だ。しかし、私たちはそんな日が来るのを待っているわけにはいかない。今回のパンデミックで最初の命が奪われる前から積み重なっていた問題や脅威に対処することになる。発展途上の国々が、高度工業国ではたいていの人に行き渡っている科学技術、とくに医療分野における科学技術へのアクセスが保証されないとしたら。そして、高度工業国が無私で何の障害もないやり方で共有しないとしたら、世界の大多数の人たちはますます相互接続の度合いを深める世界において今と同じくらい、いやそれ以上に危機的な状況に晒されることになるだろう。


 もし、発展途上の国々に対して政治的に、高圧的な経済措置が取られることがなくならないなら、発展途上の国々が、負担が重く支払いが不可能な外国からの借金を免除してもらえず、国際的な金融機関による無慈悲な監視の目からも自由にされないのならば、「この先、我々の世界はよりよい場所になり、経済格差や社会的地位の格差にも上手く対応する」という風には思えない。パンデミックがない社会であっても、毎年何百万人もの人が亡くなり、その中には子どもたちや女性たちやお年寄りたちも含まれているのだから。国際的な平和や安全に対する脅威が実在し、いくつかの国に対して不断に攻撃を仕掛けることがその脅威をさらに悪化させた。パンデミックの最終的な行き着く先が、もう少しだけ安全でまともな世界になるとはほとんど考えられない。もし、各国政府を代表する国際社会が、今までは解決することが難しいとわかっている決定に同意したり、受け入れたりするよう前進しない限りは。同様に、今後浮上してくる問題は、次のパンデミックに対処するに当たり、人類がどれだけきちんと準備ができるかということだ。 

 行動に移り、責任を果たすべきものたちの意思を結集する為の時間はまだ残されている。次の世代にその取り組みを任せるのでは、手遅れになる可能性がある。

 


 

米国はスイスのキューバへの救援物資輸送を封鎖

<記事原文寺島先生推薦>

U.S. Blockade Prevents Swiss Aid to Cuba

テレスール英語版 2020年4月23日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2020年6月15日

 連帯組織は、コロナウイルスのパンデミック時に行われたカリブ海の島国キューバに対する封鎖を、犯罪的行為であると強く非難した。


 スイスの連帯組織は、4月22日、キューバに対する救援物資の封鎖に対して強く抗議した。医療器具やその他の物資はキューバのCovid-19患者のためのものだった。カリブ海の島国キューバは、この救援物資を本当に必要としていた。

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 「米国の封鎖はキューバの医療システムの大きな重荷となっている。そして、多くのキューバ市民の命を脅かしている」。メディキューバとスイス・キューバ協会の代表者は、ある報道でこう明言した。
その発言によると、スウェーデンの複数の銀行が米国の制限政策のため、キューバへの輸送を阻害した。そのため、キューバは、パンデミックに対応するための必要な呼吸器や食料や燃料や医療器具などの物資を受け取ることが出来なかった。
メディキューバ及びスイス・キューバ協会は、スイスに本拠地を置く企業が、非常に重要な医療機器をキューバに売るのを拒否したことに対して強く非難した。




 「米国の貿易、金融、経済制裁を持ち出して、IMT メディカルAG社やアクトロニック・メディカルシステムAG社は呼吸器の要望を却下した。その呼吸器は、キューバの輸出入会社メディキューバS.A.社が製作したものだ」。両組織の代表者はこう述べた。米国の企業であるヴァイアメディカル社が、両者を保有している。輸送の後で、IMT メディカルAG社とアクトロニック・メディカルシステムAG社は、いずれもキューバとの貿易を一時中断した。同連帯組織は、パンデミック時における、カリブ海の島国キューバに対する米国による封鎖を犯罪的行為だと見なした。




 「私たちが要求しているのは、二つだ。一つ目は、スイス政府が、伝統ある人類愛や外交努力を使って、キューバがいつも利用しているスイスの供給者から、Covid-19に対応するために必要な器具を受け取れるような措置をとることだ。もう一つは、スイスの複数の銀行が、私たちの協会に向けて、スイス市民たちが寛大な寄付をすることを遮らないで欲しいということだ。さらに言えば、スイス政府が、違法で罪のある米国の政策に加担しないことを要求しているのだ」。スイスの組織の代表者たちは、発表でこう付け加えた。



中国の医師たちはコロナウイルスに対してキューバの抗ウイルス薬を使用している。 ―キューバは免疫疾患の治療のための最も強力な薬の1つを製造している。

<記事原文 寺島先生推薦>
Chinese Doctors Are Using Cuban Antivirals Against Coronavirus
―Cuba produces one of the most potent medicines for the treatment of
immunological diseases.

telesurtv.net 2020年2月6日

<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>
2020年5月20日



 キューバのバイオテクノロジー産業が生産する抗ウイルス剤である遺伝子組換え型インターフェロン・アルファ2B(IFNrec)は、中国の医師によって2019-nCoVコロナウイルスに感染した患者の治療に使用されている(この時点でCovid-19に世界中で28,000人以上が感染し、564人の患者が死亡)。

 1月25日以来、長春(チャンチュン)市にあるチャンヒーバー・カンパニー(中国・キューバ合資会社)は有名なキューバの抗ウイルス薬を製造しており、これは呼吸器疾患を治療する可能性のために国家衛生健康委員会が選択した30の薬の1つとなっている。

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現在、抗ウイルス薬インターフェロン・アルファ2B(IFNrec)はHIV関連感染症、再発性呼吸器感染症、生殖器疣、B型およびC型肝炎に適用されている。また、さまざまな種類の癌の治療にも有効である。




 チャンヒーバー(ChangHeber)、バイオテック(Biotech)、チャンチュン・ヒーバー・バイオロジカル・テクノロジー(Changchun Heber Biological Technology)の3社は、将来の経済成長が見込まれるバイオテクノロジー分野で中国とキューバの協力の枠組みの中で力を合わせている。

 アジアの国は、コロナウイルスとその結果として生じる肺炎と粘り強く戦っている。有効なワクチンがない中で、中国は最先端の抗ウイルス薬と伝統的な医薬品を組み合わせて患者に適用している。

 中国の医師は、エボラ出血熱に対して使用されるレムデシビル、HIV / AIDS感染症の治療に使用されるリトナビル、および特定の脂質を分解するのに効果的なザベスカを組み合わせて、新しい治療法もテストしている。


こちらの動画もどうぞ
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