<記事原文
Cuba: From AIDS, Dengue, and Ebola to COVID-19>
Dissident voice 2020 年4月14日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ> 2020年4月21日

パンデミックに備えるには、人と人との関係の変化が第一であり、モノの生産は二次的なものであることを理解する必要がある。そしてその準備は色々な社会的要因から流れ出てくるものだ。営利を目的とした医療への投資家たちは、この概念を理解することができない。コロナウイルス(COVID-19)に対するキューバの対応ほど、この概念を明確に例示できるものはない。
米国は数ヶ月間もぐずぐずしてからやっと動き出した。キューバのCOVID-19の準備は1959年1月1日に始まった。今回のパンデミックの60年以上も前の1月1日、キューバは新薬の発見、患者をキューバに連れてくること、そして医療援助を海外に送ることなどの基礎を築いたのである。
1959年の革命以前の20年間、キューバの医師たちは、お金を稼ぐための方法として医学を見る人と、国の貧しい人たち、農村部の人たち、そして黒人たちに医療をもたらす必要があると考える人との間で分かれていた。社会システムに分断があるという欠陥を理解すると、革命政府は、キューバで十分なサービスを受けていない地域に病院や診療所を作り始めた。それと同時に行ったのが識字率、人種差別、貧困、住宅などの危機的情況に対処することだった。
1964年までに、キューバは、policlínicos integrals(統合的ポリクリニック)の創設を始めた。これは1974年、地域社会と患者をより良く結びつけるために、policlínicos comunitarios(コミュミティ型ポリクリニック)として再構築された。1984年までに、キューバは、
医師と看護師がチームになって地域に実際居住して医療サービスを提供する最初の施策を導入していた。こんな風にキューバはプライマリおよび予防医療の見直しを絶えず行ってきたので、今日までそれがひとつのモデルとして継続し、平均寿命の高さと乳児死亡率の低さでは米国を上回る結果になっている。
キューバは貧困から脱却したことがないにもかかわらず、健康管理には
大きな関心を寄せていた。その結果、1962年にはポリオ、1967年にはマラリア、1972年には新生児破傷風、1979年にはジフテリア、1989年には先天性風疹症候群、1989年には後発性ムンプス髄膜炎、1993年には麻疹、1995年には風疹、1997年には結核性髄膜炎がキューバからなくなった。
革命防衛委員会(CDR)は、医療活動動員において重要な役割を果たすようになった。1960年に組織された革命防衛委員会は、必要に応じてブロックごとにアメリカの侵攻から国を守るために組織されたが、外国からの介入の可能性が低くなってきたため、地域社会のケアの仕事を引き受けるようになった。ハリケーンが接近した場合には、高齢者、障害者、病人、精神疾患患者を高台に移動させる準備をした。現在では、デング熱が発生した際の蚊の繁殖場所の除去、健康教育プログラムへの参加、子供の予防接種カードの配布、経口予防接種キャンペーンでの補助スタッフの訓練などを支援している。
災害時のエイズ問題 1980年代後半から1990年代初頭にかけて、キューバは2度の大惨事に見舞われた。エイズの最初の犠牲者がでたのは1986年。その後キューバはアンゴラでの戦争から帰還した兵士でHIVの陽性反応を示した者を隔離した。キューバに対するヘイトキャンペーンは、その隔離が同性愛者に対する偏見を反映しているというものだった。しかし、事実は、こうだった:
(1)アフリカから帰国した兵士は圧倒的に異性愛者だった(アフリカのエイズ被害者の多くがそうだったように)。
(2)キューバがデング熱患者を隔離しても全く抗議は起こらなかった。
(3)アメリカには、結核やポリオ、さらにはエイズ患者も隔離した歴史がある。
第二の打撃はすぐに降りかかった。1991年12月、ソ連は崩壊し、年間50億ドルの補助金は打ち切られ、国際貿易は破綻し、キューバ経済は自由落下に陥り、そのことでエイズ問題は悪化した。エイズ感染の嵐が吹き荒れる要因は完全に出揃ったように見えた。カリブ海地域のHIV感染率は、南部アフリカに次ぐものだった。同時にアメリカの禁輸制裁措置があったため、医薬品(HIV/AIDS用のものを含む)がなかなか手に入らなくなった。既存の医薬品も法外な価格になり、医薬品購入に使われる金融インフラも破綻したためだ。これでもまだ十分でなかったのか?資金不足に対処するためキューバは洪水のように観光客を受け入れた。予測通り、観光は売春の増加をもたらした。ヨーロッパから新世界への侵略者とともに到着した麻疹や天然痘に匹敵する大規模な伝染病にキューバが屈する可能性ははっきりしていた。
政府の対応は即効性のある強力なものだった。政府は、教育と医療という人権として制定されていた2つの分野を除いて、すべての分野でサービスを大幅に削減した。キューバにある複数の医学研究機関は、1987年までにキューバ独自の診断テストを開発した。HIV/AIDSの検査体制は、トップ・ギアに入れられ、1993年までに
1,200万人以上の検査が完了した。人口が約1,050万人だったので、リスクの高い人は複数回検査を受けていたことになる。
エイズに関する教育は、病気の人も健康な人も、子供も大人も含めて大規模に行われた。同性愛者がキューバの主要なHIV被害者となり、反ゲイの偏見が公式に批判されていた1990年までに、学校では同性愛は人生におけるありのままの現実であると教えるようになった。コンドームは診療所において無料で提供された。2009年にキューバを訪れた際、私はこの教育プログラムが続いていることを目の当たりにした。ある医師のオフィスに入った時、最初に目にしたポスターは二人の男性が「コンドームを使おう!」と呼びかけているものだったのだ。
コストは高いが、キューバは患者に無料で抗レトロウイルス薬(ART)を提供した。この時代の大きな皮肉は、キューバの「反同性愛的」隔離について最も騒いだ人々が、「キューバに大打撃を与える」意図を持った1992年のトリチェリ法(訳注:キューバ制裁を強化する法案)と1996年のヘルムス-バートン法(トリチェリ法をさらに強化した法案)のために、キューバ政府がHIV被害者にART薬を届けられない深刻な事態になった時、何の声もあげなかったことだ。
キューバが一致団結して計画的にHIV/AIDSに対処した努力は実を結んだ。キューバのエイズ患者数は200人、ニューヨーク市(人口はキューバとほぼ同じ)のエイズ患者数は43,000人であった。ニューヨーク市の住民が、この時期サハラ以南のアフリカを訪問したとはとても思えない。これに対して、30万人以上のキューバ人はアンゴラ戦争での戦闘から戻ってきたばかりだったのだ。キューバの
HIV感染率が0.5%だった頃は、カリブ海地域では2.3%、アフリカ南部では9.0%だった。1991年から2006年の間、
キューバでのエイズ関連死は合計1,300人。対照的に、人口の少ないドミニカ共和国では、毎年6,000人から7,000人の死者が出た。1997年、チャンドラー・バーは
ランセット誌に、キューバは「世界で最も成功した国家的エイズプログラム」を持っていると書いている。キューバの富と資源はアメリカに比べたら取るに足らないものだが、キューバを破壊しようとするそのアメリカよりも優れたエイズプログラムを実施していた。
デング熱とインタ-フェロンα2B 蚊が媒介するデング熱が数年に一度キューバを襲う。キューバの医師や医学生は、発熱、関節痛、筋肉痛、腹痛、眼窩の奥の頭痛、紫色の斑点、歯茎の出血などをチェックする。キューバのユニークなところは、学生が医学部を卒業すると、まず一軒一軒家庭を回り、その家の健康状態を評価することだ。
ELAM(スペイン語で「ラテンアメリカ医学部」の頭文字をとったもの)の学生は、100カ国以上の国から来ており、交わされる言葉の数も半端ではない。彼らは、各家庭を回り、蚊に刺されやすい植物を探したり、水が溜まっていないか屋根の上を覗いたりすることを何の苦もなくやってのける。
1981年、デング熱大流行時の拡大された監視技術には、調査、ベクター(病原菌媒介生物)制御の教育、薬剤散布、そして「受け入れ自由体制の
臨時移動野戦病院」 などがあった。キューバでは1997年のデング熱流行の際にも、潜在的な症例に対する検査を増やした。検査回数が増やされた病院患者の検査結果は、死亡率と関連した二次感染の予測を作成するために、監視データと組み合わされた。こういった一連の動きにおいて、医療専門家と研究者に市民も参加し、デング熱の発生率と死亡率を減少させる結果となった。
1981年、キューバの研究機関はインターフェロンα2Bを創り出し、デング熱治療の成功につなげた。この同じ薬が約40年後の今日、COVID-19の治療薬になるかもしれないものとして極めて重要な意味を持つようになった。ヘレン・ヤッフェによると、「インターフェロンは、感染症に反応して細胞が創り出し、放出する『
シグナル』タンパク質であり、近くの細胞に警告を発し、抗ウイルス防御力を高める」とのことだ。キューバのバイオテクノロジーの専門家ルイス ・ ヘレラ ・ マルティネス博士は「インターフェロンα2Bを使うと、最終的には死に至る段階に達した患者の
症状悪化や合併症を防止する」ことを補足した。
2003年からインターフェロンα2Bは、キューバと中国の合弁企業
ChangHeber社によって中国で生産されている。「この
キューバのインターフェロンは、B型・C型肝炎、帯状疱疹、HIV-AIDS、デング熱などのウイルス性疾患の治療に有効性と安全性を示してきた。」 キューバは「
米国の経済封鎖でさまざまな技術、機器、材料、資金、そして知識の交換すら妨害されているにもかかわらず」数多くの薬剤を研究してきた。
エボラと海外援助 エイズとデング熱はキューバの人々に影響を与えた問題だったが、エボラウイルス病(EVD)は全く別の問題だった。
EVDの原因となるウイルスは主にサハラ以南のアフリカに棲息し、キューバ人がこの地域を過去数十年間頻繁に訪れてはいない。
2014年秋にエボラウイルスが劇的に増加したとき、
世界の多くがパニックに陥った。まもなく2万人以上が感染し、8,000人以上が死亡し、死者数が数十万人に達するのではないかとの懸念が高まった。米国は軍事支援を提供し、他の国々は資金援助を約束した。
キューバは、最も必要とされるものにいち早く対応した国であり、103名の看護師と62名の医師のボランティアをシエラレオネに派遣した。すでに4,000人の医療スタッフ(医師2,400人を含む)がアフリカにいたため、キューバはこの危機が始まる以前から準備をしていたことになる。
多くの政府がエボラへの対応方法を知らなかったため、キューバはハバナのペドロ・クーリ熱帯医学研究所で他国からのボランティアを訓練した。キューバは合計で、1万3000人のアフリカ人、6万6000人のラテンアメリカ人、620人のカリブ人に感染しないエボラの治療方法を教えた。
キューバが貧しい国の医療危機に対応したのは、これが初めてではなかった。革命からわずか15ヶ月後の1960年3月、キューバは地震の後のチリに医師を派遣した。もっとよく知られているのは、フランスからの独立のために戦っていたアルジェリアへキューバが1963年に派遣した
医療旅団だ。
まさにキューバ革命成立直後、圧倒的に黒人人口の多い農村部では、医療スタッフや施設が不足する日々だった。世界の他の地域を悩ませている治療の不足や災害を知った人々が、困っている人々を助けるために海外に出かけるのは至極当然のことだった。
革命的な連帯は、しばしば家族全体で選択したことだった。
サラ・ペレロ医師は医学部を卒業したばかりだったが、母親がフィデル・カストロの「アルジェリア人はキューバ人よりもさらにひどい状況にある」という言葉を聞き、医師たちに「彼らを助けるために医療旅団に参加するよう」呼びかけた。ペレロ医師はボランティアを希望したが、高齢の母親がパーキンソン病を患っていることを心配していた。彼女の母親は、サラの姉と夫が政府と同じように彼女を助けるだろうと答えた:「今やるべきことは前に進むことであり、お母さんのことは心配しないでいいよ。私のことはみんなが面倒をみてくれるから。」
キューバの連帯ミッションには、しばしば他国の医療従事者に欠けていると思われる本当に心配する気持ちがある。ベネズエラやブラジルの医師会には、キューバの医師が行っているような危険な地域に行ったり、ロバやカヌーで農村部に足を運んでくれる十分な数の医師はいなかった。キューバ人医師がボリビアに行った際には、地図にも出てこないほどの僻地にある
101の村落を訪問した。
2010年に壊滅的な地震がハイチを襲った。キューバは、医療スタッフを派遣した。彼らはこの地震のことがニュースにならなくなった後、何ヶ月も何年もハイチの人々の間で生活した。米国の医師たちはハイチの被災者が身を寄せ合う場所では眠らず、夜は高級ホテルに戻り、数週間後にハイチを離れた。「
災害観光」という言葉があるが、それは貧しい国の医療危機に対応する多くの豊かな国のやり方を語っているものだ。
キューバの医療スタッフが世界中で展開している活動は、キューバが30年の歳月をかけ、医療活動に従事する専門家とそのサービスを受ける人々との間の絆を強化する最善の方法を見つけようとしてきた努力の延長線上にある。カークとエリスマンは、2008年までにキューバの
国際的な医療活動の幅広さを示す統計を提供している:キューバは154カ国に12万人以上の医療専門家を派遣し、キューバの医師は世界で7000万人以上の人々をケアしてきた。そしてほぼ200万人の人々の命がそれぞれの国で展開されているキューバの医療奉仕で救われている。
キューバの援助の申し出をある国が断った注目すべき災害がある。2005年のハリケーン「カトリーナ」の後、キューバの医療専門家1,586人がニューオーリンズに行く準備をしていた。ブッシュ大統領は、質の高いキューバの援助を受け入れるよりも、アメリカ市民が死ぬ方がまだまし、というような振る舞いで、この申し出を拒否した。この決定は、2020年のドナルド・トランプの行動の予兆となった。彼はインターフェロンα2Bが存在しないふりをして、COVID-19の治療法を探しているのだ。
対比:キューバとアメリカ合衆国 上述したこれまでの歴史は、現在パンデミック化しているCOVID-19情勢の中で、キューバと米国の間の種々の対比を示す背景となっている。1960年代には、保険会社の介入なしに医師との関係を持つことができたことを覚えている私たちの年代の人々は、医師と患者の間の社会的な絆がキューバで強化されていたのと同じ時期に、米国ではそれがむしばまれていたことを理解することができる。
<検査> キューバは、大規模な検査体制と検査内容をその都度修正することで、エイズとデング熱の両方をコントロール下に置いたため、COVID-19について国家検査プログラムを開発する準備は十分にできていた。同様に、中国が迅速に流行を食い止めることができたのは、単に
ロックダウンだけではなく、疑われる被害者を迅速に検査し、陽性と判明した者の隔離と治療に必要な措置を講じ、無症状の接触者を検査したからでもある。
公共サービスの縮小や民営化を目指す新自由主義的な取り組みの世界的リーダーである米国が、効果的な検査キャンペーンを実施できないことを証明し、2020年3月末までにCOVID-19の症例数で世界をリードする道を歩んでいたことは全く偶然ではない。3月中旬には、米国は
100万人あたり5件の検査を実施できたが、韓国は3500件以上の検査を実施していた。
米国政府の無能さを象徴するのは、トランプがペンス副大統領をCOVID-19担当者にしたことだ。インディアナ州知事として、
HIV検査のための資金を大幅に削減し(人々に祈るように促し)、それによって感染症の増加に貢献したのが他ならぬこのペンスだったのだ。
<医療費と薬剤費> キューバの医療は、ひとつの人権であり、治療は無料、処方箋にごくわずかな料金がかかるだけだ。製薬会社は革命後に国有化された最初の産業の一つだ。アメリカでは数々の政策で日常的に何十億もの税金がビッグファーマ(巨大製薬会社)に渡る。そしてこのビッグファーマは市民から情け容赦もない詐欺的行為を働いても罪に問われないことが日常化している。
キューバには、医療費を上乗せして患者の治療の決定を医師に委ねる保険会社がない。アメリカで検査が無料になったとしても、COVID-19の治療費を払えるかどうかは、人々が判断しなければならない。自分の保険がCOVID-19の請求書をカバーしてくれると思っている人は、「ER(緊急治療室)が保険適用外の医師派遣会社に委託されている場合、多額の「
保険ネットワーク外」請求書を受け取る可能性がある。」
<労働者を守る> 自然災害で仕事が中断した場合、キューバの労働者は
1ヶ月間は給料の全額を受け取り、その後は給料の60%を受け取ることができる。キューバ市民は無償で食料の割り当てと教育を受け、公共料金は非常に安い。キューバは、国有化された工場での迅速な生産シフトは可能で、個人用保護具(PPE)を大量に生産し、パンデミックの中心地となったイタリアに行く医療スタッフの携行品として送ることができた。
米国では4月の第1週終了時点で1000万件近くの失業補償請求があり、富裕層への増税や軍事予算の削減などで失業者を救済していることはあまり知られていない。失業手当を受けられない「非正規労働者」が米国には
5600万人以上いるかもしれない。基本的な必需品なしではどうにもならないという理由で、多くの米国市民がどうしても職場に行かなければならないことになれば、パンデミックを国民全体へさらに広げてしまう危険性がある。米国の医療従事者は、マスク、ガウン、手袋、検査キットなどのPPEが不足している。それなのに、トランプ大統領は、
感謝の気持ちを書面にした知事の州向けの「ご褒美」として人工呼吸器を保持することが許されている。
<ヘルスケアの包括性> キューバ革命は国を断絶した医療サービスをすぐに再編成し、今日では、全体が統合されたシステムになっている。まず、近隣をカバーする医師-看護師のオフィスがあり、それは各市町村の診療所と結びついている。この診療所は地域の病院にリンクされている。さらに、これらの医療施設はすべて研究機関によってサポートされている。この医療システムは、何十年にもわたって国を守ってきた経験を持つ市民団体とつながっている。この「セクター間の協力」が医療の要となっている。キューバでは、50州がばらばらの方針を持ち、それが国の方針と一致したり、しなかったり、さらにはそれぞれの州に属する郡や市も独自の手続きを持つことが許される、そんなことはまず考えられない。
疾病と闘う効果的なアプローチのための種々のプランを統合する代わりに、米国では、可能なときはいつでもそういったプランはバラバラにされるか民営化される。あるいはその二つは同時に行われる。トランプはパンデミック対応チームを解散させ、世界保健機関(WHO)のパンデミック予防活動資金を減額しようとしたり、老人ホームの規制緩和や
疾病対策予防センター、国立衛生研究所の弱体化を図った。
これは共和党に特有のものだと思っている人がいるかもしれないが、民主党も長い間、新自由主義の最前線にいて、ナオミ・クラインが言う「ショック・ドクトリン」というアプローチを利用してきたことを思い出してほしい。両党とも、これ以上後がないと思われるほど必要とされた環境ルールの解体に積極的に手を染めた。
レベッカ・ベイチュによる3月26日付けの報告:
「環境保護庁(EPA)は、
環境法の施行の全面的な停止を発表、企業に今回のコロナウイルス大流行の間は環境基準を満たす必要がないだろうと伝えた。」
それに乗り遅れまいと、「
石油・ガス業界は、コロナウイルスの流行に対応して、連邦政府に公有地での連邦規制の施行を緩めるよう求め始めた。」 彼らは、2年間の許可の延長と未使用のリースを保持する許可を求めた。
COVID-19のようなパンデミックが将来再発するとしたら、汚染の拡大や気候に関連した病気の増加で人間の免疫システムは弱まり、感染症に対してより脆弱になるのだろうか?
そうであれば、国民皆保険は何千万人ものアメリカ人を守るために必要不可欠なものになるだろう。医療・製薬会社からの莫大な寄付金を受け取っているジョー・バイデンは、社会保障を弱体化させるいろいろな動きを支援し、「下院が可決したメディケア・フォー・オール法案に拒否権を行使することを示唆したと述べている。」
COVID-19のようなパンデミックが将来再発するとしたら、汚染の拡大や気候に関連した病気の増加で人間の免疫システムは弱まり、感染症に対してより脆弱になるのだろうか?
そうであれば、国民皆保険は何千万人ものアメリカ人を守るために必要不可欠なものになるだろう。医療・製薬会社からの莫大な寄付金を受け取っている
ジョー・バイデンは、社会保障を弱体化させるいろいろな動きを支援し、「下院が可決したメディケア・フォー・オール法案に拒否権を行使することを示唆したと述べている。」
<医療危機に対処するための準備の現実> パスクアル・セラーノ氏は、キューバは2020年3月2日までに「
新型コロナウイルス予防・管理計画」をすでに策定していると指摘した。その4日後には、感染した入国旅行者に対して、体温測定や潜在的な隔離などの具体的な措置を含む「疫学的観察」を追加することで、計画を更新した。これらのことは、3月11日にキューバで初めてCOVID-19の診断が確認される前に行われたことだ。3月12日までに3人のイタリア人旅行者の症状が確認された後、政府は軍事病院のベッド3,100床を利用できるようにすると発表した。高齢者など脆弱なグループは特別な配慮を受ける。キューバは、市民に分かりやすい情報を提供し、労働者を動員して労働者自身と国を守り、そして必要な物資に生産をシフトさせるというまとまりのある計画を実行に移した。
同じ時期ドナルド・トランプは、アメリカ人に新型コロナウイルスに関する「フェイクニュース」に警戒するよう事前に注意を促した。そして、「コロナウイルスは消え去るだろう」と言った。2月26日には、米国のCOVID-19の症例数が「
数日のうちにゼロ近くにまで減少するだろう」と虚偽の発言をしている。さらには、「
COVID-19が消滅するのは私が・・・をしたことのおかげ」と主張し、「イースターの日曜日には教会に行くべきだ」、「アメリカ人はウイルスに感染しても仕事に行くべきだ」と言い放った。紛れもなく、トランプの行動はこのウイルスの拡散に貢献した。彼の発言は、通常通りのビジネスを再開したいという産業界の願望と一致していた。
米国が不要なガラクタをこれでもかと追加生産するのに対し、キューバは医療専門家をこれでもかと次々に送り出している。結果的に、キューバの
1000人あたりの医師は8.2人、米国の1000人あたり医師は2.6人、となっている。2019年キューバに旅行した際、最近卒業したばかりのキューバ人医師は、週に20~25時間程度しか働いていないと話していた。しかし、医療を必要とする災害時には、優に週80~100時間になることもあるという。
<教育> キューバは、伝染病の流行期に人々の行動を効果的に変える目的で大衆教育を利用してきた。2003年、バイロン・バークスデール博士は、キューバのエイズ患者のための6週間のプログラムの内容を指摘している。これは「もちろん米国でエイズと診断された人々へのプログラムよりは長い。彼らが受ける教育は5分くらいだろう。」デング熱の発生時には、家庭回りの医療専門家が、なぜ水を抜いたり、覆ったりしなければならないのか、どんな植物が蚊の繁殖を助長するのかを詳しく説明する。
米国では、著しく不適切な「キャンペーン」を繰り広げながら、健康危機に立ち向かっている。テレビ広告は数週間から数ヶ月間流され、医師たちは患者に与えるためのパンフレットを受け取ることもある。各家庭を戸別訪問して、家族が自分たちの病気についてどんな風にやれているか、そしてその病気に立ち向かうための行動をどんな風に取り入れているかを調査するような動きは一切ない。
COVID-19についてのドナルド・トランプの一貫性のない暴言は、誤教育キャンペーンの縮図である。気候問題の否定は、COVID-19問題の否定へのドレスリハーサルの役割を果たしてきた。トランプの治世は、何百万人もの人々の感覚を麻痺させ、「偉大な指導者」がどんなに馬鹿げたことを言っても、何でも信じるようにさせる練習になっている。彼のツイートの病理性は強烈な反知性的視点と類似性をもっている。この反知性的視点は、教育、哲学、芸術、文学を見下し、科学的調査は決して信頼してはいけないと主張する。
一昨日、彼らは世界は平らだと主張した。昨日、彼らは進化論はサタンからの理論だと信じた。今朝、彼らは地球の気温上昇は企業拡大の首を絞めるために目論まれた幻想だと主張した。どれほど真夜中に近づいたなら、トランプのご託宣に酔った人々が、眼前で剥き出しにされるCOVID-19の増殖の事実に自分から目を向けようとするのだろうか?
<国際的な連帯> キューバが、COVID-19の患者が乗っている
英国のクルーズ船MS ブレーマー号の停泊を許可したとき、2020年3月の第3週は、それが世界中のヘッドラインとなった。英連邦に属するバルバドスやバハマを含む他のカリブ海諸国はこのクルーズ船を追い返していた。船内には、主にイギリス人を中心に1,000人以上の乗客が乗っており、1週間以上も足止めを食らっていた。MS ブレーマー号の乗組員は "
I love you Cuba!"と書かれた横断幕を掲げた。キューバ当局がこのクルーズ船を停泊させても大丈夫だと感じたのは、自国の医師たちはエボラのような致命的なウイルスに晒される多くの経験を積んでいたし、自分自身を守る方法を知っていたからだ、ということは間違いない。
3月の同じ週、キューバ人53人の医療チームは、COVID-19の影響を最も受けたヨーロッパの国であるイタリアの最悪の被害地域の一つであるロンバルディア州へと出発した。すぐに彼らは
300人の中国人医師と合流した。キューバという小さくて貧しいカリブ海の国が、ヨーロッパの大国を支援する数少ない国の一つになった。キューバはまた、ベネズエラ、ニカラグア、スリナム、グレナダ、ジャマイカに医療スタッフを派遣していた。
一方、米政権は
ベネズエラとイランへの制裁解除を拒否している。この制裁のために、これらの国々はPPEや医療機器、医薬品を受け取れないでいる。それどころか、米国は軍事作戦のために何千人もの人員をヨーロッパに送り続けた。米国はベネズエラのマドゥロ大統領に対する中傷キャンペーンを捏造し、彼は麻薬密売人だとした。トランプは自分の非常に人種差別な支持者たちに迎合して、COVID-19を「チャイナ・ウイルス」と呼ぶことでアメリカの品位を貶めた。
キューバが他国と抗ウイルス技術を共有している時に、トランプ政権が
ドイツのキュア・バック社に10億ドルを提供するとの報道が表面化した。COVID-19の治療薬を見つけ、「米国向けのみ」の独占権を譲ることができれば、という条件づきだった。これは、2つの点でアメリカ人の命を危険にさらすことを意味していた。
①まだ開発されていない薬を
独占しようとすることで、トランプは、中国がすでに30種類の治療薬の中に含めているインターフェロンα2Bから一所懸命注目を逸らせていることになる。
②60年に及ぶ封鎖を続けることで、トランプはキューバが新しい抗COVID-19薬の開発のための物資の供給を受けることができなくなるようにしている。
<研究者は何を探しているか?> キューバの研究室がデング熱の治療のためにインターフェロンα2Bを作ったとき、それは治療法、特に貧しい国の人々に役立つ治療法を調査するために研究された多くの薬の一つに過ぎなかった。糖尿病を治療するためのヘーバープロットBの使用で、切断手術は80パーセント減少した。
キューバは、B型細菌性髄膜炎に対する有効なワクチンを開発した唯一の国だ。キューバは、B型インフルエンザ(Hib)に対する最初の合成ワクチンと、進行性肺がんに対するワクチンであるラコツモマブを開発した。キューバの第二の焦点は、貧しい農村部が薬を買うことができるほど安い薬を製造することだった。第三に、キューバは中国、ベネズエラ、ブラジルなどの国々と医薬品開発で協力してきた。
ブラジルとの協力により、髄膜炎ワクチンが1回あたり15ドルから20ドルではなく、95セントで提供されるようになった。最後に、キューバは他の国々に薬を自前で生産することを教えているので、豊かな国からの購入に頼る必要はない。
実質的に、あらゆる点で、企業的な研究法はキューバのそれとは真逆だ。大手製薬会社は、男性型脱毛症、足の不調、勃起不全などの研究に数百万ドルを費やしている。数十億ドルの利益を見込めるからだ。COVID-19パンデミックは超利益をもたらすことが有望視され、政府はそれを確実に実現するために行動している。トランプがドイツのキュア・バック社と約束を交わしていたのと同じ時期に、政権はCOVID-19の潜在的な治療薬であるレムデシビルを開発している
ギリアド・サイエンシズ社に独占的な地位を与えることを検討していた。米国の納税者は、高すぎて買えない薬を作るために何百万ドルもの税金を出すことになるだろう。
ドナルド・トランプは、国際的協力関係に反対する熱狂的な自国偏愛主義の最たる人物だが、研究を最も善なるものを施すためでにはなく、最大の利益をもたらすところに押しやるのは市場システムであることを忘れてはならない。
<将来のパンデミック> 2012年初頭のキューバのデング熱の流行は奇妙に思えた。というのは、流行はたいてい秋に発生し、12月には終わるからだ。1月および2月まで続くことはまれだ。気候変動は、デング熱の媒介生物である蚊にとって、地域の状況をより繁殖しやすいものにしている。キューバ保健当局の計算によると、過去半世紀の間に、主な媒介生物であるネッタイシマカは30倍増加しているそうだ。
企業メディアは、COVID-19が「前例がない」と定期的に私達に伝えている。まるでそれが沈静化したら、こんなものは二度と起こらないだろう、とでも言っているかのように。結局のところ、同じようなものが過去に起こったことはない、と言っているのだ。とんでもない。COVID-19がこれまでにこの大陸を襲った「最悪のパンデミック」であると主張することは、天然痘がアメリカ先住民には何の影響も与えなかったと言うか、アメリカ先住民の死は医学の歴史とは無関係であると言うか、のどちらになる。
多くのアメリカ人は一回限りの「刺激小切手」を手にすることがあるのかもしれない。でもそれは支払いをするたびに出されるものではない。企業に与えられる金額に比べれば雀の涙だ。しかし、人々は一回の検査のために100ドルから1000ドルを支払うために「刺激小切手」をもらう必要はない。ワクチン接種のために一回で200~2000ドルを支払うは必要ない。3万ドルのCOVID-19代金の一部払戻金の1200ドルなんか必要ない。際限のない支払いのための垂れ流し的財政的な「援助」なんか必要ない。人々に必要なのは、集団的人権として、すべての人のための医学的検査、治療、および予防接種だ。
検査や治療法、ワクチンを作ることは、病気と闘うために必要不可欠なことだが、利潤追求が蔓延する社会では、それだけで十分とは言えないだろう。社会的関係の再構築が是非とも必要で、それを通して必要な薬といった新しいものを発明する創造力を発揮することができるし、必要とするすべての人に恩恵を確実にもたらすことができるのだ。
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Don Fitz is on the editorial board of Green Social Thought, where this article was originally copublished with MR Online. His book, Cuban Health Care: The Ongoing Revolution, is forthcoming by Monthly Review Press in June, 2020. He can be contacted at fitzdon@aol.com Read other articles by Don.
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